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ポケモンキッズと旅する 第182回 マンタイン|広島県三次市

本記事をご覧いただき、誠にありがとうございます。

第百八十二回、マンタインと三次です。

尾関山公園は、江の川、馬洗川、西城川の三河川が合流すること地点の、三次市街地の盆地にそびえる小高い丘です。

高さこそありませんが、周囲の平坦な地形に対する要衝として、重要な拠点としての役割を果たしてきました。

ほぼ同規模の川幅を持つ二つの主要な支流(馬洗川・西城川)が合流するこの地は、江の川水系における最も重要な結節点となっています。

尾関山は、関ヶ原の戦いでの功績により広島の地を与えられた福島正則の時代から、この名で呼ばれるようになったとされます。

その名の由来は、福島正則の重臣であった尾関正勝がこの三次の山に城を築いたことによるとされます。

しかし、福島正則が幕府の許可なく広島城を修築したことなどが原因で改易されると、この城も廃城となりました。

その後、広島藩主・浅野氏の時代になると、広島藩の支藩として三次藩が成立します。

初代藩主の浅野長治は、尾関山を城下町整備の中心施設として再び重要視しました。

浅野長治は山頂に天文台「発蒙閣」を築き、天体観測を行わせました。

大正時代には、この山は尾関山公園として整備されました。

また、当地出身でアララギ派を代表する歌人・中村憲吉は、この尾関山の桜景色を

この山の 桜にむかひ 流れくる 川ひろくして 水のひかれる

と詠んでおり、その歌碑が立てられています。

山頂の展望台からは、眼下に広がる三次市の全景を一望できます。

初春に訪れた時期には、園内の桜が満開を迎え、展望台からはその桜越しに市街地、そして奥に控える中国山地まで見渡せました。

特に散りかけの桜並木は、枝も地表も、見事な桜のトンネルを形成しています。

中村憲吉が詠んだ歌の世界が、この満開の景観の中で現出しているかのようです。

また、園内の至る所でツツジも咲き始め、風景を赤紫色に染めていました。


原寸大や未公開の写真は写真投稿サイトFlickrにございます。

Mantine in Miyoshi, Hiroshima 44 (Ozekiyama park)

ここまでご覧いただきどうもありがとうございました。次回もお楽しみに。