見出し画像

ポケモンキッズと旅する 第129回 ケロマツ|長崎県長崎市

本記事をご覧いただき、誠にありがとうございます。

第百二十九回、ケロマツと長崎です。

九州の西端に位置する長崎港は、三方を山に囲まれた「すり鉢状」の独特な地形が特徴で、立体的な景観を生み出しています。

長崎港は1571年、ポルトガル船の寄港と交易を機に、大村純忠によって貿易港として開港されました。

南西から北東へと深く入り込んだ湾の地形が特徴的で、

さらに、湾口にある伊王島や高鉾島をはじめとする大小様々な島々が天然の防波堤を形成しています。

東、北、西の三方を烽火山、金毘羅山、稲佐山などの山々に囲まれ、長崎港は天然の良港としての理想的な条件を備えていました。

波風の穏やかな入り組んだ地形と、陸地の間際まで水深が深いという特性は、大型船の寄港に最適な環境を提供し、国際貿易港として発展する基盤を築きました。

このような天然の良港としての特性が、鎖国時代には唯一のヨーロッパ世界との接点として、また開国後には西日本の海上輸送の要衝として、長崎が重要な役割を果たす土台となった次第です。

このような天然の良港としての長崎港の特性は、長崎県北部の佐世保港(⇒第101回)とも共通しています。

市の中心部の平地の多くは、海を埋め立てて造成されたものであり、築町や新地町といった地名がその歴史を今に伝えています。

江戸時代には中島川沿岸の埋め立てが活発に行われ、出島や新地蔵などといった地も築造されました。

明治期にはさらに大規模な埋め立てが進み、中島川の変流工事や浦上川河口、出島周辺などが整備されました。

このような海への埋め立てが促進された大きな要因として、市街地の約7割が斜面で占められ、平地が極端に少ないという地理的制約が挙げられます。

「坂のまち」として知られる長崎では、住宅地の多くが山の斜面に位置しています。

そのような中で、長崎水辺の森公園は埋め立て地に広々とした平坦な空間を創出するプロジェクトとして誕生しました。

この公園の最も印象的な特徴の一つは、運河に架かる橋です。これらの橋は、周囲の景観や文化財との調和を考慮して配置されています。

公園からは、まるで女神の翼のように長崎港に架かる全長1,289メートルの優美な斜張橋、女神大橋を望むことができます。

湾の対岸には稲佐山をはじめとする山々が連なり、その斜面には無数の家々が階段状に建ち並ぶ、長崎ならではの風景が広がっています。

という、カイナシティの元ネタの都市にして、水辺ですから、今回は御三家の水タイプから誰か、というキャラ選定です。


長崎水辺の森公園から北東へ進むと、かつて日本の海外交流の拠点であった出島に辿り着きます。

この扇形であった小さな島は、1641年にオランダ商館が移転して以来、1859年の開港までの鎖国時代、ヨーロッパに開かれた唯一の窓口でした。

当時、この小さな島には商館長をはじめとするオランダ東インド会社の職員が常駐し、オランダ船との貿易が行われていました。

また、医師や学者も滞在しており、西洋医学をはじめとする蘭学(「蘭」はオランダを指し、オランダの学問、ひいては西洋の学問を意味します。決して胡蝶蘭を研究する学問という意味ではありません。)が日本に広まるきっかけとなりました。

現在の出島は長崎の市街地と陸続きになり、かつて海に浮かんでいた扇形の姿ではありませんが、「出島」という地名はその歴史を今に伝えています。


原寸大や未公開の写真は写真投稿サイトFlickrにございます。

Froakie in Nagasaki, Nagasaki 11 (Nagasaki Seaside Park)

ここまでご覧いただきどうもありがとうございました。次回もお楽しみに。