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ポケモンキッズと旅する 第119回 ゴチム|東京・豪徳寺

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第百十九回、ゴチムと東京・豪徳寺です。

豪徳寺は1480年に世田谷城主・吉良政忠が伯母を弔うために建立した「弘徳院」が始まりとされています。

吉良氏の居城であった世田谷城跡が豪徳寺の南側に隣接しており、豪徳寺の敷地も世田谷城の一部であったとされています。

江戸時代には、彦根藩主・井伊直孝は江戸郊外に位置するこの寺院を菩提寺と定め、のちに彼の戒名に因み寺院の名が豪徳寺と改称されました。

豪徳寺には、井伊直孝が鷹狩りの帰途、寺の白猫に招かれ雷雨を避けることができたという伝承があり、招福猫児(まねきねこ)伝説の源流とされております。

この縁により豪徳寺は彦根に本拠地を置いた井伊家(⇒第62回)からの篤い庇護を受けることとなり、複数の井伊家の人物の墓所も境内にあります。

豪徳寺を含む、江戸時代の世田谷は彦根藩の飛び地領(彦根藩世田谷領)であったため、豪徳寺は参勤交代時の拠点としても機能していました。

また、この伝承から、彦根の某猫型ゆるキャラは、井伊の「赤備え」と招き猫を掛け合わせたものとなっています。

仏殿は1677年建立で、黄檗様式の影響を受けた異色の禅宗建築です。

三重塔は2006年建立で、高さ22.5メートル、猫の彫刻が施されています。


駅名に倣って今回の場所を豪徳寺としましたが、西側に少し離れた世田谷八幡宮に移ります。

世田谷八幡宮は、源義家が1091年に後三年の役からの帰途に創建されたと伝わる古社です。

帰途、この世田谷の地で豪雨に見舞われ、足止めされ天候の回復を待つこととなり、この地に八幡宮を勧進しようとしたことが起源とされています。

その後、1546年には世田谷城主・吉良頼康により社殿が再興され、発展を遂げました。

現在の本殿は1964年に建立されたものであり、1813年築の旧本殿を内部に納める構造を特徴としています。

境内にある厳島神社の弁天池では、鯉が泳ぐ水面に藤棚の影が揺れる風情ある空間が広がっております。


原寸大や未公開の写真は写真投稿サイトFlickrにございます。

Gothita in Gotokuji, Tokyo 26 (Setagaya Hachimangu shrine)

ここまでご覧いただきどうもありがとうございました。次回もお楽しみに。