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ゲームセンターの思い出 前編

ゲームセンター、もう最高に響きの良い言葉ですよね!
と言いたいけど、人によっては「そう?」と冷ややかだったりもしそう。
時代によってゲームセンターの印象は違うんだろうな。

大昔は不良の溜まり場、ファミコン以降に移植前のオリジナルゲームが
やりたくて小中学生も入るようになり、スト2で格ゲーブームが来て、
プリクラやクレーンゲームで女子も来るようになり、ビデオゲームが
減ってメダルゲームやクレーンゲームの遊び場みたいになってしまった。
そんな移り変わりの激しいゲーセンなので、世代によって思う所様々
なんじゃないかな。

僕は実は不良の溜まり場時代に母に抱っこされながら
ゲームセンターを見学したってのが最初のゲーセンの記憶です。
ユニーの脇にあった、細長いアーケード街みたいなところに
所せましとテーブルゲームが置いてあり、
ピュンピュンと電子音が鳴っていたあの風景は鮮烈に覚えてます。

小学生になり、近くの駄菓子屋でドンキーコングを観ました。
二つ目の衝撃。なんかすごく面白そう!でもお兄さんたちが怖くて
遠くで見てました。クレイジークライマーも!

ドンキーコング すごく面白そうに見えた
クレイジークライマーもゴリラ


で、ちかくのスーパーの入り口に50円とかで出来るゲームがあり
これを親にねだって何度もやってた。フロッガーや、アルペンスキー
だったと思う。でもなんか単純なゲームばっかりだったな。

フロッガーはなんかちんまりしてたな

あと観光ホテルとかに泊まるとゲームコーナーがあり、思う存分
ゲームできたのが嬉しくて、旅行大好きだった。
ゲーム置いてないと「このホテルはダメだね┐(´д`)┌」なんて言ったりw

ファミコンが出た時何が衝撃ってドンキーコングが家で出来るって事ですよ!近くのおもちゃ屋さんでデモがいつも流れてて、ドンキーコングもマリオブラザーズも面白そうだった。幼馴染がファミコンを買い、ずっとファミコンをやり続けた。幼馴染は一人っ子で親が夜の仕事をしていて、おばあさんが毎週おこづかいをくれるという家だったので、僕は本屋に行っては
次に買うべきゲームを調べ、子供なりにプレゼンして幼馴染に買わせてた。

ファミコンにはハマった。自分は持ってないくせに。
特にナムコのゲームは、マッピーもパックマンもディグダグも
ゲーセンのまんまのクオリティに感じ、もうゲーセンに行く必要は
ないのだなと子供ながらに思った。
でもゲーセンのゲーム、いわゆるアーケードゲームは知らぬうちに
どんどん進化していたのだった。
それに気づいたのは魔界村の画面を見た時。

当時は魔界村の画面のきれいさに驚いた

ファミコンには出来ない画面のきれいさに驚き、さらに
グラディウスはファミコンではオプション2個なのに4個も付けれる!と
感動したものだ。ステージも1個多いし。

こうやってファミコン < アーケードゲームという事が分かり
結果、ファミコンより先にアーケードゲームをやりに行き、
ファミコンで出た頃には
「あぁ~あれね、ゲーセンでめっちゃやった!面白いから買おうぜ」と
言いたくてゲーセンや近くの駄菓子屋に良く通うようになった。
友達の間でも駄菓子屋に行ってゲームするのがブームで、
例えば熱血硬派くにおくんのミスズの声マネをしたりして
教室で遊んでた。
「なめてんじゃねーぞ、ビシビシビシ!」みたいなw

上のでかいのがみすず

もう少しすると、駄菓子屋では遊べない、大型筐体のゲームが
流行ってくる。そう、アウトランだ。その前のハングオンも
スペースハリアーもそうだけど、セガの大型筐体はなんかいい。
たぶんBGMの音源が良いんだと思う。

アウトラン この大型筐体にシビれるアコガれる!!

ストリートファイターも好きだった。ボタンが叩く強さに合わせて
強弱があり、高校生のパンチ力をみておお~ってなってたけど、
別に強ではなくても波動拳や昇竜拳が撃てればクリアできるゲーム
でしたね。コマンドがシビアで中々でないんだよね。

昇竜拳出せたら子供に憧れられる

そうやってゲーセンに入り浸るようになった僕たちに、満を持して
登場したのが、そうストリートファイター2でした。

<後編へ続く>


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