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「草むしぬ」セントジョージ島の遭難記を読んで|論説

割引あり

昭和17年、ソロモン諸島にあるセントジョージ島という小さな島で、現代に生きる私たちからは想像もできないような当時の生きた物語が伝えられていた。
それを伝える書籍「草むしぬ」とは、日本の第二国歌ともいわれる「海行かば」の節にある言葉の比喩でもある。その歌詞には『草むす屍』とある。「草むしぬ」とは、戦場で死んでいった者たちが少しでも安らかにあるように、そして、『自分たちがあなたたちを受け継ぎます』という、当時の戦争を戦った先人たちの切なる願いそのものだと思う。まさにその島で起きた一連の出来事が、昨日のことのように伝えられ、私たちの目に届くのは、その切なる想いがそうさせるからであると。
当時その島で実体験したこの記の著者は、その時の想いを心に深く刻み、後世に残さんとして記憶を奮い立たせたに違いない。自分たちがいかに死地を生き抜き、人と、人生と、運命と、いかに辛くたくましく闘い抜いたかを伝えんとしたことであろうし、また、多くの友の屍を見聞きし、踏み越えて涙を流してきたことを伝えたかったことであろうと想像する。それは、亡き多くの友の想いを代弁するための願いでもあり、強くその念に駆られたからこその想いであるからではないだろうか。
時は令和を数え、戦後80年を記録し、時間の経過とともにあの戦争とは何だったのかがもう誰にもわからなくなっているのではないか。私は、今のこの国の言論界や情勢を見ていてまさにそう思ってしかたがない。当時の勇ましい日本人、強くたくましく生きた人たちの面影をすでに無くしてしまった自分たちの今の姿を、小さき灯の様に思う。このままでは未来はないと。先人たちが、戦争に負けて日本人がにじりつぶされていく姿を想像し、恐れ、そうはさせまいと心を鬼にして戦ったあの悲惨な姿こそが、実に今の敗北に塗り込められてしまった日本人そのものなのかもしれないと、心空しい想いがするのである。
私には、「草むしぬ」という切なる願いが、このセントジョージ島の運命の残酷さを今の世に伝えてくれたことこそが、今の私たちが踏みとどまることができるかどうかの瀬戸際を与えてくれる最後のチャンスの様に感じる。それは、まさにこのエピソードが私に与えてくれた想いこそが、実に私の心を震わし、後世に生きる日本人として当然に務めなければならない責務かの様に感じさせて、今回の代読をする仕事を思い立ったからである。これは我々現代人の脳天に強く叩きつけなければならない奇跡の訓示であると。
昭和17年のあの島で、島に残って救助を待つ者、島を脱して救助を求める者、これはどちらも限りなく死路であった。また、生き残った半分の部隊も、その後の壮絶な戦場の死線を何度も潜り抜け、耐え抜き、そして終戦が過ぎてもなお生き延びるのは至難の業であったというのは歴史が示す通りのことである。そうしたうえにしてもなお、こうして私の手元にこの切なる想いが伝わったことは、もはや奇跡以外に言いようのないものだ。その奇跡の賜物を、どうして私たち現代人はスルーを続けてこのまま生きていくことができるのか。それは人道に反するに足りず、これからは当然にして小さく脆弱な生き物として生きるほかはないものと言わざるを得ない情けない所業だと断じたい。日本人としてではなく、日本人を忘れた愚か者としていきることである。現にそうして日本人の多くはそのような歴史を辿り、80年が実に過ぎていったのである。その結果が今社会に如実に示されているのである。
私の声は届いたであろうか。あの時の空気が、熱が伝わってきたであろうか。私たちは日本に生き、日本人として生まれ、そしてそれがこれからも日本が続く限りに、私たち日本人を支えてくれた無数の尊い命が、遠い異国の島で無下に失われていった悲劇を何度も思い出させるのである。
2025.2.23 加瀬伊助

おまけ

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