ポケモンキッズと旅する 第57回 リーフィア|大阪府大阪市 天王寺
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第五十七回、リーフィアと天王寺です。

6世紀、飛鳥時代に建立された四天王寺は、日本最古の仏教寺院の一つとして知られています。

寺院の伽藍配置は、「四天王寺式伽藍配置」として後世に大きな影響を与えました。

南から北へ、中門、五重塔、金堂、講堂が一直線に並ぶこのような様式です。

天王寺の戦い(後述)など、幾多の戦火や災害に見舞われながらも、その都度再建され、今日まで伝えられてきました。

現在の伽藍は1963年に完成した鉄筋コンクリート製のもので、飛鳥時代の様式を忠実に再現しています。

四天王寺というその名は、仏教における守護神である四天王に由来します。

四天王とは、持国天、増長天、広目天、多聞天を指します。
これらの神々は、それぞれ東西南北の四方を守護しています。

この言葉が日常的にも使われるようになり、並び立つ優れた4者を「四天王」という言い方もあります 。

徳川御三家という言い方から並び立つ優れた3者を「御三家」という言い方と似てますね。
最初の3体から選ぶパートナーポケモンを「御三家」などという言い方は非公式な言葉ですが、「四天王」は公式な言い方だったり。

四天王寺の名から、「四」が取れた「天王寺」が地名化し、駅名などにも使われるようになりました。

そんな地名化した天王寺にある広大な公園、天王寺公園に移ります。
1909年に開設されたこの公園は、都市にある憩いの場として長く愛されてきました。

天王寺公園はどちらかというと動物園がメインの施設ですが、それ以外では、多様な植物を見ることができます。

そういう意味でこのリーフィアという人選は最適ですよね??

慶沢園は、天王寺公園内にある池泉回遊式(池の周りを散策して景色の移ろいを楽しむ形式)の日本庭園です。

かつての住友家の邸宅跡に造られたこの庭園は、静謐な雰囲気が漂っています。

園内には、スイレン、アジサイ、ハナショウブなどが季節ごとに咲き誇ります。

茶臼山という丘が天王寺公園内、慶沢園の北に位置しています。

大坂夏の陣において、真田幸村が茶臼山に陣を構え、徳川家康に迫る猛攻を繰り広げたことで知られています。

赤の甲冑をまとい、徳川家康をあと一歩のところまで追い詰めました。
その後、傷を負った真田幸村は安居神社に逃れ、そこで休息をとっていたところを討ち取られたとされています。
第五回内国勧業博覧会の跡地の東側が現在の天王寺公園となり、西側は民間に払い下げられて「新世界」になりました。

天王寺公園から阪神高速を越えると、そこには「新世界」と呼ばれる独特の雰囲気を持つ街が広がっています。
新世界の街並みは、世界の大都市をモデルにしたユニークな設計が特徴です。
南半分はニューヨークをイメージした碁盤の目状の区画となっている一方、北半分はパリを模した放射状の街路が広がっています。
この斬新な都市計画は、当時の人々にまさに新しい世界の到来を感じさせたことでしょう。

新世界の中央には、大阪のシンボルとして知られる通天閣が建設されています。
その通天閣の展望台からは、周囲を一望できます。

東方向には、先ほどまでいた天王寺公園がはっきりと見えます。

難波方面を眺めると、高層ビル群が立ち並ぶ大阪の中心部が一望できます。

南方向には、晴れていればはるか南の堺市の方面まで視界が届きます。

拡大してみるとさらに詳しく見ることができると思いきや、こちらの写真も原本から失われ640×480の大きさしか残っていないので、拡大してみるということができません。
拡大してみると、ガタガタではありますが、一応は詳しくご覧いただけると思います。
原寸大や未公開の写真は写真投稿サイトFlickrにございます。
ここまでご覧いただきどうもありがとうございました。次回もお楽しみに。
