見出し画像

ポケモンキッズと旅する 第60回 モウカザル|栃木県日光市

本記事をご覧いただき、誠にありがとうございます。

第六十回、モウカザルと日光です。

日光東照宮は、徳川家康を神格化した東照大権現を祀る神社として知られています。

戦国時代を舞台にしたシミュレーションゲームをやっていると、比叡山や高野山といった寺社が登場しても、日光東照宮が見あたりません。

東照宮は戦国時代にはまだ存在していなかったうえ、なんなら東照大権現(徳川家康)をゲーム内で今操作している…、なんて。

さて、そんな日光東照宮の中でも、特に目を引くのが陽明門です。

陽明門は、1636年に完成した東照宮の正門です。

(周囲の建築物を含んで)数多の彫刻が施された陽明門は、想像上の動物や伝説上の人物などが表現されています。

その手前、高さ約36メートルの五重塔は、やはりその色鮮やかな彫刻が特徴的です。

彩色には、朱や緑などの鮮やかな色が使われていて、これらの色彩が、豪華絢爛さをさらに際立たせています。

この塔は、初代のものは1650年に若狭国小浜藩主の酒井忠勝が寄進、現在の建物は1818年にその子孫の酒井忠進が寄進したものです。

一方、東照宮で最も有名な彫刻の一つが、「三猿」です。

「見ざる、聞かざる、言わざる」を表現したこの彫刻は、絵文字にも実装されているほど🙈🙉🙊です。

左から順に、両耳を塞ぐ猿、口を手で覆う猿、両手で目を覆う猿が並んでいます。

この彫刻は、「悪いことを見ず、悪いことを聞かず、悪いことを言わず」という教えを表しているとされます。

ということで、この三猿にちなんでサルなキャラを選んだという、そんな人選です。


日光の社寺群への入り口に架かる神橋は、二荒山神社の付属施設です。

朱塗りの美しい姿は、日光の社寺2社1寺の玄関口にふさわしい風格を漂わせています。

奈良時代末、勝道上人が日光山を開いた際、大谷川の急流に阻まれたという伝説があります。

勝道上人が神仏に加護を求めると、深沙大王(「仏」の方ですね)が現れ、二匹の蛇を放ち、その蛇の背から山菅が生え、橋となったという。

神橋を渡った方向、日光の社寺の奥に、二荒山神社の本社が姿を現します。

奈良時代末、先ほどの勝道上人が日光山を開いた際、この地に神社を創建したと伝えられています。

祭神は、大己貴命と田心姫命そして味耜高彦根命で、それぞれが周囲の日光三山:男体山・女峯山・太郎山にあてられています。

周囲の緑と見事なコントラストを成した朱塗りの社殿は、日光東照宮の色鮮やかな彫刻による装飾と対比されます。


原寸大や未公開の写真は写真投稿サイトFlickrにございます。

ここまでご覧いただきどうもありがとうございました。次回もお楽しみに。