「文化財を守る」―未来のためにできること
30年以上前、
某博物館の静かな一室に
その掛軸はかけられていた。
伝記もわかない
逸名の画家「一之」作の伝承ある
「白衣観音図」。
瀧を前にして静かに佇(たたず)む
神々しい白衣の観音の姿に魅了されて、
私は学芸員の世界に入った。
しかし、その日を最後に、
「白衣観音図」を再び目にすることは
叶っていない。
博物館に預けられていたその作品は、
所有者の希望で返還され、
その後、売却されたという。
転売を繰り返すうちに所在は不明となり
「学芸員」という立場を活かして、
関係筋に捜索をしたというのに、
今なお作品は見つかっていない。
博物館・美術館に飾られた作品をみるとき、
多くの観覧者は
その作品が失われることを想定していない。
展覧会として会期が終わりを告げても
どこかで安全に守られているはず、
堅牢な収蔵庫に入っているはず、
博物館から作品がなくなることはないと
信じてしまうようだ。
しかし作品は
必ずしも守られているわけではない。
戦争や災害、火事、
そういったことでも失われるけれど、
それ以外の理由で失われる作品も
数多くみてきた。
経済的理由による転売、
質入りされた作品、
そして博物館の閉館。
いくら学芸員が作品を残したいと望んでも
手放すと決められた「決定」の前には、
全くの無力だ。
未来に、一点でも多くの文化財が伝わるように
祈っているけれど、
無力な私にできるのは、
日本で行われた美術品疎開を
書き伝えることくらいだ。
今、日本に伝わる文化財は、
敵国の慮りで守られたものではない。
8月15日に終戦を迎えなければ、
京都には原爆が落とされていた。
日本の文化財関係者は、
開戦前から文化財を守る方法を模索し、
開戦直前にもヨーロッパまで
防空対策を学びに出向いた。
そして昭和18年末になったとはいえ、
文化財疎開が閣議決定され、
自分の命を削ってまで
文化財を疎開させた人々がいたからこそ、
作品は今に伝わっている。
そして今、再び戦争の起きている世界には、
第二次世界大戦の時と同じように
疎開している作品がある。
戦火の中で、
作品を守っている学芸員たちがいる。
「戦争のない世界」は理想ではあるけれども
現実としては難しい。
戦争下でも守られてきた、
このかけがえのない作品たちを
コロナであるとか経済的危機であるとか、
株主の利益優先の主張であるとか、
そんな理由で失っていいのだろうか。
2度と手に入れることの出来ない文化財を
あなたがたは、みすみす失いますか?
それとも未来に伝えますか?

