ポケモンキッズと旅する 第105回 チャオブー|埼玉県東松山市
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第百五回、チャオブーと東松山です。

箭弓稲荷神社は、712年創建と伝えられる武蔵国でも有数の歴史を持つ古社です。
平安時代中期の1028年には、房総半島一帯で平忠常の乱という大規模な反乱が勃発しました。

この反乱は、下総国の豪族・平忠常が安房国の国府を襲撃したことに端を発します。
乱は現在の千葉県全域に波及し、朝廷は鎮圧に苦慮すること三年に及びました。

この反乱を鎮圧すべく追討使として派遣されたのが、甲斐守に任じられていた源頼信です。
源頼信がこの地を訪れた際、当時「野久稲荷」と呼ばれた神社で戦勝祈願を行いました。

祈願の日の夜、敵陣へ向かって飛んでいく、矢のような形の白い雲が空に現れたという現象が起こります。
この現象を吉兆と受け取った源頼信はすぐさま敵陣に攻め込み、勝利を収めました。

その後、神社は「箭弓稲荷」と呼ばれるようになり、矢(箭)と弓による勝利を象徴する名称となります。
この乱の終結後、源頼信は子孫の源頼朝へ、ひいては後の鎌倉幕府へと連なる嚆矢となりました。

現代では、「やきゅう」という読みが野球に通じることから、球児や指導者たちが必勝祈願のために訪れる場所として広く知られています。
拝殿の前には、スポーツチームの名前が刻まれたバット型やホームベース型の絵馬が奉納されており、そこには勝利への強い願いが込められています。

社殿の彫刻は江戸時代後期の名工・飯田仙之助の作と伝わり、龍や唐獅子の精緻な意匠が随所に施されています。
「目抜き龍」と呼ばれる立体彫刻などが躍動し、遠方からもその存在感を放っています。

境内南側に広がる牡丹園には多くの品種のボタンが植栽され、それぞれが花を咲かせ競い合っています。
原寸大や未公開の写真は写真投稿サイトFlickrにございます。
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