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自己紹介 ―ご縁のはじまり― 

はじまりは大分・湯布院から

今を去ること、四半世紀以上前の3月末。
日本美術史の中でも室町水墨画を専攻していた私は、
錚々(そうそう)たる研究者の先生方とともに、
九州の作品調査に参加していた。

大分・湯布院の旅館に宿泊していたその日、
調査旅行を御一緒していたM学院大学のY先生のもとに、
一本の電話がかかってきた。
「ぼくの舅が秘書を探しているのだけれど、いい学生さんはいないか?」
電話の主はある茶道の副家元、当時の御当主の婿にあたる方だった。
「うーん、いますぐには、思い当たらないなぁ」とY先生、
そして、電話をもったままこちらを振り向いたかと思うと、
「そういえば今、ここに香山さんがいるんだけれど、適任なんじゃない?」とのたまった。
以前、東大史料編纂所の茶道の研究会でご紹介いただいていたこともあり、
「では九州から戻ったら、ぼくのところに履歴書でも送ってくれる?」
との一言で電話は終わった。

えっ、明日?×2

九州から自宅に帰った日の晩、御当主じきじきからお電話があった。
「履歴書を送ってもらえばとは思ったけれども、どうせ明日午後ヒマだからちょっと話に来ないか?」
御当主とはそれまでほとんどお話したことはなかったのだけれど、
これまでも幾度か、学会とか大学の研究会とかでお目にかかっていた。
一週間近い調査旅行の疲れをみこして、翌日の予定はいれていなかった。
次の日、私は初めて東京・目白の洋館に足を踏み入れた。

お約束したのは午後一時とか、一時半であったと記憶している。
大きなドイツ印象派の油絵のかかった二階の応接に通され、
御当主と二人、美術史に政治の話、フェミニズムの話、出身校の話と、
話はほとんど途切れることなく、盛り上がった。

そして私がその日、応接を出たのは、夜七時過ぎだった。
御当主の右腕ともいうべき、昔でいえば「家老」とでもいうべき方が
心配して声をかけにきたのだ。
「あの、もう勤務時間を過ぎまして、みんな帰りまして、
事務所には私一人しか残っておりませんが・・・」

御当主はおっしゃった。
「おお、おお、もうそんな時間か。いやいや時間をすっかり忘れていた。」
そして私に振り向いて一言。
「それで、明日から出勤してくれる?」

私はこうして、葵の御紋の下に働くことになった。
秘書兼任学芸員。
ここから、この家との御縁はスタートした。

夢枕と伝えるべきこと

それからさまざまなことがあり、
自分が壊れかけたりもして、二度も退職した。
数年前に再びもどったのは、
20年前に亡くなられた御当主が夢枕に立ったからだ。

"私には果たすべき仕事がある"
目覚めた時、強くその使命感だけが残っていた。
それはこの家を守ること。
この家に残されたかけがえのない美術品を未来に伝えること。
この家に伝わった貴重な歴史と文化の記録、
その中には、私の立場でしか知り得ないものがある。
そしてこんな私だからこそ書けることもある。
「殿様」でも、この家の人間でもないのに
ここまで踏み込んでしまっているからこそ。
ここまでお任せいただき、
ここまで可愛がっていただいてきたからこそ。

一度はあきらめた。
二度と関わりたくないと考えた時期もあった。
でも、このままこれ以上、努力もせずにこの人生を終えるのは、
この家に対しても、御当主にも
私をご指導くださり、ご紹介くださった諸先生方にも、
不敬にあたるのではなかろうか。

どこまで書けるかはわからない。
ただ、私の目に触れた、かけがえのない貴重な記録と
数百年の歳月を経て今日まで伝わって来た美術品の経緯、
そしてその背後に宿る古くからのメッセージを、
この場ですこしおすそ分けできたらと
今はそう考えている。

最近の論文・エッセイ等

香山里絵「「古器旧物保存方」と名古屋藩」『金鯱叢書』第51輯 2024年3月
香山里絵「研究ノート 建築家・吉本與志雄と尾張徳川家」『金鯱叢書』第50輯 2023年3月
香山里絵「第二次世界大戦下の文化財疎開―1941年の防空対策について」東京国立博物館研究誌『MUSEUM』700号 2022年10月
香山里絵「尾張徳川家麻布富士見町邸」『金鯱叢書』第48・49輯 2021年・2022年3月
香山里絵「徳川美術館の美術品疎開」『金鯱叢書』第46輯 2019年3月
香山里絵「華族世襲財産法と文化財保護―尾張徳川家の事例を中心に」『美術史』第185号 2018年10月(2018年美術史学会「美術史」論文賞受賞)
香山里絵「尾張徳川家における世襲財産附属物」『金鯱叢書』第45輯 2018年3月
香山里絵「徳川義親と木彫りの熊」企画展『熊彫~義親さんと木彫りの熊』エルビスプレス 2017年11月
香山里絵「徳川義親と長谷川路可」没後50周年記念「長谷川路可 フレスコ、モザイクのパイオニア』サンパウロ 2017年6月
香山里絵「徳川義親侯生誕百三十年・没後四十年に寄せて」『葵』100号 徳川美術館 2016年9月
香山里絵「「尾張徳川美術館」設計懸賞」『金鯱叢書』第43輯 2016年3月
香山里絵「明倫博物館から徳川美術館へ―美術館設立発表と設立準備」『金鯱叢書』第42輯 2015年3月
香山里絵「徳川義親侯爵への手紙1~8」『才能教育』第189号~196号 才能教育研究会 2014年9月~2016年10月
香山里絵「徳川義親の美術館設立想起」『金鯱叢書』第41輯 2014年7月

講演

(予定)「徳川美術館の90年」徳川美術館土曜講座 2026年3月14日
木彫り熊発祥100周年記念「ヒュッテの熊と最後の殿様・徳川義親」2024年9月23日 八ヶ岳高原ロッジ
木彫り熊100周年記念事業「徳川義親侯爵のヨーロッパ旅行と木彫り熊」2024年8月31日 北海道八雲町 
八ケ岳高原ヒュッテ移築55周年フォーラム「尾張徳川家と八ヶ岳高原ヒュッテ」2023年9月24日
「なぜ尾張徳川家は現在に美術品を伝えることに成功したのか」徳川美術館土曜講座 2023年3月
「文化財を守るということ―徳川美術館の美術品疎開」徳川美術館土曜講座 2019年8月

もしよろしければ

この家にはさまざまな裏話が伝わっています。
これまで文章に入れられなかった小話や、
ご家族に伺って来た思いがけないエピソードを
後輩たちに引き継いでいくことが出来るよう、
すこしずつ綴っていけたらと考えております。 
ご一読いただき、お楽しみいただけましたら幸いです。    拝


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