50代の恋は「これが最後かもしれない」と思うから燃えるのか
「女は50代でいちばん激しい恋をする。これが最後の恋かもしれないと思うから」
ジェーン・バーキンがそう語っていたという記事を読んだことがある。
50歳目前で離婚し、今また恋愛をしている私にとって、この言葉はなかなか沁みる。
50代の恋愛は、若い頃とはずいぶん事情が違う。クリアしなければならない自分自身の心理的なハードルもあれば、仕事や家族、これまで築いてきた生活など、外的な事情も増えている。そして心のどこかには、「これが最後の恋かもしれない」という思いも、少なからずあるような気がする。
酸いも甘いもそれなりに経験してきたからこそ、知っている。この歳になって、もう一度誰かを好きになること。その人もまた自分を好きになってくれること。そして、その関係を続けていくこと。そんな偶然が重なることは、決して簡単ではない。
50代ともなれば、みんなそれなりに自分のことをわきまえている。もう若くはない。コスメや服装に気をつけていても、不意打ちで撮られた自分の写真を見れば、そこにはちゃんと年相応の自分がいてがく然とする。見た目で勝負、なんて言葉は、もはや50代の辞書にはないだろう。
仕事はそれなりに充実している。パートナーがいないからといって、生活がおびやかされるほどの危機感もない。気心の知れた友人と楽しい時間を過ごすこともできるし、ひとりの時間を楽しむためのコンテンツだって、今の時代はいくらでもある。
つまり、恋愛をしなくても、けっこう楽しく生きていける。それなのに、わざわざ恋をしている。
20代の頃、当時付き合っていた彼とラブホテルに行ったとき、50代とおぼしき男女とすれ違ったことがある。
「あんな歳にもなって?」私は静かにクスッと笑った。
今、その年代に自分がなってみて、あの頃の自分のデリカシーのなさに後ろから蹴りを入れたい。
50歳を超えたって、人を好きになって、会いたいと思う。触れたいと思うのは自然だ。LINEが来れば嬉しいし、好きな男の何気ないひと言に喜んだり、腹を立てたりする。
自分なりに整えてきた穏やかな日常のペースを乱されたくなんてないと思っていても、恋が始まってしまえば、大なり小なり乱される。それでも、やっちまうのが恋というもの。そして、若い頃より想像以上に恋愛指数は成長はしていない。
この年になれば、恋愛や結婚で傷ついた経験のひとつやふたつもある。男性不信になったり、結婚そのものに絶望したりすると、もう一度誰かを好きになることに臆病にもなる。
「私って、男を見る目がないんじゃないか」
「もしかして、男運が悪い星のもとに生まれたのか」そんなことが頭をよぎることもある。
傷つかないことを最優先にすれば、安全には生きられる。でも、心が大きく動くような素敵な出来事にも、きっと出会えない気がして。
私の周りには、50代になって素敵な恋愛をしている友人たちが何人もいる。彼女たちは、若い頃のように恋愛を人生のすべてにはしない。過去の失敗を笑い話に変え、男という生き物に多少の皮肉と諦めを持ちながら、それでも誰かを好きになることを楽しんでいる。
相手に人生を幸せにしてもらおうとするのではなく、自分の人生をちゃんと持ったまま、誰かと一緒にいる。たぶん、そこが若い頃の恋とは少し違う気がする。
50歳を過ぎても、人を好きになってドキドキしたり、くだらないことで悩んだり、会える日を楽しみにしたりしている。そんな姿を見た誰かが、「なんだ、恋愛って何歳からでもできるんだ」「私にもできるかも」と思ってくれたら、それはそれでちょっと嬉しい。
最近、若い人の恋愛離れという話を耳にすることがある。だったら私たちオバさんが、もっと恋愛の話をしてもいいのかもしれない。
オバさんは、目の前にある恋を雑にしない。ちょっとくらい価値観が合わなくても、そもそも価値観が合う人なんていないくらいに思っているから、良い意味であきらめも悪い。別れようと思えばいつでも別れられるのが私たちの恋愛。とことん向き合う術も、若い頃よりは身についている。
50代の恋は、これが最後かもしれないという想いと背中合わせ。だから激しいとは思わないが、面白くて味がある。恋は日常の景色を変えてくれる楽しさがある。
恋に年齢制限はない。「わたしなんて」などと思わずに、もし興味のある人が目の前にいたら、一歩進んでみてはどうだろうか。
もちろん、独身限定でとお伝えしておく。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
最後まで読んでいただきありがとうございます。
良かったら、いいねと、フォローをよろしくお願いします!
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
