小説『風の記憶』 /加瀬伊助|2025年7月(17,000字)
※本稿は物語の途中まで無料で読むことができます。
xでリポストいただければ全て無料で見れます。
1,死者の記憶を持つ男
2025年7月某日。私はある不思議な話を聞いたため、そのある方を尋ねることにした。
なんでも、『死者の記憶が憑依した男』がいるというのである。その人が住んでいるという街に行き、直接その話を聞く運びとなったのだが、その経緯について簡単に触れてからその不思議な男の話をしたいと思う。
2025年の1月、私は『草むしぬ』という本に出合って以来、第二次世界大戦の日本軍の軌跡を伝え聞かせていきたいということを思い立ち、せっせとyoutubeに動画を上げ続けるという日々に追われることになった。その後、緻密な計画を立てていた割には、当初よりもずいぶんとこの作業にのめり込んでしまい、3か月以内には全て終わらせるはずが、2か月以上もオーバーして、終には6月を迎えてしまっていた。
『草むしぬ』とは、日中戦争勃発から大東亜戦争を経て、ガダルカナル島の激戦地に赴き、95%の兵員を消耗した後に部隊を再編し、その後さらにインド攻略のインパール作戦へと参加して、そしてビルマで終戦を迎えた陸軍の部隊、歩兵第124聯隊の将兵たちの軌跡を編纂した書である。
この本を貸していただいているのは、昨年知り合ったばかりの鈴木さんで、ひょっとした話からこの方のお父さんが歩兵第124聯隊に所属しており、生き残って帰ってきたということを聞いたのがきっかけである。その話に私は大変興味を持ち、色々と聞いているうちに是非にとお借りしたのである。その日に聞いた不思議な話がこの『死者の記憶を持つ男』の話である。
今年の1月末に鈴木さんのお宅にお邪魔して、3時間近くも色々とお話をさせていただいた。『父は20歳で徴兵令を受け、そして帰国して30の時に初めの子を授かったのが私なんです』と語ってくれた鈴木さんは、今年で77歳になる。昨年中に、本当に何気ない話から偶然聞いたことだったのであるが、ガダルカナル島の悲惨な戦況についての多少の知識があった私は、偶然のきっかけからこのような貴重な話を聞けることはまさに奇跡のことだと思い、是非その話を詳しく聞かせてほしいとお宅を訪ねたのであった。
家を出て車で走ること20分ほどの寂れた感じの小部落に鈴木さんの家はぽつんとあった。家の坂の前に着くと鈴木さんが目にかかったので、そのまま庭へと案内していただいた。古いトタン屋根の一軒家で、夏休みによく遊びに行っていたひいばあちゃんの家を彷彿とさせる。懐かしい匂いがする玄関。土間の端には猫のえさ入れがおいてあり、少し食べ残しがこぼれていた。
玄関を跨ぐとすぐ座敷間になっていて、その右側の仏間へと通していただいた。仏間は暖房を効かせてくれていたため温かく、腰の低い椅子を二つ用意してくれていた。仏間を入って正面の仏檀に手を合わせてから椅子に腰かけて、早速話をさせていただくことにした。壁には鈴木さんのお父さんと思われる遺影が掛けられていた。「つまらないものですが」とちょっとした手土産を渡して、私もホットの缶コーヒーを頂いたので早速開けて一口飲んだ。
鈴木さんは年齢の割にははきはきとものを言い、丁寧で優しい言葉遣いで話すも、時折ジョークも言ったりと、なんというか『話しやすい』タイプの方だ。近所の隠居仲間の数人といつもおしゃべりをするのが日課らしく、お互いしゃべり飽きているも、いつも決まった時間にお互いに話し相手をしているらしい。そんな鈴木さんに私は、特に気を遣うでもなく気さくに何でも言っても良いという雰囲気を感じていた。よって、お互いに最近知った仲ではあるものの、何のしがらみもないし、気兼ねなく自由に言いたいことを言いあった。そうして世間話やら昔話やらをご自身の経験談から色々話していただいたのだが、それぞれに興味深く、何かと趣深い話をしていただき、非常に貴重な時間であった。
鈴木さんのお父さんは帰国後大工をされていたそうで、鈴木さん自身も必然として大工の仕事に就かれたという。貧しかったどこにでもある百姓家に育った鈴木さんは、大工として相当に鍛えられたとのこと。それはそうであろう。ある意味本物の軍隊アガリの大工修行をしていたのであろうから。お父さんは普段は無口で優しかったが、仕事には相当厳しかったそうである。また、バブル期には相当おいしい目を見たこともあったそうだ。
しかし、日本の経済的隆盛期に人々の心が金儲けに歪んでしまっていく様をまざまざとみてきたと大変嘆いておられた。その生々しいエピソードなども大変興味深く聞いた。多少感情的になっていて話が止まらない。戦後どん底に落ちた日本は、50年代の朝鮮戦争特需やベビーブームもあって一気に戦後復興していった。そして高度成長期を経て日本は世界第二の経済大国にまでのし上がったのだが、鈴木さんの経験談によれば、高度経済成長後期の頃に人々の心はみるみる荒廃していったようで、およそ人間に必要な、特に仕事人としての在り方や礼儀作法などは二の次、三の次になり、金を儲けることしか考えないような浅ましい連中をたいそう相手にしたのだというのである。そして、今のこの時代は、その頃の大人になり切れない無作法者が小金と子を持ち、子が子のままに無作法に人を育ててできたような矮小な家庭・社会に成り下がったとして、その空虚さを感じるというである。その点は私も全くの同感であった。社会は荒廃して、脆弱化していると。
多岐にわたっていろいろな話をした。人生経験豊富な鈴木さんの話は杓子定規でなく、なんというか非常に魅力的だった。そして、気になる戦時中のお父さんの話も聞いたのだが、どうもお父さんは殆んど戦争中の話をしてくれなかったというのである。ガ島での経験、インパール作戦の道程の話や終戦後の話など、大変貴重な体験談をいくつか聞いたが、そんなに多くを語らなかったそうである。戦争経験者はあまり家族に戦争の話をしたがらないという話は聞くが、その典型であったらしく、そうした話は私が期待していたよりも話題にはならなかった。それに鈴木さんが忘れてしまっているということもあるようであったのだ。これだけ話好きの方があまり語れないので、本当にお父さんは無口であったのだろう。そう思った時である。
「加瀬さん、そういえば親父の戦争の話で不思議な話を聞いたことがありますよ。なんでも、『死者の記憶が憑依した男』がいたとか。」
えっ、、。なんだか不気味な気分になった。聞くと、どうやらお父さんの大工仲間の息子の話で、その人がどうやらそういうことになったというのである。鈴木さんも直接見たわけではないそうで、その話を直接聞いたお父さんは、正に憑依したというよな異様な様子に、当時相当に驚いていたそうである。なんでも、その当時の若い息子に、まるで戦争のありのままの記憶がはっきり残っていたというのである。
「もうずいぶん前の事なのであまり覚えとらんのですが、熊本の人だそうで、もし存命なら多分私と同い年ぐらいじゃなかろうかね。」
ふーん、と、少し冷静になった。私はあまりそういう憑依とかのオカルト的な話はあまり信じていないため、そんなに興味を持たなかった。ただ、信じる信じないというよりも、そいうことを言う人は、残念ながらそうした神秘性を示して騙そうとする詐欺師めいた人が多いことはよく知っているつもりなので、あまりお近づきにはなりたくないというのが先に来たため、興味を示さなかったのである。そうなんですねと言ってその話はすぐに終わらせた。
もう2時間半も話している。非常に楽しい時間を過ごすことができたが、さすがに疲れてきたし、鈴木さんもお疲れの様子だったので、ではそろそろとお暇することにした。そして席を立とうとしたときに、ちょっと待ってねと言って奥の棚から沢山の資料と、以前鈴木さんがタイに行った時の泰緬鉄道の写真と、例の『草むしぬ』を私に持ってきてくれた。写真には50前後の頃の鈴木さんの凛々しい姿が垣間見れた。こんなにたくさんの資料をさすがに見るのは大変だと思ったのだが、正直いうと大変興味深かったため、長期間お借りしても良いかと聞くと、時間は問わないと言っていただいた。お言葉に甘えてゆっくりと見させていただくことにして、全て持ち帰った。
私は今日のこの貴重な体験話を忘れぬうちに早く動画にしたいと思い、急いで家に帰り、動画を回して記録とした。そしてこの時お借りした『草むしぬ』の記憶語りを始めたのである。
それから5か月ほど経った2025年6月某日、鈴木さんから突然電話がかかってきた。なんでも、例の『死者の記憶が憑依した男』が私に会いたいというのである。唐突な話だった。どういう経緯でそうなったかを尋ねてみると、鈴木さんの知人のつてでちょうど戦時中の話になり、その時鈴木さんが私の話を話したそうで、私が戦争の記憶に興味を持っているという話をしたら、なんとその方の友人が戦争の不思議な体験談を語るという話になったそうである。そしてその数日後、鈴木さんに直接電話がかかってきて、その方がどうしても私に会いたいというのだ。えっ、、と心臓がドキッとした。すぐに断ろう、と思ったが鈴木さんからとんでもない言葉が出たためにさらに肝が冷えた。
「加瀬伊助さん、私はあなたのことは昔からよく知っていますよ。」
と、そう言ったというのである。
はっきり言って、全く身に覚えがない。私は熊本に親類はないし、70代の方にそういった知人は心当たりがまるでない。昔ということは、10代か20代の頃として、交友範囲の狭い私にしてみては、顔を思い浮かべるのにそんなに難しい作業ではない。数えるほどしか心当たりはないのだ。友人の親というのなら考えられるか。それでも、そういう話ができるような間柄の人は少ない。これはもうそんな人は知りませんが、というほかはなかった。
「でも、なんだか加瀬さんのことを懐かしがっていたようでしたよ、ぜひ会って話をしてみたいと。確かに、加瀬さんがそういうならなんだか怪しい感じはしますね。がらがらのかすれ声で、ちょっと怪しい雰囲気でしたしね。」
そういってお互いその怪しい人に懐疑的な思いを抱いたのであるが、どうやらその男はどうしても『草むしぬ』を見たいらしいのである。私としてはそろそろ返さなければ罰が当たるほどに長期間借りていたのである。すぐにでも返して差し上げるべきところなので、その返事が必要であった。鈴木さんはまだ返す必要はないと言ってくれたものの、既に動画を作り終えていたために、これを機に返すのも良いと思い、とりあえず本を返すことにした。そして、殆んどその流れにまかせるようにして、その人にも会うことを即座に決めたのであった。
確かに怪しい、だが、『草むしぬ』を動画として配信してもなかなか反応はいまいちだったので、広報したいという思いもあった。私と『草むしぬ』にその人は興味をもってくれているのである。この機会をみすみす逃すのももったいないし、あまり深く考えずに、その不思議な人の話をただ聞いてみるのも良いではないかとの判断である。是非その人に合わせてくださいと返事をした。
「それは良かった。実は私にも会いたいと言っているのですよ。どうですか、今度一緒にその人のところに行きませんか?」
鈴木さんの様子からなんとなくそんな気がしたので、快諾した結果その人の家に行くことに決まったのである。あれこれ考えても億劫であるため、都合のいい日取りを伝えて場所を確認してもらったところ、7月15日の午後13時に、熊本県の山中にあるその方の別荘に行くことになった。
2,熊本へ
ここから先は

¥300 小説・エッセイ集
有料の小説やエッセイのマガジンです。 こちらの有料マガジンは、1度の課金でマガジン内のすべての記事を読むことができます。 購入後にマガジ…
この記事が参加している募集
よろしければサポートお願いします! いただいたサポートはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます(^^ゞ
