施術家はカリスマじゃないとダメですか?第八話
「以上で報告を終わります。」
週に一度の症例報告会。
この日は大先生も院に来て私たちの報告に耳を傾け、意見をくれる。
閉鎖まであと1ヶ月。
それでも、深夜まで続く報告会は通常通り開催される。
それぞれ担当する患者様の施術方針、施術結果と考察などを報告する。
他の先生の報告がとても勉強になる。
自分自身の報告は、いつも緊張する。
この緊張感は3年目でも取れない。
「ちょっといいかな?」
報告会の後、修太郎先生が大先生に呼ばれて別室へ。
残った私と飯塚先生は、片付けを始める。
ものすごく辛い空気が流れる。
飯塚先生は’余計なことは話すな’という顔をしている。
ざっくばらんな世間話は出来ない。
患者様とは施術中楽しそうに話をしているのが不思議で仕方ない。
今までは五条先生が場を和ませてくれていた。
私と五条先生ばかりが話をしていて、いつも飯塚先生はさっさと片付けて帰ってしまっていた。
そんな苦手な飯塚先生と二人きり。
気まずいこと、この上ない。
「楓先生は、次決まった?」
急に話をされて、一瞬背筋が伸びた。
動揺を隠しながら、精一杯の笑顔で飯塚先生の方を振り返る。
’あれ、飯塚先生って、こんな優しい表情するんだ。’
急に見せる飯塚先生の優しい表情に驚きながら、笑顔を崩さす答える。
「なかなか難しいです。
先生は見つかりましたか?」
「うん。どうせ西田さんあたりから聞くと思うから先に伝えとくけど、吉岡整形外科の新しく出来る鍼灸整骨院で院長することになった。」
「凄い!おめでとうございます!」
吉岡整形外科の吉岡先生は、大先生とも面識があり、たまに勉強会にも出席してくださる鍼灸にも好意的な整形外科医だ。
駅前に大きなクリニックを構え、鍼灸整骨院や、介護施設などを展開している。
「正社員ですか?」
「そう、雇われ継続。」
意外だった。
飯塚先生はキャリアもある。
この院でも担当する患者様から信頼されていて、きっと近くで不妊専門院を開院されるんだと思っていた。
「意外?」
「あっ、はい。すみません。てっきり先生なら近くに不妊鍼灸専門院を開業されるか、なんなら居抜きでこの院を買い取ったりもするかと思ってました。」
「そう見えた?」
「はい。実力も実績も持ってらっしゃるので。」
素直に褒めると、飯塚先生は素直に照れた。
「ただ、虚勢張ってるだけだよ。
俺さ、今度子ども産まれるんだよね。」
「ええ!!!お、おめでとう御座います!えっ、先生ご結婚」
「そう。出来ちゃった婚。いや最近はおめでた婚?授かり婚?っていうらしい。
ここで働き出してから、確かに子どもは宝だなって思ってたから嬉しいんだけどね。
でも、奥さんのお父さんから結婚の条件が出てさ。」
「ええっ、条件?」
修羅場があったのかと緊張する。
「家を買えって。」
「家?」
私にとって予想外の条件に、変な声が出た。
「奥さんが美容師なんだよ。
自宅兼店舗で子育てしながら仕事を続けるのが夢でさ。
結婚、出産を機に店舗付き住宅を建てることになって。」
「トントン拍子ですね。」
「本当に。土地探して、ハウスメーカー探して。奥さんつわりも酷くなってきてるから様子見しながらなんだけど。
ある程度目処が立ってた時に、院の閉鎖だろ?
焦ったわ。
このままじゃ住宅ローン借りれないって大先生に言ってさ、大先生も親身になってくれて。
まぁ、色々紹介してくれたけど、もともと仲良くしてもらってた吉岡先生の所に行くことにしたんだ。」
「そうだったんですね。」
「まぁ、元々この院に就職したのもドクターとのコネクションが欲しかったからなんだよね。
だから結果オーライなんだけど。」
「えっ、そうだったんですか。」
「大先生にも後々はクリニックで働きたいって言ってたんだよね。
大先生ってなぜか医者との繋がり多いでしょ?」
「確かに。」
「日本ってさ、公務員とサラリーマンが守られてる社会じゃない。
自営業になった途端、’ご自分で稼げるなら色んなリスク管理もご自分でなさって下さい’って放り出される感覚になるんだよな。
知ってる?国民健康保険に扶養って概念ないんだよ。
年金も減るしね。
自分で自分も家族も、その健康も老後もリスクも管理しなくちゃならない。
まぁ国民皆保険制度だから最低限は守ってくれるけどね。
なによりさ、家建てるときに銀行がお金貸してくれないよね。実績ないと。
家建てたくても、利益が出てない治療院のオーナーにお金なんて簡単に貸してくれない。
でも、自分の院を持つなら初期投資は必須でしょ?
自分の院で安定した利益だせるのなんて数年単位で時間がいるよ。
それならガッツリ正社員という働き方でいこうって思ったんだよね。俺の場合。
まぁ奥さんが自営業だから、余計に安定した収入は俺が担保しないとって思ったのもあるけど。」
「そういうもんですか。
私そういうお金のこととか、社会保険のこととか疎いから。」
苦笑いで相づちをうつ。
知ったかぶりなんて出来ない。
「オレもさ、全然考えてなかったのよ。
なんとなく、いつか開業するのかなとか。ぼーっとしてたんだよね。
でも、奥さんがさ、人生設計する人で。
何歳までに店舗をかまえる。
その準備資金は?
その店舗のコンセプトは?
その店舗のターゲットは?集客はどうする?
人を雇って展開する?1人の自宅サロンにする?
とかね。色々考えてたのよ。
商工会議所に入ったり、
色んなセミナー受けたりさ、
きっと奥さんの方が経営者向きなんだよね。
掃いて捨てるほど美容室はあるのに、生き残る為に作戦建てないなんて愚の骨頂よ。
なんて言われてさ。
奥さんの話を聞いてたら、オレには無理だなって思ったんだよね。
オレは施術するのが好きなんだ。
経営は好きじゃない。
人を雇えるような器も無い。
オレが開業するって言ったら、経営計画とか奥さんにダメだしされまくりそうだわ。」
「素敵な奥様ですね。」
「はは、オレにはピッタリな人だよ。
オレ、アカデミックなことも好きなんだよね。
出来たら論文とか書きたいんだよね。
だから、ドクターと絡んだ仕事がしたかった。
そういう意味で、吉岡先生は最高よ。
鍼灸にも理解があるし。
あと、大きなクリニックだからコンプライアンスもしっかりしてて超ホワイト企業。
ここみたいにサービス残業だらけのメタリックブラック企業ではないわ。
ここだけの話。
まぁ、好きでやってるからサービス残業も良かったけど、家族が出来るとなると、やっぱりホワイトの方がいいわ。オレはね。」
飯塚先生のプライベートの話を聞くのは初めてだった。
ベールに包まれた私生活が披露される。
飯塚先生の奥様。確かに出来る人だろうなと、そこだけやたらと納得した。
「楓先生は?不妊専門鍼灸院探してるの?」
「いや、この際色々回ってみて、自分探ししてるとこです。」
「そっか。
不妊クリニックと提携して働くのもいいなと思ったけど、オレはご縁がなかったわ。
楓先生も、もし開業することになったら教えてくれよな。
借金する時に判子を押す手が震えるよな、なんて話したいから。」
冗談のような本気のような、笑えない笑い話。
もしかしたら、飯塚先生がコワモテなのは責任感が強いだけなのかも。
院が閉鎖することになったから聞けた話。
飯塚先生の今後。
飯塚先生の働き方。
飯塚先生の働く理由。
働く理由は人それぞれ。
働く場所も人それぞれ。
それぞれが理由を持って、信念を持って、ご縁を頂いて人と繋がり、
働いている。
「私も経営者向きじゃないかも。
でも、そうも言ってられないから、奥様見習って勉強します!」
疲れ切った頭と身体で前向きに考えられるのは、飯塚先生の初めて見せる優しい表情のお陰だと思う。
パパになるからなのか。
尖ったナイフのような飯塚先生が丸いお父さんになってる。
産まれてくる赤ちゃん。
ありがとう。飯塚先生はいいパパになるよきっと。
でも、いつも通り、キリリとジャックナイフみたいな目元に戻った飯塚先生が私に釘を刺す。
「楓先生やりそうだから言っとくけどさ、治療院経営してる先輩とかに話聞きに行くのはやめとけよ。」
「えっ?なんでですか?見抜かれた!」
「経営が知りたいなら、経営のプロに聞く。
この業界の人だけじゃなく、異業種と繋がることって、本当に必要だよ。
同業とばかり話をしてると、どんどん視野も感覚も狭くなって業界の常識だけに囚われてしまう。
そういう奴結構いるから。
で、ダマされて、詐欺に遭って、カネ盗まれるから。
もしくは占いにはまるかだな。」
「こ、怖い。」
「今の世界’鴨ネギ商売’しかないからさ。
欺そうとしてる奴に、イイカモにされないように。
小さな失敗ならいいけど、世間知らずだと大きな失敗しちゃうからな。
とにかく色んな人にあって、自分の世界を広げるといいよ。
偉そうに言ってごめんな。
一応、後輩の心配してる先輩からの助言だと思って、良ければ聞いといて。」
鴨ネギ商売。
自分がネギをしょってる鴨に見えてきた。
確かに。
気をつけよう。
部屋も片付き、院を出る。
大先生達は先に帰宅された。
夜11時。
まだ終電はある。
明日は午後からの開院だ。
夜風は少し冷えてて気持ち良かった。
今日は深夜のスマホは止めておく。
施術者は施術が出来る’カリスマ’であれば成功者だと思ってた。
いつの間にか、どれだけ早く痛みを取るか。
どれだけ患者様を感動させるか。
そこを目指してしまっていた。
いや、確かにそこも必要というか、施術結果を出すことは必須なんだけど。
それだけじゃ足りない。
きっと経営者としての視点も必要なんだ。
何歳までに店舗をかまえる。
その準備資金は?
その店舗のコンセプトは?
その店舗のターゲットは?集客はどうする?
人を雇って展開する?1人の自宅サロンにする?
奥様の言葉が頭の中で何度も巡る。
例え雇われ施術家でも、この視点は必要なんだ。
沢山の施術家の一人じゃなくて、
楓先生に施術してほしい。
そう言って欲しい。
私を選んで欲しいなら、
私を選ぶ理由をしっかり提示しなくっちゃ。
ぼーっと立っていても、買ってくれるほど甘い世界じゃない。
電車は空いている。
酔っ払っている人、寝込んでいる人。
その中で、やけに意識ははっきりしている。
車窓越しに見える景色。
この景色を見るのも、あと何日かだ。
