生き埋めの人生:精神疾患の70年前と現代を繋ぐ希望と尊厳
生きているのに埋葬されるような、すごく悲しい思いをする矛盾が世の中にはあります。
社会人として「伯父」と書くべきだけど、彼のことを書くなら伯父さんと呼びたいので、この記事ではそう書きます。
父の歳の離れた兄である伯父さんは、社会人になって心を壊すまでは、とても優秀で聡明な人でした。勉強できて就職も上手くいった。幼い私の父を長男というより若い父のように、戦争に3回徴兵されて鬼になった私の祖父の暴力から守ってくれました。当時勉強できなくて落ちこぼれだった私の父は、バカだと思われて傷ついていました。その時父を諦めずに勉強を教えてくれた、優しく頼りになるお兄さん、それが伯父さんです。
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(1) 伯父さんと私の家族
1930年代前半生まれの伯父さんは、社会人になって20歳過ぎに心を壊すまで、将来を期待される長男でした。
『統合失調症の一族 遺伝か、環境か』に出てくる統合失調症を1950年代前半に発症すると、聡明な伯父さんは期待できることは何もなく、大人しく沈んでいきました。
私は統合失調症ではなく双極性障害で、事故で亡くした年下のきょうだいは統合失調症で、1980年代に鬱病で苦しんだ父は双極Ⅱ型障害の可能性があるけれど診断名は鬱病で自死しています。父方の親族はメンタル不安定な方が多かったので、家系の可能性があります。
時限爆弾付きで生まれたようなもので、無念でした。70年くらい前の医療と偏見に接した、伯父はさらに辛かったでしょう。
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(2) 時代背景と医療の限界
現代と異なり薬も治療法も限られている世界だから、入院しても畳の部屋に寝かされている、あるいは閉じ込められるだけです。
伯父さん苦しかったねって思います。
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(3) 伯父さんの悲劇
私の父は、中学に上がり近眼で黒板が見えないことを自覚し、メガネを買ったら勉強できるようになったという冗談のようなエピソードがあります。それくらい、お金持ちの家でも子どもには目が行き届かない冷たい環境でした。父は、「俺、バカじゃなかった」と発奮して、短い人生を駆け抜けました。
対して私の伯父さんは、そういうチャンスが得られないまま私の祖父に、「お前まだ死なねぇのか」と、家族団欒の席でサンドバッグにされる人生を耐えました。
私の母が上記を、20代後半か30代前半に父の実家で目撃して、1970年代に嫁の立場で義理の父に意見するのは物凄くハイリスクなのですが、それは酷いと祖父に指摘し、以来、私の両親の前では言わなくなりました。
伯父さんは、自分の力を発揮する機会に恵まれませんでした。
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(4) 現代との比較とかすかな希望
現代だったらまた違う挑戦もできたでしょう。病気は安定してるわけだから、例えば障害者雇用で働く選択肢があります。
障害者雇用自体は議論すべきことがあっても、世の中の取り組みが有ることは、無い時代より進歩しています。
弟の長男が生まれたからと、伯父さんお金ないのに高価な子ども用のバギーを買って、電車を乗り継いで2時間かけて届けてくれました。私は、彼の幼い者への無条件の慈しみや祈りのこもったバギーで育ててもらいました。病気をしようと、時代の無理解があろうと、伯父さんは出来ることを探しました。不遇でも投げ出さなかった点を尊敬しています。
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(5) 世代間の架け橋の私からあなたへ
わずか数世代前はそんなに悲しい思いをする人がいたんだよ、フィクションではなく実話なんだよっていうこと。これを共有しておくことで、あなたの人生が豊かになればいいなと、読み手の気持ちが楽になればいいなと私は思っています。
ご病気の方は、現代の医療の方がマシと思ってくれたかもしれません。
病気になるの避けようと、過労死スレスレの方が、自己防衛してくれるかもしれない。
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(6) 生存する努力さえ叩かれる落とし穴のこと
例えば、私は生きているだけっていう言葉が苦手なんですけど、なんでかって言ったら、私のおじさんは生きているだけが精一杯だったわけですよね。本人の能力っていうよりは、社会的にそれしか許されなかった。
この一族のスケッチを、あなたがあなたの幸福を守りより幸福になるためのお守りとしてご利用下さい。世界にはなってみないと分からないことは存在するけど、なる前に理解して、社会の落とし穴は避けたり、危ないから補修することが重要ですね。
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