春になると「Spring has come」が夢に現れるんだ。なんなんだ!
「言葉」は伝達というツールにとどまらない、不思議な力を持っている。
大切な言葉もあれば、「忘れていいのに」と思う言葉も、なぜか残っていたりする。僕が、毎年、春になると思い浮かぶ言葉は、後者の方だ。
「Spring has come」(春が来た)というどうでもいい言葉。
「春が来た」という意味なのだから、春が来れば思い出すのは、ふつうのこと。
でも、思い浮かべる「意味」が違ってる。
それは中学時代の英語の授業のことだった。
黒板を背にした先生が、教科書を手に教室を見まわして、ランダムに生徒を指していく。皆、指されないように気配を消して「無」になってる。
指された生徒は、教科書を一文ずつ読んで、訳を答えなくてはならない。
簡単な英文にあたればラッキーだけど、難しい英文にあたるとツライ。
「それでは、次の文は、…サイトーくん!」
彼が割り当てられた文は、「Spring has come」。「簡単な文でいいなぁ」と、クラスメイトの羨望が集まるのがわかる。
ラッキーなサイトーくんは、たどたどしく教科書を読み上げると、元気よく答えた。
「意味は…
『バネを 持って やってくる』です!」
クラスは爆笑に包まれた。
だが、私は心の中で叫んでいた。
わかる! わかるぞ! サイトーくん!
お前の言いたいことは、よくわかる!!
意味はまったく違っているし、その意味だと文法も違う。
でも、「解釈の斬新さ」が私の心を捉えた。
その印象があまりにも強かったのか、それから「春」になると、
必ず「バネを持ってやってくる」が思い浮かんでしまう。
あれから何十年も経っているのに変わらない。
「もう春だなぁ」と思えば、「バネをもってやってくる」
「暦の上では春だね」と聞けば、「バネをもってやってくる」
最初のうちは、その言葉と共に頭に浮かぶ映像は、「クラスメイトの笑い声が響く教室で、照れたようにはにかむサイトーくん」だった。
それがいつの頃からか、「バネを持ったピエロ」になっていた。
入れ替わるように、クラスメイトの顔は思い出せなくなっている。
ピエロは、最初はぼやけてた。
でも、だんだんと輪郭が固まってきて、今ではくっきりとみえる。
水玉模様の衣装を着たピエロが、
両手の親指と人差し指の間にバネを挟んで、
カシャカシャと閉じたり開いたりしている。
感情のない目。そして、張り付いた笑顔を浮かべて、
バネつきの靴で、ぴょんぴょんと弾みながら近寄ってくる。
だから全力で逃げる。
春頃の夢には、ちらちらとコイツが登場する。
夢なので、よくは思い出せないけれど、
関係ない夢の中の建物の窓だったり、通行人に紛れて、ピエロがでてくる。
こっちを見てる。
忘れたいのに、「Spring has come」が忘れられない。
だって、ピエロが「バネを 持って やってくる」。
コワい。
捕まりたくない。どうしたら、逃げきれるんだろう。
なにか方法はあるんだろうか?
そして考えた。
ピエロは、きっとイメージした人のところに現れる。
だから、この文章を書いているのです。
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