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ポケモンキッズと旅する 第71回 フタチマル|東京・後楽園

本記事をご覧いただき、誠にありがとうございます。

第71回:フタチマルと東京・後楽園です。

まず、キャラ選定理由です。

このあたりはJRの最寄り駅でいうなら水道橋です。
地名に水が入っているので水タイプ、ミジュマルでと思ったのですが、御茶ノ水で既に敢行していました。
水道橋は御茶ノ水から見て神田川の少し上流なので、それならばその進化系で、と思って。

さて、小石川後楽園は、江戸時代初期に水戸徳川家の屋敷として造営された、江戸時代の面影を今に伝える庭園です。

初代水戸藩主・徳川頼房が拝領した土地に整備し始め、二代目の徳川光圀の時に完成したものです。

小石川後楽園は、池泉回遊式庭園(庭園に池を配し、その周りを歩きながら景色の移ろいを楽しむ様式)を採用しています。

園内には茶屋や東屋が点在し、それらの合間を巡りながら、移ろいゆく景観を見て回ることができます。

小石川後楽園では、大泉水と呼ばれる池を中心に、四季折々の景色が広がります。

小石川後楽園の名前の由来は、宋代の文人・范仲淹が著した『岳陽楼記』の一節「先天下之憂而憂、後天下之楽而楽」がその出典です。

これは「(上に立つ者は)天下の憂いに先んじて憂い、天下の楽しみに後れて楽しむ」という意味です。

興味深いことに、岡山にも同名の後楽園があり、小石川後楽園と同じ『岳陽楼記』を典拠としています。

特に注目すべきは借景(庭園の外にある風景を取り込んで、庭園の一部のように見せる技法)です。

かつての小石川後楽園では、遠く富士山を借景として活用していたという説もあります。

また、園内には様々な景色を凝縮した「縮景」も見られます。

中山道沿いの名所を模した景観が、コンパクトに再現されています。

例えば、京都の渡月橋や琵琶湖、寝覚の床などが園内に再現されています。

これらの技法により、限られた空間の中で広大な自然や日本各地の名所を感じられるよう工夫されています。

現代では、周囲の景観が大きく変化し、高層ビル群が新たな借景となっています。

特に、東京ドームが借景に含まれるのは、小石川後楽園ならではの特徴です。

地下鉄丸ノ内線が後楽園駅周辺で地上に姿を現す光景は、この地域の地形を物語る興味深い現象です。

小石川後楽園がある一帯は、神田川やその支流である小石川(蓋をされ暗渠となった)などが形成した谷地形の一部です。

岡山後楽園との区別のために付けている小石川後楽園の「小石川」も本来は川の名前? 地域名と河川名、どちらが先でしょう?

この地域は武蔵野台地の東端に位置し、複数の台地と低地が入り組んだ地形を形成しています。

後楽園駅周辺は、小石川台地と本郷台地という二つの台地に挟まれた谷の低地にあたります。

そのような谷地形のため、浅い地下鉄である丸ノ内線が地上に顔を出します。

この地形の特徴は、小石川後楽園の造園にも活かされています。


小石川後楽園を後にし、文京シビックセンターへと足を運びます。

地上約105メートルの高さにある展望ラウンジは、東京の街並みを一望できる絶景スポットです。

北側には池袋のサンシャインシティが、南側には東京ドームシティの姿が見えます。

東側に目を向けると、東京スカイツリーが、西側からは新宿の高層ビル群がその光景を見せてくれます。

展望ラウンジの窓ガラスは斜めに設計されており、街の景色をより鮮明に楽しめます。

晴れた日には、遠く筑波山や那須連山までも望むことができます。

特筆すべきは、ここからは富士山の勇姿を眺められることです。

先ほどの小石川後楽園では高層ビルに遮られて見えなくなった富士山が、ここでは(晴れていれば)姿を現します。


原寸大や未公開の写真は写真投稿サイトFlickrにございます。

ここまでご覧いただきどうもありがとうございました。
次回もお楽しみに。