最遅にして最速の〈名探偵〉
梗概
犯罪組織〈ギルド〉と探偵組織〈ユニオン〉が対立する時代。中学時代に事件を解決した綿原聡介と幼なじみのアリアは、探偵育成機関・月影探偵学園へ入学する。
推理は誰よりも正確ながら結論に至るのが遅い「最遅探偵」と呼ばれる聡介は、自分に自信を持てず将来への迷いを抱えていた。
学内の模擬事件を経て迎えた合宿では、成績上位者だけが集められた班で、本物の殺人事件と犯罪組織〈ギルド〉の襲撃に巻き込まれる。孤立した屋敷で仲間と協力しながら連続殺人を阻止し、人質救出作戦を敢行する中、聡介は命を懸けて人を守る決意を固める。
事件を乗り越えた彼は、探偵として生きる信念を見出し、大きく成長していく。
「最遅にして最速の〈名探偵〉」
The Fructose
第一話 プロローグ
第二話 入学
第三話 学園生活
第四話 合宿事件
第一話 プロローグ
半世紀前、〈ギルド〉と名乗る一大犯罪組織が登場した。悪逆の限りを尽くし、そうして世の中の治安は急激に悪化する。
ギルドマスターこと〈ギルマス〉を筆頭に〈ギルド〉は多くのメンバー、〈ギルメン〉を抱え、あるいは模倣犯を生み、世界中で数多くの犯罪事件が起こったのだ。
そこで立ち上がったのが、“探偵たち”だった――。
そんな大犯罪時代に、本条寺家のご令嬢、本条寺アリアはよく事件に巻き込まれる。窃盗に誘拐、放火や、そして殺人事件……。
彼女と幼馴染みの俺は、彼女とよく行動を共にし、よく事件に巻き込まれていた。ただ、俺は未だ殺人事件には出くわしていない。
俺はアリアと違い、綿原と言う平凡な苗字に、聡介と言うこれまた平凡な名前の、平凡な庶民家庭に生まれた男児である。髪型はまるで綿毛のような、もじゃもじゃな天パだ。
ともかく、幼い頃から様々な事件に遭遇してきた効用か、俺たちはその解決編を聞かされ、二人ともがそれなりの「推理力」なるものを開花させていた。
特にアリアは〈巻き込まれ探偵〉として世間に広く知られるようになっていた。
そして俺は――。
―― * ――
俺とアリアは同じ、東京の中高一貫校である私立陽映学園へ通っていた。
中学3年次、その秋に、我々は修学旅行へ出掛けた。
一日目、東京から京都まで新幹線で長距離移動をし、その後はバス移動で名所を巡った。そうして夕方、我々は旅館へ向かった。
その旅館は老舗だそうで、純和風の造りだった。
それは、大広間でみんなで並んで、夕食を摂っている時だった。
「聡介、ちょっと来てくれる?」
アリアに肩を叩かれたのだ。
美味しいお刺身に舌鼓を打っていた俺は、嫌な予感を覚えながら不承不承立ち上がった。
アリアのあとについて大広間から出る。
彼女は英国人の母親を持つミックスで、その血が色濃く反映されており、長い金髪と、サファイアのような碧眼を持っていた。体格は小柄だが、美女と形容すべき容姿だった。俺はそんなアリアを、お嬢さまではなく、お姫さまかのように感じていた。現在の、学校指定のジャージ姿であっても、その気品は失われることはない。性格も良くて、人好きするが、寸胴体型であるということだけ、本人は気にしている。
背筋がしゃんと伸びており、インナーマッスルがよく鍛えられていることが窺える。事件に巻き込まれる体質だと分かった時点で、親から護身術や格闘術を習うように厳命されたそうだ。
俺もそれに付き合って、アリアと共に、一定以上の「戦闘力」を身に着けていた。
揺れる長いブロンドの髪を眺めながら、旅館の廊下を少し歩く。そして、ふすまを開いて部屋に入った。そこには女将さんが独りで待っていた。彼女は座布団の上に正座していたので、俺とアリアも、焦げ茶色の低い机を挟んだ反対側に着座した。
「持ってきてくれましたか?」とアリアが言う。
「はい……」
女将さんは静かに答えた。そんな中、まず俺は問う。
「アリア、まずはなにがどうなっているのか、説明してくれるか?」
「私がトイレに立った時にね、女将さんがなんだか深刻そうな顔をしていたから、声を掛けてみたの。名刺を見せてね」
アリアは父親から「探偵の名刺」を作ってもらっていた。それをいつも持ち歩いているようで、現在もおそらくジャージのポケットに入れているのだろう。
「それで? 女将さんはなんて?」
「女将さん、お話をお願いします」
アリアは女将さんに話を振った。
「その……、今日のお昼頃に、こんな物が届いたんです……」
そうして見せてくれたのは、名刺サイズの厚紙だった。アリアが持ってこさせた物はこれだろうと思われる。
アリアはその紙片を見る。
そこにはこう書かれていた。
【今夜、大事にしている着物をいただきに参上する。 怪盗バレーヌ】
犯罪の予告状。しかも「怪盗バレーヌ」からだ。
怪盗バレーヌとは、世間にその名を広く知られる、人型アンドロイドを連れた大怪盗である。変装が得意で、その犯行手口の目を引く話題性から、多くの模倣犯を生んでいる、大変に厄介な犯罪者だ。しかし“彼女”は犯罪組織〈ギルド〉には所属していないと噂されている。
ともかく、やれやれ。またしてもこの〈巻き込まれ探偵〉は事件に巻き込まれてしまったらしい。しかも、俺を伴って……。嫌な予感が当たってしまった……。
アリアはその紙片を裏返す。裏面は白紙だった。
「これ、偽物ですね」
「そうなんですか?」
「ええ。怪盗バレーヌは予告状の裏面に『Barraine(バレーヌ)』とサインを入れるんです」
俺はこの怪盗による事件に関わったことはないが、アリアは巻き込まれた経験があるそうだ。俺は模倣犯なら遭遇経験はある。
さて、今回は模倣犯である。ならば、変装に関しては考えなくてもいいだろう。
「では、この予告状はイタズラなのでしょうか?」と女将さんが問うた。
「いいえ、おそらく模倣犯でしょう。そして、その模倣犯は必ずや、なにかをしてくると思われます」
アリアが巻き込まれた事件に、ただのイタズラでなにも起きなかった試しはない。故に、今回も何らかの事件が起きるだろう。
とはいえ、俺は予告状の文面に引っ掛かっていた。
アリアが言う。
「『大事にしている着物』、という物は本当にあるんですか?」
そう、そこだ。そこの文面だけで、この旅館にいる数百人ほどの人物の中から、かなり“容疑者は絞られた”と言っていいだろう。
「はい。二階の一室に、着物を集めています」
「では、まずはそれを見せていただけますか?」
「分かりました」
女将さんは立ち上がる。それに従って、俺とアリアも立ち上がる。
「あっ」
アリアが声を上げた。
「その前に、警察へ通報を」
*
警察はすぐにやってきてくれた。アリアは探偵の証として、やはりジャージのポケットから名刺を取り出し、警官へ手渡した。挨拶を済ませたのち、女将さんが集めているという着物を見せてもらいに、旅館の二階の一室へ案内される。
ふすまを開けると、衣桁に掛けられた三枚の着物が出迎えてくれた。どれも美しく、豪華絢爛であった。着物があること以外は、他の客室と同じ造りで、一番奥には大きな窓があり、その窓辺には板張りの床の上に椅子と机が置かれたスペース、広縁がある。
犯行予告は今夜。ひとまず警官が二人体制で、部屋の前で見張る手はずとなった。
「しかし、犯人はこの着物をどうやって盗むつもりなのだろうか?」
やってきた警官たちの中で一番偉い、警部の篠塚さんが言った。
部屋の奥の窓にはカギを掛けた。入り口の前には警官が二人で見張っている。
密室である。
「さぁ、いまはまだ分かりません」
そう答えるアリアの言葉を聞きながら、本当はある程度、想像がついているんだろうな、と思った。なぜなら、アリアは優秀な探偵だからだ。
*
深夜、現れた人影に向かって、アリアは告げる。
「観念してください」
人影の動きが止まる。
俺とアリアは少しだけ欠けた月の下、旅館の正面の、窓が望める場所でずっと張り込みをしていた。すでに夜目が利く状態だ。
人影はサラッとした茶髪を持つ、ガタイの良い男性だった。
「その手に持っている物は『火炎瓶』かなにかですか?」
男は「チッ」と舌打ちする。そして背後を見せた。逃げるつもりか!
アリアは一歩踏み込んだ。それだけで最高速度へ到達し、男に追いついて捕らえる。俺もアリアと同様に男の下へ駆け寄っており、アリアが関節を決めている右腕、その手に持っている火炎瓶を取り上げた。
アリアは男に告げる。
「予告状にあった『大事にしている着物』という文言。そんな物があると知っていて、犯行のシミュレーションができるように着物の保管場所も分かっているのは、女将さんと近しい人物だけですよね? ならば、容疑者は従業員だろうと想像できます。
その着物のある部屋は現在、密室となっています。そこから着物を盗み出すことはあまりにも困難……。ですが、着物を損壊するだけならば、あの部屋に一つある窓から、なにかを投げ込むことで可能となります。予告状に書かれていた『着物をいただく』というのは、『もらい受ける』という意味ではなく、『この世からなくす』という意味だったんですね。火炎瓶を使って……! だから私たちはここで待っていたんですよ」
アリアのこの推理に、俺は同意していた。毎度のことだが、アリアの推理の素早さ、その惚れ惚れするほどの頭の回転の速さには、いつも感心させられる。俺なんかでは到底敵わない。
そして、アリアがそこまで言うと、男は観念したようで、ぐったりと脱力した。
ここで、俺は俯き、天パのせいで、もじゃもじゃな前髪を手櫛でとかす……。
俺は顔を上げた。
「アリア、ここからは俺の言う通りに動いてくれ」
*
俺とアリアは犯人を警察へ引き渡した。その時に、犯人の名前を知る。
そして俺たちは女将さんの下へ向かった。
女将さんは眠れなかったようで、そわそわとしながら自室の前の廊下に立っていた。
俺が指示した通り、アリアは女将さんに「犯人が捕まったこと」は伝えなかった。俺は女将さんからフラットな状態で意見を聞きたかったのだ。
警部の篠塚さんと数人の警官を引き連れながら、俺は問い掛ける。
「女将さん、予告状が届いた時の、従業員たちの反応を、できるだけ詳しく教えてくれませんか?」
「反応ですか?」
「ええ。警察へ通報しよう、だとか、イタズラだとか」
「そうですね……、ええと……、田原くんと宇佐ちゃんは警察へ届けようと言って、川島ちゃんと島袋くん、それと宮藤ちゃんはイタズラだろうと言ってました。イタズラだろうという意見のほうが多かったので、警察へは届けなかったんです……」
「なるほど。では、島袋さんは従業員宿舎の何階に住んでいますか?」
「二階ですが、それがなにか……?」
「ひとまず答えてください。川島さんと宮藤さんは何階ですか?」
「川島ちゃんは一階で、宮藤ちゃんは二階です」
「分かりました」
その後、二、三、質問をしてから、犯人が捕まったことを告げた。着物は無事だということも。
女将さんは心底ホッとした様子を見せた。
*
警官を引き連れ、その部屋の前までやってきた。
「お願いします」と俺は警察の皆さんに言った。
そして篠塚警部を先頭に、一気に部屋に踏み込んだ。
「寝たフリをしても無駄だ! ゆっくりと起き上がって、壁に手をつけ!」と篠塚警部が告げた。
その人物は起き上がる。
「なんですか!」と憤慨した様子を見せながらも、篠塚警部の指示に従った。
ここで俺は告げる。
「あなたは島袋和希の共犯者ですね、川島京子さん!」
そこから俺は滔々と推理を述べる。
「この旅館の調理場横にある勝手口のドアは施錠されていました。ならば、今回の放火未遂事件の実行犯、島袋和希はどこから外へ出たのか? おそらくは一階の窓からだ。
もしも放火が成功していた場合、どうなっていたか? 火災報知器が鳴らされ、旅館は騒然となったでしょう。宿舎に住まう従業員たちも跳ね起き、部屋から出る人もいたでしょう。その時に、二階の一室に住んでいるはずの、実行犯である島袋和希が、一階の廊下にいても不思議じゃない状況、それはあなた、川島京子さんの部屋から出てきた時だけです」
俺は女将さんにこう言っていた。
「島袋さんと川島さんは“恋人関係”にありますね?」
「どうしてそれを……!」
「二人が、予告状に関して同じ反応をしていたからです。口裏を合わせていたのでしょう。そして、川島さんは一階に住んでいる。そこの窓からなら、出入り自由だ」
「それって、つまり……」
「はい。言い遅れました。今回の事件の実行犯はすでに捕まっています。島袋和希さんでした。そして我々はこれから、共犯者である川島さんを捕まえに向かいます」
女将さんは唖然とした表情を見せた。
「その前に聞きたいのですが、二人の関係について、女将さん、あなたはなにか、反対するようなことを言ったりしませんでしたか?」
「ええ……。職場恋愛はやめてくれ、と……」
「かなりキツく言ったのではありませんか?」
「そうですね……。恋愛がしたいのなら、どちらかは仕事を辞めてくれ、と強く言いました」
俺は壁に手をつく川島京子さんに向けて述べる。
「島袋和希とあなたは恋人関係にあった。ならば、一緒に寝ていて、同じ部屋から出てきたとしても不審に思われない。
今回の事件では、模倣犯としての怪盗バレーヌへの憧れと、そして女将さんへの恨みが感じられます。交際を反対されたことが動機ですか?」
「そうよ! あのババア! あたしらの仲を引き裂こうとしやがって!」
「その程度の動機……、怪盗バレーヌがこの世にいなければ、飲み込めていたでしょう……」
視界が歪む……。涙が溢れてくる……。
「そうだったはずなのに……。あなたたちは犯罪に走った……。怪盗バレーヌという大犯罪者がいたばっかりに……。あなたたちの仲は、男女別々の牢獄への収監によって、結局は引き裂かれてしまう……。女将さんへの恨みを飲み込んでいれば、幸せな未来もあったはずだ……。なんて……、なんて、悲しい話だ……」
俺は膝をついた。涙が畳の上に落ちる……。
ここでアリアが言う。
「刑事さん、お願いします」
そうして川島京子さんに手錠が嵌められた。事件はこれにて、一件落着となった。
俺が泣き止んだところを見計らって、アリアが声を掛けてきた。
「全く、聡介は泣き虫なんだから」
「ごめん……」
「それにしても、共犯者を突き止めるだなんて、さすがね、〈最遅探偵〉さん?」
「その呼び方はやめてくれ」
事件への対応に関して俺のことを知る者は、推理を最も遅く行い、他の者より最も真相に踏み込むため、俺を〈最遅探偵〉と呼ぶ。
“最遅にして最速”。
そう評されるのは気恥ずかしい。
そして俺はおそらく探偵に向いていない。事件には悲劇が付き物で、その現実にいつも涙を流してしまう。慣れることはないのだ。
探偵とはなんだ?
悲劇を白日の下に晒すなんて、褒められることだろうか?
一体、探偵とはなんなのだろうか?
―― * ――
俺は陽映学園中等部から、普通にエスカレーター式で高等部へ上がるつもりだった。
だが、ある日の帰りのホームルーム終了後、俺とアリアは名指しされ、呼び出しを喰らった。
女性の担任教師に先導され、連れていかれた先は、学園長室だった。
初めて入るな、と少々緊張しながら、チラチラと室内を見る。奥には焦げ茶色のデスクがあり、たったいま、そこに座っていた学園長が立ち上がった。白髪交じりの髪をオールバックにし、これまた白髪交じりの口髭を蓄えた、茶色スーツ姿の中年男性だ。部屋の手前には応接セットがあり、そこのソファに座るよう、俺たちは学園長に促された。そうして向かいのソファに学園長は座り、その隣に担任教師も腰を下ろした。
「キミたち宛てに、こんな物が届いたのだ」
学園長は、そう切り出した。そして背の低いテーブルの上に、書類を置いた。
それは月影探偵学園の入学案内パンフレットだった。
「えっ!」
声を上げたのはアリアだった。
「あの学園から?」
その名は俺でも知っているくらい有名だ。日本に一校しかない「探偵養成学校」である。半世紀前に現れた犯罪組織〈ギルド〉に対抗するために立ち上がった探偵連盟〈ユニオン〉、そこへの加入者育成を目的として全世界に6校の「探偵学園」が建立された。
そんな由緒ある学園からの入学のお誘いが、俺とアリアに来ているとのことだ。
「どうかね?」
学園長が言った。
「探偵学園への入学者が出れば、我が校としても鼻が高いのだが」
「行きたいです、入りたいです!」
アリアは語気強く、そう言った。
「聡介はどう……?」
やめろ、そんなネコが餌を“ねだる”ような顔で見ないでくれ。
俺は俯き、もじゃもじゃな前髪を手櫛でとかす……。
探偵学園へ入るということは、無論、将来探偵になる、ということだ。俺はまだ中学3年生……。現時点で未来の職業選択をしてしまうことは躊躇われた。
そもそも俺は、探偵というものが何たるかを知らない。分からない。〈犯罪ギルド〉は確かに“悪”だろう。しかし、ならば〈探偵ユニオン〉が“正義”とは限らない。
けれど、そんなことより俺は――。
俺は顔を上げた。
「これって推薦じゃなくて、一般入試をパスしなくちゃ入れないんですよね?」
「ああ、そうだよ」
「……まぁ、受験するだけなら……」
「本当っ? やったー!」
アリアは嬉しそうな顔をした。
そう俺は、アリアと離れるのが嫌だった。嫌だった、と言うより、想像つかなかった、と言ったほうが適切か。幼い頃からずっと一緒だった……。いつか別れの日が来るかもしれない。けれど、それは“いま”じゃない。そんな気がしたのだった。
それから俺とアリアは受験勉強を始めた。中高一貫の陽映学園では中学3年の時点で、すでに高校課程の範囲まで授業は進んでいたので、一般科目は問題ない。だが、月影探偵学園の入試では、加えて「推理」という科目が課される。俺たちはその過去問を中心に勉強を進めていった。
一緒に机を囲んで勉強していると、アリアは「ふふっ」と笑った。
「どうした?」
「中学受験の時のこと思い出しちゃって。懐かしいなぁ、って」
「そうだなぁ……。今回も二人一緒に合格できればいいな」
「うん!」
アリアは強く頷いて言った。
*
無事に入学試験は終了した。
そして合格発表の日の朝、合否はすぐに分かった。
月影探偵学園から書留郵便で、箱詰めのなにかが届けられたのだ。
箱の中には、合格通知書と入学者向けのパンフレットと共に、スマホサイズのデバイス端末が入っていた。
アリアに合格したことを伝えようとスマホを手に取った時、ちょうど向こうから電話が掛かってきた。
「もしもし?」
『私、合格したわよ! 聡介も大丈夫だったわよね……?』
「ああ、俺も合格してたよ」
『よかったー……! それにしても、このスマホとも春までの付き合いだなんて、寂しいわね』
「え? それってどういうこと?」
『聡介、まだパンフレット読んでないの?』
「これからだよ」
『目を通せばすぐに分かるわよ。じゃあ、これでね』
「ああ。今度、どこかで合格祝いでもしよう」
『いいわね、それ! それじゃあ、またね!』
通話を切ってから、俺はパンフレットを読み込むことにした。
すると、そこには、セキュリティのために学園で過ごす間はスマホの使用を禁ずる、解約を推奨する、と書かれていた。生徒の動向を監視し、〈探偵ユニオン〉に相応しい人格を持つかどうか判断したいという。代わりに送られてきたデバイスでも通話等は可能だそうなので、その日は連絡先やその他をスマホからデバイスへ移す作業に没頭した。
そのデバイスは最先端の技術が使われているそうで、画面に表示されているものを、ホログラムとして投影することも可能らしい。
あくる日、本条寺家へ招待され、出向いてみると、豪華な食事が待っていた。防汚のための白い布が被せられた長机の上に並ぶのは、北京ダックにチョコレートフォンデュなどなど……。
「これって……、合格祝い?」
「そうよー!」
アリアは嬉しそうに食事に手をつけた。
「こんな豪勢でなくても……」
「ダメよ! 新年度からは寮生活なんだし、聡介を招いてのパーティーは今日で最後かもしれないんだから!」
月影探偵学園は全寮制だ。そう思えば、名残惜しいかもしれない。
「そっか……。マリアちゃんと会えるのも、当分先になるかもしれないのか……」
黙って食事を摂っていたアリアの一コ下の妹、マリアちゃんはピクリと反応した。
「お兄ちゃん、それ言わないでぇ……! 考えないようにしてたのにぃ……!」
マリアちゃんは泣き出してしまった。
「あー、ごめーん! 泣かないでー!」
マリアちゃんは病弱だった。本条寺財閥の令嬢として全国のパーティーに出向いている(そして事件に巻き込まれている)アリアと違って、このお屋敷に閉じこもりがちな子だ。ショートヘアの金髪と碧眼が、アリアと姉妹だということを証明している。
マリアちゃんをあやして、ようやく泣き止んでくれた頃、彼女はこんなことを言い出した。
「わたしも探偵学園に入る!」
「えっ、マリアちゃんも探偵になるの?」
「ううん。わたしはお兄ちゃんの探偵助手になる!」
「なるほど、サイドキックか……」
そうか、と思った。なにも将来、俺が探偵になる必要はないのだ。例えばアリアの助手になればいい。〈探偵ユニオン〉にだって、助手はたくさんいるはずだ。
一つの知見を得て、合格祝いの食事会は終わっていった。
第二話 入学
4月、そのお昼前に、俺とアリアは一軒の古民家の前に立っていた。そこはすでに月影探偵学園の敷地内である。俺たちはスーツケースを転がしてやってきていた。ここからは遠目に白いお城のような学園校舎が見える。
「本当にここか?」
「そのはずよ。ほら、ここに『野島寮』って書いてあるし」
「それはそうだけれど……」
確かにインターホンの横にその名は掲げられていた。しかしながら、その外観は、言ってしまえば“おんぼろ”だった。
「もっと他に良いトコなかったのか……?」
「他の男女共同の寮は抽選外れちゃったの! だから仕方ないの!」
「ごめん……」
寮選びはアリアに任せっきりだったので、文句を垂れてしまって申し訳ない。
アリアは全然そんなこと気にしていない風で、インターホンへ手を伸ばした。
「押すわよー」
ピンポン、という、これといって面白味のない音が鳴った。
しかし、反応がない。
アリアはこちらへ顔を向ける。
「もう一回、押してみる?」
「そうだな」
そして再び、ピンポン、と鳴る。
またしても反応がない。
「もう玄関まで行っちゃおっか」
そう言ってアリアは門扉を開け、玄関扉まで歩いていった。俺はそのあとをついていく。
その時だった。
「はいはーい」という声と共に、ガラリと戸が開いたのだ。
そこには、へそが出る丈のホワイト・チューブトップに水色の短パンを履いた、エロいネーちゃんが立っていた。背丈は女性としては高く、俺と同じくらい(165センチほど)で、プロポーションは抜群。左目の下にある泣きぼくろが特徴的な美人と評すべき顔つきに、まるで寝起きかのような乱れた長い黒髪を垂らしている。
「よ~う、新入生~?」
ダラッとした言い方だった。
「そうです」とアリアが答える。
「ようこそー、野島寮へー」
そう言って、彼女は俺たちを招き入れてくれた。
「失礼します」とアリアが言ったので、俺も同じ口上を述べて玄関をくぐらせてもらった。
「荷物は玄関に置いて、居間に来なよー。これから昼飯なのー。それとも、もうお昼食べちゃったー?」
「いいえ、まだです。お昼いただきます」とアリアが言う。
「おうおう、そうしなー」
そうして俺たちは居間に入った。意外、と言うべきか、そこは広く、背の低い真四角の大きな机が鎮座している。
「座布団はそこにあるから~」
先輩は部屋の隅を指差した。その先には座布団が何枚も積まれていた。
俺はそこから二枚の座布団を取って、一枚をアリアに手渡した。
腰を落ち着けると、ふすまが開き、ご飯が盛られたお茶碗の乗るお盆を持ったお姉さんが現れた。
「新入生のお二人~、いらっしゃ~い。ご飯たくさん作っておいて正解だったわ~」
間延びした口調だ。なんだか穏やかな気持ちになる。ウェーブした茶髪を肩までの長さで切っており、派手さはさない女性だった。
お姉さんはお盆を持ってふすまの向こうへ消える。順番に料理を持ってきてくれるのだろう。
手伝ったほうがいいか? そんなことを思っていると、先輩が立ち上がった。
「手伝うよー、野島さーん」
「あら、ありがとう」と、お盆にたくさんのエビフライが盛られた大皿を乗せた“野島さん”が現れて言った。なるほど、揚げ物をしていたからインターホンを二回鳴らしても出られなかったのか。そして代わりに部屋着の先輩が出迎えてくれた、と。
それはともかく。
「お、俺も、手伝います」
「いいわよ~。寮での最初のご飯なんだから、居間で待ってて~」
「そうですか……」
俺は浮かしていた腰を下ろした。
かくして、居間の机の上には、エビフライとご飯、お味噌汁にきんぴらごぼう、そして温かい緑茶が並んだ。対面に座る先輩はあぐらをかいていた。男の俺と同じだ。アリアは正座している。
野島さんも腰を落ち着けて正座し、こう言った。
「じゃあ、いただきますして、食べましょうか~」
「はーい」と先輩が応えた。
俺とアリアを含め、みんなで「いただきます」を言って、食事に手をつけた。
そしてアリアが口を開く。
「野島さんは寮母さんですか? ずいぶんとお若いですね」
「あら~、ありがとう~。そうよ、私が寮母よ~」
「他の寮生は外出中ですか?」
「正解」
これは先輩が答えた。
「あの人たちは出張捜査中よー」
「では、野島寮の寮生はこれで全員ですか」
「そういうこと。自己紹介しよっか! あーしは真鍋ナオミ、2年よー」
「私は本条寺アリアと申します。よろしくお願いいたします」
「アリアちゃんねー。そっちの子はー?」
「俺は綿原聡介と言います。よろしくお願いします」
「聡介ちゃんかー。で? 二人は付き合ってんのー?」
「つ、つつ、付き合うって――!」
「動揺しすぎだろ。付き合ってませんよ」
「えー? でもでも、男女共同の寮に二人で越してきて、さっき座布団渡す時もお礼を言わない程度に仲が良いじゃーん?」
観察、されていたのか。
「ただの幼馴染みってだけですよ」
「ただの……、だけ……」と、なぜかアリアは表情を暗くし、呟いた。
「ふうん? だったら……、はら~り」
その言葉の通り、真鍋先輩はチューブトップの肩紐をはらりと下ろした。いままで見ないようにしていたが、先輩は露出した豊満な胸の谷間にほくろがある。右の乳房だ。そして下ろされた肩紐も右……。視線が吸い寄せられる……! 寸胴体型のアリアからは摂取できない色気なるものが放たれている……!
「コラッ! 聡介ッ!」
ポカンと頭を叩かれた。
「ごめんなさい……」
なぜか謝ってしまった。それにいつの間にか身を乗り出し、食い入るように真鍋先輩の胸元を見てしまっていた……。
「ナオミさ~ん? はしたないわよ~?」と野島さんが言った。
「ごめんなさーい、あははー!」
真鍋先輩は下ろしていた肩紐を元の位置に戻した。
「聡介ちゃんの反応が見たくて、ついねー」
こうして賑やかに食事が進む中、話しておかないといけないことは話す、と言って真鍋先輩は切り出した。
「いいかー? 大半の家事は寮母の野島さんがやってくれる。でも、自分の服の洗濯だけは自分ですることー!」
「自分のことは自分で、というわけですか?」と俺は尋ねた。
「いいやー、違う。野島さんは案外抜けてて、洗濯物のタグとか見ないから、任せてると服がダメになんのー。バスタオルとかは大丈夫だから用意してくれるんだけどねー」
「そうなんですか……」
「いやぁ~、お恥ずかしいわ~」と野島さんは照れ臭そうにした。
真鍋先輩は「それでね」と言って話を続けた。
「男女共同の寮ってこともあって、お互いのプライバシーは厳守ねー」
「分かりました」とアリアが応える。
俺はエビフライを齧っていた。旨いッ!
「あとは~」と真鍋先輩。
「あとは?」とアリアが問う。
「あとは、なんだろ~?」
「何なんですか!」
「特にないかなー」
ないのかよ。
「とにかく自由なトコだから、寮生活楽しんでねー。女の子の連れ込みとかも自由よ~」
「連れ込みませんよ……」
自由なのは真鍋先輩を見て感じていた。
そんな先輩が意味深なことを言う。
「楽しみと言えば、明日は入学式だっけ? おもしれーから楽しんできな~」
入学式が面白い? はて? それはどういう意味か?
ここでアリアが「ご飯のおかわり、もらってもいいですか?」と言った。
アリアは健啖家だ。それでいてスレンダーなスタイルが崩れないのは不思議である。
それから真鍋先輩は、下の名前で呼ぶことを許してくれた。
「これから一緒に住むんだもんねー」とのことだ。
寮母の野島さんの寝室は一階だが、寮生の自室は二階にある。
午後になって引っ越しの荷物が届き、俺はアリアを手伝って、段ボール箱を抱え、何度も階段を上り下りした。途中で気づいたらしいナオミ先輩も手伝ってくれた。
段ボール箱の搬入が終わり、夕食までと、その後の時間は荷解きに費やされ、その日は終わっていった。
ちなみに夕食では、入学祝いとしてステーキが出た。とても美味して、嬉しくて、この寮でやっていけそうな気分になった。
アリアは夕食でもご飯のおかわりをもらっていた。
―― * ――
4月第一週の金曜日、入学式の朝を迎えた。私はベッドから起き上がる。
昨日の昼食時、聡介と一緒に聞いた、ナオミさんの「入学式は面白い」という言葉が引っ掛かっていた。
だが、これでも探偵を名乗る身(〈巻き込まれ探偵〉などと呼ばれているが)、大体の想像はついていた。
入学式で、何らかの事件が起きるのではないか? それを新入生たちに解かせるというレクリエーションだ。
野島さんが用意してくれていた朝食を、聡介と一緒に食べた。ナオミさんは不在だった。上級生はまだ春休みだ。気が抜けているのだろう。
私は自室へ入って、茶色いチェック柄のブレザー制服に着替える。
少しドキドキしながら自室を出て、居間へ下りると、制服姿の聡介が待ってくれていた。
「おお、似合うじゃん、制服」
「あ、ありがとう」
照れ臭い。顔が熱い。嬉しい。
「そ、聡介もなかなか似合ってるわよ?」
「そうかぁ? 着慣れないんだけれどな。まぁ、ありがとう」
聡介は謙遜が過ぎるヤツだ。それが苛立つわけではない。ただ複雑な気分になるだけだ。聡介は本当はすごいヤツなのに、その自覚がないことが不満なのである。
「じゃあ、行こうか、アリア」
「ええ、そうしましょう」
私たちは入学式に持参するよう指示されている学園専用デバイスを持って、野島寮を出た。
場所を入学式が執り行われる大講堂へ移した。真ん中を花道かのように空けられた置き方で、椅子が並べられている。自由席だそうなので、聡介と二人、並んで腰掛けた。席順としては左側の列の真ん中辺りだ。
舞台上にはすでに上手側に教員らしき人が3人(上手から順番に、黒髪を後ろで結った眼鏡の女性、帽子を目深に被った男性、角刈りにグラサンの男性)と、そしてロマンスグレーのオールバックという髪型の中年男性(年齢感や貫禄といい、学園長かもしれない)、合わせて4人が椅子に腰掛けていた。
下手側には一人の少女がちょこんと座っている。おそらく生徒会長だろう。
もしここで事件が起きるのならば、いまの内に出来る限り情報を集めておかなければならない。
舞台へ上るには真ん中の階段を使うか、よじ登るしか方法はなさそうで、その舞台上の中央には演台がある。その演台の上にはスタンドマイクが置かれていた。マイクは下手の生徒会長(?)の目の前にもあった。床から銀のマイクスタンドが伸びている。
客席の電灯が落とされた。入学式が始まるようだ。
下手に座る少女が立ち上がり、マイクに向かって話し出す。
「新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。わたくし、生徒会長の蓮池愛理と申します。本日は司会進行を務めさせていただきます。では、まず学園長からご挨拶を賜りたく存じます」
ロマンスグレーの中年男性が席から立ち上がって、演台へ向かった。
「入学おめでとう、新入生のみんな。学園長の倉本連次郎だ。我が校の名、『月影』とは月明かりを意味する。キミたちは『真実』という太陽のような光を全身に受け、『謎』という無明を、月明かりのように照らし出す、そんな探偵であってほしい。以上だ」
「ありがとうございました。続いて、新入生代表挨拶です。新入生代表、臼見ハレンさん、お願いします」
「はい!」と声が上がる。
最前列に座っていた女子生徒が立ち上がった。階段を上って、学園長の待つ演台の前に立つ。チラリと黄色いカチューシャが見えた。よく櫛でとかされた、光沢をも放つ美しく長い黒髪を持つ乙女だった。
彼女は式辞用紙を胸の前に広げた。
カンペありなのか、と思った。
「新緑が眩しい中、私たちは今日、この月影探偵学園の門扉を通り抜け、真新しい日々に胸を膨らませております。まずまずをもって申し上げたいのは、本日、私たちのためにこのような盛大な式を開いていただいたこと、本心より感謝の意を表したいと思います。誠にありがとうございます」
彼女はまるで折り紙のように腰を曲げて、丁寧に一礼した。
「これから過ごす月影探偵学園では――」
そこで式辞が止まった。
ひらり、と左へ式辞用紙が舞う。桜の花びらのように、ひらひら、用紙は長い滞空時間を掛けてステージ上に落ちた。
臼見ハレンさんが胸を押さえていることが、後ろ姿からも分かった。
彼女は膝をつく。
そして、右に倒れ込む。彼女はこちらに背中を向ける体勢で寝転んだ。
ここで「臼見さん!」と生徒会長が声を上げ、駆け寄った。
新入生たちがざわつき始める。
生徒会長は横向きに倒れている臼見さんの胸元と背中に手を遣り、しばらくしてから彼女を仰向けにした。
臼見さんの胸には、棒が刺さっていた。いや、矢じりがある。棒ではなく矢に違いないだろう。
新入生が座る会場の至るところから悲鳴が上がる。
その間、生徒会長はクロスしていた臼見さんの脚を持ち上げ、真っ直ぐに伸ばしていた。
そうして生徒会長は、自分の立ち位置へ戻っていった。その後、マイクを通して言う。
「即死でした」
ざわつきがさらに増す。それに構わず、生徒会長は言葉を続けた。
「新入生の皆さん、事件が発生しました。無論、模擬事件ですが、皆さんには全容解明を求めます」
その時、ピロリ、という電子音が会場中に鳴り響いた。私の持っているデバイスはマナーモードにしていたので、震えるだけだったが、なんだろうか?
「たったいま、皆さんのデバイスに事件の資料が送信されました。皆さんは事件の全容を解明し、レポートとして提出してください。期日は土曜日の明日、24時までです。レポートには点数が付けられ、『学内ポイント』が与えられます。そのレポートの得点順位は、採点を終え次第、すぐに発表されます。それでは、まずデバイスをご確認ください」
私はスカートのポケットに入れていたデバイスを取り出し、送られてきた資料とやらに目を通す。それは4件の画像だった。
一つ目は臼見さんの上半身を写した物。矢が胸に突き刺さり、そこから血が滴り、制服を濡らしている。
二つ目は臼見さんの足元の画像。絵の具を落としたかのような、水玉型の血痕がいくつも写っていた。
三つ目は式辞用紙が広がった状態で床に落ちている画像だった。
四つ目は、おそらく演台の中の棚に入っている、ボウガンの画像だ。
思うにこれらは、事前に演習した時に撮影された物だろう。
新入生たちが四つの画像を全て見終わった頃を見計らったように、生徒会長は話し始めた。
「皆さん、犯人を逃がさないでください。入学式は犯人がいる場所で再開されます」
演台のところにずっと残っていた学園長が口を開く。
「我々は体育館へ向かう」
マイクを通して述べられたその言葉のあと、学園長と3人の教員(?)は動き出し、ステージ上から階段を下り、座席が空けられて花道になっているところを颯爽と歩いて、出口に向かう。
どうする、どうする、という声が上がる中、立ち上がる新入生が現れ始め、その数は増えていった。
学園長たちが出口に辿り着き、扉を開く。そして、そこから出ていった。それを、何人もの新入生が追いかける。
出口では渋滞が起きて、新入生の人だかりができていた。
私の左隣に座る聡介はしどけなくソワソワしていた。右隣にいた生徒は学園長たちを追いかけて、席を立っていた。
なので、私はそっと、聡介に耳打ちする。
「ここにいて」
聡介は目を見開く。
「本気出してよ。これは模擬事件だけれど、本物の事件だと思ってさ」
「そうか、これは模擬事件なんだ……」
聡介は俯き、もじゃもじゃな前髪を手櫛でとかす……。
この仕草は聡介が考え事をする時のクセだ。
いま、彼の頭の中では見聞きした全ての情報が精査されている。そして、その“考え”、あるいは「推理」は真相の奥深くへ手を伸ばす――。
私はそんな聡介の推理力に嫉妬していた。
先に推理力が開花したのは、私のほうだった。
大人たちが頭を悩ませている事件を、私の推理によって解決へ導いた。大人たちに称賛され、私の承認欲求は肥大化していった。
もっと褒めて! もっと、もっと、「すごい」と言って!
しばらくすると、私は〈巻き込まれ探偵〉、あるいは〈座標〉と呼ばれるようになっていた。
けれど、ある日、いつものように私が推理を披露すると、聡介が「ちょっと待って」と言ったのだ。そうして聡介はもじゃもじゃな前髪を弄り出し、やがて口を開いた。それは私の推理が間違っていて“真実”はこうだ、というものだった。
そんなことが何度か続いた。やがて聡介は〈いちゃもん探偵〉と呼ばれるようになった。
しかし、さらにもっと同じようなことが起きた。聡介はいつも真実を突き止めていた。
そうして最も遅く推理を披露し、最も早く真相に辿り着く〈最遅探偵〉と呼び名が変わった。
その頃には私の承認欲求は虚しさを伴うようになっていた。
学園長の演説の通りだ。「謎」とは暗闇と同じで、「真実」はその暗闇を晴らす、光なのだ。
聡介の放つ光は強く、鋭く、眩い――。
彼は顔を上げた。
そして呟く。
「あとは証拠だけだ」
彼は一体、どんな真実に辿り着いたのだろうか――?
大講堂からは半数ほどの新入生がいなくなっていた。
ぐるりと見回すと、左側の座席ブロックに多くの生徒が着席している場所があった。その生徒たちの中心には、真っ白な少女がゆったりと腰掛けていた。真っ白な美しい長髪、彫像かのような真っ白な肌。
遠目でも分かる。イギリスで活躍し、世界にその名を轟かせる〈探偵クイーン〉、ロビン・ワイラーさんだ。彼女はアルビノだそうだ。しかし、なぜ彼女が日本に? 探偵学園は英国にも存在する。なのに、一体なぜ?
ともかく彼女は有名な探偵だ。彼女がここに残るのなら自分も残る、といった発想で、多くの生徒が彼女の周りに着席しているのだろう。
ともかく、大講堂が落ち着いたところで、生徒会長はマイクに向かって――。
ここで聡介が立ち上がった。
生徒会長は開いた口を閉じる。
「アリアも来なよ」
私のほうを見下ろしながら、聡介は言った。
「えっ、どうして?」
「さっきのお返し」
私の問い掛けは、どうして立ち上がったのか、どこへ行くのか、という意味合いだったのだが、聡介はおそらく私がここにいるよう呼び止めたことへの「お返し」だ、という趣旨のことを述べた。
聡介は花道を歩き出していた。
ステージに向かってだ。
私はそれを追いかけた。意味も分からずに……。
聡介は階段を上り、生徒会長に向かって言う。
「現場検証をしてもいいですか?」
なに? 現場検証? どうして? 捜査資料はもらっているのに……。
私にはその発想が分からなかった。
「ええ、構いませんよ。けれど、一人ずつにしてください」と生徒会長が言った。
聡介は後ろにいる私のほうをチラリと見遣ってから、生徒会長のほうへ向き直る。
「分かりました」
そうして聡介はステージ上に上がり、デバイスを取り出した。
聡介は仰向けに倒れている臼見さんの上半身を、パシャリ、と撮影した。同じように足元、そして式辞用紙、演台の中と、おそらく学園から届いた画像資料と同じ構図で4枚の写真を撮った。
「ありがとうございました」
そう言って聡介はステージから下りる。
階段のところで私とすれ違う。その時、彼はそっと囁いた。
「テキトーなところに座ってるから」
「分かった」と私は応えた。
私は聡介が去ったステージに上る。
そして聡介の真似をして、写真を撮影する。
学園から送られてきた画像と、あらゆるところが違っていた。まぁ当たり前だろう。事前演習時と本番とで、全く同じように血(おそらく血糊)が滴る、染み渡るはずがない。
現に、臼見さんの上半身の制服に染みている血液の形が違う。
足元の滴った血痕の形と数が違う。
ステージ上に落ちた式辞用紙の開き具合が違う。
ただ、演台の中のボウガンだけは画像資料と同じ位置に置かれていた。
撮影を終え、私はこの模擬事件の真相に気づいたのだった――。
―― * ――
アリアがステージから階段で下りてくる。俺は右側の座席ブロックの最前列に座っていた。アリアは俺の右隣に腰掛け、小声で「ありがとう」と言った。俺は頷いた。
そうして生徒会長がマイクに向かって口を開く。
「入学式を再開します」
大講堂内は少しざわついた。
生徒会長は先ほど、犯人がいる場所で入学式が再開される、と述べていたのだ。
つまり、犯人は大講堂の中にいる、ということである。
「ここに残った皆さんには『50ディテクティブ・ポイント』を差し上げます。我が探偵学園での生活は、このディテクティブ・ポイント、通称ディー・ポイント(Dpt)を集めることが主たる目的となります」
さっき言っていた「学内ポイント」のことか。
「例えば定期考査で学年1位を獲れたなら、プラス500Dpt、逆に赤点を取れば一科目ごとにマイナス100Dptとなります。そして所持Dptがマイナスになれば、学園から退学していただきます」
退学、という重い言葉に、大講堂の中は静寂に包まれた。
「この学園には“決闘”、『デュエル制度』があります。例えば学内で模擬事件が起きた時、犯人だと思う生徒に対して、デュエルを申し込むことができます。賭けるものは何でもアリで、Dptを賭けることも可能です。そうして相手を言い負かすことができれば勝利、賭け金を手に入れることができます。負ければ反対に賭け金を没収されます」
その後、生徒会長の蓮池先輩は、生徒会へ入る条件など、俺とは縁のないであろう話をつらつらと述べた。
俺と関係がある話と言えば、担任教師の話だ。
「最初にこのステージ上に座っていらっしゃった学園長以外のお三方は、皆さんの担任教師です。右から順番にA組、B組、C組を担任する教師が並んでいました」
A組がいいなぁ、と思った。あの女性の性格は知らないが、見目麗しく、担任の先生になってくれたら目の保養になる。
「クラスの発表は明後日の日曜日にデバイスへ連絡が入りますので、ご確認ください」
なるほど、入学式の今日までクラスの発表がなかったのはそういうことか。この模擬事件のレポートの成績を加味してクラス分けする、と。
「それでは、入学式を終わらせていただきます」
その日から翌日、土曜の午前まで、配布されたパソコンを使い、模擬事件のレポートを作成した。
いやぁ、慣れないことをするのは疲れるものだ。それに記入事項も多かった。現場検証で撮影した写真を添付し、どうして現場検証をするに至ったかの経緯を記載し……。
やれやれ、と呟いて、俺はレポートを学園へ送信した。
そして、その日の夜は、ナオミ先輩主催のゲーム大会へ強制参加させられた。
―― * ――
「こういう結果になったか」
学園長室にて、その部屋の主、倉本連次郎は目の前のソファに座る、蓮池愛理生徒会長に向かって言った。
「入学式の模擬事件は、新入生たちの慢心を砕く洗礼を浴びせる、という慣例のはずだが?」
「申し訳ございません」と蓮池愛理は頭を下げて陳謝した。
「まぁいい。英国の〈ユニオン〉から言われていた、ロビン・ワイラーくんの鼻っ柱をへし折ってくれ、という要請には敵ったからね」
「ええ。それには“彼”は使えます」
「事前の調査によれば、一般家庭に生まれた普通の少年とのことだが、〈座標〉と行動を共にする内に〈名探偵〉としての“器”となったのかもしれんな……」
―― * ――
明けて日曜、お昼ご飯前に早くも模擬事件のレポートの成績が発表された。
俺とアリアは、ナオミ先輩もいる居間で、その発表された成績順位を見た。
【 入学式模擬事件のレポートの成績を通知する。
(1050点満点であり、得点はそのまま、Dptとして加算される。)
第一位 本条寺アリア 1050点
第一位 綿原聡介 1050点
第三位 相澤拓也 550点
第三位 ………… 550点 】
550点を獲得した第三位の生徒がずらりと並んでいる。どうやら五十音順のようだ。その中にはアリアが見かけたというロビン・ワイラーさんもいた。そして、下位の者もやはり、50点獲得していた。0点の者はいない。臼見ハレンさんもいなかった。全89名だった。
「どうだったー?」とナオミ先輩が聞いてきた。
「ええと……」
俺は口ごもる。
「二人とも満点で一位でした」とアリアが答えた。
「すげーじゃーん! 入学式の模擬事件で満点取れるだなんて、なかなかいないって聞くよー?」
「そうなんですか?」
「そうよ~。つけ上がってる新入生の心を折るのが目的だったりするからねー、アレはー」
「へぇ、そこまでは考えが至りませんでした。俺もまだまだですね」
「聡介ちゃんは謙虚ね~」とナオミ先輩が言った。
話している内に、野島さんがお昼ご飯を運んできてくれていた。そうして、みんなで「いただきます」を言って、食事を始めたのだった。
食後のこと、デバイスにまたしても学園から通知が来た。
【入試結果を発表する。
(通知するのは順位と獲得したDptのみである。)
第一位 相澤拓也 500Dpt
第一位 臼見ハレン 500Dpt
・
・
・
第一位 チェルシー・ターラント 500Dpt
・
・
・
第一位 本条寺アリア 500Dpt
・
・
・
第一位 ロビン・ワイラー 500Dpt
第一位 綿原聡介 500Dpt
第十位 ………… 50Dpt
第十一位 ………… 0Dpt 】
獲得Dptを見るに、一位から順番に、50ポイントずつ減らされていくようだ。
「なんの通知だったのー?」とナオミ先輩が言った。
「入試の結果でした」と俺は応じる。
「どうだったー?」
「ええと……」
やはり俺は口ごもってしまう。
「二人との満点で一位でしたよ」と、やはりアリアが答えてくれた。
「すげー! 二人とも優秀なのねー」
「本当にすごいわ~」と野島さんも褒めてくれた。
俺は恐縮してしまう。
続けざまにデバイスに通知が来た。
「おっ、次はなになにー?」とナオミ先輩が言う。
俺とアリアは内容を確認する。
「クラス分けでした」と答える。
そしてアリアのほうを見る。アリアも俺のほうを見ていた。
アリアはどうだった? と聞きたいが……。違うクラスだったら、と思うと尻込みしてしまう。
「じれったいなー。せーの、で言いなよー、二人とも」
「分かりました」
「私も大丈夫です」
「じゃあ、いくよー。はい、せーのっ!」
「「A組!」」
声が揃った。
俺とアリアはホッとして「はぁー……」と息をつく。
「よかったじゃーん!」
「いやぁ、ホント……」
「よかったです……」
「っていうか、マジで二人、仲良すぎじゃなーい? ホントに付き合ってないのー?」
「つ、つつ、付き合う――?」
「だから、動揺しすぎだろ。付き合ってません」
ともかく、アリアと同じクラスになれて、本当によかったと思った。
そして、ようやく明日から、本格的に学園生活が始まる!
*
月曜日、ナオミ先輩も今日から登校するということで、3人で野島寮から出た。
先輩はブレザーのジャケットを腰に巻いている。
「キツいんだよねー」と豊満な胸を手で持ち上げて言っていた。
それを、寸胴体型のアリアは羨ましげに見ていた。
学園の校舎に入ってから、教室が違うので、ナオミ先輩とはそこで別れた。
そうして俺とアリアは1年A組の教室へ入る。俺の苗字は綿原であるから、五十音順の出席番号は30番。一番最後だ。
座席は6列あり、俺の座席は窓際の列の5番目、最後尾である。ご機嫌な席だ。
まだ前も横も斜めも空席だった。
教室内には緊張感が充満しており「はじめまして」や「よろしくね」といった、ぎこちない会話が聞こえてくる。
そんな中「あなたが本条寺アリアさんっ?」という声が聞こえてきた。
アリアがいるほうを見ると、人だかりができていた。
「入学式の模擬事件の真犯人、教えてよっ!」
「ごめんなさい、それは内緒なの」
「ええー、そんなぁー」
あの一件を秘密にするように言ったのは俺だ。なぜなら、その真相には、とある示唆が含まれているからである。それを俺とアリアで独占しよう、というわけだ。
アリアは困り顔をしながらも、秘密を守っていた。
しばらくすると、俺の隣の席に女の子が腰を下ろした。黒髪のショートヘアである。
「はじめまして」
「は、はじめまして……」
声を掛けられ、ぎこちなく返事をする。
それだけで、会話は終わった……。いや、会話とすら呼べない、挨拶を交わしただけだった……。
彼女は右隣に座る女子生徒とも挨拶をし、そして“会話”を始めた。
まぁそうだよな……。異性より同性相手のほうが話しやすいよな……。
そしてまた少し時間が経ち、朝礼が始まるギリギリに、斜め前に男子生徒が着席した。彼とは挨拶もできない内に担任の先生がやってきて、起立、礼、と号令を掛けた。
前の席の主は不在のままだった。いきなり今日はお休みするのか?
担任教師は入学式で見かけた、黒髪を後ろで優雅に結った眼鏡の女性だった。
「貴様らの担任を務める姫川だ。以上」
……貴様ら?
「出席を取るぞ。相澤ぁ!」
「はい!」
相澤くんは姫川先生の勢いに押されてか、声を張り上げた。
「臼見ぃ!」
「はーい!」
彼女は元気よく返事をした。新入生代表だった臼見ハレンさんもこのクラスなのか。
出欠確認は続く。
「チェルシー! ……チッ! 欠席か」
舌打ちしたぞッ!
出欠確認のおかげで、俺の隣の女子生徒の苗字は百地、斜め前の男子生徒は村瀬であることを知れた。さらには、前の席は、あのロビン・ワイラーさんのようだ。
「綿原ぁ!」
「はい!」
俺はこの出欠確認で、毎度生徒の名を怒号のような勢いで呼ぶ姫川先生に、完全に怯えてしまっていた……。見目麗しく、目の保養になるから担任になってほしいなぁ、と入学式の時には思っていたのに……。
それはともかく、姫川先生が俺の名を呼んだことで、少し教室内はざわついた。
「綿原?」「あの綿原聡介か?」「入学式の模擬事件で満点回答した、あの綿原か?」
そんな声が聞こえてくる。
「てめぇら、うるせぇッ!」
姫川先生はキレた。クラスメイトたちは恐れおののき、静まり返った。
おっかねぇ……。
「相澤、臼見! 荷物持ち手伝え!」
「はい!」
「はーい!」
そうして3人は教室から出ていった。
扉が閉じた瞬間から、教室内はざわめき始めた。
「怖かったね……」「見た目は綺麗な人なのに……」「これから1年間、やってける自信ねぇよ……」
聞こえてくるのは、そんな怯えた声だ。
「綿原」
騒がしい教室の中で、村瀬くんが話し掛けてきた。
「あの模擬事件の真犯人、教えてくれへん?」
関西弁である。
「あー、それ、わたしも知りたーい」
隣の席の百地さんも加わった。
しかしながら、俺はこう答える。
「それは秘密なんだ。ごめんね」
「えー、なんでなん?」
「言えないんだ、悪いね」
「ほぉ? それも作戦の内、っちゅうこっちゃな?」
「鋭いね」
「せやったら、仕方あらへんなぁ。オレは村瀬修二。よろしく頼むわ」
ニカッ、とツーブロックの髪型の彼は、人懐っこそうな笑顔を見せた。
「ああ、よろしく」
彼とは仲良くできそうだ、と思った。
「わたしは百地涼子よ。よろしくね」
「よろしく。俺は綿原聡介だよ」
「それは知ってるってー。あははっ」
彼女は笑った。
二人と挨拶を交わして、このクラスでやっていけそうだ、と思えた。前の席のロビン・ワイラーさんとはまだ会えていないが……。
……しかしながら、俺はクラスメイトたちと仲を深めるつもりはない……――。
そうしていると、姫川先生一行が教室へ戻ってきた。さっきまで騒いでいたクラスメイトたちは口を瞑んだ。
姫川先生たちは大きな段ボール箱を抱えていた。
「いまから教科書を配布するぞ」
そして大量の教科書が配られた。その最中に、朝礼の終わりを告げるチャイムが鳴ったが、姫川先生はそれを無視した。
教科書の配布が終わったのち、姫川先生は順番に自己紹介をするように、と指示した。
さっそく出席番号1番の相澤くんが立ち上がる。
「相澤拓也です。僕の好きなことは読書で、ミステリー作品を読んでいる内に探偵になりたいと思うようになり、ここ、月影探偵学園への入学を決めました。よろしくお願いします」
自然と拍手が起きた。
次に自己紹介をするのは――。
「臼見ハレンでっす! 入学式の時に死にましたけど、いまはこうしてピンピン生きてまっす! 趣味はカフェ巡りで、たくさんお友達を作って、一緒にカフェでお喋りしたいと思ってます! よろしくでっす!」
黄色いカチューシャを着けたロングストレートの黒髪から、清楚なのかな、と勝手に思っていたが、社交的な元気っ子のようだ。顔も可愛らしいし、それに、あまりにも豊満なバストをお持ちだ。これは人気が出そうだな、と思った。
自己紹介のリレーは続き、アリアの番になった。
「本条寺アリアです。私はなぜかよく事件に巻き込まれるようで〈巻き込まれ探偵〉なんて呼ばれています。好きなことは、食べること、ですかね。よろしくお願いします」
アリアは本当によく食べる。それでいてスレンダーな体型を維持しているのだから不思議だ。アリアは人好きする性格である。彼女も人気者になるだろうな、と思った。陽映学園の中等部にいた頃も、クラスの中心にいたし。
自己紹介は村瀬くんの番になった。
彼は身体を動かすことが好きで、中学時代はバスケ部に所属していたそうだ。ちなみに出身は大阪だそうだ。関西弁を話すので察しはついていたが。
村瀬くんの次は百地さんの番だ。
彼女もまたスポーツ少女だそうで、中学では陸上部に所属していたと言う。
探偵学園はインテリばかりだと思っていたが、そうでもないらしい。
そして俺が自己紹介する番になった。
「綿原聡介です。好きなことも、趣味も、これといってありません。……よろしくお願いします」
最近はゲームを上手くなりたいな、と思ってます、と言いそうになったが、やめにした。
なぜなら俺は、クラスメイトたちと深い仲を築くつもりはないからだ。
その理由はナオミ先輩との会話にあった。
それは毎夜催されるゲーム大会で、アリアと先輩が格ゲーで対戦していた時のことだ。負けたら交代で、俺は前の試合でナオミ先輩に完敗していた。
「そうそう、優秀な二人には関係ない話かも知んないけどー、これからの学内模擬事件やら、ゴールデンウィーク中の模擬事件合宿やらなんかには気をつけてねー」
話しながら、先輩は、画面内のアリアのキャラをボコボコにしていた。
「気をつけるって、どういうことですか?」
「入学式模擬事件の時は優しいからさー、ミスリードに引っ掛かって間違った推理レポートを提出しても加点されるんだけどー、これからは間違えたらDpt減点されちゃうからさー」
「減点……。何ポイントくらい減点されるんですか?」
「500だよー」
「かなり持ってかれるんですね」
「まぁ『誤認逮捕』だと思えば、妥当だと思うよー」
ゲーム画面に「K.O.」と表示された。
アリアはガックリと肩を落とした。
「二本目! お願いします!」とアリアが言った。
そうして三本勝負の二本目が始まった。
「それでさー」
ナオミ先輩は二本目が始まっても、余裕そうに語り始める。
「いま1年生って全然ポイント持ってないっしょー? そんで模擬事件合宿はさー、全員にレポート提出義務があるんだよねー。だから続出するんだよー」
なにが続出するのかは、聞かずとも分かった。
「退学者が、ですか……」
「そゆことー」
全員の自己紹介が終わり、姫川先生は「これから10分は自由時間とする」と言って、生徒たちに歓談の時間を与えた。
クラスメイトたちと仲を深めてしまったら、その人が退学してしまった時、ツラい想いをすることになるだろう。
だから俺は、始めから深い仲にならないようにしよう、と決めたのだった。
お別れは、嫌だから……。
俺は歓談のために設けられた10分間、寝たフリを決め込んだ。
―― * ――
僕の家の近所には、お城のような豪邸が建っている。
アリアちゃんのおウチだ。
彼女とは通学路が同じで、小学校の集団登校では一緒になる。
1年生の頃から毎年クラスが同じになって、アリアちゃんとは特別に仲が良かった。
アリアちゃんが地方の財閥が催すパーティーに出席する時は、僕も一緒に連れていってくれた。僕は旅行感覚で毎回、それを楽しみにしていた。
ただ、アリアちゃんと一緒に泊まる、豪華なホテルでは、あるいはお土産屋さん、その他、アリアちゃんの訪れる先では、よく事件が起きた。それにアリアちゃんと僕はいつも巻き込まれていた。でも、僕たちに被害はないので、アリアちゃんの親御さんは、それを小さな問題と捉えていた。
そうして僕らは小学5年生になった。
俺は一人称を「僕」から「俺」に変え、アリアちゃんのことも「アリア」と呼び捨てにするようになっていた。
そんなある日のこと、本城寺家にお呼ばれしてお昼を食べている時、アリアは真面目な顔をして俺に言った。
「私ね、中学は私立に通うつもりなの……」
これにアリアのお父さまが続く。
「幼稚舎から私立に通わせようと思っていたのだけれどね、社会勉強として、小学校までは公立に通わせることにしたんだ。だが、中学からは勉強も難しくなる。それで私立の陽映学園へ入学させようと思っているんだ」
公立ではなく、私立へ……。
中学からは、アリアとお別れ……。
嫌だ、強くそう思った。
「俺も……、俺も! 陽映学園を受験します!」
「ふふっ」
俺の言葉に、お父さまは笑った。
「そう言ってくれると思っていたよ。分かった。キミにも家庭教師をつけよう」
「いいえ、そこまで甘えられません。自分で参考書と過去問を買って、勉強します」
「陽映学園は名門だよ? 独学で大丈夫かい?」
「はい! 合格してみせます!」
ここでアリアが口を挟んだ。
「けれど、たまには一緒に勉強しようね」
「アリアがいいなら」
「もちろん、いいよ!」
そうして俺は必死に勉強を進めた。全てはアリアと離れ離れになりたくなかったからだ。結果、見事、俺はアリアと共に、陽映学園へ合格を果たしたのだった。
―― * ――
姫川先生がパンパン、と二度、手を叩いた。
「自由時間終了だ」
俺は寝たフリから起き上がる。
盗み聞きしていたわけではないが、隣では村瀬くんと百地さんが楽しそうに会話をしていた。お互いスポーツ好き同士、馬が合うらしい。
「これから大事な話をする」
姫川先生はそう切り出し、これからの模擬事件では、推理を間違えれば500Dptが減点されることが告げられた。
「だから模擬事件のレポートを提出する時は慎重になれよ。そんで、だ、ゴールデンウィーク中に行われる模擬事件合宿では、貴様ら全員にレポートを提出してもらう。そして特別に、模擬事件合宿の場合は、未回答でも容赦なく減点となる。いま、まだ50Dptしか持ってないヤツは、4月中に500Dpt貯めとくこった。なんせ、Dptがマイナスになっちまったら退学なんだからな。ま、そこで正しい推理をすりゃいいだけのこったが。
以上だ。先ほど配布した教科書等には自分で目を通しておけ。では、今日は終わる」
そうして姫川先生は、颯爽と教室から去っていった。
あの先生がいなくなって緊張が解けたのか、生徒たちは、わーっ、と話し始めた。
「退学したくないよー!」
そんな声が耳に入ってきて、聞きたくなくて、俺は早々に教室から出た。
野島寮へ帰る。俺のデバイスには、アリアから「クラスメイトたちと遊びに行く」との連絡が入っていた。ナオミ先輩は不在で、俺は野島さんの二人でお昼を食べた。
*
翌朝、1年A組の教室へ入ると、俺の席の前に、真っ白な女子生徒が着席していた。真っ白で、優雅にウェーブする長い髪、真っ白で彫像のような肌、その瞳はエメラルドグリーンだった。
俺は「おはよう」と彼女に声を掛けながら、自分の席に腰掛けた。
「ごきげんよう」と返事をしてくれた。
「ロビン・ワイラーさん、だよね?」
「ええ、そうですわ」
ここで俺は、昨日不在だった彼女のために、Dptに関する、模擬事件で推理を間違えれば減点される、という話や、ゴールデンウィーク中に模擬事件合宿が催されること、そしてそこではレポートの提出が義務付けられていることを話した。
「有益な情報をありがとうございますわ」
「なんてことないさ」
俺が長話をしている間に、教室には人が集まり出していた。
「ところで、あなたのお名前はなんと言いますの?」
上品な喋り方をするなぁ、と思いながら「俺は綿原聡介だよ」と告げた。
「よろし――」
バンッ!
ワイラーさんは俺の机を叩いて立ち上がった。
「あなたが綿原聡介っ? 入学式模擬事件で満点回答をしたっ、あの綿原聡介ですのっ?」
その勢いに押されて、俺は仰け反った。そして教室は騒然となった。
「そ、そうだけれど?」
「お恥ずかしながら、ワタシはあの事件で推理を間違え、その結果が出た日曜日から、寝込んでおりましたの……」
それで昨日はお休みしていたのか。確かにいまのワイラーさんの顔色は血色が悪い気がする。分かりにくいが、真っ白の中に青さがある、ような?
「綿原さん、ぜひ、あの事件の真相をお聞かせ願えますでしょうか?」
「うーん……、それはできないんだ。秘密にしていてね。ごめんなさい……」
「どうしても! ダメ、ですか……?」
そんな哀しげな目で見ないでくれ。罪悪感が募ってしまう……。
「ダ、ダメだよ、教えられない」
俺はなんとか断りの言葉を口にした。
「それにワイラーさんなら『間違っていた』という情報から、真相に辿り着いているんじゃない?」
「それはそうですけれど、それでも! 綿原さんの思考過程が知りたいのです! なぜあの時点で『現場検証をする』という判断に行きついたのか、それを知りたいのです!」
「でもなぁ……」
俺は渋った。
「ならば、仕方ありませんね……」
引き下がってくれるのか? そう思ったが、彼女のエメラルドの瞳には“諦めの念”は宿っていないように見えた。
そうして、彼女はこう言った。
「デュエルをしましょう! あの模擬事件の真相をどちらが正確に言い当てられるか! 勝負ですわ!」
デュエル……、決闘制度を使ってでも、俺から話させるつもりか……。
「賭け金は言い値で構いません! 何なら、ワタシの持つ1050Dpt全てを差し上げてもけっこうです!」
「そこまでして……」
俺はあの模擬事件の真相を知っている。そのことをワイラーさんは知っている。
つまり、これは、ワイラーさんの“必敗”のデュエルということになる。
「分かったよ」
「では、さっそく!」
ワイラーさんはデバイスを取り出した。
「いいや、デュエルはしない」
「えっ?」
「普通に話すよ。そこまでの覚悟を見せられちゃあね」
「いいんですの?」
「ああ。今日の放課後、俺の住む寮まで来てくれ」
「分かりましたわ! ありがとうございます!」
彼女はパーッと表情を晴らした。可愛いな、と思った。
「しかし……、致し方ないこととは言え、男の子のお部屋へ行くというのは……」
ワイラーさんは顔を赤くしていた。
「部屋じゃないよっ! 居間で、話すからっ!」
「イマ?」
「リビングダイニングのことだよ」
「なるほど。安心いたしましたわ」
*
放課後、ワイラーさんと連れ立って校舎を出た。そこにはアリアもついてきていた。ついでにチェルシー・ターラントさんも。
ターラントさんはウェーブする癖のある金髪を、ショートヘアにしてる小柄な少女だった。なんでも、ワイラーさんの助手をしてるという。サイドキックということだ。
「チェルシーは寮に戻っていて」とワイラーさんが言った。
「かしこまりました」と応えて、ターラントさんは去っていった。
「それで? どうしてアリアもいるんだ?」
放課後の教室で、アリアは遊びに誘われていた。なのに、なぜ?
「朝の話を聞いてたの」
返事はそれだけだった。なんだか不機嫌そうだ。
「説明になってないけれど?」
「わ、私もキミの思考過程が知りたいと思ったのよっ!」
「なるほど?」
ウソを吐いているような気配がするが、まぁよしとしよう。ワイラーさんとあの模擬事件の話をするにあたって、アリアがいても問題はない。
そうして俺たち3人は野島寮へ足を向けた。
―― * ――
私と聡介、そしてワイラーさんは野島寮へ辿り着いた。
「へぇ……、瓦屋根に玄関は引き戸……。古風な民家ですわね」
道中、男女共同の寮であることは話してある。
「ワイラーさんの寮はどんな感じなんですか?」と私は尋ねた。
「普通のオートロック付きマンションですわよ。ですから、寮という感じではないですわね」
話している間に聡介が玄関のカギを開け、「どうぞ」とワイラーさんに言った。
「おかえりなさ~い」と野島さんの声が聞こえてきた。
私と聡介は「ただいま」と返事をする。
「お邪魔しますわ」
ワイラーさんはそう言って、玄関をくぐった。
野島さんは「あら、お客さ~ん?」と言いながら、顔を出した。
「綺麗な子ね~」
「ありがとうございますわ」
ワイラーさんは丁寧にお辞儀した。
私たちは制服姿のまま、居間へ入った。
私と聡介は、いつもの席順で隣同士に着座し、ワイラーさんは机を挟んだ向かいに腰を下ろした。畳の上に座ることに慣れていない様子で、もじもじしていた。
野島さんが3人分のお茶を用意してくれた。
ワイラーさんは、そのお茶を一口すすって、切り出した。
「それでは、入学式の模擬事件について、お話をお聞かせください」
「分かった」
聡介が言った。
「あの事件は狂言だった。その前提で話を進めていこう」
その時だった。玄関のほうから、ガララッ、という戸が開く音が聞こえてきた。
「ただいまー」
ナオミさんが帰ってきたようだ。
野島さんが出迎えに向かった。
すると、ナオミさんは自室へ行かずに、居間へやってきた。
「お客さんが来てるってー? おっと、女の子じゃーん。入学早々、聡介ちゃんが連れ込んだのかなー?」
「違いますよ!」と私は声を上げた。
「にゃーんでアリアちゃんが否定するのかにゃー?」
「それは……! それは、別にいいじゃないですか……」
「妬いてるんだー?」
「ち、ちち、違いますっ!」
私は顔を熱くした。
「動揺しすぎだろ」と聡介のヤツが言う。
「そんでー?」
ナオミさんはワイラーさんの隣に着座した。
「この子はー?」
これには聡介が答えた。
「ロビン・ワイラーさんです」
「知ってるー。有名人だもーん。助手のチェルシーちゃんはいないんだー?」
「はい。先に帰ってもらいました」
「でー? ロビンちゃんはなんでここにいるのー?」
「入学式模擬事件について、真相が知りたいと言われまして。クラスではそれは秘密にしているんですが、ワイラーさんはデュエルしてでも聞きたいとのことで。折れることにしたんです」
「えー? いいじゃーん、デュエルすればさー」
「いや、そこまでしてもらうのは、ちょっと……」
「まぁまぁ、ここは模擬戦だと思って、やってみなー?」
「ですが……」
「Dptをもらうのが気が引けるんだー? なら賭け金はさー、ロビンちゃんがこの寮に泊まっていくこと! そうすればいいよ! そうしよう! チェルシーちゃんを呼んでもいいからさー!」
魂胆が見え見えだ。夜のゲーム大会に参加させたいのだろう。
「分かりましたわ」
「俺も、それならやってもいいかな」
「よーし! 決まりねー!」
「では、ワタシから綿原さんに決闘を申し込みますね」
ワイラーさんはデバイスを取り出し、弄り始める。そうして、聡介のデバイスが鳴った。
私は聡介のデバイスの画面を覗き込む。
【 デュエル『入学式模擬事件の全容解明。』
[Stake]『挑戦者が敗北した場合、野島寮へ泊まること。』
デュエルを受けますか?】
イエス、ノーのボタンと共に、そう記載されていた。
そして聡介は「イエス」のボタンを押した。
【デュエル成立。終了までデバイスの電源を切らないでください。電源が切れた場合、デュエルは無効となる可能性があります。】
「ナオミ先輩、電源を切るな、ってこれ、どういうことですか?」と聡介が尋ねた。
「デュエルはねー、デバイスに内蔵されてるAⅠが勝敗を判定するんだよー。お互いの発言をマイクで拾ってねー。だから、電源が切れちゃうとマイクも切れちゃうから、そう指示されんのー」
「なるほど」
「さぁさぁ、それじゃあ、デュエル開始~」
ダラッとした開始の合図が掛かった。そしてナオミさんは言葉を続ける。
「その模擬事件のこと、あーしにも教えてよー」
「いいですよ」
聡介はそう言って、事件のあらましを語った。
箇条書きにすれば、こうだ。
・臼見ハレンさんが新入生代表として、学園長のいる演台の前に立ち、式辞用紙を胸の前で開いて読み上げている最中、突然、膝をつき、胸を押さえて苦しみ出したこと。
・臼見さんはステージ上で横向きに倒れ、生徒会長蓮池さんが駆け寄ったこと。
・その蓮池さんは臼見さんの胸と背中に手を置いたのち、彼女を仰向けにしたこと。またその時、脚がクロスしていたので、それを直したこと。
・仰向けになった臼見さんの胸に、矢が突き刺さっていたこと。
・蓮池さんが「即死でした」と言ったこと。
以上である。
「へぇー、毎年の入学式模擬事件は人形を使うのに、今年は生身の人間でやったのー? なかなか凝ってるねー」
「とにかくです」
ワイラーさんが話し始める。
「その後、“捜査資料”として4枚の画像がデバイスに届きました。臼見さんの上半身、臼見さんの足元の血痕、ステージ上の床に広がって落ちた式辞用紙、演台の中にあるボウガン、これら四つの画像です」
なぜワイラーさんが言ったのか? つまりは、なぜ聡介はこのことを言わなかったのか? それが気になった。
「その画像見せてよー」とナオミさんが言った。
「いいですわよ」と言って、ワイラーさんはデバイスを操作し、画像をホログラムで投影して、ナオミさんに見せた。
「なるほどねー。ロビンちゃん、ありがとー」
「どういたしまして」
そして事件について、ワイラーさんは話し始める。
「まず第一に、臼見さんが胸の前で広げていた式辞用紙には、穴は空いていませんでした。よって、学園長がボウガンで臼見さんを射抜いたという線は、ミスリードだと判断できます」
「そうなんだよね。それにすぐに気づくの、すごいと思うよ。ワイラーさんも、アリアもさ」
そう、私はそのことに気づいたため、聡介を大講堂に引き留めたのだった。
ワイラーさんは話を続ける。
「そして第二に、臼見さんは苦しんだ様子を見せていました。それにもかかわらず、生徒会長は『即死でした』と虚言を述べました」
「どうかな? それが虚言だったとは限らないよ」
「えっ?」
ワイラーさんは、そして私も、キョトンとした。そうしている内に、聡介が口を開く。
「まぁそれはいまはいいとして、学園長が射殺したのではないのなら、誰が臼見さんの胸に矢を突き刺したのか? 衆人環視の中で起こったこの事件、倒れた臼見さんに近づいたのは、生徒会長ただ一人……」
「そうです。よって、生徒会長が横たわる臼見さんの胸に、隠し持っていた矢を突き刺した。背中に手を置いていたのは、矢を突き刺す時の支えにするためだった。そしてスポイトかなにかで、血だまりから臼見さんの血液を採取し、彼女の脚のクロスを直す時に、その血液を足元に落として、血痕を作り上げた。これが真相のはずでした」
「あの四つの画像を信じるならば、そうだろうね」
「そうなのです。この推理が間違っていることを知って、改めて考えて辿り着いた真実には、ワタシはいまでも戸惑っています」
「とにかく、その第二の推理『生徒会長が殺人犯だ』と仮定すると、生徒会長の『即死でした』という発言は虚言と呼ばないよね。自分で臼見さんの胸に矢を突き刺した時、即死した、と思えば、その発言は正直なものだったことになる」
「……確かにそうですね……」
「虚言だ、というのは、ボウガンによる犯行の場合のみに当てはまる言い方だ。けれど、最初の印象に引っ張られて『生徒会長はウソを吐く人間だ』と思い込まされたんだ。だから、みんなそんな怪しい人物は殺人犯に違いない、と考えてしまった」
「そうですね、そんな心理に、まんまとハメられてしまいました」
「俺は生徒会長が刺し殺したという仮説を思いついた時、三つ、少し不自然に思ったことがあったんだ。臼見さんは、わざわざ苦しむフリをさせられていたんだな? そして、生徒会長はわざわざ『即死でした』と言ったんだよな? さらに、入学式は犯人のいるところで再開されるんだよな、ってね」
「それは……一つ目と二つ目は、第一のミスリードのためでしょう?」
「そうとも考えられる。けれど俺は、そんな時に気がついたんだ。生徒会長は一言も『資料を元に捜査せよ』とは言っていない」
ハッとした。私も、ワイラーさんも、だ。
「それで思ったんだ。わざわざ『即死でした』と言ったのは『ウソを織り交ぜますよ』という『メッセージ』だったんじゃないかな、ってね。
だから、俺は学園から送られてきた資料は、無視することにしたんだ」
そうか、だから聡介はあの四つの画像を、決して『捜査資料』とは呼ばなかったんだ。
聡介は話を続ける。
「すると、見えてくる。臼見さんの胸に矢を刺すことができた人物は、二人いたことが。
そう思えば、二人の内、どちらなのか、調べる必要が出てくるだろう? だから俺は、現場検証をさせてもらったんだ。資料は無視することに決めたんだから、自分の手で、ってね。
まぁ、そんなことをする前から、第二の推理はミスリードだろう、と思っていたんだけれどね」
「なぜですか?」
「あの模擬事件は新入生たちの順位付けを目的としたものだったからだよ。そんな目的を掲げていて、ミスリードが一つだけとは考えにくい、と思ったんだ。さらに言えば『入学式に途中から参加できなくなる』なんてことはないだろうと踏んだ。だから、コトの真相は『生徒会長が殺人犯』ではなくて、もう一つの可能性のほうだろうと察しはついていた。そして“そっち”ならば、頭に浮かんだ三つの不自然さが全て解消されるんだ。いずれにせよ、あとは証拠だけだった」
あの入学式の時も聡介は言っていたっけな……、「あとは証拠だけだ」と……。
あの時点で、事件の全容を全て掴んでいたんだ……。学園側の思惑までも……。
やっぱり聡介はすごい。私が嫉妬心を抱くことすら、おこがましいほどに……。
「そうして俺が現場検証をして撮った写真がこれだ」
聡介は机の上にデバイスを置いて、ホログラムで写真を投影し、向かいに座るワイラーさんとナオミさんにも見えるようにした。
最初に臼見さんの上半身が写った画像を見せて、次は式辞用紙の写真、そして演台の棚に置かれたボウガンの写真と、続けざまに画面に表示させた。
「このボウガンの写真だけは、学園から送られてきた画像と全く同じだ。おそらく事前の撮影時から置きっぱなしにしていたんだろうね。
それで、決定的な証拠は臼見さんの足元の血痕だ」
聡介はその写真を投影させた。
「……なるほど……」とワイラーさんは呟いた。
私も入学式の時、現場検証をさせてもらって、この足元の血痕を見て、事件の真実に気づいたのだった。
「この血痕は、学園が用意した資料の画像に写っている物と、明確に違っている。学園の物は水玉型だったけれど、実際に俺が撮った血痕は、瓶ジュースの王冠栓型だった。これは、ある程度、高い位置から滴った物ということを示している。
つまりは、膝をついた臼見さんの、膝立ちの臼見さんの、その胸から滴ったということだ。よってあの事件の真実は、臼見さんの自殺だ。俺が不自然に思った、彼女が苦しんだフリをした、というのは、自分の胸に矢を突き刺す仕草だったんだ。
そして、これなら生徒会長の『即死でした』という言葉も虚言ではなくなる」
「やはりそうでしたか……。『誤認逮捕』してしまう推理をしてしまった自分が恥ずかしいですわ……」
ワイラーさんは俯いてそう言った。
「いいや、誤認逮捕ではないよ」
「えっ……?」
「生徒会長も犯人の一人と呼べるんだ。『自殺幇助』の罪でね。俺が思った不自然さの三つ目、入学式の再開についてだけれど、学園長を追って生徒たちが向かった体育館でも、入学式は再開されていたんだろうと思う。学園長も『自殺幇助』の犯人と言えるからだ。現に、レポートの成績ランキングを見れば、体育館へ行った生徒も、50Dptを獲得していたことが分かる。
つまり新入生たちは、第一のミスリードに引っ掛かっても、第二のミスリードに引っ掛かっても、入学式の続きを聞ける、というシステムだったんだよ」
「そこまで考えが及んでいたんですの……?」
「ああ。けれど、ナオミ先輩が教えてくれた、『新入生たちの慢心を砕く』という学園側の意図までは読めなかったよ……。
ただ、この模擬事件から得られる示唆は、学園側が出してくるものは、敢えて不完全な状態の情報だったり、ミスリードを誘おうとするものだったりする可能性が高い、ということなんだ。これから模擬事件に臨むに際して、この示唆を把握した状態であるか否かは大きい。だから情報を独占しようと考えて、秘密にしていたんだ」
「聡介ちゃんの想像通り、学園は意地悪よー。それをいまの段階で知っていることは、確かにアドバンテージになるわねー」とナオミさんは言った。
「感服いたしましたわ……。このデュエル、ワタシの完敗です……」
「勝負あり、だねー」
そうナオミさんが言ったところで、デバイスが反応した。机の上に置かれた聡介のデバイスの画面を見る。
【デュエル勝利】
端的に、そう表示されていた。
「よーし、じゃあ、ロビンちゃんのお泊まりは決まり~!」
ナオミさんは嬉しそうに言った。
「それにしても、聡介ちゃんは優秀ねー」
「そんなそんな、とんでもないです……。俺なんて、アリアに『大講堂にいて』と言われても、まだ推理できていなかったんですから……」
聡介は謙遜が過ぎる。推理が遅いからといって、なんだというのだろう? 一度、推理を始めさえすれば、誰よりも真相の奥深くまで手を伸ばせるというのに……。
「ふうん……。これが最遅にして最速の〈最遅探偵〉、ねー……」
ナオミさんは深みのある声色で感心を口にした。
そういえばナオミさんが聡介の推理を聞くのは、これが初めてだっけ。
ここでワイラーさんは出されていたお茶を飲み干し、立ち上がった。
「それではワタシはお泊まりの用意をしに、一度、寮へ戻りますわ」
「チェルシーちゃんも連れてきていいからねー。あと晩ご飯も用意してもらうからー」とナオミさん。
「分かりましたわ。お茶、ごちそうさまでした」
そうしてワイラーさんは野島寮をあとにした。
「やったー! これで『大乱闘』ができるー!」と、ナオミさんは喜びを口にした。
―― * ――
ワイラーさんがお泊まりの準備をしに自分の寮へ戻って、しばらく経った。
その間に、俺とアリア、そしてナオミ先輩は自室へ入り、制服から部屋着に着替えた。
月影探偵学園では宿題は出ない。だが、授業が進むスピードがやたらと早く、予習が必要だ。明日の授業に備えて勉強している内に夕食の時間になった。
ハンバーグが食卓に並んだ頃、インターホンが鳴った。
「俺が出ますよ」と玄関に向かった。
戸を開ける。すると、門扉の向こうに私服姿のワイラーさんと、そしてなんと、メイド服姿のターラントさんがいた。
「い、いらっしゃい」
戸惑いながらそう言った。
ワイラーさんは、グレーのブラウスにホワイトのロングスカートを履いていた。アルビノの真っ白な肌と髪との相乗効果で、神秘的な印象だった。そして気品に溢れている。さすがは〈女王(クイーン)〉と呼ばれるだけはあるな、と思った。
気になるのは、ターラントさんのゴシックなメイド服だ。
まぁ、ひとまず寮に入ってもらおう。
そうして居間まで招く。彼女たちは二人並んで着座した。四角形の机の、俺とアリアの斜め前の辺にである。
アリアは「メイド服……?」と呟いていた。気になるよなぁ。
「ご飯が冷めちゃう前でよかったわ~」と野島さんが言った。
「ごちそうになります」とワイラーさん。
同時にターラントさんは、座りながらだが、深々と頭を下げた。
「さぁ、いただきましょう~」
俺たちは声を揃えて「いただきます」を言い、食事を始めた。
ここで俺は聞いてみることにした。
「ターラントさんは、どうしてメイド服を着ているんですか?」
「わたくしはロビンさまの身の回りのお世話までいたしておりますので。そのための仕事服のような物だと思ってください」
「へぇ……」
「このハンバーグ、とても美味ですね。同じ食事を作る身として、感心してしまいます」
「でしょー! 野島さんは料理上手だからねー」とナオミ先輩が自分のことのように、誇らしげに言った。
「なるほど、ターラントさんはワイラーさんの食事を作っているんだ?」
「食事だけではありませんよ。朝は目を覚まさせるところから始まり――」
「ちょーっと! ワタシがお寝坊さんだと誤解されてしまうわ!」
「事実、ロビンさまはお寝坊さんです」
「むむう……」
ワイラーさんは恥ずかしそうに、顔をほんのり赤く染めた。
ターラントさんは「それにしても」と言って話し出す。
「野島寮には優秀な方が集まっているのですね。すでに実際の現場にお出になられていて、本物の事件をお知りになっている〈巻き込まれ探偵〉の本条寺さま、〈最遅探偵〉の綿原さま。特に綿原さまは、デュエルでロビンさまを負かしておられて、あの負けず嫌いのロビンさまが、賞賛の声を上げておられました。すごいすごい、カッコいいと――」
「ちょーっと! それ以上は言わないでっ!」
ワイラーさんは慌てた様子で顔を赤くした。
「かしこまりました」
ターラントさんは素直に応じ、また口を開く。
「そして野島寮には、生徒会、正式名称『生徒評議会』の末席、第十席の〈ゲーム探偵〉の真鍋さまがいらっしゃる」
「えっ! 生徒会の第十席っ? ナオミ先輩って生徒会のメンバーだったんですかっ?」
「聡介、知らなかったの?」
「……全然知らなかった」
「イエーイ! まー、生徒会に入ったのは、上級生が卒業して空きが出た、この春からだけどねー」
そんなすごい人だったのか! ただのゲームオタクのエロいネーちゃんじゃなかったとは……ッ!
生徒評議会は、学園理事会と双璧をなすほどの権力を持つ機関である。
聞き流していたけれど、入学式の時に生徒会長は、生徒会へ入る条件は「10万Dptを所持していること」と、「ある程度の実績があること」だとか言っていた。
「先輩は10万以上もDptを持っているんですかっ?」
「そうよー。上級生とのデュエルで大勝ちしてねー。相手は全Dptを賭けて、あーしは退学を賭けてさー。あとは〈ギルメン〉を捕まえた実績も評価されたらしくってねー」
あの〈ギルド〉のメンバーを捕らえた……? すごすぎて言葉が見つからない。
「すごいって言えば、そっちだって世界的に有名な〈探偵女王〉のロビンちゃんに〈メイド探偵〉のチェルシーちゃんでしょー? なんでイギリスの探偵学園じゃなくて、ウチに来たのー?」
それは俺も聞きたかった話だ。ワイラーさんが答える。
「〈ギルド〉の頭領、〈ギルマス〉が日本人で、日本にいるとの情報を得たからですわ」
「へぇー、〈ギルマス〉を捕まえにやってきたってことね~?」
「その通りですわ」
ここでアリアが「ご飯、おかわりください」と野島さんに言った。驚きで箸が進まない俺と違って、吞気なものだ。
俺は〈ギルマス〉を討ち取りに来たというワイラーさんたちの志の高さに感服していた。俺なんて、特に目的もなく学園生活を送っているというのに……。
探偵とはなんだろう?
〈ギルマス〉を捕らえようとしているワイラーさんたち……。〈ギルメン〉を捕らえたことが実績になったナオミ先輩……。
〈ギルド〉という巨悪と戦うのが探偵、か……?
分からない……。
俺には、分からない……。
「どうかいたしましたか? 綿原さま?」
俯いていた俺に、ターラントさんが声を掛けてくれた。
「……なんでもありません。お気遣い、ありがとうございます、ターラントさん」
「ねーねー、キミら同学年でしょー? それに、同じ釜の飯を食べてる仲じゃーん。もっと距離縮めてもいいんじゃなぁ~い?」
「それは――」
退学してしまう可能性があるから、学園の生徒とは仲を深めたくない、と思っているが、ワイラーさんたちなら、退学してしまう心配はないだろう。ならば、仲良くなってもいいかもしれない。
「そうですね」
決めた。仲良くしよう。ならば、一足飛びで距離を縮めてしまいたい。
「ワイラーさん、ターラントさん、よかったら、ファーストネームを呼び捨てにしてもいいかな?」
「か、構いませんよ」と、少しの戸惑いを見せつつも、ワイラーさんは了承してくれた。
「わたくしも問題ございません」
「じゃあ、ロビン、チェルシー、これからよろしくね!」
「はい、よろしくお願いいたします。わたくしたちからもファーストネームでお呼びして構いませんか?」とチェルシーが言った。
「もちろんだよ」
「では、聡介さま、とお呼びいたします」
「敬語もなくていいんだよ?」
「これは口癖のようなものなので」
「そっか……。ロビンも、俺のことは聡介って呼んでいいからね」
「わ、分かりましたわ、……そ、聡介さん……」
ロビンは照れ臭そうに頬を染めた。
「ねぇ、聡介、急に距離縮めすぎじゃないの?」
どこか不機嫌そうにアリアは言った。
「けれど、二人が良いって言ってくれたから。アリアも二人のこと、ファーストネームで呼ばせてもらいなよ」
「うーん、まぁ、そうね……。ロビンさん、チェルシーさん、と呼んでもいいかしら?」
アリアはなんだか警戒心のようなものを見せながら、二人に尋ねた。
「いいですわよ。では、ワタシからは、アリアさん、と呼びますね」
「わたくしは、アリアさま、とお呼びさせていただきます」
「いいねー、いいねー。遠慮なんかしてちゃ、ガチのゲーム勝負ができないからねー!」とナオミ先輩が言った。そんな魂胆だろう、とは察していましたよ、先輩……。やれやれ。
そうして食事は進み、皆が夕食のハンバーグを食べ終えた。
「よーし! 風呂入ったら、みんなあーしの部屋に集合ねー!」とナオミ先輩が音頭を取った。
野島寮には空き部屋がいくつもある。俺はロビンとチェルシーをそこへ案内した。彼女たちはそこに荷物を置いた。
その後、順番にお風呂へ入ることになり、ナオミ先輩の次、二番目にいただいた俺は、先輩の部屋へ向かった。
寮母の野島さんは一階に寝室を持っている。その部屋から一番遠いところにナオミ先輩の自室はあった。夜中にいくら騒いでも野島さんに迷惑が掛からない場所である。
「失礼します」と声を掛けながら、ふすまを開く。ゲーム大会はほとんど毎夜開催されている。もはや慣れた調子だ。
「おっ、来たなー」
上はホワイトのチューブトップ(おへそが出ている)、下は水色の短パンというエロい姿の先輩に迎え入れられる。先輩はすでにゲームを起動し、遊んでいた。
室内は十八畳ほどあり、広い、はずだが、テレビにゲーム機、そのソフト、さらにはお菓子が大量に床に置かれており、雑多な印象である。布団は敷かれたままで、それを座布団代わりに俺は腰を下ろした。
布団は敷かれている物以外に、一体どこから持ってきたのか、部屋の隅に畳まれて何枚も置かれており、雑魚寝できるようになっていた。
「さっそく対戦しよー」
「いいですよ」
そうして二人で格ゲーをやり始めた。
しばらくすると、上下桃色のパジャマを着たアリアが現れた。いつものことだが、湯上りの火照った姿は扇情的だ。そんなアリアは、いつものように、ちょこんと俺の隣に着座した。
俺が負けたので、アリアに選手交代した頃、ふすまがノックされた。
「入ってきていいよー」とナオミ先輩が、ゲームのコントローラーをカチャカチャ鳴らしながら言った。
「失礼いたします」
そう言いながら部屋に入ってきたのは、ブラウンのシックなパジャマを着たロビンと、あずき色のジャージ姿のチェルシーだった。
「チェルシーはジャージ派なんだ?」
「機能性重視ですので」
「なるほど」
「おーし、メンツ揃ったなー。じゃあ、ゲーム大会、はっじめっるぞぉ~!」
「もう始めてるじゃないですか……」と俺はツッコんだ。
「あーん! やられたー!」
そう言うアリアの手から、コントローラーが零れ落ちた。
「じゃあ、交代ねー。聡介ちゃーん、ロビンちゃんたちに操作教えたげてー」
「分かりました」
そうして俺とロビンがコントローラーを持った。
「ワタシ、ゲーム機に初めて触りましたわ」
「そうなの?」
「ええ。生まれてこのかた、探偵になるための修練ばかりしていましたから」
「へぇ……、大変そうだね……」
「そうですわね、厳しいお師匠さまでしたわ」
探偵になるために生まれてきた、それが〈探偵クイーン〉、か……。
「ゲーム、やろっか。最初は難しいかもしれないけれど、ひとまず『昇竜拳コマンド』を――」
ロビンは物覚えがよく、すぐに実戦ができるまでに操作法を覚えた。
「じゃあ、実際に戦ってみようか」
「分かりましたわ」
「ウ、ウソだろ……。負けた……」
俺は三本勝負の二本目を落としていた。
「ふひっ……ふひひひひっ……」
ロビンは変な笑い方をしている……。
「さ、最後の一本は、負けないぞッ!」
これは沽券に関わる! 本気でいくッ!
「ガーッ! 負けたーッ!」
「ふふんっ! やりました、やりましたわっ! 聡介くんに勝ちましたわっ!」
成長スピードが速すぎるっ!
「はーい、交代ねー。次はアリアちゃんとチェルシーちゃんねー」
俺はアリアにコントローラーを手渡してから、敗北に打ちひしがれた……。
「チェルシーさんも、ゲーム機に触るのは初めてですか?」
「はい。ですが、先ほどの聡介さまの説明を聞いておりましたので、いきなり実戦で構いませんよ」
「へぇ……、言いますね……」
「ああーん! 負けたー! そんなぁー!」
アリアも俺と同じく、新参者のチェルシーに敗北を喫した。
「いいねー、いいねー! ロビンちゃん、あーしとやろー?」
「いいですわよ」
俺とアリアが手も足も出ないナオミ先輩相手に、ロビンは健闘していた。
「くっ……! 参りましたわ……」
結局は負けてしまったが、かなり食らいついていた。ロビン、すごい。
「お次はチェルシーちゃん!」
「かしこまりました」
チェルシーもロビン同様、先輩には敵わなかったが健闘した。
「二人とも筋が良いねー! じゃあ、二人で戦ってみてー」
「負けませんわよ、チェルシー!」
「ロビンさま、わたくし、一切の手を抜かずに戦わせていただきます」
二人の勝負は一進一退の攻防を見せる。だが、じわじわとチェルシーが押し始め……。
「申し訳ございません、ロビンさま」
チェルシーが勝利した。
「ぐぬぬッ……! もう一回っ! やりましょうっ!」
「ダメだよー。交代~」
そうして俺とアリアが対戦する。力量としては俺のほうが上だ。順当に俺が勝った。
「チェルシー! もう一回よ!」
ロビンとチェルシーの再戦である。
結果は、今度もチェルシーの勝利に終わった。
「ぐぬぬぬぬッ……!」
ロビンは歯軋りしそうなほど悔しがった。そういえばチェルシーが、ロビンは負けず嫌いだと言っていたっけ。女王然とした風格と気品を持っているけれど、案外、子供っぽいところもあるんだな。
「これでランキング決まったねー! 一位、あーし、二位、チェルシーちゃん、三位、ロビンちゃん、四位、聡介ちゃん、最下位、アリアちゃーん! みんな自分より一つ上の相手を目標に、精進するようにぃ~!」
そうしてゲームソフトを変えて、夜のゲーム大会は明け方まで続いたのだった。
第三話 学園生活
朝6時、ポケットに入れていたデバイスが震えて、俺は目を覚ました。アラームを掛けていたのだ。
瞼を開くと、チェルシーの可愛らしい顔が目の前にあった。
そういえば、みんなで雑魚寝したんだった。
そして顔が近いっ!
長い睫毛、鼻は高く、小顔……。アリアとロビンを美人と呼ぶなら、チェルシーは美少女と形容すべきだろう。
しばらくの間、俺はチェルシーの寝顔を眺めていた。
眼福である……。
「……なにも、しないのですか?」
「うわぁッ!」
チェルシーの口が動き、発声したのだった。俺は驚きの声を上げた。
パチリ、とチェルシーの大きな目が開く。そのゴールドの瞳と目が合う。
「なにもしないのですか?」
先刻と同じ問いが投げ掛けられた。
「ど、どういうこと?」
「いいえ、男性というものは『性欲の野獣』だと聞いておりますので。襲われる覚悟は決めておりますよ?」
「決めなくていいよ! そんな覚悟! 襲わないから!」
真顔でなに言ってんだ!
「そうなのですか? 男を知らずに生きてきたわたくしにも、ついに知ることになると、少なからず、期待もしていたのですが」
「このエロメイドっ!」
そう言うと、チェルシーはちょっぴり頬を染めた。
「確かに、少しいやらしいですね」
俺は話題を替えようと思った。
「それにしても、早起きだね?」
「いつもであれば、早朝のランニングのためにロビンさまを起こす時間ですので。しかし、ロビンさまの普段の傾向からして、今朝はランニングをお休みすると思い、こうして惰眠を貪っておりました」
「そっか。俺もさ、ランニングするために、この時間にアラームを掛けていたんだ」
「では、ランニングへ参りますか? お付き合いいたしますよ」
「いいの? チェルシーはロビンの助手だろう? 俺なんかに世話を焼く義理はないと思うけれど……」
「これはわたくし個人の意志です。わたくしは聡介さまに、少なからず憧れをいだいておりますから」
「憧れ……?」
「ええ。あのロビンさまに、デュエルで勝利したことに、本当に驚かされたのです。無敗のロビンさまに……」
「無敗? ロビンは以前から勝負をしてきたの?」
「そうです。わたくしもロビンさまも、元は孤児で、知能検査を受けさせられた結果、英国の〈ユニオン〉に見出されたのです。最初は多くの探偵候補者がいました。わたくしたちは、候補者同士で推理力を競い合わされた末に、勝ち上がった人間なのです」
「なんだか蟲毒みたいだね……」
「いえ、まさに蟲毒でした。そうして最後に残ったのが、わたくしとロビンさまでした。わたくしは最後の勝負でロビンさまに敗北し、結果、ロビンさまのサイドキックに収まったのです」
「そうだったのか……」
無敗故に、皆の頂点に立つ「女王」、それがロビン・ワイラー、か……。
「ですから、わたくしには成し遂げられなかった、ロビンさまに土をつけた聡介さまに、憧れと尊敬の念を抱いているのです」
「想いは分かったよ。じゃあ、ランニングに付き合ってもらおうかな」
そうして俺とチェルシーは、野島寮がある町内を、ぐるりと一周、走った。
野島寮へ戻ると、チェルシーが驚きを語り始めた。
「ロビンさまと、ほぼ同じ距離を、ほぼ同じペースで走るのですね」
「へぇ、偶然の一致だ」
「ええ、驚きました」
「先にシャワー使っていいよ」
「いいえ、そんな。先に、だなんて、畏れ多いです」
「なに言ってるのさ。俺たちは別に主従関係なんかじゃない。ただの、普通の友達だろう?」
「友達……」
ランニング後の火照った顔で、チェルシーは呟いた。
「……では、お先にいただきます……」
「はい、どうぞ」
そうして順番にシャワーを浴びた。俺がシャワーを浴び終わるのを、チェルシーは待っていてくれた。
「聡介さまは、これからどうするおつもりですか?」
「野島寮の朝食は7時半だから、それまで仮眠するよ。チェルシーは?」
「わたくしも聡介さまに倣わせていただきます」
「じゃあ、また朝食時にね」
「はい」
*
仮眠を取ったのち、朝食を食べに行こうと部屋を出ると、ちょうどロビンとチェルシーが廊下にいた。
眠そうなロビンにチェルシーが肩を貸して、よちよちと歩いていた。いや、歩いているのはチェルシーだけで、ロビンは引きずられていた。ロビンはお寝坊さんだと言っていたもんな。
そんなロビンは、俺に気づいたようで、いきなりシャキッと背筋を伸ばした。
「あら、おはよう。聡介くん」
「いや、取り繕っても無駄だよ! もう見ちゃったから!」
「どうか見なかったことにッ! なかったことにッ! できませんかッ?」
「残念ながら、できないよ……」
「……お恥ずかしいところを見せてしまいました……」
ロビンは照れ臭そうに頬を朱に染めた。
「聡介さま、ロビンさまを起こしていただき、感謝いたします」
そうして三人で階段を下り、居間へ入った。アリアとナオミ先輩はすでに着座していた。俺たちも自分の定位置に腰を下ろす。
机の上には、朝食が並び始めていた。魚料理だ。野島さんの手で、ご飯と鮭、お味噌汁、お茶と春野菜の漬け物が届く。
食事の準備が整い、みんなで「いただきます」を言って食べ始めた。
ナオミ先輩が「そういえばさー」と言って切り出す。
「ロビンちゃんもチェルシーちゃんも、箸の使い方上手だよねー。日本語も上手いしさー」
ロビンが答える。
「こちらへ来る前に、日本文化に関することも含めて、勉強してきましたので」
「そうだったのねー」
〈ギルマス〉を捕らえるために日本へ来た、と昨晩言っていた。文化に関しても学んできたとは……。俺はその本気度を感じ取った。
ナオミ先輩は言葉を続ける。
「それでさー、聡介ちゃんとのデュエルの賭け金なんだけど、覚えてるー?」
「はい。『野島寮へ泊まること。』ですよね」
「そーそー。そこにはさー、回数制限は設けなかったよねー?」
ロビンの箸が止まる。そして嘆息した。
「それが狙いでしたか……。しかし『一回でも泊まればいい』という解釈もできますよね?」
「そうだねー。まー、どうするかはロビンちゃんたちに任せるよー」
ロビンとチェルシーは顔を見合わせた。
「では、いずれまた、遊びに来てもよろしいでしょうか?」
ナオミ先輩は満面の笑みを見せた。
「大歓迎だよー!」
嬉しそうだ。よほど昨夜のゲーム大会が楽しかったと見える。それは、ナオミ先輩だけではなく、俺もだ。そして、きっと、ロビンとチェルシーも……。
アリアはどうだったのかな? なんだかお客さん二人に警戒心、というか、対抗心を燃やしていたように見えたけれど……。その対抗心は、俺には、ゲームに関してではなく、もっと他のなにかについてだと感じていた。一体なんなのだろうか?
―― * ――
私は朝食を摂りながら、今朝、聡介とチェルシーさんが一緒にランニングしたという話を聞いて、胸の辺りをチクチクさせていた。
そんな聡介を見つめるロビンさんの表情に、私は警戒心を抱いていた。
聡介のことを「すごいすごい、カッコいい」と評していたというロビンさん……。
聡介のすごさが広まることは、彼の自信へ繋がる。きっと喜ぶべきことなのだろう。けれど、同時に寂しい気持ちもあった。
……私だけの聡介であってほしい。
分かっている。醜い独占欲だ。けれど、分かってはいても、私の中から消し去ることはできない。
「ご飯、おかわりください」
「はいは~い」
モヤモヤする時には食べるに限る。けれど、どんなに食べても私の寸胴体型は変わらない……。どうしてよッ!
ナオミさんは見るまでもない。私はロビンさんを見遣る。彼女もナオミさんほどではないが、豊満な胸をお持ちだ。次はチェルシーさんを見る。小柄なのにそれなりのものをお持ちのご様子……。
ぐっ……! これが嫉妬か……ッ!
「どうぞ~」
「ありがとうございます」
野島さんからご飯のおかわりを受け取って、口へ掻っ込んだ。そしてお味噌汁をすする。
ああ、美味しい。心が幸せで満たされる……。
朝食を終え、制服に着替えて、5人で登校する。
私とナオミさんが先頭を歩き、次に聡介とロビンさん、最後尾にチェルシーさんが侍る。
「チェルシーから二人の昔のこと、少し聞いたよ」
後ろを歩く聡介とロビンの会話が聞こえてくる。
なによ、教室でも前後の席なんだから、そこで話せばいいじゃない。
「ロビンはさ、探偵になることを、疑問に思ったことはないの?」
「ありません」
キッパリとロビンさんは否定した。
「ワタシたちが育った環境では、それは無駄な思考でしたので」
「そっか……。なんだか哀しいな……。大事な将来の職業選択が、幼い頃に行われるなんてさ……」
「そうでしょうか? むしろ、孤児だったワタシにとって、将来が明るいというのは希望でしたわ」
「ああ、なるほど。そんな境遇なら、そうだろうね。ごめん」
「謝らなくてもけっこうですわよ。生まれ育った環境が違えば、価値観もまた違うものですから。ともかくワタシは“探偵であらずんば、ワタシではない”と考えておりますの」
「……探偵じゃなくても、キミはキミだよ……」
「そんなことを言ってくださったのは……、聡介くんが初めてですわ……」
なに口説いてんのよ!
「アリアちゃ~ん、後ろの会話が気になる~?」
ナオミさんがニヤニヤした顔をこちらに向けながら言った。
「あっ、すいません。ナオミさんが隣にいるのに黙ってしまって……」
「いいよー、いいよー。青春だねぇ~」
「青春……?」
「妬いてるんでしょ~?」
「や、やや、妬いてるぅ?」
「聡介くんなら、ここで『動揺しすぎだろ』って言ってただろうねー。あははー!」
ナオミさんは口を開けて笑った。
「聡介ちゃんはモテるよねー。妬けちゃうのはしょうがないよ~」
私はロビンさんたちに、身体のことだけじゃなく、聡介のことで嫉妬していた、っていうこと……?
確かに、自分でも分からないけれど、対抗心のようなものを感じていた……。聡介の隣にいるのは私だ、と……。
これらの感情から、私の気持ちを推理するのなら、私は、聡介のことを――。
いや、やめよう、これ以上、考えるのは。
でないと、聡介と普通に接することができなくなる、そんな予感がする……。
私が動揺している最中にも、後ろでは会話が進んでいた。
「ワタシ、〈ギルマス〉を捕らえるという使命を果たした、そのあとのことを、少し考えてみますわ」
「そうだね。良いと思うよ」
「ありがとうございますわ。ワタシの中になかった見識をいただけました」
「お礼を言われるようなことじゃないさ」
―― * ――
ナオミ先輩と別れ、1年生の俺たちはA組の教室へ入って席に着いた。
そして前の席に座るロビンが振り向いて、こんな問いを俺に投げ掛けた。
「この学園にいる以上、聞くまでもないことかもしれませんけれど、聡介くんは、将来探偵になるんですわよね?」
「うーん……、それはまだ決めていないんだ」
「どうしてですの!」
ロビンは大声を出した。
「あれほどの頭脳を持ちながら! もったいないですわ!」
「それがさ……、俺にはまだ、探偵ってのが何なのか、それが分かっていないんだよ」
「探偵が何なのか、ですか? そんなの、悪を許さず、監獄へ送る者のことですわ!」
「それは警察も同じだろう?」
「それは、そうですけれど……。言われてみれば、探偵という職業の特異性は曖昧ですわね……」
ロビンは「ですが」と言って話を続けた。
「曖昧だからこそ、一人一人、個人の“信念”が大切なのではないでしょうか?」
「信念か……。ロビンの言う通りかもしれないね」
俺は一体どんな信念を持って、探偵と名乗るのか? いまは分からない。けれど、きっと、俺はそれを考え続けなければいけないのだろう。自分に問い掛け続けるのだ。俺が抱く信念とはなにか? その答えを掴み取るまで……。
*
授業が始まった。この学園の授業は特殊で、一般教科は物凄い速さで進み、そんな中でも探偵学園らしく、探偵に必要な知識が教えられる。
例えば、化学の授業では、ルミノール反応を示すのは血液だけではなく、過酸化水素や樹葉、あるいは大根も青白く発光すること。また、数学の授業では有名な暗号、「シーザー暗号」、「ヴィジュネル暗号」、「ポリュビオスの暗号表」の三つを学んだ。
そして体育の授業はもっと特殊だ。
その日、1年A組では、お昼前に初めての体育の授業が課された。
生徒全員に防弾チョッキの着用が言い渡され、体育館に集合する。
教員は1年C組担任の、角刈り頭にグラサンを掛けた男性だった。筋骨隆々としながら身長も高く、威圧感が物凄い。
防弾チョッキを着させられたことから察していたが、彼は腰に拳銃のホルスターを巻いていた。右に銃が納められているようだ。
「初回授業っつーことで、一番楽なもんにした」
低い声だった。それにしても、一番楽なものがソレか?
「探偵は犯罪者を相手にする職業だ。時には逆上され、襲われることもある。半世紀前に〈ギルド〉が現れれ、世の中の治安は最悪なまでに悪化しちまった。お前らも将来〈ギルメン〉とやり合うことがあるだろう。つーわけで、これからお前らには、犯人が拳銃を持っていた場合の、立ち居振る舞いを学んでもらう」
先生はホルスターから拳銃を取り出した。
「コイツはゴム弾を撃ち出す、ただのエアガンだ。安心しろ。ま、当たりゃ、かなり痛てぇがな」
安心できねぇ……。
「じゃ、出席番号1番、相澤拓也! 来い!」
「……はい」
相澤くんは気乗りしない様子で返事をした。当然だろう。これから撃たれるのだから。
そうして相澤くんは先生から5メートルほど離れた場所に立たされた。相澤くんは読書家と言っていたか。背筋は少し曲がっており、鍛えている風には見えない。
俺たちは先生の後ろから様子を窺う。
先生はエアガンをホルスターに仕舞い、グラサンを外した。そこからはつぶらな瞳が現れた。イカついと思っていたが、グラサンさえ掛けていなければ可愛らしい顔をしていた。
だが、とにかくその行為には意味があるのだろう。
「オレがホルスターから銃を引き抜いたら開始だ! いいな?」
「……はい」
一瞬の静寂。
そして、先生は銃を右手に取った。
パン!
軽い銃声が鳴る。
だが相澤くんは、俺たちから見て、右に避けていた。そうして見事に弾をかわしていた。
相澤くんは足を止めず、後退していった。
パン! パン! パン!
連続で銃声が鳴る。
その中の、ゴム弾の一発が、相澤くんの胸に当たっていた。
衝撃を受けた風に見えたが、痛がってはいなかった。防弾チョッキのおかげだろう。
「よし! 相澤、自分の行動を言語化してみろ!」
相澤くんは先生の下へ歩み寄ってから、話し始めた。
「銃の照準は、利き手側に動かれると定めづらくなると聞いたことがあったので、そちら側へ避けました。そのあとは、逃走するために距離を取ろうと動きました」
「よろしい。利き手側へ動いたのは正解だ。逃走のために後退する時、こちらに背を向けなかったことも正解だ。だが、その時の動きがトロ臭かったな。オートマチックの銃の連射からは逃れられなかった、っつーわけだ」
先生は拳銃をホルスターへ仕舞った。
「次! 出席番号2番、臼見ハレン!」
「はーい!」
臼見ハレンさんは元気よく返事をした。入学直後の自己紹介の時も思ったが、物怖じしない性格のようだ。
彼女も先生から5メートル離れた場所に立つ。背筋はシャンと伸びていて、体幹をきちんと鍛えていることが窺える。
静寂。
先生が拳銃を手に取る。
その時にはもう、臼見さんは動き出していた。
彼女は斜め前に高速で走ったのだ。身体を横に向けている。
パン! パン!
連射されたゴム弾は彼女には当たらなかった。横ステップでかわしたのだ。
その後、臼見さんは先生の目の前に迫り、その手に握られている拳銃の銃身を掴んだ。さらにそれを持ち上げる。
そして、がら空きになった先生のみぞおちに拳を――。
寸止めだった。
「いかがですか?」
「合格だ。お前も自身の行動を言語化して、後人に教えてやれ」
「分かりました。アタシも相澤くんと同じで、拳銃を持つ先生の利き手側へ動こうと思いました。なので、私から見て左斜め前に突進しました。先生の目を見て、視線を追い、銃口の向きを確認して、同時に引き金に掛けている指元の動きから、発砲のタイミングを見極めました。そうして弾丸を避けて、先生の右側に辿り着き、銃身を掴んで、奪えれば奪い、奪えなければ急所に一撃を、と考えました」
一体、何者なんだ? 臼見ハレンさんは……?
「よし! 満点だ! ただ、それをやってのけるには、かなりの胆力と、その他、様々な能力が備わっていなければ不可能な芸当だ。お前ら、簡単に真似できると思うなよ?」
次は出席番号3番の男子生徒が呼ばれた。
彼は、臼見さんの真似をした。だが、斜め前に移動している最中に撃ち抜かれて終わった。
「臼見が移動の時、身体を横に向けていたのを見てなかったのか! 銃を持つ相手に近づくっつーことは、的を大きくするっつーのと同じだ。容易に真似できん、っつーのはそこだ。それだけのリスクが伴うっつーわけだ」
それからは臼見さんを真似する生徒は減り、相澤くんのように後退して逃げようとする生徒が増えた。
そんな中、最後まで逃げおおせて、体育館の窓のカーテンまで辿り着いた生徒が現れた。
「合格だ! 銃相手には物陰に隠れる、っつーのがセオリーだ。臼見が特別だっただけでな」
その後、カーテンを目指して逃げる生徒が激増した。
そうして、チェルシーの番になった。
チェルシーは先生のほうへ突っ込んだ。
臼見さんと全く同じ動きをして、先生が持つ拳銃の銃身を掴むことに成功した。
「おおー!」と歓声が上がった。
チェルシーの次の生徒は逃げることを選んだ。だが、先生に撃たれてしまう。
これまで先生に撃たれた生徒は多いが、先生は必ず防弾チョッキに当てていた。先生は相当に高い射撃技術を持っていることが窺えた。
アリアの番になる。
アリアは臼見さんのパターンに挑戦した。
斜め前に移動している最中に撃ち込まれるゴム弾が、体操服のジャージを掠める。だが、結果的に挑戦は成功を収めた。
すごいなぁ……。銃を持つ相手に突っ込むだなんて、相当怖いだろうに……。アリアは本当にすごい。すごいことをやってのけた。
授業は終盤に差し掛かり、俺の番も迫ってきた。
「出席番号29番、ワイラー!」
「はい」
俺の前の、ロビンが呼ばれた。
先生から5メートル離れてロビンは立つ。
そして一切の無駄な動きなく、誰よりも鮮やかに、先生の持つ拳銃の銃身を掴んだのだった。
さすがは女王(クイーン)である。
「ラストだな。出席番号30番、綿原!」
「はい……!」
最後、俺の番が回ってきた。
よし、俺も臼見さんのように、チェルシー、ロビン、そしてアリアのように……!
5メートル、先生から距離を置いて立つ。
近いな、と思った。加えて、先生の威圧感がすごい。
俺は手に汗を握る……。緊張していた……。怖い……。
その時、先生がホルスターから拳銃を抜いた。
両手で拳銃を持ち、右手の人差し指が引き金に掛かっているのが見える。
銃口がこちらを向いている――。
パン!
初弾が撃ち込まれた。
俺は反射的に左に避けていた。
ダメだ! 初動を間違えた! 拳銃が引き抜かれた瞬間には、もう動いていなくちゃいけなかったのに!
まだ、いけるか? いいや……、失敗してしまったことが、頭から離れない……。
こんな精神状態じゃ、銃を持つ先生に向かっていけない……。
……俺は身体を横に向けて、後ろに下がった……。
カーテンまで辿り着き、「合格だ」と言われる。
全然“合格”じゃない……。
俺は怖気づいたのだ。
ダメだった……。俺にはできなかった……。
授業の終わりに、先生が話す。
「コイツの銃身を掴めたのは女子だけか。A組は女子が優秀だな。今回の授業で合格をもらえなかった者は精進するように! 以上、授業はこれにて終わりとする。解散!」
俺はガックリと肩を落としながら、体育館をあとにした。
*
この月曜日の体育の授業を機に、銃身を掴むことに成功した4人は注目の的となった。
そして一週間が経とうとしていた。
そんな中、4人の中で特に目立つ臼見さん、アリア、ロビンの3人は――チェルシーは意識的に目立たないようにしてるように見える――「三女仙」と呼ばれ、人気が高まっていた。
まるでお嬢さまのような見た目で元気っ子の臼見さん、まるでお姫さまのような見た目だが人懐っこいアリア、そしてまるで女王さまのような孤高のロビン。役者は揃っている。
とある休み時間、ロビンも百地さんも、トイレかなにかで離席した時、村瀬くんに話し掛けられた。
「なぁなぁ、綿原は『三女仙』の内で、誰がタイプや?」
男子の間では、こんな会話が頻繁に囁かれている。だが、俺にも聞かれる日が来るとは……。
「俺は……。村瀬くんは誰なの?」
「オレは臼見さんや! やっぱりあのおっぱいには敵わへんやろぉ」
「そんなこと言って、百地さんはいいのか? 二人、良い雰囲気に見えるけれど」
「せやから、おらへん時に話しとるんやないか。ほいで? 綿原は誰や?」
「うーん……、分からないな……」
「なんでやねん?」
「臼見さんとは話したことないし、アリアとは幼馴染みだけれど、距離が近すぎて、そういう目で見たことないからなぁ……」
「ほなら、ロビンはんか? クラスメイトと距離置こうとしとる綿原が、アリアはん以外で唯一、よぉ話しとる相手やん?」
「どうだろう? 高嶺の花、って感じで、イメージできないなぁ」
子供っぽい一面があることは知っているけれども。
「なんや、つまらへんなぁ」
「悪いね」
ちょうどこのタイミングで、百地さんが教室に戻ってきた。
「二人でなに話してたの?」
「百地にはナイショや」
「えー? なんでよー」
「なんでもや」
以降は二人での会話が始まった。なので、俺は窓の外を見遣った。
二羽の白い鳥が、仲睦まじそうに空を飛んでいた。あの鳥たちは、どこへ行くのだろうか?
*
週の終わりの金曜日、コトは起こる。
お昼休み、ロビンが振り返ってこう言った。
「今日、野島寮に遊びに行ってもいいかしら?」
「ああ、もちろん。きっとナオミ先輩が大喜びするよ」
「では、チェルシーと一緒に伺いますわ」
「分かった」
全授業終了後の、帰りのホームルームでのことだ。
普段ならば、面倒臭そうに、早々にホームルームを切り上げる姫川先生は、なぜか今日だけは「学園生活には慣れたか?」など、話を続けていた。まるでなにかを待っているかのようだった。
ピロリ。
デバイスの着信音が鳴った。
「ようやく来たか」
先生は自分のデバイスを取り出した。生徒たちは皆、マナーモードに設定している。いまの着信音は先生のデバイスから発せられたものらしい。
そして、マナーモードにしている俺のデバイスは、着信音が鳴ったのと同時にバイブレーションで震えていた。
「貴様ら、自分のデバイスを見ろ」
言われた通りに俺たちはデバイスを取り出す。
入学式の時にも資料が送信されていた、学園謹製のアプリの右肩に「1」と表示されている。俺はそのアプリのアイコンをタップして開いた。
【アパレルショップ盗難事件 ☆】
事件の名前と、回答期限がまず目に入った。期限は明日の土曜いっぱいだった。
その項目をタップすると、事件の詳細が表示された。
文頭には「この捜査資料を元に犯人を推理せよ。」と書かれていた。
「説明しなくても、大体分かるな? 事件名のあとに付いてる『星マーク』は難易度を表している。そんで、星の数が多いほど、もらえるDptも多くなる。今回の事件は『一つ星』、完全回答で200Dptだ。ちなみに『二つ星』は500Dpt、『三つ星』は1000Dptだ。それ以上の星の数だった場合は、その事件ごとにもらえるDptが変動する。
そんで、以前も説明したが、これからは誤認逮捕に繋がる推理をした場合、500Dpt減点だ。分かったな?」
生徒たちは口を瞑んでいた。
「よし、では、解散!」
そう言い残し、姫川先生は教室から去っていった。
ロビンが振り返って言う。
「本日の野島寮への訪問は控えたほうがよさそうですわね……」
「そうだね。日曜に来てよ」
「分かりましたわ。日曜日にお伺いします」
ロビンは横座りのまま、事件の資料を読み出した。
そして、こう述べた。
「なるほど」
「えっ、もしかしてもう犯人が分かったの?」
「ええ。ですが、いちおう現場検証をしに、ショップへ伺おうと思いますわ」
早い! 早すぎるだろ! 俺なんかまだ資料に目を通してさえいないのに……。さすがは〈探偵クイーン〉と言うべきか……。
俺たちの下へ、チェルシーがやってきた。
「チェルシー、野島寮への訪問は日曜日に変更になりましたわ」
「かしこまりました」
「これから事件現場のアパレルショップへ向かおうと思うの」
「お供します」
そうしてロビンは立ち上がった。そして二人は俺に「また日曜日に」と別れの言葉を述べて、教室から出ていった。
隣では村瀬くんと百地さんが二人で相談しながら推理を進めていた。
ここで、ようやく俺は捜査資料に目を通す。
俯き、もじゃもじゃな前髪を手櫛でとかしながら……。
資料にはこう書かれていた。
【犯人は変装の名手であることに注意せよ。】
この一文……。これは明らかに――。
俺は、とある疑問を二つ抱えながらも、顔を上げた。
「犯人、分かった?」
いつの間にかアリアが、ロビンの席に座っていた。
「まぁ……、いちおうね。けれど、現場検証には行こうと思う」
「私も行くわ」
*
俺とアリアは事件が起きたアパレルショップへ来ていた。
そこには長蛇の列ができていた。現場検証をしに来ているのだろう。ぱっと見だが、男子生徒が多いように感じた。
俺とアリアも、その列に並んだ。
すると、すぐに後ろに男子生徒が二人並んだ。
「現場検証なんて久しぶりだぜ」
どうやら上級生のようだ。
「『一つ星』だし、無視してもよかったんじゃね?」
「新年度一発目の模擬事件だぜ? 景気づけだ。それに盗難事件なんて珍しいしな。気になるだろ?」
「まぁな」
そんな会話を聞き届け、そういえば、とアリアに顔を向ける。
「アリア、日曜日にまたロビンたちが野島寮に来るんだってさ」
「ふうん? なにか用事かしら?」
「それは聞きそびれちゃったな」
雑談をしている内に、列は進んでいった。
もうすぐ俺たちの番だ、という時に、ショップから現場検証を終えたのであろう、臼見さんが出てきた。
臼見さんはブスッとした顔をしていた。見ようによっては不機嫌そうに感じる。
彼女は、推理を行う時は、あんな顔になるのだろうか? 美少女なのにもったいないな、と思った。
そんな臼見さんを眺めていると、彼女はこちらに気づいたようで、パーッと表情を明るくした。そしてこちらへ駆け寄ってきた。
「アリアちゃんと綿原くん! こんちわ!」
アリアはニコやかに「こんにちは」と述べたが、俺は臼見さんとは初対面も同然だったので、言葉がつっかえた。
「こ、こんにちは」
「アタシ、綿原くんと話してみたかったんだよね!」
「そ、そうなんだ? 奇遇だね。俺も臼見さんに、一つ聞きたいことがあったんだ」
「なぁに?」
「入学式の時の模擬事件さ、仕掛け人の臼見さんはDptをもらえたのかな、ってね」
「もらえたよ! 特別待遇でね! 1000ポイント!」
「へぇ……、特別待遇ね……」
「ん? なにか気になる?」
「いや、別に」
ここでアリアが口を挟む。
「臼見ちゃん、聡介と話したかった、っていうのは、どういうことかしら?」
どこか棘のある言い方だった。なんだかロビンたちに対しての話し方と似たものを感じる。対抗心、そんな感じだ。
「いやぁ、あの入学式の模擬事件、アタシ頑張ったのに、二人には看破されちゃったからさ、悔しいなぁ、ってね!」
元気溌剌にそう言うから、全然悔しそうに聞こえなかった。
「それは悪いことをしたね……」
「あはは! 全然悪いことじゃないよ! 綿原くん、面白いね!」
「面白い……?」
「うん! だって、満点回答したことを全然鼻に掛けないからさ! 謙虚で良い人なんだね!」
「ありがとう」
美少女から、良い人、と言われて、ちょっぴり照れてしまった。
「じゃあ、アタシ帰るね! アリアちゃん、綿原くん、またね!」
元気にそう言って、臼見さんは去っていった。
「アリアは臼見さんと話したりするの?」
「少しだけね。良い子よ」
そんな話をしている内に、現場検証をする番になった。
「一人ずつお願いします」
ショップの自動ドアの前で、スーツ姿の女性にそう言われた。模擬事件の管理を行う係員だろうか。
アリアとジャンケンをして、俺が先に現場検証をすることになった。
自動ドアをくぐり、ショップ内に入る。
ビルの一階にテナントを置く、アパレルショップである。店内は雑多な印象だ。ワゴンに畳んで入れられているセール品の服。クリーム色の棚に畳んで積まれた物もある。そしてマネキンが何体も立っており、その一体は黄色い花柄のワンピースを着ていた。
俺は、そのワンピースを着ているマネキンの写真を撮った。
その後、レジカウンターの後ろにある、「従業員ONLY」と書かれた事務室の扉を開ける。その室内に、従業員が4人と社長が1人いた。皆、女性で、彼女たちの服装は、捜査資料にあった写真と全く同じだった。
捜査資料の写真では、足元から頭の先まで線が伸びており、服を着て靴を履いたままの状態での背の高さが記載されていた。
それはともかく、室内は広いが、ホワイトの机が場所を占めており、圧迫感がある。その机の上には、おそらく出退勤の管理や商品の発注をするためのパソコンが置かれていた。
部屋の一番奥に立つ、社長は樋口さんという名前で、壮年の女性だった。グレーのスーツを着ている。首元には真珠のネックレスを付けていた。足元はヒールの付いた靴だ。その状態での身長は161センチだそうだ。
その隣には坂部さんと言う女性店員が立っていた。黒髪をポニーテールにしている。ホワイトのブラウスの上に、グレーの羽織りを着ていた。下は黒のタイトスカートにタイツを履いている。靴は低めのヒールのパンプスだった。ヒールが付いた状態での身長は167センチである。
次は田中さん。黒髪のショートヘアだ。ホワイトの長袖に、下はブラウンのロングスカート、裾からブーツが覗いている。この状態での背丈は163センチ。
続いて鈴木さん。髪型はパーマの掛かった茶髪。紺色のニットを着て、ジーンズを履いている。足元はスニーカーだ。身長は165センチ。
最後は伊藤さん。茶髪のショートヘアである。さっきのマネキンが着ていた、黄色い花柄のワンピースを着て、黒のフラットパンプスを履いている。身長は154センチと小柄だ。
「皆さん、盗難が発覚した昨日と同じ服を着ているんですよね?」
「はい、そうです」と社長が代表して答えてくれた。
「そして、店内に出る時は、私服の上にエプロンを着ける。そうですね?」
「はい」
ここで、俺は部屋の隅に、パイプ椅子が畳んで置かれているのを見つけた。
「すいませんが、従業員の皆さんは、そのパイプ椅子に座っていただけませんか?」
一番パイプ椅子に近いところに立っている伊藤さんが言う。
「いいですけど、椅子は二つしかありませんよ?」
「分かりました。では、まずは坂部さんと鈴木さん、次に田中さんと伊藤さん、お願いします」
そうして座らせた状態で、写真を撮った。二組とも、同じ位置に頭があり、不思議そうに顔を見合わせていた。
ここからは確認作業に入る。捜査資料にあった情報が正しいのか、尋ねるのだ。
「坂部さん、なにか高い買い物をして、社長から借金をしている。合っていますか?」
「そうです」
なにを買ったのか、という情報はなかった。
「田中さん、働き始めてからまだ一ヶ月。合っていますか?」
「その通りです」
「鈴木さん、最近付き合い始めたカレシさんがいる。合っていますか?」
「そうです。照れますね」
「伊藤さん、バイトの掛け持ちをしている。合っていますか?」
「はい、そうです」
どんなバイトなのか、という情報はなかった。
「最後に樋口社長、高価な宝石類を集めるのが趣味で、社長室の金庫に保管している。金庫内のチェックは、コレクションが見つかり次第開けているので、不定期。
そして昨日、カバンを二つ持って退勤していく伊藤さんを見て、胸騒ぎがして、社長室へ行くと、金庫が開いており、中身が空だった。
その時、社長室の扉のカギは開いており、また、二つある窓のカギも両方とも開いていた。合っていますか?」
「はい、その通りです」
「伊藤さんには、カバンを二つ持って帰った記憶はない。そうですね?」
「そうです。身に覚えがありません」
「ありがとうございました。それでは、他の部屋を見させていただきます」
俺は事務室から奥へ繋がる扉のノブに手を掛けた。
このテナントの見取り図は捜査資料にあった。
事務室の外には廊下があり、すぐ右にトイレが一つだけある。そして、目の前には更衣室。
まずは更衣室へ入ってみる。壁一面にロッカーが敷き詰められていた。6つだ。反対側の壁にはなにも置かれておらず、窓もない。
俺は更衣室を出て、廊下を進む。奥には、窓が一つあった。
俺はその窓を開けて、写真を撮った。窓の外は路地裏だった。
窓の手前には、社長室の扉があった。
ドアノブの上に鍵穴がある。普段であれば、いつも施錠しているそうだが、いまはカギは掛かっていない。
俺は社長室へ入り、振り返って扉を見る。そこには鍵穴はなく、サムターンが付いていた。社長室の扉のカギは事務室にあり、また、マスターキーは存在しない。
社長はお店が開いている間は、ずっと事務室におり、そこにあるカギを盗み出すことは不可能だろう。
俺は社長室を一望する。全体的に焦げ茶色を基調としていて、陽映学園の学園長室を思い出した。
手前には応接セットが置かれており、奥にはデスクがある。そのさらに奥、壁には立派な棚があり、その棚の上に、ダイヤル式の金庫が収納されている。
二つある窓の外は、先刻調べた廊下の窓と同様に、路地裏だ。景観が悪いため、紺色の遮光カーテンで閉め切られている。普段、カーテンを開けることはないため、その窓のカギが開いていても気づかないだろう。
捜査資料にはカーテンが閉め切られた状態の写真と、カーテンが開けられた状態の写真があった。わざわざ同じ物を撮る必要もないだろう、と思い、俺は社長室をあとにした。
これで充分だろう。俺は事務室へ戻り、皆さんに挨拶をしてから、お店を出た。
「遅くなってごめん」
順番待ちをしていたアリアに声を掛けた。
「いいわよ。平気」
「じゃあ、俺は寮に帰ってるから」
「分かったわ。またね」
「ああ、また」
*
寮へ帰ってから、俺はパソコンと向き合い、レポートを書き始めた。入学式の模擬事件の時もそうだったが、写真の添付などに慣れておらず、悪戦苦闘しながら執筆していった。残念ながら、夕食までには間に合わなかった。
ナオミ先輩に聞きたいことがあったのだが、ロビンたちがいる時にしよう、と思ってやめにした。
夕食を食べながら、ロビンたちが日曜日に遊びに来ることを告げると、ナオミ先輩はまるで子供のように喜んだ。
夜になって、ちょうどレポートを書き終えた頃だった。
村瀬くんからメッセージが届いたのだ。
【明日の昼、会えへんか?】
クラスメイトたちと仲を深めるつもりはない。しかし、断る理由もなかった。なので、オーケーの返事をした。
そうして、レポートを学園へ送信し、その日は眠った。
*
翌、土曜日の昼、村瀬くんとの待ち合わせ場所のファミレスへ出向いた。
そこには、村瀬くんの他に、百地さんもいた。ボックス席に二人、隣同士に座っている。
嫌な予感がする……。
ともかく、俺は「お待たせ」と言いながら、二人の向かいに腰を下ろした。
「綿原、なんでも好きなん頼んでええで! 今日は奢ったる!」
……なるほど。
「その代わりに『アパレルショップ盗難事件』の犯人を教えてほしい、ってこと?」
「……察しがよぉて助かるわぁ……。オレらだけじゃ、今回の模擬事件の犯人を突き止められへんかったんや……。
あんなぁ、百地はなぁ、入学式の模擬事件で50Dptしかもらわれへんかったんや。姫川先生が言うとったやろ? ゴールデンウィークの模擬事件合宿までに500Dpt貯めとけて。
入学式のんで満点回答した綿原なら、今回の犯人も推理できとるやろ? 頼む! 教えてくれへんか?」
「……それって、ズルでしょう?」
「タダでとは言わん! オレは入学式のんで550Dpt持っとる。せやから、今回のんでもらえるぶんを合わせたら750Dptになる。オレは500ポイントあればええ。せやから、250Dptを綿原にやる!」
「Dptの授受って……」
「デュエルでわざと負ければええ!」
「けれど……」
「今回のんの200Dptと合わせれば、綿原は所持Dptが2000ポイントになって『ユニオン出張案内所』が使えるようになるやろ? 悪い話やないはずや!」
この「ユニオン出張案内所」とは〈探偵ユニオン〉に届いた依頼の内、学生に任せてもいいだろう、と判断された案件を受注できる施設である。その依頼の報酬はDptで支払われ、模擬事件を解決するより多くのDptがもらえるそうだ。
だが、俺は別に、この学園で上に行こうなどとは考えていない。卒業さえできればいいのだ。
「俺は『ユニオン出張案内所』には興味なくて……」
「お願いします!」と、百地さんが深々と頭を下げて言った。
やれやれ……。
「仕方ない……。一回こっきりだよ?」
「ホンマありがとう!」
「ありがとうございます!」
村瀬くんと百地さんはそう言って、表情を明るくした。
「そうと決まれば、ほれ、なんでも好きなもん注文せえ!」
村瀬くんはメニュー表を俺に手渡した。
「じゃ、じゃあ、カルボナーラで……」
「それだけでええんか? パフェも頼んでええんやで?」
「い、いいよ、大丈夫だから」
「ほうか?」
俺は遠慮したが、ドリンクバーも注文してくれた。
奢られるというのは気が引けるものだな、と思った。
三人でドリンクバーへ向かう。そして俺はコーヒー、村瀬くんはコーラ、百地さんはオレンジジュースを持って、席へ戻った。
「ほなら、さっそく始めよか!」
そう言ってから、村瀬くんはデバイスを弄り始めた。俺もデバイスをポケットから取り出した。
そうして俺のデバイスが鳴る。
【 デュエル『アパレルショップ盗難事件の犯人は誰か?』
[Stake]『250Dpt』
デュエルを受けますか?】
イエス、ノーのボタンと共に、そう表示された。
俺はやれやれ、と「イエス」のボタンを押した。
【デュエル成立。終了までデバイスの電源を切らないでください。電源が切れた場合、デュエルは無効となる可能性があります。】
ここで注文の品が届いた。
俺はそれに手をつけず、話し始める。
「今回の盗難事件、まずは『この捜査資料を元に犯人を推理せよ。』との記載がある限り、資料は信用していい」
「その確認、必要か?」
「ああ」
学園側が出す情報は、意地悪な場合がある、という話は伏せておこう。
「そして『犯人は変装の名手であることに注意せよ。』と付記されていた。これは明らかに『怪盗バレーヌを仮想敵だと思え。』という学園側からの『メッセージ』だ」
「せやったんか!」
村瀬くんは声を上げたが、百地さんは黙って話を聞いていた。
「まぁバレーヌでなくてもいい。“彼女”を含めた世に知られる四怪盗、皆スキルは同等だ。ただ、ここが日本だからバレーヌの名を挙げた」
その他の三怪盗は海外で活動している。俺は話を続ける。
「その上で考えれば、犯人はピッキングや金庫破りもお手の物だということになる」
「なるほどなぁ……」
「犯人は勤務中、トイレに行くフリをして、事務室を出た。そして廊下奥の窓のカギを開けておき、社長室のカギをピッキングで開けて侵入する。そのあと、窓のカギを開け、路地裏にいったん出て、廊下奥の窓から室内に戻った。これが事前の準備だ。金庫破りは、聴診器を使ったりして、ダイヤル式の金庫内の音を聞きながら、それなりに時間を掛けて行われると聞く。犯人が金庫破りを行ったのは、おそらく事前準備を終えたあとの夜中だろう。開けておいた窓を使って、路地裏から社長室に入ったんだ。そして金庫のカギを開け、中の物を盗み出した。そのあとは窓から逃走したんだ。窓のカギが開いていることは、常時カーテンを閉め切っていたから発覚しなかったということさ」
「ちょい待てや。それやと、社長室の扉のカギは閉まったままちゃうん? 確か、捜査資料やと、盗難が発覚した時には、社長室のカギが開いとったはずやで?」
「それは伊藤さんに罪を着せるためだよ。社長が金庫の中を確認するのは不定期だ。運悪くそれで発覚しても容疑者は従業員たち4人となる。けれど、伊藤さんに疑惑の目を向けさせることができれば、容疑者は伊藤さん、ただ一人になる」
「それなら、犯人は誰や?」
「この二枚の写真を見てくれ」
俺はテーブルの上にデバイスを置き、従業員さんをパイプ椅子に座らせた写真を、ホログラムで投影して見せた。一組目は坂部さんと鈴木さん、二組目は田中さんと伊藤さんである。
「この写真がなんや?」
「座高を見比べてくれ。二組とも座高が同じなんだ。加えて、坂部さんたちと比べて、伊藤さんたちは座高が低い。座高は身長に直結するものではないけれど、参考にはなる。伊藤さんの身長は154センチとかなり低い。そんな小柄な女性と、田中さんは座高が一緒なんだ。捜査資料には、ブーツを履いた状態で163センチあると記載されているにもかかわらず、だ」
「そっか!」
声を上げたのは百地さんだった。
「シークレットブーツを履いてるんだね?」
「そういうこと。やっぱり女の子はファッションに詳しいね」
現場検証をしに、ショップ前に並んでいたのが男子生徒ばかりだったのは、ファッションに疎いからだったのだろう。俺にはアリアが隣にいる。小柄な体格のアリアから、シークレットブーツの話は聞いていた。膝の位置を誤魔化すために、シークレットブーツを履く時は、ロングスカートを合わせることが多いそうだ。
「田中さんは10センチくらいアップするシークレットブーツを履いていたんだろう。つまり、変装は普段からしていたんだ。働き始めて約一ヶ月だから、まだ周囲にバレてなかったんだろうね」
「やったら、社長はんが見たっちゅう、カバンを二つ持って帰ってった『伊藤はん』は、田中はんの変装やったわけやな」
「でも服はどうしたの?」
百地さんが言った。
「背丈はブーツでどうにかなっても、服はどうしようもないでしょ?」
「それは狙い定めた偶然の産物さ」
「狙い定めた……偶然……?」
「そう、あの黄色い花柄のワンピースは、あそこのアパレルショップで売られていた物だった。犯人の田中さんは、同じ物を購入したか、盗んで、伊藤さんとシフトが同じになる日は、毎回持ってきていたんだ。ワンピースを選んだのは荷物が少なくなるからだろう。そして偶然、木曜日に伊藤さんがそのワンピースを着てきた。
田中さんは伊藤さんの退勤後、社長室の扉のカギをピッキングか、窓から侵入して開けた。おそらく後者だろう。心理的に、社長室の前でピッキングを行うよりは、廊下の奥の窓から外に出たほうが、ひと目に付く可能性は低いからね。そして社長室の中で、以前金庫破りをした時に覚えておいた番号に合わせて素早く金庫を開き、扉のカギは開けたまま社長室から出たんだ。ピッキングで扉を開けられる人物がいる可能性を考えさせないようにするためにね。
その後、自分も退勤し、どこかでワンピース姿の伊藤さんに変装してから、忘れ物をしたフリをしてショップへ戻り、更衣室へ入って、用意していたもう一つのカバンを持って、わざと社長の目に付くように振る舞ってから、退店したんだ。これが『アパレルショップ盗難事件』の全容さ」
「ちょい待ってくれ」
村瀬くんは顎に手を当てていた。
「田中はんが伊藤はんに変装しとった、っちゅうことは分かった。けどやぁ、田中はんが盗んだ、っちゅう決定的な証拠はないやん? 状況証拠ばっかでやぁ?」
彼は良いところに気がつくな。これが最後の話になる。
「証拠はいらないんだよ」
「えっ? なんやて?」
「学園側から送られてきた捜査資料に付記されていた一文を思い出してみてくれ。『犯人は変装の名手であることに注意せよ。』」
「あっ!」と村瀬くんは声を上げた。
「そう、変装をしていた人物が犯人だということは、学園側からのお墨付き、ということさ」
「ええんか、それで?」
「ああ、いいんだよ。なぜならこれは、本物の事件ではなく、模擬事件なんだからね」
「なるほどなぁ……。参った! オレの負けや!」
ここでデバイスが反応した。机の上に置かれた俺のデバイスの画面には、こう表示されていた。
【デュエル勝利】
前回のデュエルと同様、端的な文言である。
そして、250Dptが振り込まれ、俺の所持Dptは、1800ポイントになった。
「料理、冷めちゃったね」
「せやなぁ。デュエルのあとに注文すればよかったわ」
「でも……、この難易度で『一つ星』かー……」と、百地さんが悲壮感を露わにして言った。
そう、それは俺も感じた疑問の一つだった。ナオミ先輩に聞きたいところである。
それから俺は、二人からこれでもか、とお礼を言われた。
俺は「こんなズルはもうしない。今回だけにしてくれ」と言っておいた。
そして、冷め切ったカルボナーラを手早く食べ終え、「ごちそうさま」と言ってから、仲睦まじそうな二人を残して、退店したのだった。
二人のこれからの幸せを祈るとしよう。
*
夕食時、アリアから「お昼はどこへ行ってたの?」と聞かれたが「ちょっとした野暮用だよ」と言って、はぐらかした。
そうして日曜日になった。
ロビンたちは、昼食後にやってきた。
「お邪魔しますわ!」
おっと、なんだかロビン、気合入ってるな。
ひとまず居間でお茶を振る舞うことにした。
そうやってのんびりしていると、デバイスに着信があった。どうやらナオミ先輩を除く、他のみんなにも来たようだ。おそらく模擬事件の採点結果だろう。
【 アパレルショップ盗難事件のレポートの採点結果を通知する。
(200点満点であり、得点はそのまま、Dptとして加算される。)
綿原恵助 200点】
「ワタシは200点でしたが、皆さんはどうでしたか?」とロビンが尋ねた。
「私も満点だったよ」
「俺も」
チェルシーはなにも言わなかったが、言うまでもなく満点だろう。
「『ユニオン出張案内所』に行けるまで、もう少しだね」とアリアが言った。
アリアの所持Dptは、1750ポイントのはずだ。
俺は案内所へ行ける、2000Dptが貯まったわけだが、黙っておくことにした。
「そ、そうだな……」
俺は「それにしても」と話題を替える。
「ロビンの推理の早さには驚かされたな」
「訓練してきましたからね。しかし『この捜査資料を元に云々』という文言がある時は、現場検証はしなくてもよさそうですわね」
「そうだね。あの行列に並ぶのは、もう勘弁かな」
俺はその行列に並んでいた時のことを思い出す。
「ナオミ先輩、この学園の模擬事件では、盗難事件は珍しいと聞いたんですが、そこんところ、どうなんです?」
「たまには良いでしょー。殺人事件ばっかりっていうのもねー」
「では、仮想敵を怪盗バレーヌにしたのは、一体なぜなんですか?」
これが、俺が抱いていた疑問の内の一つだ。
「んふふ。それはノーコメントよー。知りたかったら、生徒評議会に入るか、推理してねー」
「それなら、聞き方を変えます。怪盗バレーヌが〈ギルド〉に入った、という情報を掴んではいませんか?」
「んー、聞いてないなー」
「ロビンはどう?」
「ワタシにも、そんな情報は入ってきておりませんわ」
「そっか……」
疑問は深まってしまった……。
ここでロビンは出されていたお茶を飲み干し、こう言った。
「それより! ゲームをしましょう!」
え……、ロビンの気合いって……。
「おっ! しよー!」
ナオミ先輩は嬉しそうに応えた。
こうして、夕食までの時間はナオミ先輩の部屋でゲームをすることになったわけだが……。
「真鍋先輩、お願いします!」とロビンが言った。
「おやおや~? 確かチェルシーちゃんよりも弱かったはずだけどー?」
「チェルシーは打ち倒して参りました!」
「ふうん……。いいよ~」
そうして二人の格ゲー対決が始まった。
以前と比べて、ロビンが操るキャラの動きが洗練されている。
まさか、だが、ナオミ先輩が押されてる……? ウソだろ……?
そして、ロビンはそのままの勢いで、ナオミ先輩から一本取ったっ!
すげぇっ!
三本勝負の二本目が始まる。
今回はナオミ先輩が取ったが、しかし、ギリギリだった。ロビン、マジかっ!
最後の一本だ。
二人とも押し黙って、集中している……。こんなに真剣なナオミ先輩を見たのは初めてのことだ……。
一進一退……、互角だ……!
二人のHPゲージは徐々に削れていき、二人ともが、あと一発当てれば、勝負が決まるところまで来ていた。
ロビン、頑張れ! 行け!
そして、ロビンの下段蹴りが決まった!
画面に「K.O.」の文字が燦々と輝いて表示された!
ロビンの勝利だ!
「すごいよ! ロビン!」
「ふひっ……ふひひひひっ……」
ロビンが、また変な笑い方をしている……。相当嬉しいのだろう。
「ゲームを買って、修行した甲斐がありましたわ!」
ついこの間、初めてゲーム機に触ったロビン……。この一週間、どんだけ練習してたんだ……?
ヒマか? ヒマだったのか?
とにかく、ロビンの負けず嫌いが発動したのは間違いないだろう。
「……いいねー、ロビンちゃん。もう一戦しようよ~」とナオミ先輩が言った。
「いいですわよ」
モニターにはキャラ選択画面が映し出されている。
その中で、ナオミ先輩はさっきまで使用していた女性キャラから、男性のキャラに変更した。
「……あーしに本気を出させるとはねー……」
「えっ、先輩、いま――」
試合が始まった。
……勝負は、一方的だった……。
結果、二本連取で、ナオミ先輩がロビンを倒したのだった……。
「あーし、このキャラが本命なのよね~」
「……じゃ、じゃあ、いままでは手加減なさっていたのですか……?」
「そゆこと~」
ロビンはガックリと肩を落とした。
「でもロビンちゃん、すごいよー! 上手くなったねー!」
「……ありがとうございますわ……」
ロビンは精神にかなりのダメージを喰らった様子だった……。
「もう一度っ! お願いいたしますわっ!」
おっ、立ち直った。心が強いなぁ。
「いいよー」
「真鍋先輩、そのキャラの技を出してみてくださいませんか?」
「おお、対策ー? いいよー、いいよー」
そうしてナオミ先輩はそのキャラの戦い方をひと通り説明した。
「なるほど。では、勝負いたしましょう!」
ロビンはさっきよりも少しは健闘したが、やはりナオミ先輩が二本連取して勝利した。
「もう一度! もう一度! お願いいたします!」
「ええー? さっきから、あーしらしかゲームやってないし、交代しないと~」
「……それもそうですわね」
「っていうか、もう晩ご飯の時間だー。下に降りよー」
ナオミ先輩の言葉に従い、俺たちは居間へ下りた。すでに夕食のカレーライスが机の上に並べられていた。
カレーライスはインドカレーを元に、日本風にアレンジされた日本食だと聞いていたが、ロビンとチェルシーは「美味しいです」と言って食べていた。
「お口に合ったようでなによりよ~」と野島さんが言っていた。嬉しそうだったのが、嬉しかった。
食後は順番にお風呂に入ったのち、ゲーム大会だ。
俺が風呂上りにナオミ先輩の部屋へ行くと、先輩とロビンの再戦が行われていた。結果はやはり先輩の完勝だった。
対戦ゲームもたくさんプレイしたが、パーティゲームもみんなで楽しく遊び、結局、またしても明け方までゲーム大会は続いたのだった。
*
朝、デバイスが震えて、目を覚ます。アラームだ。
瞼を開くと、目の前にアリアの美しい顔があった。
やれやれ……。またか……。
しかし、眼福である。「美人は三日で飽きる」なんてものは嘘っぱちだ。
幼い頃から一緒にいるが、何度見ても、そのお顔の美しさは変わらない。
「なにもしないのですか?」
「しないよっ!」
前回に続いて、またしてもチェルシーの声がした。
俺は起き上がった。チェルシーは寝転がりながらも、目を開けていた。
「しかし、お二人は長い付き合いで、仲もとてもよろしく、“そういう関係”なのではないですか?」
「違うよっ!」
「そうですか。では、わたくしにもまだチャンスがありますね」
「チャンス?」
「わたくし、聡介さまのことをお慕い申し上げているのです」
「……えっ? それって、どういう……?」
「大好き、ということです」
「えっ? えっ?」
どういうことだ? チェルシーの好感度を上げた覚えはないぞ?
「わたくしはロビンさまを、まるで唯一神かのように思っておりました。けれど聡介さまは入学式模擬事件で、その上を行きました。わたくしは衝撃を受けたのです」
「あれは、引っ掛け問題みたいなもので……」
「それを聡介さまは、看破なさったではありませんか。ロビンさまが聡介さまをカッコいいとお思いになったのと同じく、わたくしもカッコいいと思ったのです。おかしいでしょうか?」
「い、いや、おかしいとは思わないけれど……」
俺は顔が熱くなるのを感じた。
「と、とにかく、ランニング、行く?」
「はい、お供いたします」
―― * ――
聡介とチェルシーさんは部屋を出ていった。
私は目を開けた。
聡介が「しないよっ!」と大きな声を、目の前で出したので、起きてしまっていた。
そして聞いてしまっていた。
チェルシーさんは、聡介のことが、好き……?
私は悶々としながら、布団を頭まで被った。
朝食時になり、私は聡介の隣に座る。
聡介もチェルシーさんも、普通にしている。
チェルシーさんが聡介のことを好きなのなら、私は聡介のことをどう思っているのだろう?
……好き?
好ましく思っているのは確かだ。他の男子の誰よりも。
もしも、もしもだけれど、聡介から「好きだ」と言われたら、私は――。
「――も好きだよ」
「私も好き!」
「そんなに大声で言わなくても」
え?
「そうだよな、アリアは和食も洋食も好きだよな」
あれ?
「では、わたくし、和食の勉強もいたします」
私、無意識の内に……。
「えっ、チェルシー、どうしてなのかしら?」
「わたくしの作った物を、いつか聡介さまに食べていただきたいので」
「それって……、えっ? チェルシー? えっ?」
好きなんだ。
「あはは! 青春だねぇ~!」
聡介のことが――。
「えっ? チェルシー、本当にっ?」
「動揺しすぎだろ、ロビン」
「いや、だって……、えっ?」
―― * ――
学園生活は目まぐるしく進んでいった。
模擬事件は、週一のペースで発生した。
『アクセサリーショップ絞殺事件 ☆』
『シェアハウス密室殺人事件 ☆☆』
二つの事件を解き明かした時、ナオミ先輩にずっと疑問に思っていたことをぶつけてみた。
「ナオミ先輩、『アパレルショップ盗難事件』、最初の模擬事件なんですけれど、あの難易度は『二つ星』相当だと思うんです。なのに、なぜ『一つ星』だったんですか?」
先輩は夕食の中華飯に付けていた箸を止めた。
「ノーコメントよー」
「つまりは、理由がある、と?」
「んふふ。優秀な聡介ちゃんなら、その内、分かっちゃうかもねー」
「聡介は一体なにを疑問に思っているの?」
アリアに尋ねられたが、俺自身、上手く言語化できなかった。
「なにか、分からないけれど、なにか、引っ掛かってるような感覚なんだ」
「ふうん? けれど、いまはまだ解決できないんでしょう?」
「そうだな……」
「それなら明日の話しようよ」
「明日?」
「そう。『ユニオン出張案内所』に行かない?」
そういえば『シェアハウス密室殺人事件』で満点回答したことで、アリアも、2000Dpt貯まったんだったな。
うーん、気乗りしない。
そもそも俺は、現状、探偵になりたいと思っているわけじゃない。
探偵とは何か、どんな信念を抱けばいいのか? それを未だに掴めていないのだ。
「案内所に行くのは、ゴールデンウィークの模擬事件合宿のあとでいいんじゃないか? もう来週に迫ってるんだしさ」
「それもそうか。中華飯、おかわりありますか?」
「あるわよ~」
よし、なんとか切り抜けた。
第四話 合宿事件
合宿はゴールデンウィークの二日目から、三日間行われる。
俺は一日もらった休みの間に、合宿の荷造りをしていた。
「模擬事件合宿は成績順にグループ分けして、起こる事件の難易度が違う仕様だから、二人とも頑張ってね~」とナオミ先輩が言っていた。
一緒に合宿を行うグループのメンバーは当日まで知らされない。だが、成績順であれば、アリアは同じグループだろうな、と安心していた。あとは、入学式模擬事件で1000Dptを特別待遇でもらっていた臼見さんも来るかな。
ロビンたちはどうだろう? 能力的には最上位だけれど、成績順というのが所持Dpt順ということなら、同数の者は何人かいるだろうから、分からないな。
ひとクラス30人だから、グループの人数は5人か6人だろうな。
そんなことを考えながら、一日を過ごした。
―― * ――
数日前――。
学園長室の応接セットに、その部屋の主、倉本連次郎と蓮池愛理は向かい合って座っていた。
「『廃村別荘連続殺人事件』を学生に解かせるそうだな。それも1年生に。少し酷ではないか? Aランクの探偵が殺害された、まるで悪夢のようなあの事件を……」
「大丈夫でしょう。適正な難易度だと認識しております」
「キミがそう言うのなら、任せるとしようか」
蓮池愛理はそのこと以上に“彼”のことが気になっていた。
生徒評議会第十席、真鍋ナオミから言われた言葉を思い出す。
――「ウチの綿原聡介ちゃんがさー、“彼女”の正体に気づきかけてるのよね~」
最遅にして最速、〈最遅探偵〉……。気がかりだった。〈名探偵〉の器かもしれない、彼のことが……。
―― * ――
合宿一日目。
朝早く、1年A組は学園校舎南の正門前に集合していた。B組、C組はおそらく西門か東門前に集まっているのだろう。
ともかく、正門前の道路には、5台のハイエースが停まっていた。つまり、グループの人数は、一組6人ということか。
俺とアリアが正門前に着いた時には、すでに多くの生徒たちが集まっていた。そして、メイド服姿のチェルシーを、皆が不思議顔で眺めていた。コスプレのようなその姿を初めて見るのだから、仕方のないことだろう。
集合時間になった。ここで姫川先生が点呼を――。
「点呼は省略するぞ! 遅刻者は無視する」
姫川先生らしいな。
「さっそくグループ分けを行う。まずは先頭の一号車に乗るAグループだ」
そして先生は名前を呼び始める。
「相澤拓也、臼見ハレン、本条寺アリア、チェルシー・ターラント、ロビン・ワイラー、綿原聡介、以上だ。次に二号車に乗るBグループだが――」
やはり臼見さんとアリアと同じグループか。そしてロビンもチェルシーもいる。相澤くんとは話したことはないが、グループ内で俺以外の唯一の男子だ。仲良くしておこう。
それにしても「三女仙」がみんな一緒か。これは目の保養には困らなさそうだ。
グループ分けが終わり、車に乗り込む。
チラリと見えたが、村瀬くんと百地さんは別のグループだったらしく、別れの言葉を述べていた。
*
三列シートのハイエース。その三列目にはロビンとチェルシー、そして臼見さんが座る。運転席の後ろ、二列目には左からアリア、俺、相澤くんが座っている。
車に乗り込んですぐ、相澤くんに「よろしくね」と声を掛けた。
「ああ、よろしく」と簡素な返事がなされて、以降、彼は本を読み始めてしまった。
そういえば自己紹介の時に、本の虫だと言っていたっけ。
仕方なく、俺はアリアと雑談を交そうと思ったのだが、なんだかアリアの様子がぎこちなく、すぐに会話が途切れてしまった。後ろの三列目では、元気っ子の臼見さんが会話の主導権を握り、弾んだ声が聞こえてくる。
そんなハイエースは進む。いま、高速道路に乗ったところだ。
一体どこへ連れていかれるのだろう? 少しだけ不安だった。
お昼時になり、隣に座るアリアのお腹が鳴った。
「ははっ!」
「わ、笑わないでよー!」
アリアは顔を真っ赤にして恥ずかしがった。
「そんなに恥ずかしがらなくてもだろう? いつものことなんだからさ」
それからしばらくすると、車はサービスエリアに停まった。
「ここが目的地ですか?」と、男性の運転手に声を掛けた。
「いいえ、ここでは昼食を摂るだけです」
「あっ、そうですか……」
食事中は臼見さんが話の中心だった。
「ハレンちゃんが面白い方でね」とロビンが言う。
「下の名前で呼ぶほど仲良くなったんだ?」
「にひひー。羨ましいのぉ?」と、ニヤニヤしながら臼見さんが言った。
「羨ましいです!」
「ちょ、ちょっと聡介!」
「なんだ? アリア?」
「べ、別にぃ?」
本当になんだ?
「じゃあ、二人もアタシのこと、ハレンって呼んでいいよ!」
「本当に? ハレン、って呼び捨てでもいい?」
「いいよ!」
「ありがとう!」
退学しないであろう人とは距離を詰めていきたい所存である。
「アリアちゃんもいいよ!」
「それなら、ハレンさん、で……」
アリアはどこか警戒心を滲ませながら言った。
「相澤くんは?」
「拓也くんとはね、席が前後ろだからよく話すんだけど、ガードが堅いっていうか、ふふっ、“うぶ”なんだよ」
相澤くんのほうを見ると、ほんのり頬を染めながら、うどんをすすっていた。
それからまた車に乗り込み、高速道路をひたすら走った。
そして下道へ下りたかと思えば、またひたすらに走る。
いまはもはや山道を走っていた。
「あの……運転手さん、日が暮れかかっているんですけれど……、本当にどこへ向かっているんですか……?」
「廃村に建つお屋敷です。ちなみに、いま走っているこの道を通ることでしか辿り着けません」
「ええぇー……。そうですか……」
ハイエースで細道を走り抜けている。この人の運転テクニックは相当なものだと思われる。
夕暮れ時になった頃だった。
「もうすぐ着きます」
運転手さんがそう言った。
窓の外に目を向けると、林ばかりが見えた。
そして一軒の古民家を通り過ぎた時に、ようやく目的地へ辿り着いた。
「着きました。降りてください」
指示に従い、俺たちはハイエースから降りた。
それはまさしくお屋敷、洋館だった。「く」の字型の建物だ。二階建てで、両開きの窓がいくつも並んでおり、部屋の数の多さが察せられる。
アリアの実家を知っている俺としては新鮮味はないが、しかしそれでも、身が引き締まる思いだった。
その実家を思い出しながら想像するに「く」の字になっている右手の建物は従業員宿舎だろう。
お屋敷をしばらく眺めたのち、俺は振り返った。
ガードレールの向こうは絶景だった。遠くに山々が佇み、右のほうの空から夕焼けが始まろうとしていた。
「すでにこの屋敷内にて、事件は起きています」
運転手さんが言う。
「事件が起きてから呼ばれるのが探偵の常。事件の詳細は、すでに屋敷にいる刑事役の者から聞いてください」
そうして彼は、門扉の横にあるインターホンを押した。
『はい』
「Aグループを連れてきました」
『かしこまりました』
通話が切れる。そのあと、すぐにお屋敷の扉が開いた。パーマを掛けたショートヘアで、壮年のメイドさんが出てきた。そして門扉までやってくる。
彼女が門扉を開けたところで、運転手さんは言う。
「私はここまでです。皆さんの健闘を祈っております」
「ありがとうございました」と、俺たちは口々に感謝の言葉を述べた。
「では、こちらへどうぞ」というメイドさんの言葉に従って、門扉をくぐり、敷石の上を歩く。そうして玄関口まで辿り着いた。
お屋敷に入ると、左右にずらりと従業員さんたちが並んでいた。床にはブルーの絨毯が敷かれており、目の前には大階段がある。いかにも洋館らしく、土足でも良いようだ。
コック服の男性が6名、執事服を着た男性が3名、メイドさんは案内してくれた壮年の女性を合わせて4名だ。
「ここにいるのが全従業員であり、容疑者です。そして、わたしはメイド長を務めさせていただいております、川口と申します」と、壮年のメイドさんが言った。
「荷物をお預かりします」
ポニーテールのメイドさんが言った。
「ありがとうございますわ」とロビンが代表してお礼を言って、俺たちはメイドさんと執事さんに荷物を手渡した。
「お荷物は応接間へ運んでおきますので、刑事役の猿渡さまからお話を聞き終えたら、取りにいらしてください」
「分かりました」とロビンはポニーテールのメイドさんに返事をした。
それから、川口さんが言う。
「では、事件現場の部屋へご案内いたします」
俺たちは川口さんのあとに付いていく。彼女は大階段を横目に、左奥へと進んでいった。
そうして角部屋の前で立ち止まる。
「ここは第二執務室、つまりはあまり使われていない部屋です。室内には刑事役の方がいらっしゃいますので、事件の詳細は、その方に聞いてください」
川口さんはレバーハンドルのドアノブに手を掛けた。
しかし、そのレバーはガチャガチャと音を立てるだけで、回ることはなかった。
「……おかしいですね。カギが掛かっております」
ここでロビンが、ずいと出てきた。そしてドアノブを回そうと試みる。やはりガチャガチャと音が鳴るだけだった。
「本当に掛かってますわね、カギが」
疑っていたのか?
それにしても……、不測の事態らしい……。俺は嫌な予感がした。ウチのグループには巻き込まれ体質のアリアがある。まさか、な……?
「どういたしますか?」と、ロビンが続けて言った。
「事務室にこの部屋のカギはありますが――」
川口さんはポケットの中の物を取り出した。
「マスターキーは、メイド長であるわたしが管理することにしましたので、持ち歩いております」
彼女はマスターキーを鍵穴に差し込み、開錠した。
そして扉を開ける。
むわっ……と鉄の匂いが押し寄せてきた。
川口さんは、部屋に一歩中へ入ったところで、息を呑んだ――。
「さ……、さわ……、猿渡さま……!」
「どいてください!」
異常事態を察知したロビンが、川口さんを押しのけて室内へ飛び入った。
俺もあとを追った。なんの考えもなしに……――。
男が倒れていた。
血だまりができていた。
背中にはアーミーナイフが刺さっていた。
人が死んでいる――。
「えっ……?」
信じられない。
認められない。
信じたくない。
認めたくない。
「うわぁ!」
相澤くんが声を上げ、腰を抜かし、尻餅をついていた。
ロビンはうつ伏せに倒れている男の首筋に指を当てている。
「死んでいるわね。チェルシー、あとは頼みますわ」
「かしこまりました」
チェルシーはまずポケットからデバイスを取り出し、様々な角度から死体の写真を撮った。そして白手袋を取り出し、それを着けて、死体の検分を始める。
血に染まったグレーのロングコートを着た男性の顔に、チェルシーは手を遣る。
目は開かれたままで、口は歯を見せており、そのデスマスクは、まるで笑っているかのようだった。おそらく歯を食いしばっていたのが、死後、力が抜けて、こんな状態になったのだろう。
苦しんだんだ……――。
チェルシーはその口を開けようとする。だが、死後硬直が始まっており、動かないようだった。チェルシーはそのまま、うつ伏せで顔は横を向けている死体の頭を持ち上げようとした。しかし、動くことはなかった。
遺体はコブシを握った左手を挙げ、右手はナイフの刺さった背中に回されている状態だ。チェルシーは続いて、その左手のコブシに触れる。
この握り締められたコブシ、背中に回された手……。痛々しい……。苦しみが伝わってくる……。
チェルシーはコブシを広げた。まだ硬直していない、ということだ。
そうしてチェルシーは遺体から離れた。アリアがいる、窓のほうへ向かう。窓は扉の正面の壁に二つ、左の壁に一つある。正面の二枚は両開きで、左の一枚は嵌め殺しだ。
「両開き窓のカギは二枚とも閉まっていたわ」とアリアがチェルシーに言った。
俺は遺体近づき、膝をついた。手を伸ばす……。
「聡介さま、遺体には触れないでください」
チェルシーから忠告を受ける。
俺は伸ばした手を床についた。
痛かったろう……。
苦しかったろう……。
怖かったろう……。
可哀想だ……。可哀想だ……。
俺の瞳から涙が落ちる……。ボロボロと、大粒の涙が落ちる……。
アリアは、そんな俺の背中をさすってくれた。
「本物の死体を見るのは初めてだもんね……」
俺は嗚咽を漏らして泣いた……。
その間にロビンは、デバイスで警察に連絡を終えていた。
「もしもし」
また別のところへ電話を掛けたようだ。
「真鍋先輩、合宿所へ着いたところ、刑事役の男性がナイフで殺されていたのを発見いたしました。いま、警察への連絡を終えたところです。それで、生徒会長の蓮池先輩や学園長に、このことをお伝え願えますか? ――はい、本当です。――はい、――はい、そうですよね。――はい、分かりました。よろしくお願いいたします。それでは」
ロビンは電話を切ってから言った。
「ワタシたちAグループ合宿は、中止されることになりました。すぐに迎えを寄越してくださるそうです」
俺は泣き続けていた。カーペットに大きなシミを作るほどに、涙を流していた……。
こんな俺のことを、探偵たちはどう見ているのだろうか……?
俺は〈最遅探偵〉などと呼ばれている。だから、自分も探偵の端くれだと思っていた。
けれど、これじゃあ、ただの一般人だ……。
〈探偵クイーン〉も〈メイド探偵〉も〈巻き込まれ探偵〉も、こんな状況なのに冷静だ。
探偵とは、そうなのか? そういうものなのか?
死者を悼んで、涙を流すことはないのか……?
いや、これは俺の逆恨みみたいなもので、彼女たちだって、哀しみを抱いているのだろう。だが、哀しみに暮れているばかりではいけない、と探偵たる者の“信念”が彼女たちを動かしているのだ。
俺は、その信念を持っていない……――。
だからこうして、床に膝と手をついて、動けないでいる……。
「チェルシー、どうでしたか?」
ロビンの声が聞こえた。
「ガイシャの死亡推定時刻は1、2時間前。部屋は完全な密室でした」
「分かりました。皆さん、現場保存のため、部屋を出ましょう」
「はーい!」
臼見さんが返事をする。
「ほら、拓也くん、立って」
「あ、ああ」
背中をさすってくれていたアリアが囁く。
「聡介も、行こう?」
優しい声だった。心から心配してくれているのが伝わってくる。
心配掛けちゃ、いけないな……。
「ありがとう……。もう大丈夫……」
気丈に振る舞ってみたが、涙は止まらないし、この涸れた声じゃ、虚しいな……。
アリアに支えられて、やっと立ち上がる。
部屋を出る前に、振り返って一望した。
右手にはデスクがあり、遺体のそばにはデスクチェアがあった。そこに腰掛けて、俺たちAグループが来るのを待っていたのだろう。デスクチェアの前には、人型をかたどった白い枠線があった。模擬事件のために用意された、死体がそこにあった、という印だと思われる。
そうして、俺たちは部屋をあとにした。
ロビンがすぐに言う。
「川口さん、適当な部屋に全従業員を集めてください」
「わ、分かりました。応接間に集めます」
*
応接間は広かった。背の低い真四角のテーブルをソファが囲んでいる。窓は4枚あり、壁には立派な額縁に入った絵画が何枚も飾られている。棚の上にも、骨董品らしき壺と、テディベアが置かれていた。このクマのぬいぐるみは誰の趣味だ? 死体があった第二執務室にはなかったが……。
俺はソファに座らせてもらっていた。涙は止まったが、茫然としてしまって、頭の中は真っ白だった。隣にはアリアが座っている。右手前のソファには相澤くんと臼見さんが腰掛ける。
ロビンは、チェルシーの横に立って、集められた全13名の従業員たちに向かって、演説するかのように語っていた。
刑事役の猿渡さんが殺害されたことを伝えると、従業員たちの間で動揺が走った。
犯人は誰か、まだ分からないため、従業員たちは必ず3人以上の複数人で行動することを、ロビンは指示した。そうして従業員たちの班分けが行われた。6名いるコックさんは3人ずつに分かれ、他は壮年の執事さんを筆頭にした4人と、メイド長の川口さんを筆頭にした3人に分かれた。
「ところで、聞きたいのですが、今回の模擬事件のシナリオはどういったものだったのでしょうか?」
「わたくしがお答えします」
白髪交じりの髪を持つ、執事さんが言った。先ほど分かれた、4人を従える班の筆頭となる男性だ。
「あなたは?」
「執事長の冴島です」
「そうでしたか。では、冴島さん、お願いします」
「この洋館は大富豪の山手康太郎さまの別荘です。その山手さまが第二執務室にて殺害された、というあらましまだと、わたくしたちには聞かされておりました。逆に言えば、それしか存じ上げません。ただ、特定の時間帯に、特定の行動をするように、という指示は細かく出されています」
「犯人役の方がいるはずですね。それはどちら様ですか?」
「わたくしは知りません」
執事長の冴島さんは従業員たちのほうを向く。
「誰だ? 名乗り出なさい」
「はい」
「私たちです」
執事さんとメイドさんが一人ずつ手を挙げた。
「私、沢城と、執事の岡山さんは付き合っている、という設定で、共犯関係だそうです。けれど、トリックや動機、その他はなにも知らされていません。顔色を窺って判断されることを防ぐためだそうです」
「なるほど、分かりました。では、これから皆さん、一人一人に重要なことをお尋ねします。いまから1、2時間前、どこでなにをしていましたか? まずは冴島さんから、お教えください」
「その質問からは、あまり成果を得られないと思いますよ。わたくしたちスタッフは私服姿で遅い昼食を摂ったのち、Aグループの皆さんがやってくるまでの間、宿舎の自室にて待機しておりましたから。ただし、コックの皆さんは働いておりましたが」
「コックの方々、それは本当のことですか?」
「はい」
コック服を着て、顎髭を生やした一人の男性が返事をした。
「ボクらは昼食の片づけと、夕食の準備を6人全員で行っていました。これ、アリバイになりますよね?」
「そうですね。他の従業員の方々、自室にいた、というのは本当ですか?」
従業員たちは顔を見合わせ、少しざわついた。そして一人の若い執事が言う。
「少なくとも、おれは自分の部屋にいました。執事服に着替えて、部屋を出たのは、Aグループの皆さんが到着する30分くらい前でした」
「ぼくも」、「わたしも」という声が次々に上がる。
「分かりました!」
ロビンは声を張り上げた。
「最後にお聞きしたいことがあります。皆さんはどういった経緯で、この模擬事件合宿のスタッフに就くことになったのですか?」
冴島さんが代表して答える。
「わたくしたちは探偵ではありませんが〈探偵ユニオン〉の庶務を担当する、事務員のようなものです。月影探偵学園は〈ユニオン〉の下部組織のようなものですから、そこで必要とされる人員として選ばれました。ただ、猿渡さんだけは特別だと聞いています」
「そうなんですか?」
「ええ。なんでも、試験管として特別な訓練を受けているとか。例えば、合宿中に精神的に不安定になってしまう生徒さんもおられるようで、そのケアもできるようにしていた、と」
「なるほど……。では、皆さんに“戦闘力”はありますか?」
「そうですね、〈ユニオン〉の端くれとして、それなりの護身術は学ばされました」
「分かりました。もうけっこうです。お話を聞いてくださり、ありがとうございました。この先、お互いに連絡ができるように、班の代表の方と連絡先を交換させてください」
そうしてロビンは、コックの二人と、冴島さん、そして川口さんと連絡先を交換していた。スタッフの使うデバイスは、学園が俺たちに配布した物と同じだった。
「ありがとうございます。今後は、先ほど行った班分け通りに、必ず複数人で行動してください。殺人犯がいる。この事実を、決してお忘れなきよう、緊張感を持ってお過ごしください」
ロビンの話が終わると、執事とメイドの皆さんは「私服に着替えよう」と言いながら、全員部屋を出ていった。そしてコックさんたちは夕食の準備に戻っていった。
そうして応接間には、Aグループのメンバーだけになった。ロビンとチェルシーは俺から見て左手前のソファに腰を下ろした。
「聡介くん、落ち着きましたか?」とロビンが言った。
ロビンにも心配を掛けてしまっていたのか……。当然か。おそらくチェルシーにも……。
「もう平気だよ。ありがとう」
実はまだ動揺が収まっていない。強がってみたが、上手くいっただろうか……?
「……そうですか。それはよかったです」
優しげな声色だった。きっと強がりは見抜かれてしまったんだろう……。情けない……。
「ねぇねぇ、一ついい?」
臼見さんが発言した。
「アタシね、明日の午前中に死ぬはずだったんだ」
「えっ?」と、臼見さんの隣に座る相澤くんが声を上げた。
「それはどういうことですの?」とロビンが尋ねる。
「今回の合宿で発生する模擬事件はね、『廃村別荘連続殺人事件』っていう、実際に起きた、Aランク探偵が殺害された事件を下敷きにされたものなんだって」
「それで、ハレンちゃんは殺される探偵役として、死体を演じるはずだった、ということですの?」
「そういうこと。けど、他のスタッフさんと一緒で、トリックも動機も、なんにも聞かされてないんだ。あまり参考にならなくてごめんね」
ひと時、皆、思案のために沈黙した。
その沈黙をアリアが破った。
「謝らなくていいよ。もうこの合宿は中止されることが決まっているんだし。私たちがすべきことは、迎えが来るまで生き延びることよ」
「いいえ」
ロビンが言った。
「生き延びるだけでは不十分ですわ。ワタシたちは猿渡さんを殺した犯人を捕まえなくてはなりません!」
その語気は強かった。毅然としていた。ロビンは探偵として、この事件を解決するつもりなのか……。
すごいなぁ……。
俺はただただ感心した。それだけだった。“自分も”、とは思えなかった……。
「猿渡さんの死は、殺人犯が存在することを、これ以上ない証拠でもって、証明してくれています。その殺人犯を野放しにするということは、彼の死を無駄にすることと同義ですわ!」
ハッとした。
そうだ。猿渡さんの死を、無駄にできない。
無駄にしたくない。
無駄であってはいけない!
この悲劇に“意味”をもたらさなければならない!
それができるのが「探偵」なんだ!
本物の殺人事件を前にして、俺の中に“信念”が生まれる――。
殺人犯はいま、のうのうと過ごしている……。
もしかしたら、次のターゲットを見定めているかもしれない……。
連続殺人……、それだけは防がなければならない!
いま、動揺している心だからこそ、ロビンの言葉に衝撃を受けた。
そうか。暗闇とは、犯罪者という怪物の棲み処だ。怪物はその暗闇の中で、被捕食者を貪ろうとしている。「真実」という、まるで太陽かのような光を反映し、無明の闇を晴らす月が「探偵」なのだ。
俺は「悲劇に意味をもたらし、人を生かす探偵」になりたい!
いや、なりたい、じゃない。
俺はそんな探偵に、なるんだ!
俺は俯いた。もじゃもじゃな前髪を手櫛でとかす……。
そして顔を上げ、立ち上がった。
「聡介、どうしたの?」
「カーテンを閉める」
アリアに答えた通り、俺は応接間に4枚ある窓の全てのカーテンを閉め切った。
ソファに戻り、デバイスを取り出して、メモ帳のアプリを開く。
文字を打ち込み、その画面をホログラムで投影して、みんなに見えるようにした。
『これからは筆談しよう。盗聴されている危険性がある。』
ロビンはすぐに反応し、俺と同様にメモ帳アプリに文字を打ち込んだ。ホログラムが浮かぶ。
『同じことを考えていたわ。そうしましょう。』
俺は次の文章を書いた。
『ハレン、蓮池生徒会長の連絡先は知っているか? 知っていたら、彼女にも今後の連絡は文章で寄越すように伝えてくれ。』
『分かったよ! さっそく生徒会長に伝えるね!』とハレンは応じ、デバイスを弄り始めた。
やはり連絡先を知っていたか……。
「……なるほど……」とアリアは、俺にしか聞こえないほどに小さな声で呟いた。
『二人は外部犯の可能性を疑っているのね?』
俺とロビンは、頷きを返した。
『けれど、犯人の一人はおそらく――』
―― * ――
古民家、そのリビングのソファに、スーツ姿の清潔感溢れる男が、どっかりと腰掛けていた。
皮が破れ、中のクッションが覗いているボロのソファであっても、彼が座れば、それはまるで玉座かのように見える。
そのソファの前には、背の低いテーブルがあり、その上にはまるでラジオのような形をしたスピーカーが所狭しと、いくつも置かれている。そのテーブルの向こうには画面が割れて、壊れたテレビがあった。
そして右手の壁際に置かれたソファには、手足を縛られた壮年の男性と少女が座らされている。
リビングとダイニングは、壁などの遮るものなく繋がっていた。そのダイニングのほうに、迷彩服を着た男たちがいた。
その中の一人が言う。
「なぁ〈魔導士〉さんよぉ? 今回の作戦が上手くいった暁にゃ〈ギルメン〉にしてくれる、っつー話はホントなんだろぉなぁ?」
「そう何度も聞かないでくださいよ。答えは同じなんですから。ボクが推薦しますよ、〈ギルド〉に加入するようにね」
「悪りぃな、大事なことなんで確認しときてぇんだ。〈ギルメン〉になれさえすりゃ、コイツみてぇな物資の援助をしてもらえる、っつーんだから、上手い話すぎると思ってよぉ」
そう言う男の手には、鈍く黒光りする物が握られていた。
「そんなことより、日が暮れたら早めに夕食にしましょう。今夜は忙しくなりますからね」
―― * ――
『――それから、外部犯だと考えたのは、その動機からだ。スタッフさんたちに、昨日今日会ったばかりの猿渡さんを殺す動機はないだろう。だとすれば、考えられるのは、外部犯が、俺たち探偵を、特に〈探偵クイーン〉のロビンを消そうとしている、そういう可能性だ。
そして、このお屋敷までの道すがらに古民家があった。外部犯はそこを根城にしているのかもしれない。』
俺の、そしておそらくロビンの、推理に反論はなかった。
『それと、もしかしたら、警察も学園からの迎えも、期待できないかもしれない。』
『どういうことですか?』とロビンが尋ねた。
『このお屋敷へ来るためには、一本の道しかない。それが気になるんだ。』
『そこに細工をされる、と?』
『可能性の話だよ。』
少しの間、沈黙が流れた。
ここで俺は、こんな文章をホログラムで投影した。
『ハレン、少し聞きたいことがある。廊下で話そう。』
『いいけど、なぁに?』
質問には答えず、俺はソファから立ち上がった。
ハレンは黙って従ってくれた。
二人で応接間から出る。
廊下で筆談し、そして最後に、俺はハレンからこんな言葉をもらった。
『ふうん、分かった。いいよ、なにかあったら頼ってくれても。』
―― * ――
聡介とハレンさんが部屋から出ていったあと、ロビンさんは声を出した。
「聡介くん、立ち直ったみたいでよかったですわね、アリアさん」
「そうね。心配したけれど、なにかを見つけられたみたい」
本当に安心した、いつもの聡介に戻ってくれて。いや、いつも以上に頼もしい。
「見つけたのは、おそらく探偵としての“使命”でしょうね。瞳に光が宿ったように見えましたわ」
ここでチェルシーさんが言った。
「やはり、聡介さまは魅力的なお方です」
「えっ? チェルシー? えっ? どうしたの? えっ?」
「死者を悼んで、あんなにも涙を流せるだなんて、聡介さまの心は美しいです。もっとさらに惹かれてしまいました」
「チェルシーさんは本当に聡介のことが好きなんですね」
「ええ、アリアさま、あなたも」
私とチェルシーさんの視線は交差した。バチバチ火花が散るほどに。
「えっ? アリアさんも? えっ?」
「それだけに、いまハレンさまと聡介さまが、なにを話しているのか、気になりますね……」
「そうね……」
しばらくすると扉が開いて、聡介たちが戻ってきた。
そして聡介は、私の隣に腰を下ろしながら言った。
「夕食は缶詰やレトルトの物にしよう」
毒物の混入を避けるためだろう。
「分かった」と私は応えた。
けれど、チェルシーさんはこう言った。
「それでは味気ないですよ。わたくしが作ります」
「だ、大丈夫なのか? それってさ?」と相澤くんが不安を示した。
「平気でしょう」
ロビンさんが言う。
「コックさんたちのアリバイは成立しています。配膳の時にだけ気を配れば、毒物を入れられることもないでしょう。無論、調理中はワタシたちで見守ります」
ここでハレンさんが「あっ」と言った。ポケットからデバイスを取り出す。
そして、メモ帳アプリの画面をホログラムで投影した。
『蓮池生徒会長から連絡だよ!』と書かれていた。
続いて、その生徒会長からのメッセージが投影される。
『警察から連絡が入った。合宿所へ向かうための唯一の道が、破壊されていた、と。爆薬によるものだと思われる。
今回の一件には〈ギルド〉が関わっている可能性が高い。注意せよ。
ヘリを手配し、空路での救出を試みるが、夜間は着陸できない。明け方まで待たれよ。』
〈ギルド〉の名が出て、私は戦慄した。しかし、聡介とロビンさんは予想していたようで、動揺が見られない。さすがだ。
「お、おい……!」
声を上げた相澤くんに、ロビンさんは人差し指を口に当て、「静かに」というジェスチャーをした。
聡介が文章を投影する。
『さっそく、いまから食事にしよう。おちおちしていられない。早めに腹に入れておきたい。今夜が勝負になりそうだ。』
場所を厨房に移し、私たちはチェルシーさんの調理現場を見守った。
彼女の料理テクニックはプロ級で、コックの皆さんも驚いていた。
そうしてパンと野菜炒め、そして牛肉のソテーを手早く作り上げた。
パンかー……。炊飯に時間が掛かるとはいえ、お米がよかったなー……。
私たちは、相澤くんとハレンさんをダイニングルームに、そしてロビンさんとチェルシーさんを厨房に、見張り役として置いて、配膳は私と聡介が行った。これで毒物混入防止対策は万全だろう。
ダイニングルームに置かれた大きな長方形のテーブルは、防汚のための白い布が被せられている。清潔で神聖なサマだ。壁にはやはり絵画が飾られ、棚の上には壺や盾、そしてテディベアが置かれている。このテディベアも高価なアンティーク品なのかもしれない。
私たちはテーブルの端に陣取った。私の隣には聡介が座り、左手の、長方形のテーブルの短辺にはロビンさんとチェルシーさんが並んで腰掛けた。そして向かいに、相澤くんとハレンさんが座る。
みんなで「いただきます」を言って、食事を始めた。
「美味しいよ、チェルシー」と、さっそく聡介が言った。
「いつかわたくしの作った物を聡介さまに食べていただきたいと思っておりました。こんな状況ですが、恐悦至極でございます」
「そ、そっか……。ありがとう」
聡介は顔を赤くした。
なに照れてんのよ!
けれど、美味しいのは本当ね……。私も料理ができれば……。勉強しようかな……?
食事は進む。私はおかわりが欲しくなってきていた。けれど、こんな状況で、そんなワガママは――。
「アリアさま、おかわりもございますよ」
「本当っ?」
「はい。アリアさまのために、多めに作りましたから」
「ありがとう! チェルシーさん!」
「アリアさまはライバルであると同時に、同志でもありますから」
「そ、そう……」
「もちろん、ロビンさまも」
「えっ?」
ロビンさんはキョトンとした表情を浮かべた。
「ワ、ワタシが、その……、そういうことを……?」
「ええ、見ていれば分かります。長い付き合いですし」
「そんなことないわよ! 聡介くんのことなんか、全然好きじゃないんだからね!」
「えっ……」
聡介はさっきよりも顔を赤くした。
「ロビンさま、語るに落ちております」
「そ、そんなこと……っ! いいえ、だって……っ!」
ロビンさんは「ああ、もう!」と声を上げた。
「この話はやめよっ! やめやめっ!」
「かしこまりました。では、わたくしはアリアさまのおかわりを取りに行きますので、誰か同伴していただけますでしょうか?」
「私が行くわ。私のぶんだもの」
そうして私はおかわりをもらい、満足して「ごちそうさま」を言えた。
私たちは再び場所を応接間へ移す。
前と同じ並び順でソファに腰を下ろした。
そして筆談で「作戦会議」を行った。
「アタシ、ちょっとトイレに行ってくるね!」
そう言ってハレンさんは部屋を出ていった。
「さて、推理を始めよう」
聡介がそう切り出した。
「俺はロビンの考えが聞きたいな」
「分かりました。では、単刀直入に言いましょう。犯人はメイド長の川口さんです」
「どうしてそう思ったんだ?」
「この事件は模擬事件ではありません。もし模擬事件であれば、複雑なトリックが求められるでしょう。しかし、今回は本物の事件です。単純に物事を考えればいい。
事務室に第二執務室のカギがありますが、それを使うには、ひと目に触れないようにしなければならない。あまりにも危険です。ですが、マスターキーを管理している川口さんであれば、危険を冒さずとも、簡単に密室を作り上げることができます」
「なるほど。さすがは〈探偵クイーン〉だ。けれど、証拠はどうする?」
「自白に頼るしかありませんね。そのために、今夜0時、川口さんをあの第二執務室へ呼び出そうと思います。そこで自白を誘います」
「分かった。俺も付き添おう」
「いいえ、付き添いの必要はありません。自白を誘う、邪魔になりますから」
「じゃあ、一人で対峙するってことか?」
「はい、そのつもりです」
ここでチェルシーさんが声を上げる。
「わたくしも、いないほうがいいのですか?」
「そうよ、今回だけは、チェルシーも遠慮して」
「かしこまりました」
聡介が、パンッ、と柏手を打った。
「話は纏まったな。ハレンにも伝えないと。そういえば、戻るのが遅いな?」
「そうね」
私は相槌を打った。
「心配ね……。なんだか胸騒ぎがするわ……。探しに行ったほうがいいんじゃないかな……?」
「そうだな」
聡介はソファから立ち上がった。
「みんなで探しに行こう!」
そうして5人で屋敷中のトイレを巡って探したが、ハレンさんは見つからなかった。
「……応援を頼みましょう」
そう言ってから、ロビンさんはデバイスを取り出し、電話を掛け始めた。
「もしもし、冴島さんですか? ――はい、いまどちらにいらっしゃいますか? ――はい、みんなで? ――はい、分かりました。お願いしたいことがありまして、これからそちらへ伺います。――はい、よろしくお願いします」
ロビンさんは電話を切ってから言う。
「スタッフの皆さんは、ダイニングルームで食事中とのことです。向かいましょう」
ロビンさんの言葉に従って、私たちはダイニングルームへ向かった。そこでは、私服姿のスタッフさんたちが食事を摂っていた。ちょうど、コックさんたちを除くスタッフが全員いた。決まった食事の時間だったのだろう。二班いる、ということだ。
ロビンさんが代表して言う。
「皆さん、すいませんが、食事を終えてからでいいので、Aグループの臼見ハレンちゃんの捜索に協力していただけますか? いなくなってしまったのです……」
「分かりました。少々お待ちください」
そう答えたのは、執事長の冴島さんだった。
「おい、お前たち、早く食べてしまえ」と班のメンバーに指示をしてくれた。
「この話とは別に――」
ロビンさんが話し始めた。
「川口さん、今夜0時に、第二執務室に一人で来てください。二人きりで相談したいことがあります。いいですか?」
「二人きり、ですか?」
「はい、そうです」
「分かりました。0時に第二執務室ですね」
「よろしくお願いします」
それからロビンさんは私たちのほうを向いて言った。
「ワタシたちも二手に分かれましょう。冴島さんの班に同行するのは、聡介くんとアリアさん、川口さんの班に同行するのは、残ったワタシたち」
「了解だ」
聡介がそう応えた時、冴島さんの班の4人が立ち上がった。
「行きましょう」
「はい。よろしくお願いします」
冴島さんの言葉に、聡介は応じた。
ここでロビンさんが言う。
「もしかしたら、第二執務室にいるかもしれません。一人で捜査しようとしているのかも。行ってみてください」
「嫌なところを調べさせるんだな……」と聡介が言った。
そうして私と聡介、そして冴島さんを筆頭にした4人の班は、第二執務室へ向かった。
聡介がドアノブに手を掛ける。
扉は開いた。カギは掛かっていなかったようだ。
私たちは部屋へ入る。私はすぐに電気を点けた。
聡介はまず猿渡さんの遺体のほうへ向かった。私もついていく。
そして聡介は遺体に向かって、手を合わせた。
その時だった。
「きゃああああ――!」
女性のスタッフが、まるで作り物のような悲鳴を上げた。しかしそこには、生々しい吐息が伴った。
デスクのあるほうだ。私と聡介は駆け寄る。彼女はもうほとんど過呼吸かのようになっていた。
「きゃあ!」
デスクの向こうを見て、もう一人の女性スタッフが悲鳴を上げる。
冴島さんと男性スタッフはたじろいでいた。
聡介は“それ”を見て、膝をついた。
「ウソ……だろ……」
デスクチェアは猿渡さんの遺体のそばに置かれている。そのデスクチェアの代わりのように、後ろの棚を背に、座った状態で、胸にナイフが突き刺さったハレンさんがいた。血塗れだった……。目と口は閉じたままだ。
私はすぐにハレンさんの首筋に指を当て、頸動脈を診る。
「死んでいるわ……」
私はすぐにポケットからデバイスを取り出し、ロビンさんへ電話を掛けた。
「もしもし、――第二執務室で、ハレンさんが亡くなっているのを発見しました……。――はい、分かりました、待っています」
電話を切り、私は言う。
「ロビンさんたちがすぐに来るそうです……。それまで現場保存のため、遺体には触れないように、とのことです……。冴島さん、他のお三方も、ありがとうございました。退室していただいて構いません……」
私が2枚の窓のカギが閉まっていることを確認している間に、冴島さんたちは部屋を出ていった。私は膝をついて固まっている聡介の肩に手を置く。
「聡介、大丈夫……?」
「ああ……」
聡介は弱々しい返事をした。そんな時、ロビンさんたちがやってきた。
「……ハレンちゃんは……、どこですか……?」
「ここに……」
ロビンさんたちはゆっくりと歩いて、デスクのところまでやってくる。そしてハレンさんの遺体を見つける。
さっそくロビンさんがハレンさんの首筋に指を当てる。
「そうですか……。チェルシー、あとは頼みます……」
「かしこまりました」
ロビンさんはデバイスを取り出す。
「もしもし、警察ですか――」
ロビンさんがそうしている間に、チェルシーさんは自分のデバイスを取り出し、様々な角度からハレンさんの遺体の写真を撮った。そして白手袋を取り出し、それを着けて、死体の検分を始める。
まずは顎に手を当て、顎関節の硬直具合を確認する。ハレンさんの顎は、簡単に開いた。それから次は首関節を調べる。首も同様に、簡単に動いた。
「扉のカギは開いていましたが、窓のカギが閉まっていることは確かめました」と私は言う。
「そうですか」
チェルシーさんはそう言いつつも、右手の窓に近づき、カギを確認してから、カーテンを閉めた。
「もしもし、蓮池生徒会長ですか――」
ロビンさんが話し始めた。
私たちはハレンさんから蓮池生徒会長の連絡先を教えてもらっていた。
しばらく、ロビンさんが話し終わるのを待った。
そして話し終わると、ロビンさんは言った。
「チェルシー、どうでしたか?」
「ガイシャの死後硬直は始まっておらず、亡くなってからまだそれほど時間が経過していないものと思われます。窓のカギは閉まっていましたが、扉のカギは開いていたそうです」
「分かりました」
そう言ったのち、ロビンさんは再びデバイスを耳に当てた。
「もしもし、川口さんですか――」
―― * ――
俺は「悲劇に意味をもたらし、人を生かす探偵」になるんだ。
ハレン……。
無駄にしない!
俺は膝立ちから立ち上がり、ハレンに向かって、手を合わせた。
それから窓の外に目を遣る。カーテンの閉まっていない、左の窓だ。夜の闇で見えないが、そこには広い庭が広がっているはずである。
ロビンは通話を切った。
「川口さんたちの班は、現在、事務室にいるそうです。皆さん、そこへ向かいましょう」
ロビンの指示に従い、俺たちは部屋を出る。
俺は部屋の電気を消した。
またな、ハレン――。
事務室はお屋敷一階の、一番東側の奥にあった。
飾りっ気のない部屋だ。長机の前にデスクチェアが二つ、並んで配置されている。壁際には冷蔵庫があり、そこにもスツールが置かれ、座れるようになっている。実際、男性スタッフの岡山さんが腰掛けていた。事務室は長居できるようになっているようだ。
メイド長の川口さんを筆頭にした3人の班には、偶然だが、模擬事件の犯人役の沢城さんと岡山さんが所属していた。
ロビンが代表して発言する。
「皆さんが事務室にいたのはなぜですか?」
川口さんが答える。
「仮眠室があるからです。今夜はこの部屋で過ごそうかと」
「その仮眠室を見せてもらっても構いませんか?」
「ええ」
川口さんはデスクチェアから立ち上がり、部屋にある、やはり飾り気のない扉を開いた。
中を見ると、二段ベッドが左右の壁際に置かれていた。他に物はなかった。
「ありがとうございました」
仮眠室の扉を閉めて、ロビンは続ける。
「カギは事務室で管理しているそうですが、どこにありますか?」
「あれです」
川口さんは壁に取り付けられた、蓋付きの白い箱のような物を指差した。
ロビンがそこへ向かい、蓋を開く。すると、多くのカギがずらりとフックに掛けられていた。
「なるほど」
そう言って蓋を閉じる。
「一つお聞きいたしますが、この班の誰かが、一人きりになるタイミングはありましたか?」
「おれがトイレに入った時ですかね?」
岡山さんが言った。
「けど、二人に付き添ってもらっていましたから、そう長い時間を一人で過ごしていたわけじゃないです。トイレの中にいた時だけで」
「分かりました。ありがとうございます。
それで、川口さんに連絡を入れたのは、マスターキーを持っているからでして。これから少し、捜査のために、皆さんの部屋を見せてもらおうと思っております」
「はい、分かりました」
「皆さんの部屋へ行く前に、まずは、猿渡さんの部屋を見せていただけますか?」
「はい、では、二階へ上がりましょう」
そうして俺たちは、川口さんの班を引き連れ、事務室を出てから、お屋敷の大階段を上った。
数多く並ぶ扉の中から、一番西の扉の前で、川口さんは立ち止まった。
「ここが猿渡さんの寝室です」
「開けていただけますか?」
「はい」
ポケットからマスターキーを取り出し、川口さんは開錠して、扉を開いた。
立派な寝室だった。ベッドには天蓋が付いており、豪華だ。壁際の棚の上には、なにも置かれておらず、スッキリとしている。西の壁には嵌め殺しの窓があった。
ベッドの横には、おそらく猿渡さんの荷物が、無造作に置かれていた。
「もう大丈夫です。ついでに、ワタシたちが泊まるはずだった部屋も見せていただけますか?」
「分かりました。皆さんの部屋は東側から6部屋用意されていて、ご自身たちで選ぶことになっておりました」
猿渡さんの部屋を出て、廊下を東へと歩く。
「一番端の部屋を開けてください」
「はい」
川口さんはカギを開けて、扉を開いた。
ちょうど猿渡さんの部屋を正反対にしたような部屋で、東の壁に嵌め殺しの窓がある。
「もう大丈夫です。では、皆さんの部屋へ向かいましょう」
屋敷から二階建ての従業員宿舎へ場所を移す。川口さんの班の3人とも、自室は一階にあった。
まず、一番近くの、沢城さんの部屋を見させてもらう。
茶色を基調としていたお屋敷と違い、その部屋は白を基調としていた。
ベッドが右手の壁際に置かれ、左手には棚があった。部屋の隅にはクローゼットが佇んでいる。棚の上にはガラス製の灰皿が置かれていた。ベッドの横にはキャリーバッグなどの荷物がある。
「沢城さんは、喫煙なさるんですか?」
「はい。それも犯人役に選ばれた要因の一つのようで、ライターを常に持っているように、という指示を受けています」
「あっ、おれも喫煙者です」
岡山さんが言った。
「おれもライターを持っておくようにって、言われていました」
模擬事件で使われる、なにかのトリックに関わっていたのだろうが、いまとなっては、どうでもいい情報である。
俺とロビンは窓へ近づき、開いた。
目の前に夜の闇が広がる。空を見上げると、月光が曇天を貫通していた。
そして地面のほうへ目を遣る。
「生け垣ね……」とロビンが言った。
直方体の生け垣が、左右のどこまでも続いている。
……生け垣の中になら、ほとんどの物を隠すことができるだろう……。
ロビンは窓を閉めた。
「では、次は川口さんのお部屋を見せてください」
川口さんの部屋の内装は、沢城さんのものと変わらなかった。違いと言えば、灰皿がないことと、ベッドの横に置かれた荷物くらいだった。
「岡山さんの部屋を見る前ですが、もう充分です。捜査にお付き合いいただき、ありがとうございました。最後に、沢城さんと岡山さんの連絡先をお教えください」
「分かりました」と沢城さんが返事をし、デバイスを取り出した。
連絡先を教えてもらったのち、それをAグループのメンバーで共有した。
「ありがとうございました。では、川口さん、0時に第二執務室へ来ることを、お忘れないよう、お願いいたします」
そうして俺たちAグループは、川口さんの班と分かれ、応接間へ戻った。
応接間で、作戦の確認を筆談で行った。
俺はホログラムを浮かべる。
『相澤くん、頑張ってくれよ!』
―― * ――
深夜0時――。
ロビンは第二執務室の扉の前で川口を待っていた。
彼女は時間ちょうどにやってきた。
「お越しいただき、ありがとうございます」
「ええ……」
川口はなにかを悟っているような雰囲気を醸し出していた。
ここでロビンはホログラムで文章を投影する。
『部屋へ入ったら、右の窓を開けてください。カーテンは閉めたままでお願いします。』
川口は首を傾げながらも「分かりました」と口にした。
そうして二人は部屋へ入る。ロビンが電気を点けた。
室内は血の匂いが充満していた。
川口は、ロビンの指示通り、窓を開けて、カーテンを閉める。
「川口さんは、デスクの前に立ってください」
ロビンはそう指示してから、左の窓の近くまで歩き、立ち止まった。
そしてポケットからデバイスを取り出し、手に持ちながら、川口と向き合う。
「猿渡さん殺しの犯人は、あなたですね、川口さん?」
川口は黙ったまま、俯いている。
「おそらく、特別な訓練を受けている猿渡さんを排除して、戦力を削ぎたかったのでしょう。川口さん、あなたは猿渡さんの遺体発見前、この部屋の扉の前で『マスターキーは、メイド長であるわたしが管理することにしました』とおっしゃいました。おそらく、わざとでしょう。
このお屋敷では、模擬事件合宿が行われる予定でした。室内犯罪では、マスターキーの在りかは非常に重要な要素です。それを、あなたの判断で、勝手に管理方法を変えることはご法度のはずです。
そして猿渡さん殺しの現場は密室だった。これもわざとですね?
これら一連のあなたの行動は、全てワタシたちへの、いいえ、〈探偵クイーン〉であるワタシへ向けての、『助けて!』という『SOSのサイン』だった。
つまり、そう、あなたは脅されている。違いますか?」
川口は唇をキツく結んで、沈黙を守っている。
「分かりました。話を続けます。それなりの戦闘力を持つはずの猿渡さんが、背後からのひと突きで殺されていました。おそらく部屋には猿渡さんの他に二人いて、一人が注意を引いた瞬間に、不意を突かれて、猿渡さんは刺されたのでしょう。凶器がアーミーナイフだったことも気になる点です。
そして、部屋にいた二人というのは、あなたと外部犯……、〈ギルド〉と繋がりのある者でしょう」
「〈ギルド〉……?」
川口はようやく口を開いて、そう言った。
「そうです。〈ギルド〉と関わってしまった以上、……あなた、殺されますよ?」
ロビンがそう言うと、川口は堰を切ったように話し出した。
「旦那と娘が人質にされているんですッ! 旦那も娘も、殺されるんですかッ?」
「危険なのは間違いないですね……」
「ああ……ああああ……ああああああああッ!」
川口は咆哮した。
―― * ――
昼下がりだった。
川口は第二執務室の扉をノックした。
中から返事が届き、川口は扉を開いた。
「なにか御用ですか?」と猿渡は尋ねた。
「ええ。少し、猿渡さまにお話したいことがございまして」
「なんでしょうか?」
「その前に、窓を開けてもよろしいでしょうか?」
「構いませんけれど……?」
川口は室内を歩き、扉から見て左の窓を大きく開いた。
それからデスクのほうへ戻った。
その不自然な動きを、猿渡は首を傾げながら眺めていた。
「それで、話というのはなんですか?」
「……あなたのこれからについてですよ」
猿渡の背後から声がした。
バッ、と猿渡は振り返る。
そこには男がいた。窓枠に靴下を履いた右足を乗せた男だ。
スーツ姿のその男は、軽く飛んで室内へ入った。
「誰だよ、お前?」
猿渡は男から充分距離があることを確認しながら言った。
男は室内用に持ってきていた革靴を履きながら答える。
「ボクはしがない〈赤の魔導士〉、そう名乗ることにしております」
「〈魔導士〉だぁ?」
「はい、神出鬼没の〈赤の魔導士〉でございます」
「まぁいい。それでオレのこれからについてだったな? オレはなぁー……最近、マイホームを買ってよぉー……、ローン組んじまったんだわー……。30年だってよ。全く、やれやれだぜ……。でもまぁ、息子には『我が家』ってもんを感じてほしいし、嫁は家事が楽しくなった、っつってたから、後悔はねぇけどな? だからよぉ――」
猿渡はコブシを前に出し、構えを取った。
「『これから死んでもらう』なんて言わせねぇ! オレはこの仕事を無事に終えて、あの家に帰るんだ!」
「隙のない構えですね……。やはりあなたの排除を決めて、正解でしたよ……」
〈魔導士〉は後ろに手を組んで、直立のまま、そう言った。
「申し訳ありません!」と川口。
「なんだぁ? ――グァッ!」
猿渡が、土下座している川口のほうへ、一瞬、顔を向けた時だった。
〈魔導士〉は腰の後ろに隠し持っていたアーミーナイフを、猿渡の背中に深く、突き刺していた。
そして、すぐに距離を取った。
「即死させてあげられず、申し訳ございません」
「ガァッ……!」
猿渡は呻き声を上げて、床に倒れ伏した……。
「川口さん、よくやってくれました。それでは、ボクは失礼いたします」
「待ってッ! 娘はッ! 旦那はッ!」
「無事ですよ。いまはまだ、ね……?」
窓枠に足を掛けていた〈魔導士〉は、それだけ言って、部屋を出ていった。
残された川口は、倒れ伏し、血だまりが広がり始めている猿渡を見つめた。
「……あの家に……帰るんだ……、オレは……あの家にィッ!」
ギリッ、と歯を食い縛る猿渡の顔から、目が離せなかった。
何分経っただろうか。やがて、猿渡の顔から、フッと力が抜けた――。
「……助けて……」
そこは誰もいない。川口以外、誰もいない。生きている人間は、誰もいなかった。
けれども川口は、ここにいない誰かに、「助け」を求めた……――。
―― * ――
「ああ……ああああ……ああああああああッ!」
川口は咆哮した。
「そうですッ! わたしが猿渡さんの注意を引いて、〈赤の魔導士〉と名乗るスーツ姿の男がッ、猿渡さまを刺したんですッ!」
「〈赤の魔導士〉……、聞いたことがあります。〈ギルメン〉の中にその名を冠する者がいると……」
ロビンがそう言った時だった。
「あーぁあ、ゲロッちまったなぁー……」
男の声が部屋に響いた。
カーテンが開き、男が二人、窓から部屋に入ってきた。
二人ともゴーグルを首に掛け、迷彩服に身を包んでいる。その手には、鈍く黒光りする拳銃が握られていた。
その拳銃を、一人は川口に向け、もう一人はロビンに向けた。
「あなた方は、誰ですか?」
「名乗る名は、まだ持ってねぇなぁー。これからもらうんだぜぇー」
ロビンに銃口を向ける男が言った。
「動くなよぉー……。ちゃぁーんと即死させてやっからよぉー……」
その男たちの背後に――。
瞬間、ロビンはデバイスのボタンを押した。
―― * ――
応接間にて、俺は、こんな文章をホログラムで投影した。
『ハレン、少し聞きたいことがある。廊下で話そう。』
『いいけど、なぁに?』
質問には答えず、俺はソファから立ち上がった。
ハレンは黙って従ってくれた。
二人で応接間から出る。
扉を閉じてすぐ、廊下で俺は筆談を始めた。
『ハレン、キミは怪盗バレーヌか?』
ハレンはキョトンとした。
『なに言ってるの? 違うよ?』
『状況証拠しかないが、まず、キミはなぜか新入生代表に選ばれていた。入試の結果は同率1位が多くいて、五十音順で選ばれるとしても、キミの前には相澤拓也くんが並んでいる。おそらく、学園側がキミの演技力を買ったんだろう。そうしてキミは、入学式模擬事件の死体役を務めることになったんだ。』
『新入生代表になったのは、きっとランダムに選ばれたんだよ。あの演技を褒めてくれたのは嬉しいけどね!』
『演技力だけじゃない。最初の体育の授業でも、キミは人並み外れた判断力と胆力、そして身体能力でもって、二人目の挑戦にして先生の制圧に成功してみせた。そこには目を見張る、特別なものを感じたよ。
しかし、新入生代表の選定がランダムってことはないな。あの入学式模擬事件は、新入生全員の慢心を砕く目的で敢行されたものだった。俺はマグレで満点回答できて、1050ポイントもらえたが、本来ならば、マックスで550ポイントが配られるはずだった。にもかかわらず、キミは特別待遇で1000ポイントもらえた、と言っていた。マックスが550ポイントだと考えれば、大盤振る舞いが過ぎる。特別待遇に見合う人材が、新入生代表に選ばれるんだ。それが、キミだった。キミは特別な人材なんだ。』
『それって褒めてくれてる? ありがとう!』
俺は、のらりくらりとしたハレンの言葉を無視して続ける。
『入学式模擬事件は例年であれば、人形を使うそうだ。にもかかわらず、今年はキミが死体役を担うことになった。イレギュラーなんだよ。その点も引っ掛かるところだ。
次に、最初の学内模擬事件に、怪盗バレーヌを仮想敵とした盗難事件が選ばれた。月影探偵学園において、盗難事件が模擬事件に選ばれることは珍しいことなんだそうだ。そんなものが最初の事件に選ばれた。これもイレギュラーだ。偶然ではないだろう。そして、そんな模擬事件の難易度は、本当であれば「二つ星」相当だったにもかかわらず「一つ星」に設定されていた。これもまた、イレギュラー。学園側に何らかも思惑があったんだ。俺はハレン、キミがあのアパレルショップから、ブスッとした不機嫌顔で出てくるところを見ている。きっと、あの模擬事件は、学園側からの当て付けだったんだ。怪盗バレーヌの起こす犯罪なんか、難易度は「一つ星」で充分だ、というね。』
俺は続けて文章をホログラムで投影する。
『俺はあの模擬事件が、怪盗バレーヌを仮想敵にしていたことから、もしかしたら、バレーヌが〈ギルド〉へ加入したんじゃないか、と考えた。けれど、ロビンも、生徒評議会第十席の真鍋ナオミ先輩も、そんな情報は掴んでいない、と言っていた。そうして、俺はもう一つの可能性を考えた。怪盗バレーヌは「敵側」ではなく、「味方側」になったんじゃないか、とね。そうだとすれば、特別待遇をするのも頷ける。全てのイレギュラーに納得がいく。そしてハレン、キミは今回の模擬事件合宿においても、死体役を任されていた。おそらく、報酬にもらえるDptは、入学式の時と同様に、高額なんだろう。特別待遇でね。キミが、二度も特別待遇を受けられるのは、キミこそが、怪盗バレーヌだからだ。』
俺は最初の質問を、再び投げ掛ける。
『ハレン、キミは怪盗バレーヌか?』
ハレンは、目を細め、ニヤっと怪しく微笑んだ。
『ホントに状況証拠ばっかりだけど、いいよ。うん、そう、アタシが怪盗バレーヌ。さすがは〈最遅探偵〉の聡介くんだね。
入学案内がホームに届いた時は驚いたなぁ。「お前なんか、すぐに捕まえられる」、そんな挑戦状に間違いなかったからね。仕方なく、とはいえ、入学してあげることに決めたのに、試験を受けなくちゃいけなかったのは、ちょっと腹が立ったかな。最初の学内模擬事件の時は、もっと腹が立ったけどね。』
『相棒の人型アンドロイドはどうしたんだ?』
『マキナちゃんはお留守番だよ。定期的に連絡は取り合ってるけどね。』
俺はハレンの顔をまざまざと見つめる。
『どうしたの?』
『いや、怪盗バレーヌの顔は、こんななのか、と思ってね。それも変装か?』
『ご名答。変装マスク被ってるよ。おっぱいも偽物!』
そう言ってハレンは、その豊満すぎるバストを持ち上げた。
俺が照れて視線を逸らすと、イタズラな「にひひーっ」という笑い声が聞こえてきた。
話を戻そう。
『とにかく、色々と思うところ、それに多くの言いたいことはあるが、全て飲み込む。そして、キミが怪盗バレーヌだということは、誰にも話さないと誓うよ。』
『それで? 本物の殺人事件が起こったっていう、こんな状況下で、アタシの正体を暴いて、どうするつもり?』
俺は、こう応じた。
『キミは、強いか?』
そうして最後に、俺の言いたいことを察してくれたハレンから、こんな言葉をもらった。
『ふうん、分かった。いいよ、なにかあったら頼ってくれても。』
―― * ――
深夜0時15分――。
「動くなよぉー……。ちゃぁーんと即死させてやっからよぉー……」
その男たちの背後に、音もなく、ハレンが立った。
瞬間、ロビンはデバイスのボタンを押した。
そしてハレンは、川口に銃口を向ける男に、キドニーブロー(腎臓殴り)を打ち込んだ。
その男が痛みで倒れ込むよりも早く、ハレンはもう一人の男の首を、スリーパーホールドで絞めた。5秒と経たず、男は失神した。
「ぐぅぅー……死体がぁー……?」と、キドニーブローを受けた男は、痛みに悶えながら口にした。
ハレンはポケットからビニール紐を取り出し、男二人を手早く、後ろ手で縛った。このビニール紐は、作戦会議の段階で川口に持ってきてもらっていた物だ。
「ハレンちゃん……、あなた、何者なの?」
「そんなことより、早く! ロビンちゃ――」
パーンッ!
銃声が轟いた。外からだ。
ロビンは急いで左の窓へ向かい、開いた。
―― * ――
深夜11時45分――。
聡介とアリアは、第二執務室の外で、地面に伏していた。草木に紛れるためだ。
来た……、と聡介は心の中で呟いた。
夜目に慣らした聡介の瞳が、暗視ゴーグルを着け、迷彩服を着た男たち4人の姿を捉えたのだ。
事前に、チェルシーから「敵は4人」と聞いていた。その装備のことも、である。聡介たちに驚きはない。
男たちは、カーテンが閉じたまま、開かれた窓のそばに2人、その隣の窓に1人、部屋の西の嵌め殺しの窓の前に1人と、分かれた。
深夜0時――。
部屋に明かりが点く。
カーテンの閉ざされていない窓の前にいる男たちは、暗視ゴーグルを外し、室内を覗いていた。手に持つ拳銃が、室内にいるロビンに向けられた。両手で持っているが、引き金には右手の人差し指が掛かっていた。
深夜0時12分――。
男が2人、窓から部屋へ侵入していった。
聡介はハンドサインで「アリアは右の嵌め殺しの窓の前の男を、自分は左の見開き窓の前の男を」と指示した。
二人の位置からは前者の男のほうが近くにいた。
深夜0時15分――。
室内にいるロビンは、デバイスのボタンを押した。
聡介たちのデバイスが震える。
作戦開始の合図だ!
地面に伏していた二人は、腕の突っ張りで身体を持ち上げ、クラウチングスタートの要領で草木の陰から飛び出した。
音が立ち、男たちが振り向く。
体育の授業で習った通り、身体を横に向けて、高速で左斜め前へ走る。
アリアは手に持っていた石を相手に向けて投擲した。
そして、聡介もまた、石を投げつける。だが、それはアリアの制圧対象に向けてだった。
その男は一瞬、聡介のほうに気を取られ、アリアを懐まで近づけるのだった。
アリアは男の持つ拳銃の銃身を掴み、取り上げようと上へ持ち上げた。拳銃は男の手から離れる。アリアはそのまま、拳銃で男の顎を殴り、脳を揺らした。
そうして男は気を失い、ダウンした。
聡介は自分に銃口を向ける相手に、怯まず接近していった。だが、もう手持ちの石はない。牽制はできない。
聡介は冷静だった。ハレンが体育の授業の時に言っていたことを実行する。「相手の目を見て、視線を追い、銃口の向きを確認して、同時に引き金に掛けている指元の動きから、発砲のタイミングを見極める」。
男の指が動く。
パーンッ!
聡介は横ステップを踏んでいた。
だが、授業で使われていたゴム弾よりも銃弾は高速だ。
辛うじて、銃弾は聡介の頬を掠めただけだった。
聡介は男に手が届くところまで接近し、銃身を掴んだ。それを持ち上げる。
男は拳銃を渡すまい、と掴んだままだった。両腕が上がり、ガラ空きになったみぞおち。聡介は身体を傾けるようにして、その身体の重さをコブシに乗せた「鈎突き」を、そのみぞおちに打ち込んだ。
男は呻き声を上げながら、倒れ込んだ。
聡介はビニール紐を取り出し、すぐに男を後ろ手で縛る。
「大丈夫っ?」
窓が開き、ロビンが顔を出した。
「ああ、いま、拘束し終えた」
「頬から血が……」
「掠めただけだよ。それより、早くッ!」
「そうね!」
ロビンはすぐに振り返り、室内にいる川口に向かって声を出した。
「川口さん! 早く脱出をッ!」
「えっ、えっ?」
「急いでッ! こっちへッ!」
「はい!」
そうしている内にも、ハレンは拘束した男をひょいと持ち上げて、窓から外へ放り投げていた。
ロビンは先に川口を窓から出し、そして自分も部屋から脱出した。
外ではアリアと聡介が合流しており、聡介は指示を出す。
「アリアは暗視ゴーグルを掛けて、周辺警戒を!」
「了解よ!」
ハレンが最後に部屋から飛び出し、全員が屋敷から脱出した。
ロビンはアリアから失神した男を引き渡され、聡介たちは男の首根っこの服を掴んで、引きずりながら庭を進む。ハレンは二人連れている。そうして屋敷からできるだけ離れた。
……その時だった。
凄まじい轟音が鳴り響いた――。
―― * ――
深夜0時15分――。
ロビンは、デバイスのボタンを押した。
相澤のデバイスが震えた。
作戦開始の合図だ!
「皆さん! 早く屋敷から出ましょう!」
そこには、川口を除く、全スタッフが集まっていた。
相澤が『全員、玄関扉前へ来てください。盗聴されているため、全て筆談で会話してください。』、そんなメッセージを送って集めていたのだ。
玄関扉を開き、敷石の上を走り、門扉を開けて、道路まで避難した。
スタッフたちは血相を変えている相澤を見て、指示には従ったものの、意味が分からない、といった風だった。
深夜0時22分――。
凄まじい轟音が鳴り響いた。
爆弾が炸裂する音だ。
猿渡と探偵が長時間過ごす部屋には、不審に思われないように置かれていなかったが、屋敷内のテディベアは盗聴器と爆弾を兼ね備えた物だった。そして従業員宿舎の外にある生け垣の中にも、爆弾は隠されていた。
さらには、ロビンを殺害するために派遣された男たちの衣服にも、盗聴器がしのばされていた。
聡介たちは、この屋敷までの一本道の道路を“爆薬で”破壊された、という情報から、この屋敷自体にも「爆発物」が仕込まれているだろう、と推理していたのだ。
そうして現に、屋敷は爆破された。
轟音を上げ、破片を撒き散らしながら、屋敷は崩壊していく……。
そんな非現実的な光景を、相澤とスタッフたちは閉口して見守っていた。
……みんなは無事だろうか?
相澤は心の中で思った。
―― * ――
深夜0時22分――。
凄まじい轟音が鳴り響いた。
俺たちは、飛び散ってくる屋敷の破片の中「急げ、急げ!」と、庭を全速力で進んでいた。
俺は男を引きずりながら、暗視ゴーグルを着けたアリアに尋ねる。
「アリア、人影はないかッ?」
「ないはずよッ!」
「そうか。屋敷からできるだけ離れるぞッ!」
広い庭を前進し、お屋敷から充分離れたところで、俺たちは初めて振り返った。
そこには、原形をなくしたお屋敷の姿があった……。
一階部分は潰れ、完全に崩壊していた。
そして再び爆発が起こった。ガス爆発か?
それから一気にお屋敷から火が上がった。
燃え盛る火炎が、闇夜に浮かぶ……。
ハレンは、自分が連れている二人の男の内、失神しているほうの背中を、バンッと叩いて起こした。
そして意識があるほうの腕に関節を決め、地面に組み伏した。そのまま、爪を一枚引き剥がして放り捨てた。
「ああああッ!」と男は悲鳴を上げる。
「仲間は何人?」
尋ねながら、もう一枚、爪を剥がす。
「ああああああッ! 5人だッ! 5人ッ!」
「それは〈赤の魔導士〉を入れて?」
「そうだッ! アイツを入れて5人だっ!」
「ありがと」
「〈赤の魔導士〉って?」と俺は聞いた。
「猿渡さんを刺し殺したスーツ姿の男だってさ。たぶん〈ギルメン〉のコードネームだね」
ここでロビンが川口さんに尋ねる。
「川口さん、人質に取られているという、旦那さんと娘さんはどこにいるか、分かりますか? 声を聞かせてもらった、とか」
「え、ええ……。このお屋敷に皆さんが来る少し前に電話をして、声を聞かせてもらいました。〈赤の魔導士〉のそばにいると思います……」
「なら、行くしかないな……」と俺は言った。
「ひとまず、みんなと合流しましょう」
ロビンの言葉に従って、俺たちは行動を開始した。
まずはお屋敷前の道路に、無事に避難していた相澤くんとスタッフさんたちと合流した。
「みんな! 無事でよかった!」
「拓也くんもね!」とハレンが応じた。
「相澤くん、よくやってくれたよ」と声を掛けた。
「僕なんて……みんなについていくのがやっとだったさ……」
「それでも! 上手くやってくれた! ありがとう! それで、俺たちはこれから、古民家へ向かうよ。相澤くん、川口さんと犯人グループの4人をよろしく頼む」
「分かったよ。気をつけてな」
「ああ」
「娘と旦那をッ! よろしくお願いします!」と川口さんは言って、深々と頭を下げた。
万が一のことがある。俺は、川口さんに上手く応えられなかった。
「とにかく、作戦通り、アリアはここに残って防衛戦に備えてくれ」
「分かったよ」
アリアはアメリカでひと通り射撃訓練を受けている。
拳銃一丁と暗視ゴーグル一つをアリアに託し、俺とロビン、そしてハレンはその場を離れた。
道路を歩き、そうして古民家へ辿り着いた。それは木造平屋建てで、大きな家だった。
チェルシーには、深夜11時よりも前から、古民家を見張ってもらっていた。
そのチェルシーと合流する。
「どう? チェルシー?」とロビンが尋ねる。
「玄関口から出てきたのは、迷彩服の男4人だけです。裏口や窓からの出入りまでは把握できませんでした」
「それでいいわ。ありがとう」
チェルシーは頭を下げた。
「俺とハレンで古民家に突入する」
「えぇー? 聡介くん、鉄砲撃てるのぉー?」と、ハレンがニヤリと、からかいの笑みで言った。俺はそんなからかいは無視をした。
「おそらく、必要なのは、銃の腕よりも筋力だ」
そうして暗視ゴーグルを着けて拳銃を持った俺とハレンは、庭のほうへ回り込み、掃き出し窓から古民家への突入を試みる。
掃き出し窓のカギは開いていた。
侵入すると、そこはリビングのようだった。壁際に置かれたソファに、猿ぐつわを嚙まされ、手足を縛られた男性と少女を発見する。暗視ゴーグルのおかげだ。
同時に、テーブルの上に所狭しと置かれたラジオのような物から、声が流れ始めた。
『ようこそ、お子様探偵団の皆さん。ボクは〈赤の魔導士〉と申します』
俺とハレンは顔を見合わせた。
はやり、すでに〈赤の魔導士〉は逃亡済みらしい。
……ならば、無視だ。
『まさか全ての目論見を看破されるとは思ってもみませんでしたよ。ボクらの狙いを正確に把握し、忌まわしき〈探偵クイーン〉を餌に、ボクたちを誘い出すとはね。全く〈赤の魔導士〉の名折れですよ』
すぐさま俺は男性を抱え、ハレンは少女を抱え、その場を去る。
掃き出し窓から庭へ、一歩出た時だった。
背後のスピーカーから声が届く。
『それでは皆さん、さようなら』
ヤバッ!
「伏せてッ!」
ハレンの声が聞こえて、俺は男性に覆い被さるように伏せた。
俺はハッとして、着けていた暗視ゴーグルを後頭部のほうへ回した。
そして、爆音が轟いた――。
背中に瓦礫が降り注ぐ。
「ぐぅぅ……!」と、俺は痛みで呻く……。
それはまるで背中や脚を鈍器で思い切り殴られ続けるかのようだった。
……音が止んだ。
痛い……。
重い……。
瓦礫に埋もれてしまった……。
俺の力だけで、抜け出すことは不可能だな……。
だが、暗視ゴーグルのおかげで、後頭部へのダメージはなく、意識を保つことができていた。
しばらくして、ロビンとチェルシーの声が聞こえてきた。
「どこぉ! 聡介くん! ハレンちゃん!」
「聡介さま! ハレンさま! どこですかぁ!」
俺は声の限り、叫んだ。
「ここだ! 助けてくれ!」
「聡介くん! いま瓦礫をどけますから! 待ってて!」
ハレンの声がしないのが気になるな……。
……段々と、背中に掛かる重みが軽くなっていく……。
やがて、起き上がることができるほどに、降り積もっていた瓦礫がなくなっていった。
ガラガラ、と音を立てながら、俺は瓦礫の山から顔を出す。
「はぁー……。ありがとう、ロビン、チェルシー……」
「無事でよかったですわ……」
「本当です……」
ロビンもチェルシーも、涙目だった。
「もう少し待っててね」
ロビンたちは、俺の脚に乗っかった瓦礫も取り除いてくれた。そうして俺は、立ち上がることができた。覆い被さって守った男性も、無事のようだ。
「すぐ左隣に、ハレンがいるはずだ……。助けてやってくれ……」
「分かりましたわ!」
俺も手伝いたかったが、身体中が痛くて動けなかった。
頭から流れる血を拭う。髪は血に濡れていて、ベトベトする。気持ち悪い。
ひとまず、いまはできることをしようと、人質だった男性の猿ぐつわをほどきにかかる。硬く縛られており、しばらく格闘したが、なんとかほどくことができた。
「ありがとう……。本当にありがとう……!」
「いま、手足のロープもほどきますから」
またしばらく格闘し、男性を解放することができた。
その時だった。
「ハレンちゃん!」
ロビンの、悲鳴にも似た声が聞こえた。
「どうしたッ!」
ふらつきながらも、ロビンたちのところへ歩み寄る。
彼女たちは、眠ったように動かない、瓦礫の中のハレンの横顔を見つめていた。
「二人とも落ち着け」
俺は瓦礫の中に腕を突っ込み、ハレンの首筋に指を当てた。
「大丈夫だ、脈はある。生きてる! 早く瓦礫を!」
「そ、そうですわね!」
ロビンたちは急いで瓦礫をどかし始めた。
「ハレン、ハレン……、しっかりしろ、ハレン……!」
俺にできるのは、声を掛け続けることだけだった。
やがて、ハレンと、彼女が覆い被さって守っていた少女を、瓦礫の下から引きずり出すことに成功した。
そしてロビンが言う。
「頭を打っているのなら、これ以上、動かさないほうがよさそうですわね……」
「そうだな……」
ハレンを安静に寝かせておいて、俺たちは3人掛かりで人質の少女を拘束している猿ぐつわと手足のロープをほどいた。
少女は、人質だった川口さんの旦那さんに縋りついて、大泣きした。その頭を、旦那さんは優しく撫でていた。
しばらくして、少女が落ち着き始めた頃、ロビンはチェルシーに指示を出した。
「チェルシー、お二人を川口さんの下へ連れていってあげてください」
「かしこまりました」
「銃と暗視ゴーグルは装備していってくださいね。そのあとは向こうに残って、アリアさんと一緒にスタッフの皆さんを守っていてください」
「はい、分かりました」
チェルシーと人質の3人は、ゆっくりと歩いて、その場から去っていった。
俺とロビンは、黙りこくって、ハレンの様子を見ていた。トレードマークの黄色いカチューシャは、少し血に濡れているだけだった。
出血はそんなに酷くない……。けれど、心配だな……。
そう思っていると、ハレンは「ううぅ……」と、唸り声を上げた。
「ハレン!」
「ハレンちゃん!」
呼び掛けに応じるように、ハレンは瞼を開けた。
「……アタシ……」
「ハレン! なにがどうなったか、分かるかっ?」
「確か……爆弾で……」
ハッとして、ハレンは自分の顔を触る。おそらく変装マスクが破れていないか、確認しているのだろう。
マスクの無事を確認して、それから身体の変装のチェックも終える。そうして起き上がろうとした。そんなハレンを、俺とロビンの二人掛かりで押さえつけた。
「ハレンは頭を打ったんだ。横になってろ」
「もう……大袈裟だなぁ……」
「お前なぁー……。俺たちがどれだけ心配したか……!」
「じゃあ、安心して……もう大丈夫だから……」
「全く……、ああ言えばこう言う……」
「このアタシが死ぬわけないでしょ……? 聡介くんはアタシの秘密、知ってるもんねっ?」
ロビンが首を傾げる。
「秘密って?」
「ロビンちゃんにはナイショだよ。アタシと聡介くんだけのヒミツぅー。ふふっ!」
「ええー? 気になるわ。教えてください!」
「ダメぇ~」
「どうしてですのっ!」
それから二人は言い合いを始めた。全く、やれやれだ。
「元気そうで何よりだよ……」
「木造で平屋建てだったのが幸いしたね」
「どうやらそうらしい。それと、あの瞬間に、ハレンが『伏せろ』と言ってくれたおかげだな。ありがとう」
「どういたしまして。言った本人はこんなだけどね」
ここでロビンが「あっ」と声を上げた。
「蓮池生徒会長へ連絡するのを忘れていましたわ」
生徒会長には逐一報告を上げていた。だが、古民家へ突入してからの報告は、忘れていたらしい。
「ハレンちゃんのことがあったから……」
「アタシを理由にしないでぇ~」
「そうですわね。あとはチェルシーにも、ハレンちゃんが目を覚ましたことを伝えないと。きっと心配していますわ」
ロビンはデバイスを取り出して操作を始めた。蓮池生徒会長からは「心配メッセージ」がたくさん届いていたそうだ。チェルシーたちのほうも襲撃はされておらず、無事らしい。
とにかく、〈赤の魔導士〉は逃がしてしまったが、俺たちは全員生きている。そのことをいまは喜ぼう。
「ロビン、いつだったか、将来探偵になるかどうか分からないと言ったけれど、俺は探偵になるって決めたよ。『悲劇に意味をもたらし、人を生かす探偵』に!」
「聡介くんなら、きっとなれますわ、そんな探偵に!」
「ありがとう」
長い長い一日が終わり、やがて、東の空が白み始めた。
そうして朝日が昇る。
瓦礫の向こうのガードレールの向こう。遠目に見える山々が朝日に照らされ、輝く……。
「これは……、絶景だな……」
「そうですわね……」
山手康太郎という大富豪が、この場所に別荘を建てた理由が、少し分かった気がした。
「アタシも見たぁい!」
「ダメですわよ、ハレンちゃんは寝てないと」
「ええー! そんなぁー!」
恨み言を述べるハレンを、ロビンと二人で笑ってやった。
……今回の事件は、これにて終幕となった――。
しばらくすると、何機ものヘリコプターが、編隊を組んでやってきた。
その内の一機が、かつて古民家だった瓦礫のそばの道路に着陸した。
俺たちはそのヘリに乗り込んだ。ハレンはタンカーで運ばれていた。
そのヘリの中には蓮池生徒会長がいた。
「来てくださったんですね」とロビンが言った。
「ええ。皆さん、〈ギルメン〉を退けるとは、よくやってくれました。スタッフや人質の救助も、よくぞ成し遂げたわ。大手柄よ」
生徒会長さまから労いの言葉をもらい、俺は恐縮した。
「キミはもっと自分に自信を持ったほうがいいわね」
「課題の一つですね……」
今回の一件で、自分に足りないものが、少し分かったように思う。
「蓮池先輩、学園の系列施設かどこかに、射撃訓練場ってありますか?」
「あるわよ」
「あるんだ……」
ダメ元で聞いたんだけれどな……。だが、これは僥倖だ。
「利用には制限があるけれどね。しかし、キミには許可を出しましょう。特別よ?」
「ありがとうございます!」
備えるとしよう。この大犯罪時代。次なる事件に向けて――。
*
学園から、合宿が中止になった代わりに、今回の一件の概要を報告書として上げれば、特別に5000Dptを振り込んでくれると言われた。
しかし、その期限はゴールデンウィークの最終日までで、身体の背面全体に打撲傷を負った俺にとっては厳しいものだった。腎臓を強く打ったせいで血尿は出るし、散々だ。病院へ通いながら、報告書の執筆に励み、俺の連休は終わっていった。
頭を打ったハレンは、CT検査を受けることになったが、「異常なし」だったそうだ。ひと安心である。
そうして頭の包帯が外れた頃、ゴールデンウィークが明けた。
学園へ登校し、朝礼を待っていたが、少し空席が目立つな、と思った。
ロビンが前の席に座り「お久しぶりですわ。怪我の具合はどうかしら?」と気遣ってくれたので、雑談をしながら朝の時間を過ごした。
姫川先生がやってきて、朝礼が始まった。
「貴様らに言っておこう。模擬事件合宿の結果にて、このクラスから6名の退学者が出た。貴様らもせいぜい頑張るこったな」
……俺の隣に座るはずの、百地さんは、不在だった。
ああ、そうか……、と俺は気持ちを暗くした……。
こうならないために、仲を深めないようにしていたはずなのに……。ダメだな……。
教室では、ハレンとアリアが〈ギルメン〉と出くわしたことを話し、それが話題となっていた。
「おいおい、綿原、『三女仙』と一緒のグループで羨ましい、思っとったら、大丈夫やったんか?」と村瀬くんから話し掛けられた。
「大丈夫だよ」
本当は大丈夫ではない。未だに背中の湿布は欠かせないし、こうして長時間、硬い椅子に座っていると、お尻が痛む。だが、強がってみせた。
「それより、百地さんは……――」
「ああ……」
村瀬くんは苦い顔をした。
「最初の学内模擬事件ん時は、世話んなったんやけどなぁ……。百地は自主退学してもうたわ……」
「自主退学?」
「せや。合宿までに百地は500ポイント貯められへんくてなぁ……。450ポイントだけやった。オレは700持っとったから、百地に50ポイントやって、500ポイント持たせたんやけど……。百地は合宿の事件が推理できへんくて、自信なくしたみたいでなぁ……――」
―― * ――
「自主退学するて、本気か、百地?」
「……修二、ちょっと目、閉じてくれる?」
「はぁ? なんでや?」
「いいから……」
村瀬は仕方なく瞳を閉じた。
すると、唇に柔らかいものが当たった。
「えっ……――」
「50ポイント返せなくて、ごめんね。これで許してとは言わないけど……、いちおう、わたしのファーストキス……――」
そうして百地は、こう言い遺していった。
「修二、絶対探偵になってね! 頑張るんだぞぉ!」
―― * ――
「どうしたの? 大丈夫?」
ボーっとしている村瀬くんに、俺は声を掛けた。
「あ、ああ、平気や……。綿原が、クラスメイトと距離置こうとしとった意味が分かったわ……」
「そっか……」
俺はそれだけしか言うことができなかった……。どんな言葉を掛けてあげればいいのか、分からなかった……。
けれど村瀬くんはこう言った。
「オレは絶対探偵になる! 百地のためにもな!」
その日、ロビンが野島寮へ遊びに行きたい、と申し出た。そしてハレンも誘いたい、と言った。ハレンに声を掛けると、了承を得ることができた。
そうしてロビンたちが野島寮に遊びに来て、一気に賑やかになった。
ナオミ先輩は、ハレンの正体が怪盗バレーヌであることを知っているはずだが、なにも気にしていない様子で、跳ねて喜んでいた。
夕食時、ナオミ先輩は少し深刻そうな顔つきで語り始めた。
「みんな集まってて、ちょうどいいから言うけど~、学園理事会メンバーの一人の裏切りが発覚したよ~。〈ユニオン〉の調査でね~。彼が今回の模擬事件合宿の予定を〈ギルド〉に渡したみた~い。まぁー、脅されてたみたいだし、ついでに尋問する前に〈ギルド〉に殺されちゃったけどね~」
「……そうですか……」
大犯罪時代の闇は、まだ深いようだ……。
仕切り直しとなって、夜に恒例のゲーム大会が開かれた。
「さぁて、ハレンちゃんの腕前はどうかなぁ~?」
ナオミ先輩はそう言って、ハレンに格ゲー対決を挑んだ。
「ハレン! すげぇ!」
初めて触る、と言っていたのに、ナオミ先輩の扱うサブキャラに勝利したのだ。
「技を盗むのは得意なんですよぉ」
「ふうん……」
ナオミ先輩は「それは怪盗だから?」と言いたげだった。ハレンは先輩と同じキャラクターを選んでいたのだ。
そうしてハレンは、ナオミ先輩の本命キャラとの試合も、同じキャラを選んで、互角に戦っていた。
*
みんなで雑魚寝した翌朝、目覚めると、目の前にハレンの可愛い顔があった。
もはや恒例だな……、やれやれ、と思いながらも、この変装マスクの下には、怪盗バレーヌの素顔があるのか、と思い、手を伸ばし――。
「ついにッ! なにかするおつもりですねッ?」
「チェ、チェルシー……ッ! 違うんだッ、これはッ!」
「対象がわたくしではないのが悔しいですが、聡介さまにも人並みに性欲があると思えば、安心です」
「だから、違うんだってば!」
というか、なにが安心なんだ?
賑やかに朝食を摂りながら、俺はアリアに言った。
「なぁ、今日は『ユニオン出張案内所』に行かないか?」
「いいね! やる気になったのね?」
「そうだな……。ああ、やる気になったよ……!」
一歩、前へ踏み出すとしよう。探偵として、一歩ずつ、一歩一歩、前へ……――。
「いいですわね」
ロビンが言った。
「チェルシー、ワタシたちも行きましょうか」
「はい、そうですね」
「なら、アタシも行くー!」とハレンが言う。
幼馴染みの〈巻き込まれ探偵〉、アリアと始まった探偵人生。
彼女に誘われて入った探偵学園では、出会いがあり、そして信念を手に入れた。
俺は〈最遅探偵〉、「悲劇に意味をもたらし、人を生かす探偵」だ。
了
