5月になると思い出す、P,Q,Rと残念な父のこと。
こんにちは、カラストラガラです。スズメの雛と家族の思い出を書きます。よろしければ、どうぞお付き合いください。
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私の育った家の向かいの電線に、ズラッとスズメが並んでいる。2,3羽ではなくズラっとだから、親だけでなく、スズメのきょうだいもいたのだろう。鳥かごから放たれたPが、家族の元へ力強く羽ばたいていく。
だが、「元気で過ごしてね」と、私達家族が見送ることは出来なかった。
父である。我が家で保護したスズメのPが回復した。スズメの家族も迎えに来ていることだ。きっとそこしか見えず、放してやったのだろう。世話をした妻の留守に、放してしまえば妻がどう感じるか想像出来ない人。それが私の父だ。
専門以外抜け落ちた残念な父

我が家は父が大学で教鞭をとり、母は自宅で小学生向けの学習塾を経営していた。
学者バカという言葉がある。きちんとした学者さんに対して失礼だが、私の父に限れば学者バカそのものの人だ。愚かというより、専門以外様々なことが抜け落ちている人だ。よく大学教授が務まったと、私は今も驚いている。外面の良い人で、彼が亡くなって悪く言う人は誰もいなかった。
外面が良いことはいい。敵を作らない努力は認める。だが、家庭で油断しすぎだと、私は父に言いたい。
私が生まれた時、母は産後で体力が落ちているし、初めての子育てで精一杯になる。母は物心つく前に母(私の祖母)を亡くしているから、実家の支援を受けることは期待できない。
妻を一人で頑張らせず、いかに支えるかが父の役割だ。だが、「俺の飯はどうするんだ」と癇癪を起こし、妻に軽蔑された。この人が、私の残念な愛すべき父だ。
彼は言葉足らずで不器用な人だ。食事の不満というより、自分の世話をして欲しい、自分を見て欲しいという不満と向き合えず、癇癪を起こしたのだろう。
自分の子どもが生まれ親になったから、自分がすべきことは何かを考えることが出来ない人だった。そのくせ、「俺だって親になりたかった」と言う。両親に望まれて生まれたことは感謝するが、父が父親という役割に慣れるまで、無意識に「邪魔者」「自分から妻の関心を奪う者」として私を見たのだから、本当に勘弁してほしい。
父は仕事から帰ると、ちらっと私の顔を見ると、すぐに書斎へ引きこもってしまう人だった。当然、妻は自分達の子どもに関心を示さないと、傷つき不安を抱え込むことになる。
父の成長と限界

私は熱性けいれんを起こすなど、身体の弱い子だった。病院通いをし看病する妻と、身体の弱い私を見ていたから、4,5歳離れた下のきょうだいが生まれる頃には、少しは父も父親業に慣れていた。
とはいえ、下のきょうだいを膝に座らせ、二人でキャラメルコーン食べるのが精一杯のお父さんである。偏食どころか、食事をすると疲れると、お菓子を食べる人。子供心に、うちのお父さんは子どもみたいだと不思議に思っていた。
彼が幼いと気づかないのは母だけである。父は暴力を振るう人ではなかった。でも、それだけだった。彼は役割を果たせないことで、父親がいるのに父親不在の家庭を作ってしまった。
父はDVの酷い家庭で育ったから、自分は平和な家庭を築き、良いお父さんをしていると錯覚していた。妻が諦めて一方的に我慢をした結果の、「平和」だと気付けない人だった。確かに彼の父(父方の祖父)と比べれば、まともな点は多い。しかし、基準をそこに置くからズレてしまう。父は父親に成りきれず、夫の役割を果たせず、短い生涯を終えた。
――そんな家庭に、スズメの雛がやってきた。母の教え子が、拾ったものの「元の場所に返してきなさい」と親御さんに言われ、困って持ち込んだのである。
P,Q,R、スズメ達

5月中旬から6月になる頃の出来事だった。
片足の曲がったスズメの雛がやってきた。私達は「Pちゃん」と名付けた。
Pが無事に育ったあと、スズメの雛を2羽世話した。元気に回復したPに続いて欲しくて、QとRと名付けた。残念ながら、この子達は保護して看取る関わりになった。鳥かごの中で冷たくなって倒れてしまう子達だった。心臓マッサージをする代わりに、手のひらでつつみ、軽くゆすってやると目を開く。そんなことが数回繰り返され、寿命を終えた。
回復したPは、QとRと違い、生命力に満ちた子で、2週間かからずに親元へ帰っていった。
我が家に連れてこられた時は、自力で餌を食べたり立つことが出来ない状態だった。お米や青菜をすりつぶしペースト状にし、くちばしから少しずつ流し込んでやる。飲み込むことは出来た。水も同じように与えた。
ほどなく、良い方の足でとまり木につかまり、障害の有る足を添えて立てるようになった。ここからは回復が早い。
人間は遅くまで起きているから、Pの鳥かごは夜になると覆いを被せた。日中は、雨でなければ安全な場所に鳥かごを出した。野良猫の手が届かないあたりだ。
スズメの親は、「うちの子」が人間の子どもに拾われ、どの家に入ったか覚えていたようだ。Pの鳥かごを外に出しておくと、親スズメが芋虫などをくわえて、毎日お見舞いにやってきた。人間の私達が虫を食べることを教えなくても、Pは虫を食べられるようになった。立つことが出来て、十分に食べることが出来る。こうしてPは、体力がつき、鳥かごの中で羽ばたくようになった。
とにかく飛ぶ。闇雲に飛ぶ。鳥かごの中の対角線を使い、羽ばたく練習をする。
居間で鳥かごから放し飛行訓練をさせた。ソファに墜落することもあるし、天井にぶつかることもあるけれど、やがてカーテンに掴まって羽を休め、また飛ぶことを覚えた。子どもの目にも、Pの飛行がどんどん安定していく様子が分かった。
もうそろそろPを自然に返すことが出来るねと、Pの旅立ちを家族で楽しみにしていた。そして、冒頭のエピソードへ繋がる。父である。
Pは恩返しなのか、実家だと思っているのか分からないが、翌年の春から数年間、我が家に巣を作り、「子ども出来たよ、見て」と自分の家族を見せてくれた。なんだか誇らしげに見えた。
Pの曲がった足は治らないが、良い方の足で工夫し、きちんと立っている姿を、今も思い出す。Pの体温と、回復を目指して闇雲に羽ばたいた羽音とともに。
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