辻希美さん一家を見て、「幸せにも格差がある」と思ってしまった
辻希美さん一家のニュースを見た。
夫婦がいて、子どもたちがいて、広い家があって、家族みんなで出かける。
画面の向こうにあるのは、誰が見ても「幸せそう」と思うような家族だった。
素敵だと思う。
辻さん自身が長く芸能界で働き、子育てをしながら仕事を続けてきた結果でもある。
だから、その暮らしを批判したいわけでは全くない。
それなのに、記事を閉じたあと、私は少しだけモヤモヤした。
たぶんそれは、嫉妬とも少し違う。
「幸せにも格差があるんだな」
そんなことを考えてしまったからだ。
お金だけではない「家族の格差」
格差というと、普通は収入を想像する。
年収300万円の人と、年収1000万円の人。
賃貸のワンルームと、広い一戸建て。
国内旅行を数年に一度する家庭と、家族みんなで海外旅行に行ける家庭。
確かにそこには経済的な差がある。
でも、辻さん一家のような家族を見ていると、それだけではないものを感じる。
好きな人と結婚して、
子どもが生まれて、
広い家で家族が笑っている。
仕事も成功している。
経済的にも余裕がある。
夫婦仲もよさそうに見える。
家族みんなで思い出を作っている。
私たちが子どもの頃から「幸せな人生」として教えられてきたものが、一つの家族の中に全部詰まっているように見える。
そして、そのすぐ隣には、
結婚したくても相手が見つからない人がいる。
婚活を何年も続けて疲れている人がいる。
子どもを望んでも授からない人がいる。
仕事で疲れ果てて、休日は寝て終わる人もいる。
家賃と食費を払ったら、ほとんどお金が残らない人だっている。
同じ社会に生きているのに、人生の景色があまりにも違う。
その差をSNSやニュースによって毎日のように見せられる。
これは結構、残酷なことなのかもしれない。
「普通の幸せ」が小さく見えてしまう
私たちは昔より、他人の生活を見る機会が圧倒的に増えた。
広い家。
ブランド物。
海外旅行。
素敵な夫。
かわいい子ども。
豪華な誕生日。
家族で囲む食卓。
SNSを開けば、そんな景色が次々と流れてくる。
一つ一つを見れば、
「素敵だな」
で終わる。
でも、それを毎日見続けていると、
いつの間にか、それが「普通の幸せ」の基準になってしまう。
すると不思議なことが起きる。
仕事帰りに買った少し高いケーキ。
一人でゆっくり入るお風呂。
友達と飲んだビール。
給料日に買った欲しかった服。
休日の朝、目覚ましをかけずに眠れること。
そういう小さな幸せが、
なんだか急に、つまらないものに見えてくる。
本当は昨日まで幸せだったはずなのに。
結婚できない人には、もっと残酷に見えることもある
特に結婚については、私は少し複雑な気持ちになる。
結婚したいと思っているのに、相手が見つからない人はたくさんいる。
何度も婚活に行って、
マッチングアプリを開いて、
傷ついて、
それでもまた誰かを探している。
そんな人が、
仲の良い夫婦と子どもたちが広い家で笑っている姿を見たら、
「自分は何をしているんだろう」
と思ってしまう瞬間があっても不思議ではない。
しかも、ただ結婚しているだけではない。
お金もある。
家もある。
子どももいる。
家族みんなで旅行にも行ける。
幸せが何層にも重なって見える。
一方、自分は一人。
そんなふうに比較してしまえば、
自分の人生が急に色褪せて見えてしまう。
でも、そこで私は考えたい。
本当に、その比較には意味があるのだろうか。
幸せは「点数」ではない
もし人生の幸せを100点満点で採点するなら、
結婚したら+20点。
子どもができたら+20点。
大きな家を買ったら+20点。
お金持ちなら+20点。
夫婦仲が良ければ+20点。
そんな仕組みなら、確かに分かりやすい。
でも人生は、そんなゲームではない。
結婚している人が、独身の人より必ず幸せなわけではない。
お金持ちだから、毎日心が満たされているとも限らない。
子どもがいるから孤独を感じないとも限らない。
逆に、
一人暮らしで、
特別お金持ちでもなく、
結婚していなくても、
「今日も結構いい一日だったな」
と思いながら眠れる人もいる。
その人は不幸なのだろうか。
私は違うと思う。
幸せには、もっとたくさんの形があっていい
私は35歳で独身だ。
世間で描かれる「幸せな家族」の形から見れば、持っていないものはたくさんある。
夫はいない。
子どももいない。
大勢の家族で囲む食卓もない。
でも、それだけで私の人生を「不足している人生」にしたくない。
好きなものを食べる。
仕事で少し評価される。
欲しかった服を買う。
休日に何もしない。
好きな場所へ一人で出かける。
気の合う友達とくだらない話をする。
夜、自分の好きな部屋でゆっくり過ごす。
そんなものだって、ちゃんと幸せだと思う。
派手ではない。
ニュースにもならない。
Instagramに載せても、たぶん何万いいねもつかない。
それでも、私の人生の中では大切な時間だ。
他人の「100点」を、自分の採点基準にしない
辻希美さん一家を見て、
「素敵だな」
と思う。
それでいい。
羨ましいと思う日があってもいい。
「私にもこんな人生があったら」と考える日だってある。
ただ、
他人の幸せを見たあとに、自分の幸せまで否定する必要はない。
あの人にはあの人の人生がある。
私には私の人生がある。
家族7人で笑う夜が幸せな人もいれば、
一人でワインを飲みながら映画を見る夜が幸せな人もいる。
どちらかが上ではない。
幸せとは、本来もっと個人的なものだったはずだ。
でもSNSによって他人の人生が見えすぎる時代になって、
私たちはいつの間にか、
幸せまで他人と競争するようになってしまったのかもしれない。
豪邸じゃなくてもいい。
海外旅行に行けなくてもいい。
結婚していなくてもいい。
子どもがいなくてもいい。
今日食べたご飯がおいしかった。
仕事帰りの風が気持ちよかった。
好きな人から連絡が来た。
一人で静かに眠れた。
そんな小さな幸せを、
誰かの華やかな人生と比べて「こんなの大したことない」と捨ててしまう方が、私はもったいないと思う。
人生に一つの正解がないのなら、
幸せにも一つの正解なんてない。
他人の人生を見て羨ましくなった夜ほど、
「じゃあ、私にとって幸せって何だろう」
と考えてみる。
もしかしたら、その答えを自分で決められることこそ、
一番贅沢なことなのかもしれない。
