4歳前後だろうか。ある日、父の実家で、手を洗いに洗面台へ行った。記憶が断片的だが、子どもは「手を洗ってこい」と言われることは自然なことだ。

ところが、洗面台で鏡の前のシンクで手を洗おうとしたら、足元の絨毯が動いて立ち上がりこちらを見ている。その絨毯はタオル地の感触とことなりゴワゴワし、生温かい。

突然のことで、私は叫ぶこともできず、息を呑んだ。本当に驚くと言葉が出ないことを、経験した。私はその絨毯から目を離さずに、後ずさりして、両親の元へ走った。

父の実家、つまり父方の家は、父の兄が後継になっている。結婚するまで父はここで暮らした。だから、父の実家の黒い雑種の雌犬は、父のことを自分の息子のように思っている。この犬からすれば、私は孫である。

この黒い犬は、玄関から部屋に上がって、屋内の洗面所までは上がってもいいと躾られていたので、そこが彼女のベットみたいなものだった。だから彼女は何も悪くない。むしろ、絨毯と見間違えた私がいけない。けれど、とくに気を悪くするわけでもなく、孫のような私が急に驚いたことを理解し許してくれたのだろう。

噛んだり吠えることもなく、私が動物に不慣れであることも理解してくれた気がする。ある意味、祖母のような犬である。

あれから40年以上経った今でも、黒い雑種の犬を見かけると、無関係なのに彼女の末裔のように親しみを覚える。彼女も私も錯覚しているけれど、生き物と人の信頼関係のキーワードは誤解かもしれない。誤解から始まっても、我々は仲間や家族になれる。



いいなと思ったら応援しよう!

三澤直己 | カラストラガラ / Trgr | フォロバ100% ここまでお読み下さり感謝。各種SNSでのシェアも励みになります。非営利の取り組みが多いため、チップのご検討、助かります。