クリエイティブ企業のCFOとして。ピクサーが教えてくれた「夢」と「そろばん」の話
CFO(最高財務責任者)という仕事に対して、皆さんはどんなイメージをお持ちでしょうか。
「冷徹に数字を管理する人」 「夢見がちなプランに『No』を突きつける人」 「クリエイティブの対極にいる人」
そんなイメージを持たれる方も多いのではないでしょうか。
私たちnote株式会社は、「だれもが創作をはじめ、続けられるようにする」というミッションを掲げています。社内は日々、クリエイターの熱量や、新しく生まれる物語の「魔法」のような空気に満ちています。
そんな中で、数字という「現実」を扱う私は、時折、ある種のジレンマを感じることがありました。素晴らしい企画があっても、予算や収益性の観点から、心を鬼にして「待った」をかけなければならない瞬間。 クリエイターの熱量に触れれば触れるほど、「CFOとしての私」がその熱に水を差しているのではないか、と自問自答する夜もありました。
「クリエイターから生まれる創造への熱狂」と「上場企業としての規律ある経営」。
一見すると水と油のようにも思えるこの二つを、どうすれば矛盾なく共存させられるのか? CFOとしての私は、クリエイティビティの「邪魔者」になっていないだろうか?
そんな問いを抱えていた数年前に出会い、ビジネスマンとしての愛読者となっている本があります。それは、 ローレンス・レビー著『PIXAR <ピクサー> 世界一のアニメーション企業の今まで語られなかったお金の話』(文響社)です。
ピクサーは、「トイ・ストーリー」や「ファインディング・ニモ」などで知られる、世界的なアニメーションスタジオです。この本は、ピクサーという会社が、単なる「赤字のスタートアップ」から「世界一のアニメーションスタジオ」へと変貌する過程を描いたノンフィクションです。そして著者は、当時ピクサーのオーナーであったスティーブ・ジョブズに請われて入社した「CFO」でした。
読み進めるうちに、私は何度もページをめくる手を止め、深夜に一人で深く頷いてしまいました。ここには、私が求めていた「クリエイティブ」と「ビジネス」の両立に関する一つの「解」があったからです。
クリエイターの「自由」と「資金」を確保する物語
物語は、シリコンバレーの弁護士だった著者のレビーが、スティーブ・ジョブズから一本の電話を受けるところから始まります。
当時のピクサーは、現在私たちが知る輝かしい姿とは程遠い状態でした。元々はハードウェアが主軸の会社であったものの儲からず、アニメ事業もコンピュータの技術を示すための短編アニメの制作実績のみで、「トイ・ストーリー」のような後の主軸事業となる長編アニメをつくった実績はありませんでした。毎月莫大な赤字を出し、資金が足りなくなるたびに、ジョブズが個人の小切手帳からお金を振り込んで延命している——。
ジョブズといえば、誰もが知る孤高の天才です。しかし、当時の彼は自らが創業したAppleを追放され、ピクサーも破綻寸前。私財を投げ打ち、崖っぷちに立たされていました。
レビーはCFOとして乗り込み、ピクサーの現状に絶望しながらも、一つの光を見つけます。それは、ジョン・ラセター(トイ・ストーリー監督)率いる小さなアニメーション部門のクリエイターたちが持っていた、他社には真似できない技術と情熱でした。
ただし、当時のトイ・ストーリーはディズニーとの契約の下に制作されており、仮に映画が大ヒットしても収益の大半をディズニーが持っていき、ピクサーにはほとんど残らない契約となっていました。
本書は、ピクサーのラセターをはじめとするクリエイターの才能を守るために、CFOであるレビーがこれまた稀代のクリエイターであり経営者であるジョブズとの信頼関係を構築しながら、ピクサーのビジネスモデルを再構築してクリエイティブの自由を確保する物語です。
彼が目指したのは、ディズニーという巨人に依存する下請け構造からの脱却であり、クリエイターたちが安心して創作に打ち込める「自由」と「資金」を確保することでした。
ピクサーの成功はクリエイティブの文脈から語られることが多いですが、この本はCFOがお金とビジネスの視点から、ジョブズを始めとする関係者の苦悩や興奮のやりとりを描いた物語で、日本の上場企業・クリエイティブ企業のCFOである私にとって膝を打つ場面が多い愛読書となっています。
ピクサーがたどり着いた「中道」
本書の中で、最も私の心に刺さった言葉があります。それは、著者のレビーがピクサーの経営を経てたどり着いた仏教哲学である「中道」という考え方です。
「芸術的側面と事業的問題の折り合いをなんとかつけようといろいろなリスクを取ったわけだけど、あれこそ、中道のいい例なんだよ」
(中略)
ピクサーが成功するには、クリエイティブな精神を殺すことなく、戦略や指示命令系統、官僚的な手続き類を導入しなければならない。精神や創造性、人間性の発露を促しつつ、日々のニーズや責任にきちんと対処する — これこそ中道が訴えるところだ。中道とは秩序と自由の舞いであり、官僚主義と精神の舞い、効率と芸術の舞いである。ピクサーの映画は、いずれも、このような緊張関係を産みの苦しみとして生まれたからすばらしいのだ。
クリエイティブな会社は、ともすればその自由な創造性に焦点が当たりがちですが、仲間内で自由気ままにやるだけだと、外の世界への波及、インパクトは限定的になりがちです。かといって、管理で縛り付ければ、多くの人が熱狂するおもしろい作品は生まれません。
レビーは、クリエイターたちを尊重しつつも、上場を目指すため、そして上場企業としての継続的な成果を上げるために「中道」を見出すことに腐心しました。
これはまさに、私がクリエイティブ企業であるnoteのCFOとして目指している姿そのものです。
クリエイターがその才能や熱量を表現するための「自由」は何よりも大切です。しかし、その会社やプラットフォームの経済性が担保されず、いつなくなるかわからないような状況だと、誰も安心して創作を続けられません。
実際に、本書ではディズニー側に有利な契約条件を見直すための、ハラハラする交渉の過程も描かれていますが、ピクサーがディズニーに対して強気に契約交渉をできたのは、IPOによる資金調達の成功と、それに伴う財務基盤の強化に伴うものです。
「創作の土壌を守るためにこそ、強固な財務基盤(規律)が必要である」
この本を読んで、私はCFOとしての自分の役割を再定義することができました。 私はクリエイティビティを管理する者ではない。クリエイティビティが持続可能なように、その土壌に栄養を運び、土壌を耕し、肥沃な創作の土壌を提供する耕作者なのだと。
「翻訳者」としてのCFO
もう一つ、CFOの役割としてこの本から学んだことがあります。
本書には、歴史に残る起業家でありビジョナリーなスティーブ・ジョブズ、トイ・ストーリーを生み出した天才クリエイターのジョン・ラセター、CGなど技術的基盤を提供するエド・キャットムルなど、多くのクリエイティブの天才が登場します。
重要な事実として、ピクサーはその3人がいてもずっと赤字を垂れ流していた会社で、投資家からも誰も見向きもされなかった存在です。実際に、IPO準備をする際には、大手投資銀行であるゴールドマン・サックスとモルガン・スタンレーからは取引を断られています。
これに対し、CFOのレビーが奔走しブティック系の投資銀行にアプローチしてIPOを実現するのですが、当初はあまり有名でない会社にIPOを任せるのを懸念していたジョブズを上手く説得しながら、投資家の代表である投資銀行の幹部や担当者も熱量高く巻き込んで、IPOを成功させています。
レビーはこの過程で、ジョブズの夢やクリエイターの情熱を、投資家が理解できる「ビジネスの言葉」に翻訳する役割を担ったのです。そしてIPOで得た資金を背景に、収益の大半をディズニーが持っていくという不平等な契約を「対等(50:50)」なものへとひっくり返しました。
私もまた、noteにおける「翻訳者」でありたいと強く思います。
noteという街には、毎日数え切れないほどの物語や知見、そしてクリエイターの想いが溢れています。私はその目に見えない「熱量」や「可能性」を、投資家や社会が理解できる「数字」や「成長ストーリー」に翻訳して伝える。
そうすることで得られた信頼と資金を、再びnoteという街の整備に投資し、さらに多くのクリエイターが活躍できる場所にしていく。 このサイクルを回し続けることこそが、私の仕事なのです。
クリエイターの「熱狂」を一番遠くまで届ける
本の中で、ジョブズはピクサーの成功を通じて変化していきます。独善的で当初はピクサーの社員から嫌われていた彼が、次第にクリエイターたちに敬意を払い、最終的には「信頼できる保護者」として仲間たちから慕われるようになったこと。そこで得た自信と経験が、後のApple復活劇にも繋がっているように思われます。
私たちnoteも、これからさらに大きくなっていくと信じています。 それでも、中心にあるのは常に「クリエイター」であり、「創作」です。
私はCFOとして、ビジネスと組織に向き合い続けます。 でもそれは、冷徹な管理のためではありません。 この場所から生まれる「熱狂」を、一番長く、一番遠くまで届けるためです。
『PIXAR』は、単なるアニメスタジオの成功譚ではありません。クリエイティブとビジネスのバランスに悩みながら新しい価値を世の中に届けようとしている人、また、あらゆる企業がそうであるように、理想と現実の間でもがくすべてのビジネスパーソンに、勇気をくれる一冊です。
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