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50代になってやっと「選べる側」になった

50代になって、私は「選べる側」になった

年をとるのは早いもんで。気づけば50才半ばになっていたが、最近感じているのは、ようやく「自分のしたいこと・望むことを選べるようになった」ということ。

何処かへ行くとき、何かを買うとき、そして人間関係、仕事にいたるまで。

50才になるまでは、消去法や、選択肢がそれしかないという状況が多かったように思う。でも、49才で会社を辞めて、子育ても終え、結婚生活もやめたことで、いろんな選択肢が増え、選べるようになった。

何かを手放すと、何かが入ってくるとはよく言ったもので。まさに日常的にいろんなモノ・コトを、自分の感情、やりたい・やりたくないを基準に選べることが、この上ない幸福感だ。

離婚や独立は、不安定と背中合わせのように思えるかもしれないが、結婚していても、会社員でも不安定なことは山ほどあった。なんとなく植え付けられた価値観とオサラバできたのも、オバさんになったからかもしれない。

若さは減ったけど、自由が増えた

50代になって一番大きく変わったのは、
自分に残すものと、捨てるものがはっきりしたことだと思う。

・無理して付き合う人
・違和感を飲み込む関係
・「こう思われたい」で動く自分

そういうものを、もう抱えなくなった。まだ完璧じゃないけど。

今まで悩んでいたことは、実はほとんどが自分で生み出していたものだと気付いたのも最近で、一見ネガティブな現象が起こった時、「これは私の中のどういう感情が引き起こしたのだろう?」などと考えるようにもなった。

起こることはすべて自分が起因と知っておくと、他人にも必要以上に腹を立てなくて済む。

逆に「私はどうしたい?」を考える時間が増えたことで、当然自己嫌悪をすることもある。でも、そんな自分をちょっといとおしく感じるところも出てきた。
やっとありのままの自分を受け入れられるようになってきた。長かった。

見た目を気にする土俵から降りたときに

若い時のように、見た目にこだわることも殆どなくなった。もちろん自分が鏡を見て凹まない程度には整えておきたいと思うが、「こんなところにシミができた」とか、「顔がたるんできた」とか、そんなことを気にしていては、この先、生きていく自信がない。

若い頃は、
・どう見られているか
・ちゃんとしているか
・女として魅力があるかどうか

常に外側に意識が向いていたが、今は違う。

自分らしくいること。
自分の言葉で表現すること。
今の自分が何を捉え何を感じているのか自分に聞くこと。

そっちに集中できるようになった。良い意味で見て見ぬふりも上手になってきた。

とにかく、おばさんというものは、非常に生きやすいのだ。

老けていく自分と向き合うこと

見た目が老けていくことへの恐怖が薄れたのは、本当につい最近のことだ。
自分の老いを認めるまでには、それなりに時間がかかった。

けれど、子どもたちの鋭い指摘や、誰かが撮ってくれた動画の中の自分を見て、ようやく「ですよね」と受け入れられるようになった。

ちなみに、若い頃から、美容医療だけはやらないと決めていた。
一度踏み込めば、私の性格ではきっと引き返せなくなる。そんな予感があったからだ。
だから今後、今より若返ることはないのは確定している。

写真を見てがく然とする瞬間は、今でも普通にある。
それでも、夜中に饅頭を食べながら「明日500g増えるかもしれないな」と思っても、迷わず今の「食べたい」を選ぶ自分が嫌いじゃない。
意識が低いと言われれば、それまでだれど。

いろんなことに対して、「ま、いっか」を、強がりではなく心から言えるようになったことも大きい。あれは魔法の言葉だ。

年齢を重ねるにつれて、妙なこだわりや、自分で自分を縛っていた思い込みが、少しずつほどけていった。
そのおかげで、ずいぶん楽になった。

老いは、減点ではない。
失ったものを数えるフェーズが終わり、意識を向けるフィールドが変わっただけ。そう考えるようになった。

50代になって、人生の主導権が自分に戻ってきた

年齢を重ねてよかったことのひとつは、他人と比べなくなったことだ。
SNSを見て焦ることも、誰かのキラキラした投稿に心を揺さぶられることもなくなった。

その代わりに増えたのは、
「私はどう生きたいか」
「どうありたいか」
そんな問いだ。
基準が、完全に外側から内側へ移った。

自分と向き合う時間が増えるほど、周囲のノイズは静かになっていく。
これは本当に、ありがたい変化だと思う。

昔の私は、どこかでずっと
「選ばれなきゃ」
「認められなきゃ」
と思っていた。
でもある時、気づいた。
——わたしが選んでもいいんだ、と。

どんな仕事をするか。
誰と関わるか。
何に時間を使うか。

全部、自分で選んでいい。

人生後半を、ほんとうの自分の人生にしよう

50代になって、「自分の人生だもんな」と、口先ではなく心から思えるようになった。
自分の人生を、さも自分が望んでいるかのように生きていた過去とは違う。選べるってなんて素晴らしいんだ。

誰の期待にも応えなくていい。
誰かの物差しで測られなくていい。
測りたい人には、勝手に測らせておけばいい。

50代は、いろんなものを失う年代じゃなく、自分を取り戻して、得ていく年代だと思う。

私は今日も、選ぶ側として生きていく。

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