ポケモンキッズと旅する 第67回 メグロコ|東京・目黒
本記事をご覧いただき、誠にありがとうございます。
第六十七回、メグロコと目黒です。

まず何より、キャラ選定理由です。
目黒でメグロコ。これ以上の適任はいないのではないかと思います。

さて、東京の喧騒から一歩踏み出すと、そこには静謐な森が広がっています。
ここ国立科学博物館附属自然教育園は、都会の中に残された貴重な自然の宝庫です。

室町時代、ここには白金長者と呼ばれる豪族の居館があったと伝えられています。
江戸時代に入ると、高松藩主松平頼重の下屋敷として使われるようになりました。

その後、宮内省の管理下に置かれ、白金御料地となったりしたのち、文部省に移管され1949年に自然教育園として一般公開されました。

自然教育園の最大の特徴は、人の手をあまり加えず、自然をありのままの姿で保存していることです。
園内には、シイ林やマツ林、コナラ林など多様な植生があります。

自然教育園は、森林の遷移を観察できる貴重な場所です。というのも・・・
まず、植生の遷移とは、植物が存在しないところから時間とともに変化していく過程を指します。

裸地から始まり、草原、低木林、高木林へと変化し、最終的に極相林(その地域の気候に最も適した安定した森林)に至ります。

通常、極相林に至るまでには200年以上の時間がかかるとされています。
自然教育園は人工的植林などを経てから人の手が入らなくなったので、遷移が途中から始まったと言えますが、極相林に至るまでの時間としては、まだ十分ではありません。

なので、現在の自然教育園は、遷移の途中段階にあります。
具体的には現在の自然教育園内では、コナラやクヌギなどの落葉広葉樹が主流となっており、遷移の中期段階であることを示しています。

この段階にあるからこそ、今現在の園内では美しい紅葉を楽しむことができます。
秋になると、落葉樹の葉が赤や黄色に色づき、園内を彩ります。

時間が経つにつれ、将来的にはシイやカシなどの常緑広葉樹が増えていくと思われます。
最終的には、この地域の気候に最も適した樹種が優占する極相林へと移行していくでしょう。
自然教育園を後にし、目黒駅を挟んで反対側に位置する目黒不動尊へと足を運びます。

目黒不動尊は、江戸の五色不動の一つとしても知られています。
五色不動とは、目黒不動、目白不動、目赤不動、目青不動、目黄不動を指します。
この呼び名の背景には、古代中国から伝わる陰陽五行説があります。
五行とは、木・火・土・金・水の五つの要素を指し、これらが世界の基本構成要素とされています。
それぞれの要素には色が対応しており、木は青(緑)、火は赤、土は黄、金は白、水は黒とされます。
さらに色だけでなく、方角や季節、惑星などとも結びつけられています。
目黒不動、目白不動、目赤不動、目青不動、目黄不動は、この五行の色に基づいたまとまりです。

その1つであるここ目黒不動は、江戸時代には特別な地位を占めていました。
三代将軍徳川家光のときのエピソードをきっかけに、目黒不動尊は徳川将軍家の庇護を受けることとなり、大きく発展していきました。
徳川家光が鷹狩りで目黒の辺りを訪れた際、愛鷹が行方不明になってしまい、困り果てた徳川家光は、目黒不動で祈願をするとすぐに行方不明だった鷹が無事に戻ってきたとのことです。
この出来事により徳川家光の厚い保護のもと、目黒不動尊は急速に発展していきます。

徳川将軍家の庇護は、寺院の発展だけでなく、参詣者の増加にもつながりました。
また、幕府の公認を得て、富くじの興行も行われるようになりました。
目黒不動尊は、江戸の庶民にとって人気のレジャースポットとなっていきます。
都市近郊に参拝に行くと門前町に名物があって、宝くじ売り場もある、これは多くの人々が訪れるようになりますね。
原寸大や未公開の写真は写真投稿サイトFlickrにございます。
ここまでご覧いただきどうもありがとうございました。次回もお楽しみに。
