女の職場で、一人飯!
1 ジャンクフードはソウルである!
女の職場で一人飯。
それは正直、天国である。
もちろん私は、人と食事をするのが嫌いなわけではない。
学校で働いていた頃は子ども達と給食を食べていたし、気の良い同僚達とお弁当を囲んで笑ったこともある。
ただ、私は昔から不思議だった。
どうして女性達は、「もう嫌!」と言いながら、その人達と一緒にいるのだろう。
昼休みになると、その場にいない人の悪口が始まる。
話題は次々と変わるが、終着点はだいたい同じだ。
誰かの話をしていたはずなのに、最後は自慢話&不幸自慢になっている。
私はいつも思う。
無駄だ、と。
その貴重な昼休み、もっと違うことに使えないだろうか、と。
多分。
私は、「女性」という生き物に向いていないんだろう。
そう言えば、女性には「ぶた」に見える絵が、私には「滝」に見えていた。
ちなみに、「滝」に見えるのは男性だそうだ。
ま、これはこれとして。
現在の職場は、見事なまでの女の職場である。
園長先生も女性。
保育士の先生達も女性。
給食室の先生達も女性。
めでたいことに、全ての職員が女性なのだ。
私はこの幼稚園で働き始めて四年になる。
人間関係では本当に色々あった。
今まで働いてきた職場の中でも、なかなかに濃い。
だが、その一方で給料は今までで一番良い。
仕事を続ける理由。
それは、ずばり、お金である。
夢も希望もないが、本音だから仕方がない。
そんなサバイバルな毎日の中で、私を支えてくれるものが、昼食だ。
しかも本日は特別である。
私の魂を癒やしてくれる、ジャンクフードの日なのだ。
五十路を過ぎてまで、カップご飯を昼食にするなんてどうなんだと言われるかもしれない。
だが、そんなことは知らない。
魂が求めているのである。
今日の主役は、日清の「カップdeごはん 麻婆豆腐飯」。
脇を固めるのは、鮭とわかめのおにぎり。
そして、スープジャーに入った味噌汁。
タンブラーに移し替えたジンジャーエール。
本当はアルコールフリーのものにしたかったけれど、勤務中なので、それは避けることにした。
そしてデザートのいちご。
完璧である。

先日、スーパーの値引きコーナーで麻婆飯を見つけた瞬間から、私は今日を楽しみにしていた。
もはや遠足前日の小学生である。
午前中の仕事を終えた私は、ロッカーへ向かった。
職員用の休憩室もあるのだが、私はロッカーのテーブルがお気に入りだ。
理由は単純。
人がいないからである。
現在の職場では、十一時半から十四時までの好きな時間に休憩を取って良いことになっている。
私は比較的早い時間に休憩を取る。
午前中の主な仕事が、清掃や環境整備だからだ。
その代わり午後は忙しい。
学童にやって来る子ども達の見守り。
事務作業。
図書室の本の整理。
紙芝居の整理。
送迎バスの添乗。
気が付けば一気に仕事が押し寄せてくる。
だから昼食は、私にとって大切な充電時間なのだ。
私は説明書を見ながら麻婆飯を作り始めた。
レトルトご飯をほぐし、カップへ入れる。
スープの素を入れ、お湯を注ぐ。
そして五分待つ。
待ち時間には、おにぎりをいただく。
本日は鮭とソフトわかめのおにぎり。
韓国のりで包んである。
一口食べる。
パリッとしたのりの感触と、ふわっとしたご飯とさけの塩気とワカメのうま味が口の中に広がる。
うまい。
実にうまい。
その頃には麻婆飯も完成していた。
よく混ぜて、一口。
……きしめんだ。思わず、そう思った。
ご飯が少し戻り切っておらず、米同士が仲良くくっついている。しかし味は良い。
麻婆豆腐のピリッとした辛さが疲れた身体に染み込んでいく。
時々飲むジンジャーエールも最高だ。炭酸の刺激が気分をリセットしてくれる。
合間合間に飲む味噌汁は、味噌の温かさが染みる。
今の季節はまだ肌寒いから、この温かさは良い。
そして最後はいちご。
私はいちごが好きだ。
いや、かなり好きだ。
幸せである。
高級レストランではない。
映えるランチでもない。
だが、私にとっては十分だった。
食べ終わった私は、小さく手を合わせた。
「ごちそうさまでした」
昼休みは一時間。
食事に三十分使って、残り三十分は仕事に使う。
パソコンが空いている昼休みは、事務仕事がはかどるからだ。
テーブルの上に広げたお弁当の道具を片付け、ゴミ箱へカップを捨てに行く。
すると年配の職員が通りかかった。
私の手元を見るなり、言った。
「あら、カップ麺?」
正確にはカップご飯なのだが、細かいことは気にしない。
「駄目じゃない。いくら独身でも、そんな体に悪い物ばかり食べていたら」
私は、「カップdeごはん 麻婆豆腐飯」を、独身だから食べているのではない。
食べたいから食べているのである。
私は笑いながら答えた。
「そうですね。でも、体に悪い物って美味しいじゃないですか」
すると職員は一瞬黙った後、
「まあ……それはそうね」
と苦笑した。
勝った。
私は、心の中で小さくガッツポーズをした。
ジャンクフードは体に良くない。
そんなことは知っている。
だが、疲れた心に染みる食べ物というものは確かに存在するのだ。
そして私にとって、本日は、麻婆飯だったのである。
2 一人飯には極意がある!
さて。
ここまで読んで、「ただ一人でご飯を食べているだけじゃないか」と思われたかもしれない。
だが違う。
一人飯には、一人飯の作法がある。
私は四年間の職場生活の中で、その極意を身につけた。
① 周囲の音を遮断するべし。
まず一つ目は、これである。
私が昼食を食べるロッカーは、給食室のすぐ隣にある。
つまり、壁一枚向こうでは調理員さん達が仕事をしている。
そして、話をしている。実によく話をしている。
私の働く園の調理員さんは二人。
私はその二人のお子さんの名前を知っている。
会ったことはない。もちろん紹介されたこともない。
だが、知っている。
片方のお子さんは吹奏楽部で、好きな漫画のキャラクターが亡くなった時に大変落ち込んだらしい。
もう片方のお子さんは社会人だが、朝起きるのが苦手で、お母さんが毎日苦労しているらしい。
なぜ知っているのか。
壁が薄いからである。
私は昼休みのたびに、壁越しの子育て相談を聞かされていた。
何が悲しゅうて、他人様の子ども事情をBGMに、昼食を食べなければならないのだろう。
もちろん、「もう少し静かにしてください」などと言う勇気は、私にはない。
女の職場で、その選択肢は危険すぎる。
そこで私は文明の利器に頼ることにした。
イヤホンである。
百円ショップで買ったイヤホンだったが、これが素晴らしかった。
耳に差し込み、お気に入りの音声を流す。
すると不思議なことに、隣で誰が何を話していても気にならなくなる。
現在、私のお昼のお供は二種類だ。
一つは「咲熊」と言うYouTubeの方の歴史解説系の動画。
もう一つはラジオ番組である。
歴史上の王妃や愛妾の話を聞きながら食べるおにぎりは、なぜだか妙に美味しい。
職場の人間関係からも離れられるし、頭の中を別世界へ連れて行ってくれる。
地域のラジオ番組は、地方タレントのパーソナリティーさん達だから、馴染みがあるし、地域の話題も出る。
リスナーさん達の話題もプライベートの悩みとか、地元の情報とか、果ては家庭の相談とか、さまざまなものがあって、聞いていて楽しい。
少なくとも、女性が集まって開かれる悪口&愚痴大会よりも、聞きごたえがある。
一人飯とは、ただ一人で食べることではない。
束の間、自分だけの世界へ逃げ込むことなのだ。
そして、もう一つ。
私が大切にしていることがある。
②目の前のご飯を全力で味わうこと。
スマホを見ながら食べないし、SNSも見ない。もちろん、仕事のことも考えない。
今、目の前にある、昼食だけを自分が食べているものだけに集中するのである。
本日の昼食は、釜玉うどんである。
冷凍うどんを解凍し、ごま油をまぶして、タッパーに入れる。
うどんをお弁当にする時は、傷まないように大きな保冷剤を入れている。
良い感じでほんのりひんやりとしているから、そこへ「エバラ プチッとうどん 釜玉うどん」のポーションをかけ、生卵を落とすのだ。
薬味にネギがあれば最高である。
箸で混ぜると醤油の香りがして、卵とねぎがうどんに絡んでくる。
そして、一口。
ネギの辛みと生卵が醤油に絡んで、うどんと一体化している感じがする。
おいしい。
本当に、おいしのだ。
高級料理ではない。
だが、疲れた身体には十分すぎるご馳走だ。
おにぎりは、定番のソフトシャケとわかめのおにぎりの素を混ぜて、韓国のりで包んだもの。
これまた、安定の美味しさだ。
そして、スープジャーでシメジと豆腐とわかめの味噌汁が、また良いのだ。
シメジが甘くて弾力があって、シメジのうま味が味噌汁に溶け込み、何とも言えない味わいになる。
「うん、美味しい!」
私は、小さい声でそう呟いた。

隣の給食室では、調理員さん達が何か話している声が聞こえきたけれど、お弁当を堪能している私には、何を話しているか、細かいところまでは聞こえなかった。
目の前にある昼食に集中して、それを味合う。
これこそが、一人飯の極意なのである。
デザートのいちごを楽しんだ後、私はうん、と頷いて、
「まあ、午後も頑張るか」
と呟いた。
大人が生きていく上で必要なのは、立派な理想でも、高尚な趣味でもない。
案外、「今日のお昼、楽しみだな」くらいの小さな幸せなのかもしれない。
とりあえず、今やるべきことを、私はするために椅子から立ち上がった。
3 一人飯はおにぎりの人格で!
突然ですが。
もし 料理の擬人化があるとすれば、おにぎりは誠実な爽やか男子になると、私は思う。
なにせおにぎりの作り方がシンプルだ。
炊きたてのご飯に塩をまぶして握る。
海苔で包む。
その場で食べてもいいし、お弁当としても持っていける。
だがおにぎりの一番のすごさは、ある程度の具材であれば、受け入れて美味しくしてくれることである。
ワカメ、カツオ、シャケ、じゃこ、明太子などの定番具材はもちろんのこと、チーズや ケチャップマヨネーズポテトサラダなど、「こんなの合うの⁉」と思えるようなものも、おにぎりは受け止めて美味しくしてくれる。
その誠実だと柔軟性は、白いTシャツが似合う好青年である。
そこまで考えて。
私は、ふと気づいた。

これは、BL言うところの理想的な「受」である。
淋しい魂を抱える「攻」を、その誠実さと柔軟性で包み込む。
良い……!と、私は思った。
確かに、BLの王道パターンではある。
だが、良い。
健気な「受」とゴージャスだが、心に寂しさを抱える「攻」。
この組み合わせは、シャケとワカメのおにぎりのように、定番だが心に染みる。
しかしそう考えると、この擬人化されたおにぎりに合う攻はどんな料理だろう、とも思ってしまう。
味噌汁は定番だが、それだと癒され男子攻だとなってしまう。
これもありだが、私好みではない。
唐揚げだと、みんなに愛される陽キャ攻男子になるので、これも何か違う。
でも、ぱっと見は陽キャで皆に称賛されあこがれも抱かれているが、心に闇を抱えていそうな料理がおにぎりの「攻」になりそうである。
どんな料理が良いのか。
私はそんなことを思いながら、おにぎりを頬張った。
本日の昼食のメニューは、おにぎりと味噌汁、そしてメインは唐揚げ、ミニトマトと、めんたいこスバゲッティである。
私のおにぎりの具は、シャケとワカメが多い。
これは私の好きなソフトふりかけを出している「魚の屋」が、ダイソーによく置いてあるからである。
このソフトふりかけの素晴らしいところは、まず何と言ってもご飯と混ぜたらすぐ食べれるということである。
大体のおにぎりのもとは、ご飯に混ぜたらしばらくは 漏らさないといけないけれど このソフトふりかけは混ぜたらすぐ食べることもできるし、ご飯が冷めても美味しいのである これぞ究極のおにぎりの素だと私は思う。
実は私が気に入っているのは、明太子が混ざっているものである。
だが 明太子は原料費が高いのか、時々しか出ていない。
それが、とても残念でならない。
そして、おにぎりを巻く海苔は、韓国のりである。
ごま油の香りがおにぎりの塩気と混ざり、ぱりばり感を香ばしくしてくれる。
私は、おにぎりの後にお味噌汁を流し込んで、ふうっとため息を吐いた。
「kaku先生、ちょっと良い?」
と、その時だった。
副園長先生が更衣室の入り口から、私に声をかけてきた。
彼女は園長先生の娘さんで、後継ぎさんでもある。
まだ三十代後半で、副園長としとても熱心に仕事をしている人だった。
「はい、何でしょう」
私はイヤホンを外して、副園長先生に向き直った。
「今日、ゼロ歳児さんのクラスの先生が急遽早退することになったから、休み時間が終わったら、ヘルプに行ってもらえますか?」
「わかりました」
そうして。
私は、副園長先生の言葉に頷いた。
基本的に、私はヘルプ要請があった時は、断らないようにしている。
確かに自分で立てた仕事の予定は、変更しないといけない。
本日は昼休みの間にパそこんそ仕事をして、本の整理をするつもりでいた。
けれど、「本の整理」はヘルプに入ると、できなくなる。
でも、「本の整理」は、急ぐ用事ではないし、人手が足りないとなれば、断る理由はない。
明るく、誠実でいること。
仕事は確実にこなすこと。
一人飯を楽しむためには、この人格設定は、重大だと私は思っている。
それは、おにぎりのような人格だ。
「一人飯」をするのは、人を嫌い、周りと馴染めない性格をしているからではない、と。
周りにそう思わせないと、一人飯は安心して楽しめなくなってしまう。
まあ、周りはそう思っているかもしれないけれど、私なりの気遣いだ。
少なくともそればかりではない、と思わせるのは大変重要だ。
私はそう思いながら、残り三十分間は、本の修繕に費やすことにした。
この園では本がたくさんあるのだが、どこに何の本があるのか誰も把握しておらず、修繕もセロファンテープを使ったり、そのままにしてあったりと、お世辞にも良い管理状態とは言えなかった。
図書室に向かおうとしていた矢先、
「あ、kaku先生、ちょっと」
園長先生に呼び止められた。
「はい、何でしょう」
園長室へ入ると、園長先生がソファをすすめてくる。
園長先生は、私にソファを進めて来た。
あ、これはちょっとめんどくさい話だな、と私は悟る。
女同士の職場、言いたいことは直接言わず、園長先生や副園長先生から伝えられることがデフォなのだ。
「あのね、kaku先生が子ども達の遊びを止めたって話があってね」
「先日の振替休日の時の件ですか?」
学童の子ども達が朝からいたから、確かに園児達と一緒に遊んでいた日だ。
「そうそう。せっかく遊んでいたのに、先生が『ダメ!』って止めたって……」
「はい、止めました。学童の子は『園児が園庭にいる時は三輪車に乗らない』という決まりがあるので」
「担任の先生は、園児が『乗りたい』って言ったから頼んだって言ってたけど……」
「その三輪車、園児の足が届かないサイズでした。 しかも周りでは学童の子が走り回っていて、危険でした。 さらに『乗らない決まりなのに乗ってる』と、他の学童から不満も出ていました」
でも、一番の問題はそこじゃあない。
私は、そこで一度言葉を切った。
「足の届かないということは、その園児にとって三輪車はまだ使う対象ではないってことです。それを『使わせる』と言うのは、まずそこも問題ですよね?」
「それは……」
「ですが、それは担任の先生が決めることだと私も思います。一番の問題は、ご自身がそれをせず、あろうことか他の職員と話しをして、学童の子どもにさせたってことです。何かあった時、責任は誰が取るんですか?」
私としても。
理由なく、止めたのではない。
子ども達の安全と学童の「きまり」を守るために、止めてさせてもらったのだ。
学童の職員は、私である。
他の学童の職員達と話し合い、園長先生や副園長先生とも話し合って決めた「きまり」を、外野の勝手な判断で変えられるわけにはいかないのだ。
「一緒に遊ばせたい気持ちは分かりますし、遊び自体は良いと思います。 ただ、もっと安全な遊び方もあったかな、と。 私も気をつけますので、担任の先生にも共有していただけると助かります」
園長先生は、「そうね……」と頷いた。
何とか穏やかに話はまとまった。
勿論、毎回こんなことはしていない。
悪かったことは素直に受け入れ、改める。
それは、心がけている。
だが、譲れないところは、譲らない。
結局。
私は、十分後に園長室を出た。
残り二十分間で、とりあえずできるところまで、本の修理をしようと、図書室へと向かった。
懐の深いはずのおにぎりも、嫌な具材は拒否をする。
おにぎりの中にチョコレートを入れると、やはりそれは違う。
その芯の強さは、やはり理想的な「受」だろう。
一人飯を楽しむためには、そんな「おにぎり」の人格でいなければならないのだ。
敵意は持たれず、だが甘くも見られない。
その絶妙さを合わせ持つ「おにぎり」は、私の理想の人格でもある。
そんなおにぎりには、どんな「攻」が良いのか。
私は頭の中で考えながら、歩いて行った。
4 きっと明日も一人飯!
で、出た結論は。
「豚肉」であった。
豚肉の薄切りロースを巻きつけて、めんつゆに絡めてフライパンで焼くと、それはそれは美味な「肉巻きおにぎり」になる。
甘辛いめんつゆの香りをまとった豚肉は、表面はこんがりと焼けている。
そして一口かじれば、豚肉の香ばしい香りとうま味が広がって、めんつゆを吸ったご飯の甘じょっぱさが広がっていく。
しかも、豚肉はおにぎりの個性を消さない包容力がある。
本当に理想の「攻」である。
しかし、「料理」ではなく「食材」なので、ちょっと最初の思惑からは外れているが、二つの個性が一つになり、新しい料理(もの)となる。
これは、究極のBLパターンである!
まあ、現実はとても厳しいのだが、妄想の中でぐらいは、許して欲しい。
職場の帰りの車の中でそのことを思い付いた私は、明日のお弁当に、肉巻きおにぎりを入れることにした。
肉巻きおにぎりの作り方は調べてある。
おにぎりを小さめの俵型に握って、豚バラ肉を巻く。
豚バラ肉は3~5枚を少しずつ重ね広げたら、ご飯を乗せて、ごはんが見えないように肉を巻き、巻き終わりにつまようじを刺して止める。
そうして、フライパンを中火で熱し油をひいたら、爪楊枝を刺した部分を下にして焼く。
一分ほどしたら九十度転がして、更に一分ずつ四面にわけて焼く。
焦げ目が付いていない部分もしっかり焼き目を付けて、めんつゆを入れて弱火で煮詰める。
照りが出てきたら火を止めて、白ごまをふると完成!である。
私は、自宅に帰る前に、スーパーに寄って、材料の買い出しをすることにした。
豚バラ肉。
白ごま。
そして、値引きされていたいちご。
食べたい物を作る時の買い出し程、心躍ることはない。
私は独身で夫も子どももいない。
定年までは働くつもりでいるが、下手をすると死ぬまで働くことになるかもしれない。
なかなか壮大な人生計画である。
けれど、こうやって食べたい物があって、それをゆっくり堪能する時間があれば、どうにかこうにか、やっていけそうな気はするのだ。
職場では色々なことがある。
人間関係もある。
予定外の仕事も入るし、ヘルプの仕事も飛んでくる。
でも、明日のお昼の時間に、好きな物や食べたい物があれば、私はやっていける。
考えてみれば、私の幸せは実に安上がりである。
麻婆飯で喜び、おにぎりで語り、いちごで幸せになり、おにぎりのBL設定で楽しんでいる。
我ながら、なかなかどうかしているとも思うけれど、だが、人間というのは、案外そういうもので生きていけるのかもしれない。
大きな夢や目標も大事だ。
けれど、「明日は肉巻きおにぎりだ」という楽しみも、同じくらい大事である。
私はレジに並びながら思った。
明日のお昼ご飯も、きっと美味しい。
豚肉の包容力に包まれた、「肉巻きおにぎり」が待っている。
デザートのいちごと、相棒の味噌汁もスタンバイしている。
BGMは旦那に「欲情しない」と言われながらも、「知らんがな」という気持ちで、嫁いだ宮廷で人々から絶対な信頼を勝ち取ったお妃様の話にしよう。
考えてみれば、彼女も理想の「受」なのかもしれない。
いや、「攻」か。
いや、そもそも女性なので、受も攻もない。
何でもBLに変換するのは控えよう。
おそらく、難しいとは思うが。
そして、わくわくした気持ちで会計をすませると、私は車に乗り込んだ。
明日もまた、女性だけの職場で、サバイバルな日々を送るために。
私は、自分の食べたいお弁当を作るのだ。
予定外の業務も、猥雑なこともがあっても、昼は訪れる。
でも、明日は肉巻きおにぎりがある。
上手く行かなかったとしても、私には、きっと美味しい肉巻きがある。(そうなる予定だ)
そして、明日も一人飯!
明日のお昼も楽しみである。

