施術家はカリスマじゃないとダメですか?第九話
「ありがとう。スッキリしたわ。」
施術着でベットに腰をかけ、微笑む彼女の名前は詩織さん。
幼稚園の園長先生。
年齢は今年で42才になる。
仕事一筋で生きてきたという彼女は、39才で結婚。
「まさか私が結婚出来るなんて思ってもなかったのよ。家族も腰を抜かしてた。あの詩織が結婚か?ってね。失礼な話よね。」
以前施術中に笑いながらそんな風にお話してくれた。
その後すぐに自然妊娠。
しかし、その後その子は流産してしまう。
年齢的なこともあり、すぐに不妊外来にて検査、治療を開始。
検査結果は夫婦共に特に問題なし。
ホルモンバランス、基礎体温、卵巣、卵管、子宮の状態も良好。
生理周期も正常。
タイミングを計るも妊娠は難しく、早期の妊娠を望んでいたことも有り、人工授精を行い、今まで合計2回妊娠するも、すべて流産。
不妊外来に通いつつ、私たちの院にも通院してくれている。
「先生からね、体外受精も勧められてるの。
年齢的なこともあるしね。」
前回そう言っていた詩織さん。
私としては、とにかく体内の血流や水分の巡りを良くし、緊張を減らすような施術をしていた。
着床した赤ちゃんが’ふわふわのベット’で居心地良くいられるように。
そんな想いを持ちながら、妊娠力の底上げをしてきた。
詩織さんとは1年以上の付き合いになる。
施術家としてデビューしたての私の施術を気に入ってくださり、そこから常に私を指名してくれている。
その詩織さんに、今日院が閉鎖することを告げる。
施術が終わり、今日のお身体の状態、施術の内容、次回の方針を伝え、私は個室を出てお着替えをお願いする。
ドアの前に立ちながら、言葉を探す。
もう慣れてきたはずなのに、閉鎖を告げる言葉はいつもうまく出てこない。
最後まで寄り添えない現状が悔しくて仕方が無い。
「先生、着替えました。」
部屋の中から声が聞こえる。
「失礼します。」
「ありがとう。次回はまた来週のこの時間でいいですか?
丁度今日か明日がタイミング的にいいみたいだから、来週は高温期になってると思います。」
詩織さんのいつもの笑顔が苦しい。
「はい。ご予約お取りしておきますね。
あと、非常に申し訳ないお知らせがあって。」
私の表情を見て、詩織さんが心配そうな顔をする。
「実は当院が9月末をもって閉鎖することになりました。
今まで通ってくださっていた患者様方には突然のお知らせで、本当に申し訳ありません。
ただ、ここから車で20分ほど行ったところに院長がオススメする腕の良い鍼灸師の先生がいらっしゃるんです。
その先生だったら、安心して施術を受けて頂けます。
詩織さんが良ければ、今までのカルテ内容も共有させて頂いて、引き続き施術をさせて頂けるので、その点はご安心ください。
最後まで責任を持って担当することが出来ず、申し訳ありません。」
深々と頭を下げる。
身振り手振りで話した言葉達は、詩織さんに失礼のない言葉達だろうか。
詩織さんを安心させられる力はあるだろうか。
’世間知らず’
ビジネスマナーのビの字も身についていない小猿に出来る事は、ただただ申し訳ないという言葉を伝える事と、それしか言えない悔しさで手をギュッと握る事だけだった。
「それは、残念。」
「すみません。」
頭を下げ続ける。
「私ね、ここには妊娠するためっていうよりも、楓先生に会いたくて来てたから。」
「えっ?」
驚いて詩織さんを見つめる。その顔は寂しげだが微笑んでいる。
「ふふふ。いや、もちろん体を治療してもらって、ずいぶん体は楽になるし、気持ちいいのよ。それも、もちろんなんだけど、楓先生とお話してると気持ちが楽になるのよね。
院長先生とか、ほら、あのコワモテ先生いるじゃない、えっと・・・」
「飯塚先生ですか?」
「そうそう!飯塚先生。怒られちゃうわね。
お二人にも最初お願いしてたんだけど、なんていうか、’僕たちに付いてきてくれたら妊娠出来ます!’的な雰囲気?あるじゃない。
上手く言えないけど、自信を持って、こうだと言い切る姿勢。
素晴らしいと思うのよ。藁にもすがる想いだし、救われる気持ちにもなるんだけど。
私の場合、もう期待をしたくないのよね。
妊娠して、流産して。
今度こそはって期待して、でもダメで。
私のどこがダメなのか知りたくて、検査してもらっても、正常って言われて。
もしね、私に異常があれば、そこに怒りや悔しさを向けられるのよね。
そしてその異常を排除したり改善したら、救いの道が見えると思うの。
でも、何もない。
それなのに子どもたちは・・・。」
慌ててハンカチを差し出す。
声に詰まった詩織さんの横に座り、背中を撫でる。
「ごめんなさい。
ふー。
まぁ、そんなこんなでね。
私、期待するのが嫌なの。
もうダメージが大きすぎる。
毎日笑って園の子どもたちと接するのさえ辛くなったら、人生お終いだなって思ってるの。
だから、妊娠出産という結果を求めて頑張りましょうという後押しは嬉しいし、ありがたいけど、時々苦しくなるの。」
「そうですよね。」
「ふふ。楓先生はね、良い意味で裏表がないよね。
この年になるとね、仕事でも、プライベートでも、腹の探り合いするのが普通になるの。
いい人そうに見えて、裏で何考えているか、何言ってるか分からない人って結構多いのよ。
いや、ほとんどじゃないかな。
大変ですねって言いながら、’私の方が大変なのよ’って思ってたり、
かわいそうにって言いながら、’他人の不幸は蜜の味’って思ってたりね。
少しでも自分が劣勢になると、急にマウント取ってみたり。
大人って大変よね。
でも楓先生はそんな裏の顔がない。
だから会って話をすると安心するの。
子どもたちと接してるみたいに。私も素直になれた。」
「そんな。
詩織さんが優しい人なので。」
「優しい?私が?
実はね、私職場で般若って言われてるのよ。
笑顔の裏に般若の顔があるって、職員たちにイジられてるの。」
「般若!!」
二人で笑い合う。
「楓先生はいつも一生懸命なんだけど、その一生懸命のベクトルが、大先生やコワモテ先生と少し違うかったのね。
妊娠するための身体作りっていうよりも、私の心と身体が少しでも楽になるようにって頑張ってくれてた。
かけてくれる言葉も、頑張れとか、こうしようじゃなくて、
すごい!とか偉い!とか。
そう。褒めてくれるのよ。楓先生。」
「実際詩織さん凄いですから。」
「うふふ。
ありがとう。
その褒め言葉って、裏の顔がある人から言われると、気持ち悪いの。
なんの見返りを求めてるんだ?って身構えるんだけど、
楓先生からの褒めは素直に受け取れるんだよね。
心の底から言ってくれてるって。
そしたらさ、気持ちが軽くなるの。
子どもが欲しいけど、私の所には来てくれない。
私は欠陥品だって思って、常に自分を責める毎日なんだけど。
こんな私でも、
褒めてもらえるんだって。
自分で自分の褒め方忘れちゃったから。
ダメよね。
子どもたちには、自分を大切に。
自分は唯一無二の存在だ。
命は奇跡だなんて偉そうに言ってるのに。
自分自身もそんな命なのに。
大切に出来ない。
自己肯定感を高めようなんて。
言う大人の自己肯定感が低かったら、
無垢に輝いている子どもたちに失礼よね。
本当、釈迦に説法だわ。」
詩織さんの目は潤んでいる。
なのに、笑顔を絶やさない。
この人が凄くなくて、誰が凄いんだろう。
こんなに頑張っている。こんなに気遣いしてくれる。
この人が優しい人じゃなければ、誰が優しい人なんだろう。
「私ね、もう不妊治療止めようかなって思ってたの。」
「えっ」
「もう42才にもなるし、主人ともね、ネコでも飼おうかって話してて。
どうしても子どもが欲しいなら里親になるって手段もある。
体外受精まで進むと、私のメンタルが心配だって言われて。
まだ吹っ切れてないんだけど、今日、院が閉まるって聞いて、潮時かなって思っちゃった。」
「そんな、院は閉まってもまだ」
そういう私の言葉を遮って、詩織さんは優しく話を続ける。
「知ってる知ってる。大丈夫。きっと紹介してくれる院も素敵だと思う。
責めてるんじゃないの。感謝してる。
これもタイミングなんだなと思って。」
「詩織さん。」
うつむいてしまう。
言葉が出ない。
気持ちも追いつかない。
「だからね!」
詩織さんが上を向いて大きな声を出す。透き通ったキレイな声。
「楓先生の治療を引き続き希望します!」
「えっ?」
「えっ?なんでダメ?どこに行っても、楓先生は鍼灸師なんでしょ?私は一患者として着いていきます!
そうねー。もし次に勤める院が決まってなかったら-。
ほら!私の家に来て治療してよ!
往診ってあるんでしょ?
あっ、部屋掃除しなきゃ。
ねっ!良いアイディア!
楓先生との時間がなくなったら、私野垂れ死にしちゃうのよ。」
大袈裟にリアクションを取りながら話す詩織さん。
沢山の辛い経験をしている彼女はいつも務めて明るい。
そんな彼女が私を求めて下さっている事が、ありがたい。
ありがたいという言葉では言い表せない気持ちだ。
「詩織さん。
私、鍼灸師になるときに、決めたことがあるんです。」
「ん?何?」
「常に平常心であることです。
学生時代の鍼灸の先生から、鍼灸師は施術中、常に平常心でいなければならないって言われたんです。
施術の時、脈を見たりするでしょ?
脈の鼓動の大きさや速さや形を見てるんですけど、
特にその速さは、術者の鼓動の速さと比較して、遅いとか早いとか見るんです。
術者が施術の時に動揺したりしたら鼓動が変わる。
それだと患者様の脈を正しく読み取れない。
’言っとくけどな、施術中に術者の事情なんて害でしかない。施術に入る時は平常心。平常心のスイッチを入れれるように鍛錬しろ。’
そう先生から言われました。
私、その通りだなって思ったんです。
私、患者さんにガッカリされるのが怖いんです。
腕の良い施術家になれるように、勉強も練習も常にしてきたけど、施術中は患者さんに失望される怖さがあった。
でもそんな時、先生の声が聞こえるんです。
そんな事情害でしか無い。平常心スイッチを入れろ。って。
だから私、この個室の中では、常に平常心で施術をしつつ、頭は常に患者様が心地よくなるように。少しでも心も軽くなるような言葉を選んでいました。」
「うんうん。良い生徒だ。」
「でも、今はちょっと、院の閉鎖が決まって、色々あって、そんな時に詩織さんからそんな嬉しい言葉を言われて。
施術も終わってるから、少しだけ平常心スイッチも切れてて、本当に申し訳ないのですが・・・。」
私の顔から、涙と鼻水が出る。
こんな時、涙だけ美しく出せる女優さんに憧れる。
話が出来ない。
口を開くと、よだれまで出てきそうだ。
27才。これ以上見苦しい顔をさらすわけにはいかない。
「楓先生、いつもありがとう。」
そういう詩織さんも泣いていた。
部屋の隅にあるティッシュを急いで取って、とりあえず顔に当てる。
「これからも、よろしくね。」
気が付けば、私が詩織さんに背中を撫でられていた。
私は本当に患者様に恵まれている。
もっともっと喜んで欲しい。
私に会うと元気になる。そう言って欲しい。
その為に、私は頑張れる。
