WANT YOU でござる
4年ほど前の話から、順を追って語りたく思う。
当時勤めていた会社の寮に住んでいた私は、今から思うとまったく健康的な精神状態ではなかったように思う。
家賃15,000円、会社が借り上げている1K のレオパレスはほとんど新築であった。
南側が空き地だからお天道様を遮るものはなく、備え付けのやけに薄いカーテンを毎朝激烈な朝日が貫通する、日当たり良好で申し分ない。
しかしミニマリストとはまったく対極な性分で、あれもこれもとため込んだ本や実用品、非実用品、無用品などが立体的に積みあがった部屋の中にいると、大声で叫び出しそうになることが頻繁にあった。
当時はコロナ禍の真っただ中で、仕事もリモートワークがほとんどであり、ゆえにプライベートな空間と業務空間がまったく同じ場所にあり、精神的なON/OFFの切り替えが極めて困難であった。
床に座ってちゃぶ台にノートパソコンを乗せて仕事をしていたのだが、いよいよ床が埋まって、必要もないのにスタンディングテーブルを買った。
続いてスタンディングテーブルにパソコンを据えて、立ったまま仕事をしていたが、1日に10時間も立っていられるわけもなく、床に置いてあるモノをスタンディングテーブルに置いてまたちゃぶ台に逆戻りした。
掃除をするのもうっとうしく、カーペットの上に座っているのか、それとも半年分の埃の上に座っているのかも分からない始末で、毎朝の強烈な朝日を受けて寝返りをうつたびに舞う埃がきらきら光るのをこれも一種のインスタレーションアートだと思い込むのにも、限界がある。
自分以外の生活の痕跡がないというのも実家を出て初めての経験で、こうも狭い空間の手の届く距離に自分の気配が満ちていると、まるで四面を鏡に囲われているような気分になる。
こういう時にこそ贈り物が沁みるもので、大阪に赴任していた友人が冷凍便で送ってくれた肉まんがたまらなく嬉しくなって写真を撮ったところ、強い朝日も相まって私の心象を写した宗教画のようになった。

夜になると、時折、向かいのアパートから気違いの女が飛び出して、階段を転げ落ちながら笑い、泣きながら階段を這い上がり、また笑いながら階段を転げ落ちて、片方だけのサンダルで呪詛を喚き散らしながら夜道を駆けていき、闇の向こうから帰ってくるときもあれば、それきりその夜は戻らないこともあった。
私は、それを薄いカーテンの隙間から覗いていた。
誰かが通報することもなく、それどころか壁がせんべいよりも薄いレオパレスからは物音ひとつしない。
気違いの女だけが、私が私以外の生活を識るための存在だったかもしれない。
いや、たまに、寮の前に止めている私の自転車の籠に、何者かがタバコの箱を捨てていくことがあった。これも確かな生活の気配だった。
とにも、かくにも、家にいたくないのである。
レオパレスは淀んだ川沿いにあり、夏になると生臭い匂いが窓の隙間から入り込んでくる。いよいよ不愉快であった。
ストレスを感じると自傷に走る悪癖があり、さりとて本当に刃物などで自分に傷をつけるような度胸もないので、どうするのかといえば、体の毒になりそうなものを大量に喰うのである。
幹線道路沿いにふた駅ほど歩くと、ラーメン屋があった。
唐辛子の山ほど入った真っ赤なスープに、さらに辛味噌の塗りたくられた巨大な鳥のから揚げが乗せられたラーメンだ。この一杯で象の子供くらいなら仕留められるかもしれない。
店長は黒ずんでいて、関節が膨らんで見えるほどに痩せていて、そして老いていた。
動きがラーメンを作ることに自動化されていて、たまに人間的な動きをしようとすると、ラーメン作りのためにプログラミングされた挙動から外れて体がギシギシ音を立てていた。
アルバイトの動きが気に食わないと雉が鳴くような声で怒鳴り、それが客の食欲を削ぐ行動であることはどうやら理解しているようなので、ギシギシいいながらカウンター越しの客のそれぞれに笑顔を見せて回った。
その日は私よりも前に並んでいる集団がいて、みな一様にツナギを着ていることから近隣の作業所に勤める人々が昼飯を食いに来ているようだと推測できた。
店の前には大きな掲示が張り出されていて、「食券を先に買ってからお並びください」とある。
作業着の連中はすでに食券を買って並んでいるものと思った私は、店内に入って食券を買おうとした。
「あの、並んでるんですけど」
と、先頭の男がそう言った。
軽蔑したような顔である。こんなことをいちいち言わせるな、という風である。
その男が一団におけるリーダーなのか、後ろに並んだ男たちはみな欅の立木のようなつまらない顔をしていた。
私は掲示に目をやってから、己の正統性を確認して、そして返答した。
「この店は先に食券を買ってから並ぶんですよ」
それを聞いた男は、掲示には目もくれず、ほとんど私の言葉に被せるようにして、
「違いまぁす」
と言った。
稚児に道理を説くようなその馬鹿にしきった口調に、私の体内を巡る存在しない武士の血が煮えたぎる。
この無知蒙昧な無礼者を切り捨てなければならぬ。
一族相伝たるモンゴリアンチョップで男の首を断ち切らんとしたその時、何者かが私を羽交い絞めにした。
「殿中でござるッ!」
振り返ると、梶川頼照であった。
「斬らせろ! 斬らせろ!」
と私は頼照を振りほどこうとしたが、役高5000石の旗本は伊達ではない。
一日中ちゃぶ台の前にいる出不精が振り払えるものではないのであった。
そうこうしているうちに席が空いて、作業着の一団は店内に入っていってしまった。
気炎を上げたまま暴れ続けていると、私の脇を固める力が不意に弱くなった。
もう一度振り返ると、梶川頼照は素知らぬ顔で角を曲がってその姿を消した。
慌てて追いかけるも、角を曲がった先に頼照の姿はもうなかった。
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2年ほど前のことである。
夜遅く、渋谷駅で電車に乗ろうとしていたときのことだった。
半蔵門線のホームへ続く階段は両側から改札に挟まれるような形になっており、ラッシュの時には両側から人がなだれ込むからなかなかに閉口である。
その日はそこまで大した人流ではなかったが、だからこそ起こるトラブルというものもある。
私が改札を通ると、ちょうどホームへ続く下り階段の前のちょっとした広場のような場所で、すでに二組の女性が一触即発の空気になっていた。
ド派手な格好の女性二人組のうち、カバンから沙悟浄の髑髏数珠のように『ちいかわ』のぬいぐるみを下げた大柄な女と、それからなにかしらのライブ帰りと思われる三人組のうちの、魔道士ピンヘッドのような風貌の女が甲高く不明瞭な怒号を上げていた。
それぞれの連れの女性たちは控えめに渦中の二人を抑えようとしているらしいが、その気勢にはかなわないようだ。
そのとき、私はよもやと思いあたりを見渡した。
いた。
梶川頼照だ。
それぞれの改札の向こうから、人混みをかき分けながら頼照が二人、こちらに向かって駆けてくる。
どちらも鬼気迫る表情だ。
「殿中でござるッ!」「殿中でござるッ!」
両側から迫りくる頼照だったが、しかし、やはり江戸時代の人間である。
無情にも改札機は閉じられ、二人の頼照は皮肉にも文明の利器に阻まれて修羅場へ駆けつけることが叶わなかったのだ。
ついにはハチャトゥリアンの曲のように激しく絡み始めた女性たちの横をすり抜けながらも、私は改札の向こうで無念の涙を流す頼照たちから視線を外せないのであった。
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1年ほど前のことである。
会社を変え、当然あのレオパレスを退去した私は、結婚して新居に越していた。
スタンディングテーブルは未だその活用法を見出すことができず、ベランダに放り出してしまった。
社会の荒波は相変わらず高く、泥船で渡れるほど世間の大海は甘くはないが、しかし、ともあれ、嵐風といえど満帆であることには変わりはない。
ある夏の暑い日のこと、なにか涼感を得たいという理由から私と妻は銀座にある「アートアクアリウム」を訪れることにした。
銀座三越の一等地に、古今東西の金魚を飾る神秘的な水族館がある。
さすがは銀座というべきか、こちらが出目金になるのではないかというほどの驚くべき入場料を取られながらも展示室へ足を踏み入れると、ほとんど妖艶と言って差し支えない空間が広がっていた。
薄暗い中に、赤や紫に照らし出された様々な展示水槽が立ち並び、石灯篭や風呂桶のようなものを模したその水槽の中に、到底自然の産物とは思えない珍奇な形態の金魚が泳ぎ回る。

美術館や水族館を訪れたというよりは、倫理外の実験場に足を踏み入れたような心地だった。
盆栽の展示会で、恣意的に育てられて奇形となった松や柏を見ても美しいと思いはすれ、残酷だなどとは露ほども感じなかったものだが、胴体よりも膨らんだ目玉を抱えてぷかぷかと水中を漂う金魚を見た時には、肝の方がゾクゾクと冷えたものだった。
人の業たる金魚を照らすに、このような妖しい照明はむしろふさわしいのかもしれなかった。
そんな風に金魚を眺めて回っていると、不意に梶川頼照のことを思い出した。
金魚を見るにつれ、なにか人類悪のような概念に義憤が沸いたのかもしれなかった。
特にあのラーメン屋の前での悶着の際の、私を羽交い絞めにする頼照の異様な腕力を思い出して、私はいっそう、彼に会いたくなった。
そこで、一計を案じることにした。
「ほら、あれ、あの金魚、なんだったけな」
ほとんど独り言のように、妻にそう語りかけた。
「どんな見た目?」
涙袋が風船のように膨らんだ金魚を興味深そうに眺めていた妻が、そう訊いた。

「頭がこう、大きくて、瘤みたいになってる」
「ああ、なんだっけ」
私は答えを知っていて、わざととぼけていた。
「ポケモンの、ほら、ピカチュウが進化したらなるやつみたいな……」
「ライチュウ?」
「蘭鋳(らんちゅう)でござるッ!」
その声が聞こえた瞬間、私はその場でぐるりと振り返った。
面食らったように立ち止まった梶川頼照の袖口と襟元を握ると、一族相伝の大外刈りで頼照を引き倒す。
「ぐわあ! 卑怯なり!」
ずでんどう、と床に頼照を叩きつけると、さしもの5000石といえど大人しくなった。
その後、特大水槽『NEO花魁』の前のベンチで、私と梶川頼照は向かい合っていた。
腹をくくって語り合おうという構えである。

「つまり、あなたは我々の深層心理に潜む理性のタガそのもの……アンガーマネジメントの権化ということですか」
「おおよそ左様にござる」
梶川頼照は、背中を擦りながらそう答えた。
「一度じっくり話したかったのです。騙すような真似をしてすみませんでした」
謝ると、頼照はしかつめらしい顔で頷いた。
「一時の憤激に駆られて刃を執るとも、そこに大義は立たぬ」
「しかし、明らかに自分に非がないときに虚仮にされては憤るのも当然でしょう」
私は結局、あのラーメン屋の前で羽交い絞めにされたのが気に食わないのである。
「面目を立てんとして、より大なるものを失うほど愚かなことはござらぬ」
「では、あの日、松の廊下で浅野 内匠頭を羽交い絞めにしたことも後悔していませんか」
正論をぶたれて、私はつい嫌味なことを言った。
梶川頼照は私をじろりと睨んでから、嘆息する。
「悔恨まるでなしとは申さぬ。されど、大義に従うたるこの身に、今さら惑いはござらぬ」
なるほど大人物である。
私は感服して、再度頭を垂れた。
「そのうち、あなたが遠くから駆けつけることになってしまうのでしょうか?」
「貴殿が己を戒むる心を失わぬ限り、拙者は常にその傍らにござろう。されど、驕り高ぶるほどに拙者は遠くなるものと心得よ。ゆめゆめ忘るることなかれ」
あの渋谷の夜、遠くから駆けつけるも改札に阻まれた無念の梶川を思い出し、私は一層自戒を深めることにした。
「また近いうちにお会いしましょう」
「勘弁仕る」
そう言い捨てて、梶川頼照は席を立って人混みに紛れてしまった。
妻が手洗いから戻って来て、私もまた席を立った。
それから一年、まだ梶川頼照とは再会していない。
