NBA Jersey vol.2

第二弾です。
今回は、自分自身がNBAにハマりだした1990年代始めに遡ってみようと思います。

時は、MICHAEL JORDANが初めてNBAを制覇した1991年。
日本ではSLAM DUNKが連載を初めて1年が経ち、世間に認知され始めた頃
ですね。

日本国内では、なかなかNBAモノが手に入りにくい頃でした。
地方出身の私は、もっぱら月刊バスケットボール誌やHOOP誌の通販に
お世話になりました。
もちろん、現在とは違い「ポチッ」とオーダーできる訳ではなく、電話を
掛けて在庫を確認してからの購入でした。
いやはや、なんと便利な世の中になったものか。

前置きはこの位にして。
この頃、NBAはジャージ(ウォームアップジャージも)の供給を
Champion社と独占契約を結んでいました。
ちなみに、Champion社の前はSand-Knit社と契約していたチームが
多いのですが、この会社も紆余曲折があるのであらためて。

Champion Jersey

首元にタグなし


JORDANの文字がホワイト
MADE IN U.S.A.の文字

まずは、NBAジャージと言えばハズせないMICHAEL JORDANのものを。
こちらは、1991-1992年まで使用されていたモデルのレプリカです。
ジャージの種類には、実際にプレイヤーが使用しているものと素材などの
仕様とサイズが同じ「プロカット」、素材などは同じで色々なサイズ展開をしている「オーセンティック」、素材は簡素化されてサイズ展開が豊富な
廉価版の「レプリカ」があります。
※その後、「スゥイングマン」が登場しますが、その話はまたの機会に。

話は戻って、なぜ1991-1992年までかというと、背中のネームが白色だから
です。
プレイヤーが使用していたジャージは、このシーズンまでチーム名や番号、
背中のネームが「ペイント」で書かれていました。
このシーズンは、CHICAGO BULLSが二連覇、BACK TO BACKを果たした
年です。
翌シーズンの1992-1993年からはチーム名等は刺繍で施される様になります。


1992 NBA FINALS vs TRAIL BLAZERS

今回はここまで。

また次回に。

いいなと思ったら応援しよう!