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ポケモンキッズと旅する 第155回 ラグラージ|島根県浜田市

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第百五十五回、ラグラージと浜田です。

江戸時代初期、石見国浜田へとやって来た古田重治は、新たな居城としてこの小高い山に浜田城を築くことにしました。

古田重治は大坂の陣での功績によりこの地を与えられ、浜田藩を立藩しました。

彼は新たな居城として、標高約68メートルの独立丘陵に浜田城を築きました。

約3年の歳月をかけて完成した浜田城は、城下町から見て小高い丘に築かれた城ということで、平山城に分類されます。

南と西を浜田川に囲まれ、北側に松原浦が位置する天然の要害で、麓の平地に城下町が広がります。

浜田藩は、長州藩に対する山陰側の防衛の最前線という位置づけから、古田家2代の後には、松平家をはじめとする譜代・親藩が藩主を交代するという形で配置されていきました。

しかし幕末、第二次長州征伐における石州口の戦いにおいて、浜田藩はその恐れていた事態に直面します。

石州口の戦いで長州軍を率いたのは、当時長州藩の軍師で、西洋式の兵法を修めていた大村益次郎でした。

近代的な装備を持つ大村益次郎率いる長州軍の攻撃に対し、幕府側の諸藩軍が次々と敗走、最終的に残された兵たちは城に火を放って退去しました。

現在の浜田城跡は、城山公園として整備され、憩いの場として親しまれています。

本丸から三の丸にかけて階段状に築かれた石垣群は、当時の堅固な威容を今に伝えており、巧妙な防御配置が見事です。

本丸跡からは、浜田市街や雄大な日本海を一望でき、かつて三重櫓から眺めたられたであろう景色を偲ぶことができます。


原寸大や未公開の写真は写真投稿サイトFlickrにございます。

Swampert in Hamada, Shimane 3 (Hamada castle remains)

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