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塾は地元、家庭は放任。それでも東大理Ⅱに届いた私の学び環境を自己分析【37人目】

→埼玉県の公立高校から東京大学理科2類に合格された東大&京大卒双子 ノソノソ(妹)さん。今改めてご自身の教育を振り返った結果はこちら!

勉強を強制されたことが一切ない、自由奔放な環境で育ちました。中学の塾や進学校の高校がうまく導いてくれたおかげで偏差値30から学力を上げ、高卒の親、公立の中高でも双子で東大・京大に合格できました。

と語るその教育答え合わせに迫ります。


1.回答者略歴


Q:お名前を教えて下さい。
→東大&京大卒双子 ノソノソ(妹)

Q:年代を教えて下さい。
→20代

Q:ざっくりのご職業・業界を教えて下さい。
→大学院博士課程

Q:ご自身の幼少期のキャラクターについて教えて下さい。
→口数は少なめのスポーツ好き

Q:ご自身の性格について、以下の観点でお答えください。

Q:最終学歴を教えて下さい。
→東京大学大学院農学生命科学研究科
 
Q:そこまでのルートを教えて下さい。
→公立小・中学校→(高校受験)→県立高校→(大学受験)→東京大学理科2類→東京大学農学部→(大学院受験)

Q:大学合格時点での学習能力の自己採点をお願いします。

Q:ご自身の各学習能力に関してどう考えていますか?
理解力の高さと知的好奇心が優れていると思います。中2ごろから、教科書レベルであれば習わずとも教科書を読めばだいたい理解できていました。知的好奇心が芽生えたのは勉強が楽しくなってきた中2ごろからで、受験のためというより教養を付けたいと思い勉強に加えて小説を読んだり、美術館に行ったりするようになりました。
一方で足を引っ張ったのは、自律性のなさです。スケジュール管理能力が壊滅的だったので、中学時代は塾が管理してくれて助かりました。

Q:(あれば)ご自身の学習特性に気付いた時期、気づいた上での学習面の工夫などあれば教えて下さい。
勉強しだした中2から記憶力が良い方ではないと気がついたので、いろいろな方法で何回も思い出す作業をすることで記憶に定着させるようにしていました。例えば、何回も書いて覚えたり、問題集を複数冊解いたり、壁に単語を書いて貼ったり、姉と問題を出し合ったりしました。
 
Q:教育の得点配分を教えて下さい。

Q:得点配分の意図を教えて下さい。
→進学するにつれて学力への貢献度が高くなっていく配分です。親の放任主義的な方針により、親からの教育はまったくありませんでした。中学は主に塾、高校は進学校だったため徐々に周りのレベルに合わせて学力がついてきたと思います。


2.保護者の教育スタンス(配点25点)

Q:親の最終学歴について教えて下さい。
→高卒

Q:親の教育方針はどのようなものでしたか?
→自分の好きなことをしてもいい、自分の人生は自分で決めなさい、という教育方針でした。特に何かをしなさいと言われたことはありませんでした。

Q:その教育方針はご自身の学業にどう影響したと思いますか?
→好きなことを追求していき、結果的に勉強するようになりました。もともと誰かに何かを強制されることは好きではないため良い方向に働いたと思います。

Q:親は学業に関してどんな接し方でしたか?
★(以下、★は姉と同じ)→学業に関心がない様子でした。今まで勉強しなさいと言われたことはありません。成績表を見て「すごいじゃん」と言ってくれましたが、その成績が何を意味するのかは分かっていなかったと思います。ある日「勉強が大変だ」とボヤいたら「勉強なんかしなくていいんじゃない?」と言われて、やっぱり勉強しようと思ったことがあります笑。適度な放任主義により、勉強への自主性が築かれたと思います。

Q:お姉さまは「もし小さい頃から勉強しなさいと怒られていたら勉強が嫌いになっていた」と振り返っておられます。一方ノソノソさんは如何ですか? 自律性のなさが足を引っ張ったと書いておられますが、勉強しなさいと怒られた方が勉強できたと思いますか?
 →私も姉と同じで、もし勉強しなさいと言われていたら勉強が嫌いになっていたと思います。自律性はないものの素直ではないので他人にせっつかれてもやる気がまったく起きません笑。自分の裁量が大きい方が、モチベーションを高く維持できます。

Q:今振り返って学業につながった、家庭内の文化や習慣があれば教えて下さい。
双子でありお互い負けず嫌いだった、というのが大きかったと思います。同じ学年のライバルが身近にいたことで勉強せざるを得なかったです。
 
★(姉と同じ)→中学生の頃、「新聞を読むと学力が上がる」というチラシを見て、新聞2紙を妹と読んでいました。休日は朝からリビングで新聞を読むのが至福の時間でした。お気に入りの記事はスクラップして、2人の議論のネタにしていました。
 
★(姉と同じ)また、時を同じくして母親がリビングに大きな本棚を設置しました。体良く見せるためか(決して彼女自身は読書好きではないのに)本を何十冊か飾っていて、このころから本に親しみが出てきました。リビングでくつろぐ時になんとなく本棚を眺め、手に取って読んでみる。そうしているうちに自然と読解力が上がり、全教科の成績が上がりました。

Q:親の教育スタンスについての小計を教えて下さい。

親からの干渉がなかったのが良かったです。
経済的に余裕のある家というわけでもなかったのですが、中学3年間はスパルタで有名な塾に通わせてもらい、そこで学力が付きました。


3.~小学校時代※小学受験含む(配点40点)

Q:小学受験はしましたか?
→していないです。家族は小学受験という概念すら知らなかったと思います。

Q:小学校の頃の学業成績について教えて下さい。(全6レベル)

学校は勉強するところだ、という意識すらあまりなかったと思います。出された宿題はちゃんとやるタイプではあり、テストはだいたい9割取れていました。
高学年になると担任の先生がやる気のある生徒にはクイズに近い面白い中学入試問題を解かせるようになり、それに夢中になった記憶があります。

Q:小学生当時の勉強への意識はどのようなものでしたか?

→宿題はやれと言われなくてもこなしていました。宿題にゲーム性を感じていて、誰に言われることもなく「夏休みの宿題は1日で終わらせる」といった目標を自分で設定していました。

Q:小学校の教育環境についてはどう考えていますか?

地元の公立小だったので、特に特徴はありません。中学受験する人は数人でした。

Q:毎日どれくらい勉強していましたか?

宿題以外の勉強は特にしていませんでした。

Q:小学校まで習い事は何をやっていましたか?

Q:学習貢献度の高い習い事について、始めたきっかけを教えて下さい。
→学業に関わる習い事がありません。

Q:習い事の学業成績への影響面について教えて下さい。
→ありません。

Q:今振り返ってやればよかったと思う習い事は?
→サッカー。幼少期からやっていないとうまくならないからです。

Q:小学校までの読書について教えて下さい。

小学校4年生の頃から「かいけつゾロリ」など小学生向けの本を読んでいました。

Q:お姉さまと比較して読書量が1段階上になっていますが、これはその認識であっていますか?お姉さまが読まれてないジャンルがあるのか、ゾロリシリーズの中で読んだ量が多かったのか等教えていただきたく。(細かくてすいません。)
→若干私の読書量の方が多いと思いますが、たいした差はありませんしそこで学力の差が生まれたとは思いません。100~300冊のレンジで言うと100冊くらいで、
青い鳥文庫のパスワードシリーズや、家の本棚にあった福音館の「大草原の小さな家」などを読んでいました。

Q:読書量・読書ジャンルと学力との関係についての分析をお願いします。
このころの読書量が学力に結びついたかははっきり分かりません。

Q:当時熱中していたことは何ですか?それは学業にどう影響しましたか?→外遊び:毎日近所の友達と集まっては外でドッチボールや鬼ごっこ、秘密基地づくり、お店屋さんごっこなどをして遊んでいました。属に言うやんちゃなクソガキでした。脳の発達と外遊びはリンクしていると思います。
室内遊び:ピタゴラスイッチづくり、粘土遊び、漫画(ガンガン、ちゃおを定期購読)とアニメ、ニンテンドーDS、鉱物集めに夢中になっていました。色々な媒体で遊んだことで脳が刺激されたのかもしれません。 

Q:小学校時に学習・進学などで記憶に残る言葉はありますか?
特になし

Q:小学生時代の教育環境の小計を教えて下さい。

親からは何も期待されていなかったので、英才教育の類は受けていませんでした。普通に学校に行き、普通に友達と遊ぶ日々でした。


4.中学時代※中学受験含む(配点25点)

Q:私立の中学受験は考えましたか?
→考えませんでした。

Q:中学行時代の学業成績について教えて下さい(全7レベル)

→中学進学とともに近所のスパルタ塾に入塾。入塾時は偏差値が30でしたが、徐々に勉強の仕方が分かっていき、中学最初の中間テストは1桁台の順位でした。その後は1位をキープしました。

Q:中学生当時の勉強への意識はどのようなものでしたか?

問題を解けるようになる過程にゲーム性があり楽しかったです。また負けず嫌いだったため、塾でテストの順位が張り出されたり、北辰テスト(埼玉県の中学生ほぼ全員が受ける民間のテスト)で偏差値70以上だと冊子に名前が載ったりすることも勉強のモチベーションになっていました。姉の順位の方が上だと常に自慢されて嫌だったため、私が1位になろうと思っていました。

Q:中学校の教育環境についてはどう考えていますか?

地元の荒れた公立中学校でした。毎日窓ガラスが割れ、ついには警察が常駐していました。ストレスで口内炎が一度に13個くらいできていました。

Q:毎日どれくらい勉強していましたか?

中1〜2は19時〜22時は塾の授業、22時〜23時は自習室で勉強していました。

Q:中学校時の習い事について何をやっていましたか?

Q:それぞれの習い事について学習能力への影響を教えて下さい。
私の学力の基礎はこの学習塾で培われました。半年ほどで偏差値が30代から70代まで上がりました。塾講師の教え方が上手で、承認欲求もあって自分からどんどん勉強していきました。

Q:中学時代に学習・進学などで記憶に残る言葉はありますか?
→「勉強できるのきもくね」
中学で同級生に言われた言葉です。荒れていた中学だったので…。
「学校は成績を取るためだけのところ」
信頼していた塾講師に言われた言葉です。中学校が荒れていてストレスが溜まりまくっていたので、この言葉に救われました。

Q:中学校時代の教育を振り返ってどう評価しますか?

→学校は最悪でしたが、塾が良かったので最高得点です。


5.高校時代※高校受験含む(配点10点)

Q:私立の高校受験は考えましたか?
都内の私立中高一貫校の高校部門に受かりましたが、経済的な理由かつ自由な校風に惹かれて姉と同じ県立高校に進学しました。

Q:高校時代の学業成績について教えて下さい(全7レベル)

Q:高校での勉強への意識はどのようなものでしたか?

→自分のアイデンティティが勉強だったので、暇さえあれば勉強か本を読んでいました。県内のトップ層が通う高校だったため、抜かれないようにしっかり勉強していました。東大に多数受かるような超進学校ではなかったため、常に順位が一桁台だったのは自信が持てて良かったです。
 

Q:高校の教育環境についてはどう考えていますか?

→「塾に通わなくても大丈夫」が売りの高校で、自習室の解放や夏期講習など、学習支援体制がしっかりしていました。周りの生徒のレベルも高く、授業終わりに先生に質問する生徒の列ができていたのを見たときは感動しました。

Q:毎日どれくらい勉強していましたか?(平均値で算出してください。高3は受験期を含む1年間、受験期はピーク時という意味)

睡魔との戦いだったので、教室や高2の冬からは塾の自習室で勉強するようになりました。

Q:習い事は何をされていましたか?

Q:それぞれの習い事はどう活きたか教えて下さい。
→家では眠くなってしまうため、自習室を手にいれるために河合塾に通いました。苦手な物理と数学を受講していました。

Q:高校時に学習・進学などで記憶に残る言葉・事件はありますか?
→「あの子は住む世界が違うから」
幸いにも成績が良かったため、いろいろな人から言われていました。私自身は寂しい言葉だと感じていたため、成績を気にせず絡んでくれる友人がありがたかったです。
同級生に嫉妬されカッターナイフを向けられる事件がありました。大ごとにはならなかったです。

Q:高校以降の教育を振り返ってどう評価しますか?

何事にも全力で、という文化の高校だったおかけで体育祭や文化祭、受験勉強にと充実した高校生活でした。

Q:妹さん学歴または学力の差異があれば、その発生要因の分析をお願いします。
→学力テストの類は双子の姉が2位、私が1位だったことが多かったです。
姉は天才肌なゆえに型にはまった勉強を飛び越えて独学する一方、私の方が素直に教科書的な勉強をしていました。そのためお勉強という点に関しては私の方が若干できたのかなと思います。

Q:それぞれ東大と京大の、同じ農学部に進学されて、校風や学校生活について姉妹で話し合われた事もあると思いますが、東大や京大に対して、どのような印象をお持ちですか? 東大にしようか京大にしようか迷っておられる学生さんの参考になる話があれば教えて頂けませんか?
 →もし受験をやり直すなら京大に入ります。京大の方が学生街で自由に生活できていいなと思うからです。京大は食堂がいくつかあり、パフェやケバブ、その場で調理してくれるコーナーがあるなど充実しています。食堂だけを見ても京大の方が学生のQOLを高めようとしてくれているなと感じます。東大の農学部の食堂は地下にあってネズミのにおいがします。

5.答え合わせを終えて

「答え合わせ」というタイトルですが、私自身は難関大学に入ることが正解であるとは思っていません。ですが東大に入ったことで自分に自信を持てたことに加えて、研究環境にも恵まれたので結果的に良かったです。
振り返ってみて、中学校は地元の荒れた公立校ではなく私立や国立に通った方が良かったかなと思いました。「公立校だと色々な人がいることを知れるから良い」という理由で公立中学をあえて選ぶ家庭もありますが、私の場合は単純にストレスが大きかったのと、今のところ「色んな人がいることが分かった」のメリットを享受していません。

Q: 今のところ「色んな人がいることが分かった」のメリットを享受していません。←これはそんなに色んなレベル感の人と今お仕事で接する機会がないから、でしょうか?学力の話とは少しズレますが、教えて頂けると幸いです。
→以前新聞社に勤めていたので、多くの人と接する機会がありました。ですが、中学校で色んな人がいると分かった経験で何かが変わったとは思いません。むしろ、有名な中高一貫校出身で、同級生が東大で一緒のクラスだったり、将来一緒に仕事ができるような人であったりする方が将来のメリットが大きいと思います。私にとっては公立中学は機会損失の方が大きかったと感じます。

6.採点後面談

どうも、#1のカラシカシです。お姉さまの答え合わせと合わせて非常に興味深い内容でした。お2人はほぼ同じ教育過程を辿られており、そのため当然同じような受け止め方をしている部分も多くあり、一方で微妙な差異が生じている部分もあり。勉強に対する考え方にも微妙な温度感があるのも興味深く、またとても参考になりました。

あとは、自分の子供は公立中学に進んでもらおうと思ってるのですが、お二人の書きぶりを見てちょっとためらいだした自分がいます…。

お二人とも渾身の答え合わせ本当にありがとうございました!










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