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「違うな」と思ったら断る勇気。オバさんは断り上手、受け入れ上手

先日、あるイベント開催に向けた打ち合わせをした。場所は、大阪の北新地にある某スナック。

打ち合わせと言っても、仕事ではなく完全プライベートの企画。女性向けにみんなが楽しめるようなイベントができたらいいね、という話から始まった打ち合わせだった。

そのスナックは、仲良しの社長さんに連れられて知った。3人で「何か一緒にできたら」という話になったのが始まりだったのだが…

気がつくと、仲良しの社長さんは忙しくて打ち合わせには参加せず、スナックのママが連れてきた占い師と、占い師の友人が飛び入り参加し、打ち合わせが始められた。話が進むほど、私の中に違和感が広がった。

集まったメンバーは、もともとお互いをよく知らない。そんな50代女性4人が突然集まって何かを作ろうとしている。妙な遠慮もあったり自己主張も強かったりで、なかなか話がまとまらない。「なんか違う」という空気が私の中で広がっていった。

それでも日程も内容もいったん決まった。しかし、ミーティングが終わったあとも、ずっと心がモヤモヤしていた。

率直に、面白くなさそう。と思ってしまったのだ。そうなると未来の疲弊した自分の顔が浮かんだ。私は打ち合わせが終わって1時間も経たないうちに、「申し訳ありませんがメンバーを抜けさせてください」と連絡をした。

以前の私なら、こう考えていたと思う。

「もう日程も決まったのだから、1回か2回くらいは参加してみよう」
「様子を見てから判断しても遅くない」
「ここで抜けたら、感じが悪いと思われるかもしれない」

でも今回は、その様子を見る時間すら無駄に思えた。正直、伝えるのは勇気が必要だった。じゃあそん時に言えよって話だ。嫌われる覚悟でメッセージを送った。だが、返ってきた反応は意外なものだった。

「私もなんとなく違和感があって、難しいなと思っていました」
「またイベントが盛り上がってきたら、ぜひ参加してください」
「今後とも別の形で関わっていきましょう」

そんな言葉をもらい、心から「ああ、言ってよかった」と思った。当然内心は違う可能性はあるが、それはいい。とにかく断って安堵感と晴れ晴れした気持ちが広がった。

やりたくないことをやめられた。自分の感覚を無視しなかった。わたし、偉いと。だって長年わたしが出来なかったことだ。この年になってようやくNOを言えるようになったのだ。

オバさんになってから、誰かと何かを始めること、人を巻き込むことへのハードルは高くなっている。お金になるかどうか、仲良しかどうかではなく、自分の心が動いているかどうか。それは譲れない。

私たち中高年にとって、気が乗らないことをやるのは、思っている以上にエネルギーを使う。

一緒に何かをやる。
どこかへ行く。
誰かに合わせる。
頼まれごとを引き受ける。

心が乗っていないまま続けると、少しずつ自分を消耗させていく。消耗は老いにつながる。わざわざ自分から老ける行動は控えたい。毎日つけている美容液も無駄になってしまう。

そして、オバさんは思ってる以上に寛容だ。私のまわりは少なくともそうだ。オバさんは忙しいし、そういう事情も「はいはい」くらいに受け入れる余力は持ち合わせている。昔あるコメディアンがやっていた「右から左へ受け流す〜」のアレが上手になるのだ。

気が乗らないことはしない。そんなシンプルなことがやっとできる年代になった。気が乗らなくてもご飯を炊き、掃除洗濯をして、仕事をしながら母をやり、妻をやり嫁をやる修行は卒業したのだ。今日もわたしはNOを力強く言っていく。

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