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その24「音楽と舞踊」 Archives『THE NIKKEI MAGAZINE Ai』プレミアムクラブ会員向けメールマガジン/歌舞伎編

(2015年11月~2023年3月配信/文:Katsuma Kineya、編集:講談社、配信元:日本経済新聞社)
※俳優名と公演情報は配信当時のものです


楽器の見どころと見せどころ

2020年2月14日配信

 歌舞伎は、俳優の演技に加え、筋立てにも工夫が凝らされ、大道具小道具もバラエティに富んでいます。音楽もしかりで、ジャンルを超えて組み合わせてみたり、思いがけない楽器を使ってみたり。例えば昨年12月、88年ぶりに上演された『蝙蝠(こうもり)の安さん』では、洋楽の旋律を邦楽の楽器で演奏した、印象的な音楽が使われました。また『源氏物語』ではオペラ等で活躍する歌手が美声を披露、『幽玄』では太鼓芸能集団の鼓童が共演など、始終話題に事欠きません。歌舞伎は懐の深い芸能で、そうして取り入れられた音楽は不思議と狂言に馴染み、観客を物語に引き込む一翼を担います。今回から2回に分けて、その秘密をさぐっていきます。

歌舞伎と三味線の深い仲

 歌舞伎の音楽には唄物と語り物があります。唄物は長唄。語り物は浄瑠璃のことで、義太夫節、常磐津節、清元節など。そして、伴奏にはすべて三味線が登場します。
 三味線が渡来したのは、16世紀後半とされています。琉球を経て入った蛇皮線に改良を重ねた末に、胴と棹は木材、弦は絹糸、胴に張った皮は犬や猫を用いる形に落ち着きます。棹の太さは主に三種類あり、太さによって音質が変わります。長唄には細棹、常磐津節や清元節には中棹、義太夫節には太棹が使われます。太棹は腹に響くような低音が、細棹は繊細な音色が特徴。演奏にはY字形のバチを用います。舞台用は象牙やべっ甲製、稽古用は木製です。
 三味線の弦はたった三本ですが、音の広がりは無限です。本調子、二上がり、三下がりと、弦の張りを調整して音調を変えたり、バチの使い方や弦を抑える指の使い方を工夫したり、上調子や替手など副旋律を伴ったり……。さまざまな演奏技術が用いられ、ときにはかなく、ときに力強くと、変幻自在に音を奏でます。ちなみに三味線の弦は通常“糸”と呼び、指の腹を使うギターなどとは異なり、爪で押さえます。
 三味線は浄瑠璃の伴奏に取り入れられ、17世紀初頭の慶長期に、当時はまだ女歌舞伎だった歌舞伎にも登場し始めます。古い時代、三味線を使う歌舞伎音楽で人気があったのは、今でも『助六』で使われる河東節や、いずれ長唄に引き継がれることとなる大薩摩節など。やがて長唄、常磐津節、清元節、義太夫節が取り入れられていきます。最近は太棹を用いる津軽三味線も演奏されています。

数十種の楽器を扱う鳴物

 三味線以外の楽器はすべて“鳴物”。歌舞伎以外でも「鳴物入りで登場」などの表現で使われています。
 主なものとしては能楽由来の四拍子があります。大鼓、小鼓、台に載せて打つ扁平な締太鼓、能に用いられた横笛の能管の4種類で、これと大太鼓、篠竹製横笛の篠笛がよく使われる楽器。さらに弦楽器としては箏、胡弓など、管楽器としては尺八などが含まれますが、それぞれさらにバリエーションがありこれだけでも相当な数に上ります。
 金属製の楽器で、叩いて音を出す鉦(かね)、振って鳴らす鈴なども鳴物に入ります。鉦には、松虫の鳴き声や念仏に用いられる“松虫”、鈴には、馬にまつわる音に使う“駅路(えきろ)”といった珍しい楽器も。松虫は緑に小さな足が3つ付いた皿形で大小一組。伏鉦とも呼ばれます。駅路はドーナツ状の金属の輪を数個ひもに通したものです。赤貝の殻を擦り合わせて蛙の鳴き声を模する“蛙”、竹籠を油紙で包んで大豆や小豆を入れて波の音を表現する“浪籠”など、音からは想像もつかない楽器も各種あります。

 次回は音曲についてご紹介予定です。

(参考資料:『新版 歌舞伎事典』平凡社、『新版歌舞伎』『演劇概論』ともに東京大学出版会、『歌舞伎ハンドブック』三省堂、『岩波講座 歌舞伎・文楽 第2巻 歌舞伎の歴史Ⅰ』岩波書店、『歌舞伎の解剖図鑑』エクスナレッジ、『歌舞伎イラスト読本』実業之日本社、『もう少し浄瑠璃を読もう』新潮社、歌舞伎公演筋書)

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音楽の見どころと見せどころ

2020年3月13日配信

 音楽は、歌舞伎の大切な要素の1つ。原則的にライブ演奏で、芸達者が演じますから、演奏会も兼ねているようなもの。音楽面からみても、歌舞伎は贅沢なのです。

交響楽団と合唱団が演じる長唄

 歌舞伎でもっとも耳にする機会の多い曲が長唄です。歌舞伎の曲の基本構成はすべて三味線と唄ですが、長唄だけは、ほかの楽器が加わることもあります。例えば人気舞踊の『連獅子』では、舞台正面奥のひな壇に、唄、三味線、四拍子と呼ばれる大鼓、小鼓、笛、太鼓がずらりと並びます。さらに箏や胡弓が加わることもあり、そうなるとさながら邦楽のオーケストラ。この場合唄方の数も多くなるので、合唱団も加わったような豪華さに。
 唄と三味線の奏者は同数構成で、唄と三味線それぞれに “立(たて)”と呼ばれる第1奏者が中央に座します。見せ場のソロ演奏はこの立唄、立三味線が担い、左右に並ぶ二番手以降に順次奏者が移っていきます。立以外の三味線は脇三味線。副旋律の替手(糸の調子は同じで“手”と呼ばれる旋律が異なる)や上調子(二の糸の調子が高い)も含みます。なおバンドマスター役は基本的に立三味線が担います。
 長唄は当初は“うた”“小うた”と呼ばれていましたが、享保年間(1716〜36)に“長唄”に統一されました。江戸で発展したため、江戸長唄とも呼ばれます。曲は江戸時代から伝わるものから新曲までさまざまで、大薩摩節を吸収したことから、大薩摩節を取り入れた曲もあります。演奏中自然と拍手の起こる激しく勇壮なパートは、たいてい大薩摩。テクニックを駆使した三味線の演奏に、効果的に唄が絡まるもので、歌舞伎で聴く生演奏の醍醐味の一つです。浅葱幕の外での演奏も大薩摩といいます。
 大薩摩節は初世大薩摩主膳太夫が創始した江戸の浄瑠璃で、二世市川團十郎の荒事の音楽として一世を風靡しましたが、長唄や浄瑠璃の常磐津節などに押されて衰退。正式に長唄の三世杵屋勘五郎に譲与されたのは明治1(1868)年のことです。当初から伴奏は長唄の奏者が担当していました。

ナレーションを兼ねた義太夫

 義太夫節は貞享1(1684)年初世竹本義太夫が創始した人形浄瑠璃の劇音楽で、物語を進めるナレーションのような地の部分と、詞と呼ばれるせりふ部分で構成されています。人形浄瑠璃では語り手を太夫と称しますが、歌舞伎では、義太夫節そのものと三味線方を含む演者を竹本と呼びます。竹本は通常、舞台上手に2〜4人で登場し演奏します。
 地も詞も人形浄瑠璃ではすべて太夫が語りますが、歌舞伎では、詞は通常のせりふとして役者が語る場合もあります。竹本がせりふ部分を演じる際は、役者はそれに合わせて当て振りをし、人形のような振りを付けたものは人形振りといいます。バレエなどでも人形役の人形振りはありますが、歌舞伎では娘役や侍役の人形風演技なので、人形振りが同じ流れの中で普通の演技と混在するなど、独特の趣があります。
 義太夫節と長唄それぞれ別個の演奏だけでなく、掛け合いもあります。最近は津軽三味線や和太鼓との掛け合いもあり、音楽的にも楽しみが大きくなっています。

江戸の浄瑠璃、常磐津節と清元節

 ともに中棹の三味線を使う江戸の浄瑠璃です。常磐津節は江戸豊後浄瑠璃から派生したもので、時代物には重厚な節を、世話物には情緒豊かな節をつけます。清元節は高い声が特徴で、浄瑠璃を大切にした音楽*。中棹なので、太棹の義太夫ほどではありませんが長唄とは三味線の音が異なり、より柔らかい響きがあります。
 こうした日本の伝統音楽、特に近世邦楽(中でも三味線音楽)は音曲(おんぎょく)ともいいます。

BGMと効果音を担う下座音楽

 舞台下手の黒御簾の中で演じられる生演奏の音楽です。長唄連中の唄方、三味線方、囃子方(四拍子などの奏者)の社中が担当しています。上演前後も含め、800曲を越えるさまざまな音楽があり、効果音も演奏されます。どの音楽をどこにいれるかなどの設計は囃子方が担当。

(参考資料:『新版 歌舞伎事典』平凡社、『新版歌舞伎』ともに東京大学出版会、『歌舞伎ハンドブック』三省堂、『岩波講座 歌舞伎・文楽 第2巻 歌舞伎の歴史Ⅰ』岩波書店、『歌舞伎の解剖図鑑』エクスナレッジ、『浄瑠璃を読もう』『もう少し浄瑠璃を読もう』ともに新潮社、『広辞苑第七版』岩波書店、歌舞伎公演筋書、歌舞伎美人)

*マーク削除2025年10月7日

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歌舞伎舞踊の見どころと見せどころ

 8月から公演が再開されましたが、公演時間が短く出演者数も少ないことから、舞踊の演目が多くなっています。そこで今回は歌舞伎舞踊についてまとめます。

歌舞伎舞踊の発端

 歌舞伎舞踊とは、歌舞伎の中で演じられる舞踊や舞踊劇のこと。“舞”は平面旋回、“踊”は上下跳躍を指します。歌舞伎舞踊の源流は中世末期には庶民から貴人まで広がった民俗芸能の風流踊(ふりゅうおどり)。一方でこのころ女性芸能者が台頭。なかでも阿国(おくに、お国)は歌舞伎者に男装して踊り、これが歌舞伎踊の始まりとされています。阿国の男装はちょうどこの頃亡くなった有名な歌舞伎者の名古屋山三郎を模したものとも伝わっています。二人は恋仲だったという噂もまことしやかに流れました。このときの歌舞伎踊は流行の小歌を続けて歌い踊る組踊形式が中心で、女歌舞伎に便乗して始まった遊女歌舞伎も同様でした。女性芸能禁止(1629年ごろ)後に注目を浴びた若衆歌舞伎では、狂言が積極的に取り入れられるようになり、筋のある演し物となっていきます。続いて野郎歌舞伎になるころ(1652年ごろ)に舞の系統も流入され、さらに元禄歌舞伎(1684〜1711年ごろ)で、演劇的な要素のものまね的しぐさである“振”が導入され舞踊の三要素がそろいます。舞踊劇の完成は天明期(1781〜9年)。

歌舞伎舞踊の種類

 歌舞伎舞踊の種類は分類方法もさまざまで数も多いので、よく耳にするものをいくつかご紹介します。
石橋物(しゃっきょうもの):能の「石橋」に題材を得たもので、獅子物とも。『連獅子』や『鏡獅子』などがあります。
道成寺物:能の「道成寺」に取材した舞踊劇で初期のころから通し狂言の一部として取り入れられていましたが、集大成の決定版『京鹿子娘道成寺』が、1753年、中村座で初世中村富十郎によって上演されました。派生形として二人で踊る『二人道成寺』や立役の『奴道成寺』などがあります。
三番叟物(さんばそうもの):能の「翁」、能狂言の「三番叟」をもとにした儀式舞踊のほかに、さまざまな変形があります。通称「舌出三番叟」の『再春菘種蒔(またくるはるすずなのたねまき』、通称「操三番叟」の『柳糸引御摂(やなぎのいとひくやごひいき)』、『二人三番叟』など。
道行物:道行事、景事ともいいます。一段または一場の道行きで、男女が心中のために目的地へ着くまでを描くのが普通ですが、一人、親子、主従、三人以上のものまで多様。今年の「八月花形歌舞伎」『義経千本桜』でも「吉野山」(道行初音旅)が上演されています。
松羽目物(まつばめもの):能舞台を模して正面に根付き老松と左右袖に竹を描いた松羽目、下手に5色揚幕、上手に臆病口の舞台装置が基本。原点は七世團十郎による1840年河原崎座『勧進帳』初演。現在松羽目物として知られる舞踊は明治、大正期に創られたものが多く五世菊五郎『土蜘』、九世團十郎『素襖落(すおうおとし)』、六世菊五郎と七世三津五郎『身替座禅』など。
変化物:小品舞踊を組み合わせ、踊手が複数の役柄を踊り分けます。全盛期には十二変化までありました。玉三郎が映像と実演で見せた「九月大歌舞伎」『鷺娘』もこの一つ。なお、変化物には数えられませんが、「十月大歌舞伎」『京人形』は浄瑠璃物の人形振りとは異なる珍しい演し物で、西洋の『くるみ割り人形』のように人形に魂が入る舞踊で男と女に踊り分けます。

歌舞伎舞踊と日本舞踊と所作事

 歌舞伎舞踊は日本舞踊を代表する舞踊として、日本舞踊とほぼ同じ意味に用いられます。また、所作事は歌舞伎舞踊のこと。はじめはやつし事として職人の動きを舞踊に写したものをいいましたが、やがて歌舞伎舞踊の、主に長唄物を指すようになりました。浄瑠璃物は浄瑠璃または浄瑠璃所作事といいます。

日本舞踊の流派

 流派も多数存在し、日本舞踊協会に所属しているだけでも、約120流派あります。五大流派といわれているのは、花柳流、藤間流、若柳流、西川流、坂東流。
 藤間流は、創始者藤間勘兵衛の家は絶え、現在は宗家藤間勘十郎派と家元藤間勘右衛門派(現在の家元は四代松緑が襲名)があります。坂東流は、流祖は三世坂東三津五郎で現在の家元は二代巳之助です。
 五大流派以外では、尾上流を、六世尾上菊五郎が創流。当代家元は三代尾上菊之丞。市川流は、七世市川團十郎の舞踊を礎に九世團十郎が創流。現在の家元は十一代海老蔵。昨年は初代壽紅、四代翠扇、四代ぼたんの三代襲名披露公演が話題を呼びました。江戸時代に創流され一時途絶えましたが昭和初期に再興された吾妻流は、現在歌舞伎俳優の壱太郎が七代目家元吾妻徳陽です。十代幸四郎が家元の松本流は、藤間流(勘右衛門派)家元だった七世幸四郎が松本家の流儀を確立し、それを次男の八世幸四郎が継いで初世家元として創流しました。

(参考資料:『岩波講座 歌舞伎・文楽 第2巻 歌舞伎の歴史Ⅰ』岩波書店、『歌舞伎ハンドブック』三省堂、『團十郎の歌舞伎案内』PHP新書、『新版 歌舞伎事典』平凡社、『歌舞伎の解剖図鑑』エクスナレッジ、『増補版 歌舞伎手帖』角川ソフィア文庫、歌舞伎公演筋書)

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