【脚本】おもいよとどけ
夜22時すぎ。
風呂上りの裕美は、大学時代の友人である奈々子とリモート飲みと称して通話しながら、晩酌をしている。
コンビニで買った砂肝、枝豆。冷蔵庫にしまっていた無限もやしがテーブルに並ぶ。
テレビでは流行りの恋愛ドラマが流れているが、裕美の興味は内容ではなく、主演俳優にある。佐野光次、通称みっくん。仮面ライダーで三年前にデビューし、その甘いルックスで人気はうなぎのぼり。殺陣の迫力でアクション映画のメインキャラクターを好演したと思えば、一転してオフィスものの甘い恋愛ドラマの主演を獲得した。
裕美は半分以上減ったチューハイの缶を傾け、机に肘を置く。スピーカーにしたスマートフォンから奈々子の「きゃあ!」という声が聞こえた。
奈々子「観た? 今のシーン、ふって微笑んだとこ、顔良すぎ。国で保護した方がいい。絶対」
裕美「観てる、観てるって」
奈々子「会社にみっくんみたいな人いないもんなあ、出社する意味なさすぎる」
裕美「あんな顔の男がほいほいいてたまるかってーの」
奈々子「それもそうなんだけどさあ」
裕美「やばい、何今の。『俺の唇はお前に愛をささやくためだけにあるから』? ダサすぎる。まって、無理かもやっぱこのドラマ」
奈々子「えー、なんでよ! ここがいいんじゃん」
裕美「ここがいいの? 無理だよ私笑っちゃって見れないこれ以上は」
奈々子「観なって! もー、なんなら音無しでもいいからさあ!」
裕美「その手があったか」
裕美、リモコンを手にして音を消す。部屋の中にはスピーカー越しの奈々子の声だけが響く。
奈々子「え、待ってまじで消してない? うそでしょ、そんなに嫌だったんだ」
裕美「むず痒いったらありゃしないわ。みっくんの顔面だけ見れればそれで充分。ほら、動く絵画になったわ」
奈々子「そんな、ハリーポッターじゃないんだから」
裕美「ハリーの世界みたいに、この絵と会話できたらなあ」
テーブルの上の枝豆をつまむ。
奈々子「出来るよ」
裕美「は?」
奈々子「いや、正確に言うとまだ出来ないんだけど。出来るかもしれない方法があって」
裕美「どうした? 遂におかしくなっちゃった?」
奈々子「予兆があったみたいな言い方やめてよ。そうじゃなくて、えーっと、あのさ。なんか、都市伝説? とかヒトコワみたいなやつでさ」
裕美「え、待って怖い話すんの? 勘弁なんだけど」
奈々子「違う違う! 怖い話じゃないって」
裕美「オカルトの匂いするしゃべり出しだったじゃない」
奈々子「しゃべり出しだけだって」
裕美「だけなんてことありえる?」
奈々子「これがね、あるんだなあ。あ、ちょっと待って」
裕美「え?」
奈々子「…………はい、ありがとうございます。今の不意打ちの表情、最高。額に入れて飾ります」
裕美「あー、キスシーンあったんだこれ」
奈々子「オフィスラブでキスなかったら詐欺でしょ」
裕美「事故ちゅーをオフィスラブで描くなよとは思うけど」
奈々子「このくらいから始めてもらわないと、こっちが持たないって」
裕美「こっちに遠慮してぬるいことされる方が嫌よ」
奈々子「じゃあ、塗れ場があってもいいっていうの!?」
裕美「未成年にそれはダメでしょう!」
奈々子「裕美、みっくんはもう21歳だよ」
裕美「やめて聞きたくないの。彼はずっと18歳よ。氷結のCMだって、犯罪だと思ってるんだから」
奈々子「でもさ、今日も飲んじゃってるんじゃないの?」
裕美「飲んでるわよ、みっくんの経済効果見せつけていかないといけないんだから」
缶チューハイを空にする。その勢いで新しい缶を開けた。
奈々子「で、その方法ってやつなんだけど」
裕美「ええ、まだその話し? 怖いやつなんでしょ」
奈々子「だから怖くないんだって」
裕美「ちょっとでも怖い話したら、約束してた映画なしにするからね」
奈々子「え! 裕美がチケット持ってるのに? それはずるいって」
裕美「怖い話だったってこと?」
奈々子「違うって。裕美の当たり判定が広いからびくびくしてるだけ」
裕美「広くはないけど」
奈々子「まあ、よく聞く話しなんだけどさ。アイドルとか、人気の俳優さんとかって憑かれてるっていうじゃない」
裕美「ハードワークだろうしねえ」
奈々子「ああ、そうじゃなくて。えーっと、不特定多数から好き好きーってされるから、それが重ーい念になってしまう。みたいな」
裕美「げ、なにそれ」
奈々子「いわゆる生霊、みたいな」
裕美「ちょっと! 怖い話じゃない!」
奈々子「でもよく考えてみてよ、会ってもないのに『好き』って気持ちだけで本人の元に確実に想いが届いてるって証拠でしょ?」
裕美「うーん、まあ。いいように言えばそう、そうなのかなあ」
エンドロールを目で追う。空になった砂肝の入っていた器をゴミ箱に捨てた。
奈々子「だから、話せるかもしれないのよ」
裕美「だから?」
奈々子「そう、私ね。ひらめいちゃったってわけ。これを上手にコントロールできれば、みっくんの元に行けるんじゃないかって」
裕美「ええ、何言ってるの」
奈々子「ライブの現地いけない時に念を飛ばすってよく言うじゃない」
裕美「うん」
奈々子「気持ちだけでも参加します。みたいなさ」
裕美「それは言ったことあるけど、でもものの例えというか。本当にするわけじゃないし」
奈々子「それを本当にするのよ」
裕美「できるわけないじゃない、ばかみたい」
奈々子「出来るの」
裕美「は?」
奈々子「ちょっとずつ練習してたら、出来るようになってきたの」
裕美「はあ」
奈々子「信じてないでしょ」
裕美「信じるわけなくない?」
奈々子「(大きなため息)」
裕美「何よ」
奈々子「今日できるかわかんないけど、うーん、見せたげる」
裕美「見せるってどういうこと?」
奈々子「こう、えいって。私の思念体みたいなのを裕美の家に送る」
裕美「え、やだ。なんか気持ち悪いんだけど」
奈々子「失礼なやつだな」
裕美「思念体ってどういうこと? 長門のキャラソンでしか聞いたことないよ」
奈々子「なんでキャラソンでしか聞いたことないのよ」
裕美「ニコニコ世代だから……」
奈々子「その世代であること、ちゃんと恥じた方がいいよ」
裕美「それは、そう」
奈々子「まあ、見せた方が早いか。練習の成果をね」
裕美「するなよ、そんな練習」
奈々子「ちょっと黙ってて。うーん、ぐぬぬ……、うーーーーーん。ぬぬぬぬ……」
裕美「ええ、これ本当に」
奈々子「来た」
裕美「は? 来たって何? ねえ、何が来たの? ちょっと、ねえ、何黙ってるのさ。こわ、怖いんだけど。ねえ! 怖い話しないって言ってなかった? おい、早く喋ってって、ねえ!」
奈々子「……っだは、ああ!」
裕美「ああ! なんなの今の時間! 気持ち悪すぎるんだけど!」
奈々子「ごめんごめん。でも、行けた。見えたよちゃんと」
裕美「はあ? なんなの本当に」
奈々子「今、思念だけ飛ばして裕美の部屋に行ったの」
裕美「な、何言ってんの。いなかったよ」
奈々子「見えるわけないって、身体はここにあるんだから」
裕美「まじで何言ってんの、私のことからかってるってこと?」
奈々子「氷結2本に、つまみは枝豆ともやしのおひたしみたいなやつ? 砂肝はもう食べ終わってたみたいだね」
裕美「えっ」
奈々子「あれってファミマ? 私はセブンでよく買うんだけど味って違う?」
裕美「待って、何? え、怖い怖い。私そんな話したっけ?」
奈々子「だから、見に行ったんだって。思念だけ飛ばして」
裕美「そんなこと出来るわけないじゃない」
奈々子「出来たから、見たんだよ」
裕美「じゃ、じゃあ。私が何の服着てるとか」
奈々子「水色のギンガムチェックのパジャマでしょ? すっぴんだったから今日は珍しくお風呂上がりだったんだって思った」
裕美「…………正解」
奈々子「まだ、行ったことある場所にしか行けないんだけどもっと上手に操れるようになったら、みっくんの元にも行けちゃうよね?」
裕美「でも、これって」
奈々子「誰にも見えないんだったら犯罪にもならないだろうし。最強じゃない?」
裕美「これって、やっぱ怖い話じゃない!」
奈々子「裕美?」
裕美「奈々子の嘘つき、映画はなし!」
奈々子「ええ! そんなあ! せっかく私の最近の努力を知ってもらいたくて。私の愛を!」
裕美「……その、こっちに思念を送ってる間って身体はどうなってるの?」
奈々子「うーん、意識は外にあるから、寝てるときみたいな感じかなあ」
裕美「幽体離脱みたいなことなの?」
奈々子「え、わかんない。でも自分で自分の姿を見るみたいなのはないよ。一瞬で目的地に飛んでるって感じ」
裕美「瞬間移動的な?」
奈々子「そうそう。目を開けたら行きたいとこにいて。浮いてる感覚もないんだけど」
裕美「それって、もう一回やってって言ったらできる?」
奈々子「え、いいよ。でも上手くいくかなあ。これ結構疲れるし」
裕美「ここに来たことわかるように、ちょっと準備するから、待ってて」
奈々子「ん? うん」
裕美、テーブルの上を片付け、一冊の本を置く。
裕美「いいよ、待ってる」
奈々子「おっけー、じゃあ行くね。うーーーーん、むむむむ、ううーーーーーん」
裕美「これ必要?」
奈々子「あ、話しかけないで」
裕美「ごめん」
奈々子「うううーーーーん」
裕美「……あ、静かになった。来た? 来てるの? これ。うわ、まじでわかんないな。えーっと、でもそっか。意識なくても声は一応聞こえるよな、通話繋がってるんだから。文字だけ、うーん、あっ」
テーブルの上に置いた本を手に取って適当なページをめくる。
裕美「ここ、これ何て書いてるとこ指さしてるかとか、わかったら、本物じゃんね。ほら。ここ。ってあれか、どこにいるのかわかんないんだよな。今って歩けるの? 聞いとくんだったな、これあれか一応全方位に見せとくか。はーい、ここ。ここね。おっけー? 見たら帰ってよね、見えないのにずっといられるの嫌すぎるから。はい、はーい、頼むよ」
奈々子「は、はあ! 来た。帰った!」
裕美「お。お帰り。見た?」
奈々子「アラサー女がでんじゃらすじーさん開いて回ってる光景なんか見せんな」
裕美「まじで来てんじゃん」
奈々子「つっかれた~、まじだって言ったでしょ。信じた?」
裕美「信じる、信じるわ。私の家にでんじゃらすじーさん置いてるのなんか話したことないし」
奈々子「実家じゃないよね?」
裕美「1LDKの実家なんか悲しいでしょ。この前ブックオフ行ったら懐かしすぎて買った」
奈々子「買うなよ」
裕美「久しぶりに見たくなって」
奈々子「だとしてもよ」
裕美、テーブルの脇に本を置いて、寄せたつまみを戻す。
裕美「それってさ、誰にでもできんの」
奈々子「え、興味あり?」
裕美「まあ、やりはしないけど」
奈々子「簡単に言うと愛の力ってやつ」
裕美「茶化さないでさ」
奈々子「これガチだかんね、ネットに書いてたの」
裕美「えっ、ネット情報でやってんの今の」
奈々子「もしかして私、才能アリってやつ?」
裕美「ひとりでプレバトするなって」
奈々子「師範になれるよう頑張るわ」
裕美「……もしさ、その思念体ってやつがもどってくれなくなったらどうなっちゃうの?」
奈々子「え?」
裕美「いや、もしもね。そもそもが意味わかんないことだし、どうなるかなんて杞憂だけど」
奈々子「そんなのさ、あるわけないじゃん」
裕美「そう、そうよね。ないか。あはは、考えすぎちゃった」
缶チューハイの中身を飲み干す。
裕美「あー、もう日付変わるんじゃん。やば、まじで秒。一緒にドラマ観るはずだったのに、イリュージョンみたいなの見ちゃったし。まあ、うん。楽しくはあったんだけど」
奈々子「あれ、明日なんかあるんだっけ?」
裕美「うん、ちょっとね」
奈々子「デートだったりして」
裕美「ばーか、独り身だっての。わかってるくせに。病院よ病院」
奈々子「どっか悪いの?」
裕美「花粉症」
奈々子「あー。でもでも、独り身とはいえうちらにはみっくんがいるしね」
裕美「未成年はそういう目で見れないから」
奈々子「だから21歳だって」
裕美「無理、受け入れません」
奈々子「二か月後には22歳だよ」
裕美「育つな……」
奈々子「あはは、何それ」
裕美「まあ、そういうことだから。今日はこの辺で」
奈々子「ああ、うん。じゃあね、今度はお店行こ」
裕美「そうだ! この前いい店見つけてたのよ、予定空けといて」
奈々子「ほんと? 楽しみ!」
裕美「なんと、奈々子の好きな梅水晶があります」
奈々子「それだいたいの店にあるでしょ。ってか、梅水晶が好きな女かー、モテなさそうー」
裕美「いるでしょ、梅水晶が好きな女のことが好きな男」
奈々子「えー、なんかそいつ変な性癖もってそうでやだ」
裕美「どんな偏見よ」
奈々子「じゃあ、連絡待ってるから」
裕美「うん、ありがと。じゃね」
奈々子「おやすみ」
裕美「おやすみー」
スマートフォンの画面をタップして電話を切る。静かになった部屋に、裕美のため息が落ちる。
裕美「よいしょっと、歯磨きして寝る準備するかあ。あ、でんじゃらすじーさん仕舞わないと。本棚、本棚」
本棚の空きに適当に本を突っ込もうとするが、上手く刺さらない。何かが引っかかっているようであきらめ、数冊取り出す。
裕美「何これ」
本棚には、見覚えのない小さな箱のようなものがあった。取り上げる。目のように光る球体に気が付く。
裕美「え、これって。カメラ? え、待って、これ、何。いつから」
振り返る。
一気に部屋の全てに目があるような感覚に陥る。
裕美「……奈々子」
先ほどまで通話していた友人の名前をつぶやく。
もう一度コールする。奈々子はワンコールで通話に出た。
裕美「奈々子」
奈々子「あー、残念。種明かしだね」
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