【ボードゲーム制作日記】価値観ゲーが面白いと思うメカニズムとはなんだろう?
コミュニケーションゲー
プレイヤー同士の会話・意思疎通そのものが勝敗に直結するゲーム
会話がリソースで、理解のズレがゲームになる遊びで「正解を当てる」より
「ズレをすり合わせる過程」が面白い
そんなゲームが該当すると多います
ボードゲームで言うと
ワードウルフ・ito・ディクシット・コードネーム
あたりが該当するでしょうか




それぞれ違った切り口でのアプローチですが、プレイヤー同士の理解のズレによって笑いが生まれるゲームだと思います
Youtube にこんな動画が流れてきました
パンクブーブー佐藤によるお笑い指導的な動画です
普段お笑い番組はあんまり見ないんですけど、Amazon prime でやっていたゴールデンコンビ 2025を見ていたんでアルゴリズムがお笑い動画を引っ張ってきた結果の産物だと思います

動画の中で気になったのは、ボケについての定義でした
変なコトは人によって感じ方が違う
ボケだけでは変なコトにはならない
常識ってものから外れて、はじめて変わったものってなる
漫才になると聞いてもらっているお客さん全員に我々は今、こんな設定の漫才をしますよ
この漫才ではこれが常識ですよ。と伝えてからボケが差し込まれる
こだわりのあるラーメン屋だったら
食べる時はスープから飲んでくれ
とか
食事の時間は1人20分までだ
とか
そんなんである。そういう一般的にイメージされているこだわりのあるラーメン屋の常識から外れた行動がボケに変わるのである
ボードゲームの ito では
「大きいもの」「強そう」そうと言ったお題に沿って
1~100の数字で「自分の数字がどの位置か」を言葉で表現する
言葉で表現した数字が他の人の常識と違っていることで笑いに転じるゲームである
プレイヤーが意図的にボケを言ってしまう構造となっている
ボケがあるならツッコミは何なんだろうと言うと
ツッコミというのは、常識からどう外れたのか?を説明する役
ボケを常識へ戻すのもツッコミ
(ツッコミは)ナビゲーター役
ボケをボケだと周りに認識させる役割
更にはボケて常識から外れてしまった空気を常識に戻す役割であると

こちらも ito だとどうなるだろうか
ito は4~6人くらいでプレーすることが多いだろう。
カジュアルなボードゲーム会であれば、8~10人でやることだってあるはずです
複数人いると言うことは10人分の常識があって、ある程度共通項が生まれているはずです
一般常識的に考えると「ライオン」は動物の中でも強そうな部類に入ると思うので、「強そう」を数字で表すと 60 くらいかもしれない(1番強いのが100)
そこに「ライオン」より「カバ」の方が強いと思っているプレイヤーが「カバ」と言って70の数字で表現する
参加している大多数がライオンの方が強いと思っているのであれば、カバは 50くらいの数字に認識され序列が決まる
カードをみんなでオープンした際にカバが70だったことに驚き笑いが起きる
これがボケとなる
他のプレイヤーがそこに「なんでカバの方がライオンより強いんだよ!w」と思わずツッコミを入れてしまいたくなり、一般的には ライオン > カバ なのだとその場の常識が塗り替えられる
そんな形になっている
ボードゲームの役割は漫才のボケとツッコミをプレイヤー同士で発生させる装置なのではないかと考える

コミュニケーションゲーの形がどうであれ、この構造を作り出している作品は面白いんだと思う
漫才のボケとツッコミをプレイヤー同士で発生させれるゲームシステムを考えていくのが、改善の一歩なのかもしれない
思わぬところにアイデアありですな
