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ポケモンキッズと旅する 第64回 ルギア|岐阜県岐阜市

本記事をご覧いただき、誠にありがとうございます。

第64回、岐阜とルギアです。

かつて稲葉山城と呼ばれたこの岐阜城は、織田信長の義父である斎藤道三が居城としていました。

斎藤道三の孫である斎藤龍興の代になると、城の命運は大きく変わります。

斎藤龍興は重臣間の対立と織田信長の調略に苦慮したため、織田信長が妻の実家であるこの美濃攻めをした際、家臣たちは斎藤龍興を見限ってしまいました。

織田信長の軍が稲葉山城に迫ると、斎藤側の家臣の多くが素直に降伏を選んだほか、兵糧攻めと水が切れたことによりようやく落城、城が明け渡されてしまいました。

織田信長は、この城を手に入れると、大きな改修を行って、城の名前を岐阜城と改めました。

義父がいた地だから…ではなく「岐」は周王朝の発祥の地・岐山から、「阜」は孔子の故郷である曲阜からとったとされます。

岐阜城は、信長の野望(ゲーム名ではなく文字通りの意味)を象徴する城として、その後の歴史に大きな影響を与えました。

織田信長は、岐阜城と改名したこの城を、約10年間にわたり主要な拠点としました。

当時の戦国大名としては画期的なことに、織田信長は居城を次々と移していきました。

岐阜城の後には、安土城が完成すると、織田信長はそちらに本拠地を移しています。

岐阜城は、金華山の頂に築かれた典型的な山城です。

その立地は、防御面で圧倒的な優位性を誇ります。

西側に急崖がある金華山は、それ自体が天然の要害として機能しました。

また、北側を流れる長良川は、天然の堀としての役割を果たしています。

山の上に天守閣が置かれ、濃尾平野を一望できる絶好の見晴らしを誇ります。

裏を返すと、この高所からの視界は、敵の動きを事前に察知することができるという点で重要でした。

一方で、山頂に築かれた山城である岐阜城には欠点もありました。

岐阜城の建つ金華山はチャート質の堅い岩盤のため、井戸を掘っても水が出ません。

井戸はあっても地下水をくみ上げるためのものではなく、雨水を貯めるための井戸しかありませんでした。

チャートとは海底に降り積もった放散虫の死骸が固まってできた、非常に硬い岩石です。

この硬い岩盤が、岐阜城を水には難儀するものの、天然の要害たらしめました。

ルギア連れてきたから水には困らない…
と、海水じゃダメですか……。

また、山の西麓には城主の居館が設けられ、日常の政務や接客などに使われました。

近隣の城と比較すると、大垣城と見事に対称的な存在ですね。

片や岐阜城は険しい山に建てられた水の確保に難儀する山城、片や大垣城は平地に建てられた自噴泉から自然にあふれる水を用いて堀を作った平城。

至近距離にここまで相反する城が存在するとは。

観光で訪れる際には、このお互い至近距離にある両者を見比べてみるのも面白いかもしれません。


原寸大や未公開の写真は写真投稿サイトFlickrにございます。

ここまでご覧いただきどうもありがとうございました。次回もお楽しみに。