見出し画像

南禅寺と東福寺が大切に思う信州人 ~ みんなのしんしゅうがく旅行【京都】編

『みんなの新・修学旅行
 であり
みんなの信州学・旅行
でもあります

信州人(長野県民)の旅のnote【京都】編

修学旅行は昔の想い出の人も、これから修学旅行という人も
イマドキの新しい修学旅行の気分を楽しみましょう


今回は特に長野市の中学校(その中でも若穂中学、三陽中学、犀陵中学)関係者の皆さんに読んでいただきたく書きました

長野市にある若穂中学校の修学旅行では、京都の南禅寺で校歌を歌ったり絵馬を奉納しています

「えぇ? なんで長野県の中学の校歌?」
「そんなことあるの?」

そうなんです、そんなことあるとはビックリですよね

南禅寺と中学校教員の深~いご配慮によるものですが、その理由は長野市出身の二人の人物にあります

今回はそのエピソードをまとめたnoteです



南禅寺と東福寺のおさらい

最初におさらいをしておきましょう

詳しく知りたい方はこのnote下部にまとめた公式サイトをご確認下さい

南禅寺(最高格式の禅寺)

南禅寺は「絶景かな、絶景かなぁ~」の歌舞伎名セリフで知られた三門
京都でも桜と紅葉の指折りの名所
そしてテレビ番組撮影スポットでお馴染みの水路閣

で観光的に知られている古刹です(ホントはもっと畏れ多い)

また室町時代の禅寺の格付け制度「京都五山」、「鎌倉五山」の
さらに上、「五山之上」
最高ランクに位置付けされているのが南禅寺です

東福寺(京都の巨大寺院)

東福寺は奈良の東大寺と興福寺から「東」と「福」をいただいたお寺

名前に違わぬ巨大伽藍を誇ったお寺で、かつては大仏もありました

「京都五山」にもランクインしています

観光的には青もみじと紅葉の名所となっていて見頃の時期は入場制限がかかるほどの人気があります

「もみじだけ?桜は?」
なのですが、当初は桜がスゴ過ぎて観光名所となり、修行の妨げになるため
室町幕府に伐採してもらいました(←話を簡略してます)
そして代わりに植えた「かえで」がやがて見事な紅葉の景観となり...

お寺の開基、開山、創建

新たにお寺を創建する(開く)際には住職や経済的に支える人が必要です

少し乱暴ですが簡単に言えば
開基:お金を出す人
開山:初代住職
創建:完成させた(伽藍を整えた)人
になります


さていよいよ本題のお二人、南禅寺開山大明国師と南禅寺創建南院国師についてです

南禅寺開山大明国師

無関普門(むかん ふもん):お生まれは長野市若穂保科

「大明国師」というのは諡号なので「無関普門」の方が知られています

亀山上皇に請われ、南禅寺の初代住職(開山)になられたスゴイ人なのです

歴史の表舞台に登場してくるのが何と約70歳! (遅っ!)

東福寺の第三世住持というトップに就かれました

そして有名なエピソード
亀山上皇に頼まれ、離宮(のちの南禅寺)に現れる妖怪を降伏しました

それにより76歳にして南禅寺開山となられたのでした

その妖怪退治、こんな話です
亀山上皇が離宮に妖怪が跋扈してほとほと困り果てて無関普門に退治を依頼
無関普門は離宮に移り住み、しばらくすると妖怪は出てこなくなりました
亀山上皇がどう退治したのかとお尋ねになったところ
「何もしていません。ただ正しい行い、正しい生活をしていただけです」
と答えたそうです
当時の書物によると静かに座禅をし掃除などの勤めに励んでいたようです

東福寺の塔頭で庭が有名な龍吟庵に無関普門の塔所(墓所)があります
龍吟庵は無関普門が亡くなられた住居跡だそうです

南禅寺創建南院国師

規庵祖円(きあん そえん):お生まれは長野市長池(現在の朝陽北長池・古牧南長池辺りとされている)

規庵祖円は南禅寺を無関普門が開いた時からナンバー2として活躍
突然の無関普門の死により引き継いだ時は、南禅寺整備は始まったばかり

南禅寺の様々なお堂や体制を整備したのは実質的に規庵祖円になります

そのため「南禅寺創建南院国師」が諡号となっています

規庵祖円が南禅寺第二世住持となったのは何と31歳! (早っ!)


【京都観光】南禅寺・東福寺を訪ねて

京都観光としてあらためて紹介するまでもない超人気観光スポットです

お話したい観光ネタは山積なのですが、今回のnoteの趣旨に添わないため
公式サイトとGoogleMapだけにとどめておきます

南禅寺

公式サイトはこちら

南禅寺のGoogleMapはこちら

東福寺

公式サイトはこちら

東福寺のGoogleMapはこちら

【信州観光】南禅寺顕彰碑を訪ねて

長野市若穂広徳寺

長野市若穂の保科地区にある広徳寺

その入り口に南禅寺による立派な顕彰碑があります

南禅寺顕彰碑全景(長野市若穂広徳寺)

上記画像左に見える案内板には以下の説明が記載されています

南禅寺顕彰碑の説明文(長野市若穂広徳寺)

広徳寺のGoogleMapはこちら


【追伸】松本市まさかの逆マウント

「なんだよ、長野市の話かよ、つまんねぇ」

と思われた松本市民の皆さん、お待たせいたしました!
(話題がローカル過ぎて申し訳ありません)

実はこの話には別のエピソードもあります

南禅寺を開く際、無関普門より先に亀山上皇から直々に開山依頼された人物がいたそうです

その人こそが松本市出身の心地覚心(しんち かくしん)

心地覚心は高齢を理由に断ったそうです

「あれれ、まさかの松本市の逆マウントですか!」

ですが、この心地覚心という人物、とてもスゴイ方なんです

酒のツマミに欠かせない「金山寺味噌」や長野が誇る「信州味噌」
その生みの親といわれています

さらに尺八を日本で広めたのも心地覚心

その心地覚心ですが今日はご紹介まで

和歌山に深い関係がある人なので

『みんなのしんしゅうがく旅行【和歌山】編』

の際に詳しくお話しましょう

信州(長野県)にいると和歌山県って関心薄いですよね
 みかん?...静岡も愛媛もあるしなぁ
 パンダ?...もういないでしょ
ヘタすると紀伊半島のどの辺が和歌山県なのか知らなかったりしませんか?
でも最高に面白いんです、和歌山!
日本最大の半島である紀伊半島に位置し、
徳川御三家の一つ紀伊徳川家の和歌山城があって、
高野山があるので日本の中心どころか世界、いや宇宙の中心であり、
秦の始皇帝に命じられ不老不死の薬を探しに出た徐福が辿り着いた場所!
お楽しみに!

いいなと思ったら応援しよう!