武蔵正宗の拵と瓜二つな拵
享保名物の武蔵正宗(重要美術品)といえば両国にある刀剣博物館所蔵であり、拵と共に保存されています。
拵はまた特徴的であり記憶にも残りやすい1つです。
そんな拵と瓜二つの拵を偶然にも名古屋刀剣博物館で発見したのでまとめておこうと思います。
・武蔵正宗拵(刀剣博物館蔵)






・景光拵(刀剣ワールド所蔵)
続いて刀剣ワールド所蔵の拵。(詳細画像はこちら)
徳川家康佩刀と思われる重文太刀「備州長船住景光 正和五年十月日」に付帯。
武蔵正宗の拵と異なる点としては笄がない点や目貫の意匠、鐔の意匠が丸形に五輪塔の透かしなどであるところだろうか。
鐺(こじり)の形状や、鞘全体を鶴の足の革で包み、徳川の家紋を黒漆であしらっている点などは武蔵正宗の拵と共通している。





両刀、拵ともに将軍家伝来なのは間違いなく、その中においてこうしたほぼ同じようなデザインの拵が使用されたというのは実に興味深く、それでいて金具類を全く同じようなデザインにしていないという点も実に面白い歴史に感じます。
更に更に、解説を読むとどうやら個人蔵のものもあるとか。
画像は無かったのですが「時をかける名刀」の図録を読んでいるとこの個人蔵のものは徳川慶喜の指料で、文久3年(1863年)に制作された「葵紋散刀拵」。意匠や製作方法も似ているようですが三所物や鐔などの意匠はやはり異なるようです。
1863年のものは時代的に写しなどである可能性もありそうな気もしますがどうでしょうか。現物を見たことがないので何とも分かりません。
何となくですが、個人的な予想でいえば漆の塗りなどは武蔵正宗の拵が一番古く見え(江戸初~中期頃?)、次に刀剣ワールドのもの(江戸中~末期頃?)かなという印象がありました。
三所物などは柄糸(耐久年はおおむね150~200年ほどのようです)を巻きなおすタイミングなどで変えられるので金具が古い=制作年代が古いと決めつけるのも早計かと。
そして武蔵正宗も1868年に徳川慶喜から山岡鉄舟が拝領したという記録もあるそうで、そうなると個人蔵の拵の制作年代(1863年)と近い事もあり、もしかするとこの3つの拵は全て同タイミングで製作された可能性もありそうな気も。
一番は鞘下地の材料の時代測定が確実かなと思う次第。
研究が進むことを祈っています。

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↓この記事を書いてる人(刀箱師 中村圭佑)

