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先輩ってむずかしい

早いもので大学3年生になり、「先輩」と呼ばれる場面が増えてきた。

GWに一息ついて振り返ると、今年も多くの新入生に出会ったなと思う。自分が新入生だったときのこともまだ鮮明に覚えている中で、今までずっと「後輩」だった自分が「先輩」としても接することに戸惑いを感じつつも、2年目になると少しずつ慣れてきた部分もある。

高校までの部活とは組織の雰囲気も全く違う中、先輩2年目として気づいたことを少し書き残します。


私は中学のとき運動部に所属していて、別に強豪校とかでは全くなかったけど、運動部独特のしきたりというか、上下関係が明確にある場所だった。

目上の方が来たときはすぐに立って挨拶するし、荷物を持ったり椅子を用意したりする。先輩にLINEをするときはスタンプなんて絶対有り得ないし、絵文字も許されない。慣れない敬語を使いながら、返信もなるべく早くする。そういう環境で中学時代を過ごしたから、その感覚は今の私にも根強く残っている。

私の部活のしきたりが良いものだったとは全然思っていない。ただ、厳しく指導されたことに従わないと、ある意味先輩を「舐めている」と見られたし、裏を返せば忠誠心や尊敬の念を示す方法でもあった。

高校時代はもっと緩い部活だったけど、大学入学後、大変インパクトのある先生に出会い、この先生のゼミに入りたい!と思ったときも、そしてゼミに入れた今も、ずっとその文化が頭の片隅にあるのだと思う。

・・・その中で自分にも後輩ができて、彼らと接するうちに、少し違和感を感じる場面もあった。LINEをしていて絵文字が頻繁に登場したり、いきなりタメ語やスタンプを送られたり、「かつての私の感覚では」少し驚いたし、もっと言うと、舐められているのではないかと感じることもあった。でも他の場面では慕ってくれていると感じる場面もあって、その違いになんとなくモヤモヤしていた。


そこで先生や周りの人に相談したところ、みんな口を揃えて「彼らはあなたのことを慕っているよ」と言ってくれた。ひねくれた奴のように感じられるかもしれないけど、最初は信じられなかった。

でも、先生から「悪意があるか」で人を判断すると楽になると教えてもらって以降、見方がガラッと変わるようになった。

そうか、彼らにとっては絵文字やスタンプを多用することは無礼でもなんでもなくて、タメ口を混ぜてくることももしかしたら親しみの現れなのかもしれない。単なる「文化の違い」なんだと考えると、今までの私の感覚って全然令和じゃなかったんだな~と気づかされた。


少し話が飛んでしまうけど、社会人になったらこのような文化の違いって色んな場面で感じることになるだろうなと思った。

特に今の管理職世代の方々は、自分自身は若手の頃に怒号を浴びせられながら厳しく育てられたにもかかわらず、いざ管理職の立場になると、パワハラ・セクハラにならないように一言一句に気を配らないといけないなんて、理不尽だなと感じる。

でもその中で、「今の若いやつは…」と言い続けていたら、きっと周りとは溝が生まれてしまうと思うし、自分自身も疲れてしまうと思う。


思い返すと、今の私の身近にいる先生や先輩ってみんな優しい(≠甘い)。もしかしたらその方の価値観からはタブーなことを犯してしまっているかもしれないのに、きっと私が気づかぬうちに許してくれてることも沢山あるんだと思う。

「悪意があるか」で人を判断するって、すごく良いことだと思った。私自身、中学時代の古い価値観でいつまでもいてはいけないとは思いつつ、その感覚自体を消すことは難しい。でも、新しい価値観をどんどん受け入れることは、自分も楽だし周りを変に傷つけずに済むはずだ。言葉にすると当たり前のようだけど、実行するのは案外難しいというのは分かっている。

形式ばかりの敬語を使われる先輩より、気軽に相談してもらえたり、話しやすいと思ってもらえる先輩の方がいいじゃないか。そう思って残りの大学生活楽しみます。

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