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絶望の手引き

そういったことは、大抵いつだって“突然”やってくるようになってるんです。
もちろん、その時だってそうでした。
“突然”ぶっ倒れて、“突然”救急車で運ばれて、“突然”入院です。
“突然”脳の血管は切れて、“突然”右半身は動かなくなって、“突然”障害者になったんです。
 
そんなものです。
 
そりゃあ、ちょい不自由で面倒なこともないワケじゃないですが。
どうということもないです、「自分」は。
当事者なんて、みんなそんなもんだろうと思ってたんですけどね。
あれから15年経ちますが、どうもそうじゃなかったことを知ったのは最近です。
 
…まぁ色々とありまして。
今、片麻痺の当事者として、同じ障害を持つ人たちが通う施設で働いています。
人見知りな自分も、さすがに利用者さんと軽い雑談くらいはします。
ある時、倒れた後、入院中の話になりました。
皆さん口を揃えて
 
『絶望した』と言ってるのです。
 
これは…大胆な仮説ですが、脳卒中・脳梗塞その他脳機能障害を負われた方の元には、謎の組織によってもれなく、正しい絶望のしかたが詳細に書かれた『絶望の手引き』が配布されているとしか思えませんね。
 
自分、どうだったっけ?と思い返してみたのですけど。
絶望とかした記憶、ないですね。
そもそも入院中、自分は『絶望の手引き』なんて見たことがありません。
てゆーか入院中何してたっけ?
 
病院という場所は、自分にとっておそろしく退屈なところでした。
入院したての頃はまともに寝返りもうてない状態でしたし、多少回復してトイレくらい自分で行けるようになったところで、特に何か変わるワケでなし。
リハビリとテレビを観るくらいしかやることがありません。
そういえば当時、スマホはまだ持ってなくてガラケーでしたね…一応YouTubeなんかは観られたのかな?その辺、記憶は曖昧です。
 
たまに数少ない友達が見舞いに来てくれることはありました。
ある時、そんな友達の一人に、ちょっとしたお願いをしました。
 
「…粘土買ってきてくれない?」と。
 
自分で言うのもなんですが、まぁまぁ手先は器用な方でして。
工作とか趣味だったので。
退屈しのぎと、その時使っていた杖が地味すぎてひとつも楽しくなかったので(いや、杖とは)粘土で改造しようと思ったのです。
右手は動きませんけどね。
友達はお願いを聞いてくれ、無事粘土を入手することに成功しました。
それからどのくらいかかったか覚えていませんが。
杖の持ち手付近に針金ハンガーを巻き付けたのを芯として、ひたすら粘土を左手で捏ねまわし、拳大のどくろを作りました。
出来はそこそこ満足がいくものでした。
片手で作ったにしちゃあいい出来だったんじゃないかと自画自賛しておきます。
退院するまで愛用してました。
院内ではかなり目立ったようで、すれ違う人がぎょっとしていたのを覚えてます。
別に目立ちたくて作ったワケじゃなかったんですけどね。
(杖は退院後に出かけた際に倒してしまい、ぶっ壊れました)
 
あとはですね。
自分、喫煙者だったんですが(もう吸ってないですが)、やっぱりね、吸いたいワケです。立派なニコチン中毒者でした。
 
…で。
以下にちょっとどうかしてる話を書きますが、絶対にマネしちゃダメですよ。
何事かあっても自分は責任を負いかねますので。
 
病院を脱走してタバコを買いに行きました。
杖ついて、右足引きずりながら。
どぉおお…しても、タバコが吸いたかったんです。
もはやどこをどう通ってコンビニまで辿り着いたのかまったく覚えていませんが、結構な時間がかかったと思います(そりゃそうですね)。
なんかもう必死でした。
見上げたニコチン中毒です(たばこの煙は、あなただけでなく、周りの人が肺がん、心筋梗塞など虚血性心疾患、脳卒中になる危険性も高めます)。
で、コンビニに到着。
その時なんとも頭の悪いことに携帯を持ってたのですが、鳴りましたね。
反射的に出ちゃったんですよ。
「はいもしもし…」
『あんた今どこにいるの!?』声を聞いた瞬間リハビリの先生(女性)だとわかりました。
「タバコを買いにコンビニに…」バカ正直に答える自分。
『そこ動くな!!』
「は、はい…」
どのくらい待ったか覚えていませんが、たぶんそう長い時間ではなかったと思います。
やってきた車から降りてきた先生によって、お縄頂戴となりました。
あ、タバコは買えませんでした。

病院に連れ戻され、めちゃくちゃ怒られました。
「あんた、これ本来なら強制退院ものだからね!!」云々。
50歳間近になってこんなに怒られるとは思ってもみませんでした。
おまけに担当ドクターから
「あなたみたいな人はもう一生止められないから、(タバコは)好きに吸いなさい」
と言われました(その後やめましたけどね)。
当時の関係者様、本当にすみませんでした。
 
ちなみに、利用者さんにこの話をしたところ
「入院中に聞いてたら勇気づけられたと思う」
みたいなことを言われました。
もちろん、決して褒められた行動ではないのは重々承知しています。
ただ、その褒められたもんじゃない動機から生じる、バカみたいな行動力が、結果的に手引きを読む暇を与えなかっただけなんじゃないか、とは思ったりもしてます。
 
…いや、実はですね、どうやら自分のところにも配布だけはされていたようです、『絶望の手引き』。
利用者さんと雑談した日の帰宅後、なんか椅子の座りが悪いなぁと思ってクッションをめくったら、そこにありました。
15年気づかなかったなんて、能天気にもほどがありますね。
ま、そんなもの読んでる暇があったら、なんか他に面白そうなこと探してまわった方がいいじゃないですか。
 
椅子の座り心地はマシになりました。
明日は燃えるゴミの日…いや、資源ゴミになるのかな?。
とにかく『絶望の手引き』なんていつまでも大事に取っておくものじゃないですよね。

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