飼育とは何か、うちの子から教えられた
現代は犬用に作られた安全なケーキも売られている。誕生日など記念日に与える人もいる。
対して1980年代はそうした選択肢は少なく、人の食べ物を与えないことを、母の友人の獣医から教えられていた。昔の世代のように残飯を犬に与えると、犬が人の食べ物を欲しがる習慣が出来てしまうから。
柴犬と秋田犬の雑種であるうちの子は、優しい。人が好きで番犬にならない。しかし、よく家族を観察しており、「遊びたいけど、近くに行くと邪魔かしら。疲れているかな?」と、家の角から顔を出して、我々を見ていることもあった。遠慮しなくていいからおいでと彼女を呼ぶと、嬉しそうにやってくる。
さて、彼女の食べ物に関して、小学生としては葛藤があった。少しくらいなら健康に影響がないのではないか。あげれば喜ぶことが分かっているのに、人があげないのは残酷ではないのか。まだ、こう言葉には出来ないけれど、それに近い葛藤を感じた。
愛しているのに喜ばせると健康を害してしまう
同じものを分かち合うことができない
つまり、人が動物を責任もって飼育することに葛藤していた。
けれど、例外はある。生卵は、塩分などの心配はない。ドッグフードにかけて与えると、喜んで食べていた。犬だから、よく噛まずに飲み込んでしまう。
あるいは、犬用のガムを与えると、少し噛んで確かめて「これはとても良いものだからしまっておこう」と、穴を掘って埋めて、後からどこに埋めたか分からなくなりしょんぼりしていることもあった。優しい個性なので、野生が薄いのかもしれない。なぜ、狭い庭で宝物をなくすのか、嗅覚で見つけられないのか、不思議だ。
こうして彼女の健康を壊さない範囲で、どう喜ばせるかを考えることは、必ずしも不自由なことではなかった。
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