二丁目の朝日。

大学の学生課のアパート紹介で、文京区の本駒込二丁目に住んだのは、
大学三年のことだった。

jr駒込駅からは本郷通を南に徒歩12~13分かかるが、
大学の正門からは5分程で、通いやすい本郷通り沿いの場所だった。
階段を上がってすぐの角部屋で、正面の東窓と、南窓もあって四畳半だが、この独立して明るい部屋が気に入った。
ほんの少しのスペースに一つのコンロとシンクと水道があり、
共同トイレが2つすぐ横にあり、銭湯通いだが快適だった。

東映三田線の駅の方に歩けば、学生街ということもあり、
飲食店が多く、チェーン店も松屋、マクドナルド等あり、
コンビニ、スーパーもあって、
レンタルビデオ店もあったから、
日本映画や洋画を時々レンタルしたりと、

とても住みやすい街だった。

この部屋では、思いついたことを、
いろいろと実現することができた。
道の反対側の吉祥寺(きっしょうじ)のお寺の前に都営バスのバス停があり、お茶の水行きに乗れば、
東大の正門や赤門の前を通って、
湯島を通って、終点のお茶の水で降り、
歩いて橋を渡って、駅を過ぎれば右手に明治大学のキャンパス、
左手にクロサワ楽器、石橋楽器、下倉楽器等が並び、
楽しめるエリアだった。

この辺では楽器を買い、楽譜を買い、
cdを買い、靖国通り沿いの三省堂の本店や、
書泉グランテで好きなジャンルの本を買い集めた。


東大病院も、東大キャンパスを抜ければ5分程度で行けるので、
眼科を受診し、網膜色素変性の治療法がないか、
かすかな希望を求めて、何回か通院したが、
天下の東大病院ををもっても、治せないものは治せないようだった。
帰り道は暗い気持ちで、三四郎池の周囲を散歩し、
うっそうとした木々の下のベンチに座って、
池の水面をボーっと眺めることもあった。

夏目漱石もここを散歩していたのだろうか?
とどうでもよいことも考えたりした。

別の日、いつものように東大正門前のバス停で下車し、
東大のキャンパスを急ぎ足で抜けようとした時、
「すみません!」。
と東大生のご両親と思われるお二人が小走りして来て、
「○号棟に行きたいんですが、どの建物になるでしょうか?」。

見当がつかず困っているところに私が来たのでほっとした様子だったが、「すみません。自分はここの学生じゃないんでどこになるかわかりません」。

と無常な返答をするしかなかった。
ご両親の安堵した笑顔が消え、
「ああ、そうですか」。
と残念そうに言った。
「お役に立てずにすみません。この先の病院に行くんで」。
と頭を下げて、更に足早に三四郎池の横の坂道を下って行った。
左手には大きな校舎がいくつか見えるが、私にも全く見当がつかなかった(汗)。

週末にコインランドリーで洗濯をし、

部屋と反対の長い廊下の突き当りのドアから西のベランダに運び、
そこで洗濯物を干すことができた。

空は広々していて、坂の下に広がる住宅の屋根の奥にはサンシャイン60が見え、その左脇に陽が落ちて行くのが見えた。

東京の夕陽は綺麗だな、
としばらく眺めていたこともあった。


ゼミには女子学生が多く、
男友達と言えば、1年の時にできた仲間たちと、
バンド仲間がいたので、時々遊びに来た。
友人からギターを教わって、歌本でコードを覚えながら、
「そして僕は途方に暮れる」とか、
「SOMEDAY」とか、

[「路地裏の少年」とか、
を毎日練習して歌っていた。


少し生活に慣れて来ると、
自転車に乗りたい!
という願望が大きくなった。
本郷通は歩道も広いし、駒込の途中で交差する不忍通りも広く、
jrまで行くのに便利ではないか?
と思うようになった。

三田線の春日駅の近くにディスカウントショップがあることがわかり、
そこで安いシンプルなママチャリを購入した。

視野が狭いので、人に接触しないように十分注意して乗るようにした。


休日にアパート前に止めている愛車のカギを外し、
本郷通から不忍通りを左に曲がり、
白山通りの千石にあるレンタルcd屋まで快走した。
右手に何かの学校の校舎と敷地が広がっていて、
その上の青空も眩しく広がっていた。
ちょうど返却に行くスターダストレビューの「輝くノザンライツ」が、
頭の中でリピートし、私もくちづさんでいた。
輝くノザンライツ♪

初夏の眩しい太陽と青空の下、
気ままにペダルをこいで走る。
遠い故郷の道を走っていた頃と重なり、幸せな気持ちになった。
輝くノザンライツ♪

いつまでも、どこまでも走っていたい。


休日が終わり、
翌朝も吉祥寺の空から太陽が昇り、
新しい一日が始まった。


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