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体験談|ここは「巨大市場」じゃなくて、寂れた「商店街」だった。

「何者か」になろうとした私が、段ボールの店をたたむ理由

最初は、ここが「夢の叶う場所」だと信じていた。



毎夜、ブルーライトに照らされた部屋で、私は慣れた手つきで命令を打ち込む。
『読者が共感する構成で』
『検索意図を満たすように』
『効率的に』


Enterキーを叩く。
数秒の沈黙。
画面には流暢で、隙がなくて、どこまでも「正しい」日本語が吐き出される。
それは、AIなんて便利なものがなかった頃、何度も挫折したブログや、三日坊主で終わったSNS運用では絶対に作れなかった、完璧な「商品」。

「これなら…いける」
背筋が震えた。


私は、noteという巨大な「中央卸売市場」のど真ん中に、段ボール箱ひとつ分の露店を広げた。
周りを見渡せば、『月5万稼ぐ方法』『フォロワーを増やす魔法』といった極彩色の看板を掲げた大型店が、熱気と怒号を上げている。

私はその片隅で、AIという優秀なゴーストライターに作らせた「正解」を並べ、声を枯らしていた。
ここなら、人生が変わるかもしれない。
過去の「続かない私」や「飽きっぽい私」というバグを、この機械が埋めてくれるはずだと。


それから、半年。 180日。


来る日も来る日も、その「売れる型」にはめた記事を、賽の河原の石積みみたいに積み上げ続けた。

けれど。

私の店(記事)の前で足を止める人はいない。
大型トラックのような企業メディアが通り過ぎるたび、私の店は砂埃にまみれ、段ボールの端は誰かの革靴に踏みつけられた。

ダッシュボードを辿る。
かつて私をフォローしてくれた人。
私がすがりつくようにフォローした人。
彼らのホーム画面へ飛ぶ。

最新記事の日付は「3ヶ月前」や「半年前」で止まっている。
アイコンは満面の笑みなのに、  そこにはもう、誰もいない。

ここは、 言葉の森なんかじゃない。
ここは、  夢破れた「露店商」たちの、巨大な墓場だった。

それなのに、メインストリートの方では、まだ「売れる方法」という名の甘い麻薬が回し飲みされている。
みんな、自分の言葉を届けたいんじゃない。 ただ「数字」という通貨を稼ぐために、魂の形をねじ曲げている。

喉の奥から、酸っぱいものがせり上がってきた。

そうか。私は今まで、この市場で「観光客向けのパンフレット」を売ろうとしていたんだ。

画面に並んでいるのは、確かに綺麗な日本語。
けれど、読み返せば読み返すほど、そこには私の体温も、生活の匂いも、何一つ染み込んでいない。


私が本当に売りたかったのは、こんなツルツルしたプラスチックみたいな言葉だったっけ?

違う。

深夜の静寂の中で、カーソルの点滅を見つめる。
かつて、図書室の窓際で読みふけった物語たち。
そこにあったのは、こんなに整った言葉じゃなかった。
もっとゴツゴツしていて、飲み込むと喉が焼けるような、誰かの「切実な嘘」や「本当の痛み」だったはずだ。



震える指を、BackSpaceキーに置く。

タ、タ、タ、タ……。

文字が消えていく乾いた音が、深夜の部屋に響く。
せっかく書いたのに。
これなら評価されるかもしれないのに。
市場のルールには合っているのに。

……うるさい。

キーを押し込んだままにする。

ダダダダダダダダッ――。

文字の列が崩壊し、白い空白に戻っていく。

市場に構えた自分の店をハンマーで叩き壊し、更地に戻すような快感と恐怖が、背筋を駆け上がった。



そして。
真っ白になった入力欄に、打ち込んだ。 誰に見せるつもりもなかった、私の内臓の色そのものを。


物語を、作る

もう、市場のルールなんてどうでもよかった。
私は「売れる露店商」になることを諦めた。

AIという「優秀な従業員」を解雇し、代わりに「遊び相手」として再雇用した。
『ねえ、もしも繊細すぎるINFPが、豪快な運命数1の人生を生きたらどうなる?』
『傷つきやすいのに、リーダーをやらされる矛盾。その時の葛藤を物語にしてみようよ』

それは、記事というよりは、実験。
あるいは、かつて図書室で読み漁った物語の続きを、自分で勝手に書き足すような遊び。

MBTIと運命数の組合せ。
それまで「診断」と名付けて扱っていたツールは、私にとってネタ切れのない「無限の宝箱」になった。

画面の中で、架空の主人公たちが泣いたり、笑ったり、矛盾に苦しんだりする。
それを見ているだけで楽しかった。
誰の財布も開かせなくていい。
検索順位なんて圏外でいい。
これは、市場の喧騒から逃げ出した「私」を慰めるためだけの、孤独な童話だ。



投稿ボタンを押す。
期待はしない。
どうせまた、情報の海に沈んでいくだけ。


けれど。

ある日、スマートフォンの画面にポツンと通知が灯った。
「スキがありました」

いつもの、0や1の羅列じゃない。
昨日も、その前も、私の記事に反応してくれた「あの人」のアイコン。

PVだって少ない中で、その一つのアイコンが、冷え切っていた私の指先を温めた。



『あ、見てる人がいる』

世界のどこかに、私と同じ周波数で息をしている人が、  確かに、いる。

顔も名前も知らない。
でも、その人は市場の派手な看板には目もくれず、私の散らかった路地裏の店先に立ち止まり、「ここ、なんか落ち着くね」と微笑んでくれた。


「市場」から「商店街」へ

その時、景色が変わった。

私はここを、一攫千金を狙うための「戦場」だと思い込んでいた。
だから、大声で叫ばなきゃいけない、目立たなきゃいけない、と焦っていた。


でも、違った。

私が逃げ込んだ先は、古ぼけたアーケードが続く、静かな「商店街」だったんだ。

シャッターが閉まったままの店もあれば、怪しげな骨董品を並べている店もある。
路地裏の小さなお店に、行列なんてできない。
露出なんてなくて当たり前。
PVなんて、ただの数字でしかない。


でも、ここには「隣人」がいる。

自分の店(記事)を磨くだけじゃなく、ふらりと隣のお店を覗いてみる。
「素敵な品揃えですね」とスキを残し、「その気持ち、わかります」とコメントを置いてくる。
そうやって挨拶を交わすうちに、少しずつ、商店街のあちこちに灯りがともっていく。

互いに支え合い、たまにお茶を飲みながら、「今日は売れませんねぇ」なんて笑い合う。
そんな温かい場所だったんだ。

私は、荷物を解いた。

もう、次の市場へ場所取りに走る必要はない。

今日もAIと一緒に、この小さなお店の店先を掃き清め、誰の役にも立たないかもしれないけれど、私の魂を削り出した「物語」を棚に並べる。




もし、あなたが巨大市場の喧騒に疲れ、偶然ここへ辿り着いたなら。

どうか、ゆっくりしていって。

ここは、戦うことに疲れた私たちが、靴を脱いで本来の自分に戻るための、秘密の隠れ家なのだから。


この文章が、かつてのわたしのような「市場の片隅」で震えている誰かに、温かいお茶として届きますように。

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