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ポケモンキッズと旅する 第168回 コノハナ|北海道札幌市

本記事をご覧いただき、誠にありがとうございます。

第百六十八回、コノハナと札幌です。

今回は、シンオウ地方最大都市・コトブキシティの元ネタ、北海道最大都市・札幌です。

札幌市の都市計画は、明治時代に開拓判官として赴任した島義勇の構想に始まります。

佐賀藩士出身で、「北海道開拓の父」とも呼ばれる島義勇は、京都のような古代の都を参考に、東西・南北に整然と区画された碁盤の目状の都市構造を構想しました。

現在の創成川を東西の基軸、現在の大通公園の位置を南北の基軸として具体的な区画が定められ、これが現在の札幌の街の骨格を形成しました。

この都市計画の基本構想は、後任の岩村通俊に引き継がれ、その指揮のもとで、札幌の中心部を北の官庁街と南の住宅・商業街に分ける大規模な火防線として造成されました。

この幅の広い空き地として設けられた火防線こそが、現在の大通公園の始まりです。

明治後期になると、専門家による本格的な造園整備が進められ、防火帯としての役割を担っていた大通は、散策を楽しむ「逍遥地」という性格を帯び、「公園」へと姿を変えていきました。

この大通公園の東の端に、高さ147.2メートルのさっぽろテレビ塔が建設されています。

札幌の都市構造は、整然と区画された碁盤の目のようであることから、数学の「座標平面」に例えることができます。

具体的には、さっぽろテレビ塔付近を原点(0, 0)とし、大通公園を東西の基準線(x軸)、創成川を南北の基準線(y軸)とする座標系を考えることができます。

この座標系は、南北に南39条から北51条までの約90ブロックという広大な範囲をカバーしています。


この座標系に基づくと、旧北海道庁本庁舎は(-6, 3)という要地に建つ、煉瓦造りの西洋館です。

旧北海道庁舎の最大の特徴は、近隣で製造された煉瓦を用いた外壁です。

煉瓦は、長手と小口を交互に積む「フランス積み」という工法で積まれ、美しく均整のとれた壁面を創り出しています。

このように、北海道産の建築資材が積極的に活用された建物として完成しました。

この建物も、どこかで見たことがあるような…?


原寸大や未公開の写真は写真投稿サイトFlickrにございます。

Nuzleaf in Sapporo, Hokkaido 3 (Odori park)

ここまでご覧いただきどうもありがとうございました。次回もお楽しみに。