ポケモンキッズと旅する 第186回 ドータクン|千葉県佐倉市
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第百八十六回、ドータクンと佐倉です。

佐倉城址は、佐倉市街地の北部に位置する台地に築かれた平山城です。

その立地は、北の印旛沼の低湿地と、西・南の河川により三方を水に囲まれた天然の要害として機能した、堅固な守りでした。

標高自体は低いものの、周囲の低地との相対的な高低差があるため、城からは広大な範囲を見渡すことが可能という、戦略的に重要な位置を占めていました。

当初、千葉氏一族の鹿島幹胤によって築城が開始されましたが、氏族内の事情により中断、戦国時代を通じて未完成の状態が続きました。

江戸時代に入ると、徳川家康は、江戸防衛の要衝である北東方面の拠点として、幕府の重鎮である老中・土井利勝に佐倉の地を与えました。

これにより、未完成だった佐倉城郭は、江戸時代初期の近世城郭として完成に至ります。

完成後、佐倉城は廃藩置県まで佐倉藩の藩庁として機能しました。

歴代城主の中でも特に堀田氏の統治期間が長く、またその歴代城主の中から幕府の老中職に就いた者が多数出たことから、「老中の城」ともされました。

現在、城址は公園として整備されており、江戸時代初期の城郭構造を示す土塁や空堀などの遺構が良好な状態で残されています。

初春の佐倉城址公園を訪れた際、桜の代名詞ともいえる染井吉野の開花はまだわずかでしたが、園内では早春の花々が見頃を迎えていました。

特に目立つのは、早咲き桜の代表格である河津桜と、清々しい芳香を放つ梅です。

曇り空の下、これらの早春の花々はその彩りを際立たせ、ほのかな梅の香りが静謐な光景を作り出していました。

本格的な花見シーズン前の訪問であったため、園内は満開の時期の華やぎとは異なり、静寂に包まれていました。

園内には、やがて来る本格的な春の訪れを予感させる、葉を落とした枝が控えています。
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