見出し画像

ポケモンキッズと旅する 第82回 コジョンド|滋賀県大津市

本記事をご覧いただき、誠にありがとうございます。

第八十二回、コジョンドと大津です。

琵琶湖の南西岸に鎮座する近江神宮です。

ここは、第38代天皇・天智天皇を御祭神としてお祀りしており、その由緒は7世紀後半の近江大津宮に遡ります。

天智天皇は、中大兄皇子と称していた頃、645年に、中臣鎌足らと協力して「乙巳の変」と呼ばれる事件を起こし、蘇我氏による専横を排する契機を作りました。

その後、「大化の改新」を推し進め、近江令の制定を試み、戸籍制度(庚午年籍)の整備を通じて国家基盤の強化を図りました。

667年、天智天皇は飛鳥岡本宮から近江大津宮に遷都しました。

近江大津宮が置かれた琵琶湖南西岸は、東山道・北陸道・琵琶湖の湖上交通などの要衝で、利便性が高い場所でした。

こうして近江大津宮は都として開かれましたが、その期間は短く、わずか5年後には壬申の乱を経て飛鳥浄御原宮へ遷されました。

近江神宮は、この近江大津宮の推定地とされた地に創建されました。

小倉百人一首の第一首に収められた「秋の田の 仮庵の庵の 苫をあらみ わが衣手は 露にぬれつつ」という御製歌は、天智天皇が詠んだ歌とされています。

この歌は、「秋の田に仮に建てた庵、その屋根の苫(草を編んだもの)の目が粗いために、私の袖は夜露で濡れてしまう」という意味です。

この小倉百人一首第一首の歌にちなみ、近江神宮では競技かるたの大会が開催されています。

その他、漏刻(水時計)を導入して時刻を知らせることを行ったことも特筆されます。

このことにより、近江神宮では時の記念日には漏刻祭が行われています。

境内には「時計館宝物館」が設けられ、和時計や古時計などが展示されており、「時」の文化を今に伝えています。


原寸大や未公開の写真は写真投稿サイトFlickrにございます。

ここまでご覧いただきどうもありがとうございました。次回もお楽しみに。