「陰と陽」という、わたしたちの本当の姿
──算命学 × 表現者 × 教育者として、四泉芙燈が語る“心を整える哲学”
こんにちは、四泉芙燈(よんいずみ・ふとう)です。
算命学を学び、教え、伝えていくなかで、
私が心から大切にしているものがあります。
それは──
「陰陽(いんよう)」という、世界(宇宙の大法則)のリズムを感じること。
今を生きるわたしたちにとって、
陰陽は「古い思想」でも「難しい理論」でもありません。
むしろ、陰陽を知ることは、
人生を楽にし、自然に生きるための最高の道しるべなのです。
陰と陽は、「正反対」ではなく「二つで一つ」
私たちはよく、「陰と陽は真逆だ」と思いがちです。
けれど、算命学の世界では──
陰と陽は、敵ではない。
陰と陽は、二つで一つ。
と考えます。
たとえば──
夜があるから、朝を待つ喜びが生まれる。
寒い冬があるから、春の温もりに感動できる。
苦しみを知ったからこそ、誰かにやさしくできる。
どちらかだけでは、世界は回りません。
陰と陽は、互いに支え合うことで、初めて“存在”できるペアなのです。
陰と陽は、固定されたものではない
ここでもうひとつ、
とても大切な視点をお伝えしたいのです。
──陰と陽は、絶対的に決まっているものではありません。
たとえば、雨の日。
外出する人にとっては「憂鬱な陰」かもしれないけれど、
畑を耕す人にとっては「恵みの陽」になる。
つまり、
同じ出来事でも、立場や視点によって、陰にも陽にも変わる。
そして、この「陰陽の可変性」こそが、
カタカムナやホツマツタヱにも共通する、宇宙の本質なのです。
カタカムナの世界では、
「カ(力・現象)」と「タ(分かれ)」が交わり、
すべての現象がウタ(歌・響き)として生まれると考えます。
ここに、「良い」「悪い」という判断はありません。
ただ、
どのように“感じ”、どのように“響き合う”か。
それだけが、この世界を形づくるのです。
つまり、
陰か陽かを決めるのは、「出来事そのもの」ではなく、「わたしの心」。
私たちは、世界を一方的に受け取っているのではなく、
自らの“カ”(力)と“タ”(分かれ)によって、響かせ、創造しているのです。
また、ホツマツタヱでは、
万物が「アマ(天)」と「ツチ(地)」の交わりによって生まれると説かれています。
ここでもまた、
天(陽)と地(陰)は、どちらか一方では成立しない。
雨が降ることも、
稲が実ることも、
人が笑うことも泣くことも──
すべては、陰と陽が交わり合う“ミソギ(禊ぎ)”の連続だと、古代の人々は捉えていたのです。
だから──
「これは悪いことだ」
「これは失敗だ」
そう決めつけてしまった瞬間、
わたしたちは、自ら世界の響きを閉ざしてしまいます。
でも、もしこう思えたらどうでしょう。
「もしかしたら、違う意味もあるかもしれない」
「この出来事は、まだ“育っている途中”かもしれない」
そう思えた瞬間、
心の中に、ふっと柔らかな風が吹き始める。
それはまるで、
カタカムナのウタヒが響きあうように、
ホツマツタヱの天地がめぐるように、
わたしたち自身が、もう一度世界と調和しはじめる瞬間なのです。
陰と陽は、固定されたものではありません。
世界は、感じ方で変わる。
心の響きで、創り直すことができる。
そして何より──
あなた自身が、陰にも陽にもなれる存在なのです。
※具体的にはもう少し意味が変わってきますが――
わたしたちの心も、陰陽でできている
私たち人間の心も、
自然界と同じように、陰と陽のリズムでできています。
笑顔と、涙。
動きたいときと、休みたいとき。
誰かに寄り添いたい気持ちと、ひとりになりたい気持ち。
どちらも、自然なもの。どちらも、大切なもの。
にもかかわらず、
私たちはいつのまにか、「陽」だけを良いものと思い込んでしまいがちです。
「いつも明るくいなきゃ」
「頑張ってないとダメ」
「弱音なんて吐いちゃいけない」
でも、それは本来のリズムを無理やりねじ曲げること。
心に必要な陰を否定してしまうと、やがて、陽も輝けなくなってしまいます。
小さなエピソード──“泣くことができたあの日”
たとえば、こんな話があります。
ある女性がいました。
彼女はいつも、明るく、優しく、周りを笑わせる存在でした。
でも、心の中では、
疲れたときも、傷ついたときも、
「私がしっかりしなきゃ」と、必死で笑い続けていました。
ある日、とうとう、彼女はふっと力尽きるように泣いてしまいました。
周りに誰もいない、小さな公園のベンチで。
最初は、自分を責めたそうです。
「弱いな」「ダメだな」って。
でも、泣きながら、こうも思ったといいます。
──「ああ、これが、私の中の“陰”なんだな」
必死で押し込めてきた陰を、初めてそのまま受け止めた瞬間。
不思議と、胸の奥に、温かい光のようなものが広がったのだそうです。
それから彼女は、
前よりも自然に笑えるようになりました。
誰かに「大丈夫?」と聞かれたとき、
無理せず「ちょっと疲れてるかも」と言えるようになりました。
私たちは、
「笑ってばかりいなきゃいけない」わけでも、
「ずっと頑張り続けなきゃいけない」わけでもありません。
自分の中の“陰”を受け止めること。
それは、
自分の“陽”を、本当に輝かせるための準備なのです。
光だけでは、光はわからない。
影があるからこそ、光は輝く。
そんなふうに、
あなたの心も、自然に息をしていいのです。
陰と陽を気持ちに置き換えてみました。
※でも実は―― というお話は、
また今度。あるいは、禄玉塾の授業で。。。。
陰陽が整うと、人生は「無理なく」動き出す
陰陽は、戦うものではありません。
どちらかを抑え込むものでもありません。
バランスを取りながら、自然にリズムを刻むもの。
陰が強くなりすぎたら──
小さな行動を起こしてみる。
陽が強くなりすぎたら──
ひと息つく時間を大切にする。
それだけで、
人生の流れは少しずつ変わっていきます。
無理に押し流すのではなく、
自然に“風”が吹き始める。
そんな感覚を、きっと誰もが体験できるはずです。
四泉芙燈が見た「陰陽」の奇跡
私はこれまで、たくさんの人の「変化」の瞬間に立ち会ってきました。
表現者として。
教育者として。
そして、算命学の案内人として。
その中でいつも感じるのは、
人は「陰と陽の両方」を受け入れたとき、本当に輝き出すということです。
自分の弱さを認めた人が、強さを手に入れた。
自分の静けさを大切にできた人が、世界に羽ばたいていった。
どちらか一方だけではダメなんです。
陰も陽も、ぜんぶ「あなた」なんです。
まとめ──
【陰陽を味方につけて、自分らしい道を歩こう】
陰陽とは、
「あなたを責めるもの」ではありません。
「あなたを救うもの」です。
陰があっていい。
陽があっていい。
揺れてもいい。
戻ってもいい。
大事なのは、どちらかを消すことではなく、整えること。
陰と陽を、味方につける。
それが、自分らしい道を歩く第一歩です。
今日も、あなたが、あなたらしくありますように。
四泉芙燈
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