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四十二歳、夢見るおじさんやってます


からだのことと酒のこと

 マイナンバーカードの写真を見せると「ずいぶんと印象が違いますね」と、言われる。

 そのたびに私は少々胸が苦しくなる。

 マイナンバーカードの写真は何年も前に撮ったもので、「若い」。しかし現実にいる私は42歳のおじさんだ。

ずんぐりむっくりとしたおじさんがそこにいる。

 二十代のころは体重40キロ台をキープしていて華奢だった。三十歳ではまだ大丈夫だったが、三十後半になると50キロ台になり、現在は60キロオーバーとなってしまった。

 お風呂に入る前に全裸になって鏡に映る私は「まるで『私』ではない」。
知らないおじさんがそこに映っていた。

 くびれさえあった腰も今ではうきわ肉がぼってりと付き、母親からは「まるで妊婦さんみたいね」と言われる。

 禿げの兆しはまったくないが、白髪が爆発的に増えてどこか疲れ切ったような印象を受ける。

 顔もなんだかむくんでいて少し膨らんだような気がする。顎下も少したるんでいて、首さえも何故だか太くなっていた。

 ため息しかでない。

 少し不思議に思うのだよ。私はあまり食欲がなく、一日に一食程度の食事しかとっていない。食べていないのだから普通だったら痩せていってもいいんじゃないかなと思うのに、なぜだかまったく痩せる様子がない。

 いつ付いたのかわからないお腹の肉はしっかりと私の皮膚の内部にこびりつき、消える様子がまったくない。
 サプリも、ナイシ〇ールZも飲んでいるのに、「燃焼」のネの字も出てこない。

 なぜなんだ。

 答えは分かっている。運動不足もそうだし、睡眠の質も悪いし、生活リズムもめちゃくちゃだし、年齢による基礎代謝の衰えや筋肉の衰えもそうだし、そしてなにより一番の原因となっているのが「酒」だ。

 病院の先生もそう言うし、ChatGPTもそう言っている。

 なら酒をやめればいいじゃないかという話なのだがそれがそうそう上手くいかないのだ。
 飲まなきゃやってられないことが多い。

 毎日私はお酒を飲んでいる。もはや飲んだって酔うこともないのに、それでもお酒を飲んでいる。
 でもさすがにこのままではまずいと思った私は酒を変えることにした。

 今まではウイスキーを瓶で直飲みしていたのだがそれをやめ、焼酎を買ってお茶で割って飲むことにしたのだ。

 これは見事に成功した。今ではウイスキーなんて飲みたいとも思わない。

 私には計画があるのだよ。

 お茶割りを飲んでも酔うことはないので、(酔った感じにならないので)、それはもはや「お茶」だ。

 だから、だんだんと入れる焼酎を薄めていって、自分で自分の脳を騙していって、最終的に「ただのお茶を飲む人間」になれればよい。

 そして一カ月たった私はついに酒を買わなくなった。今日一日、一滴も酒を飲んでいない。冷たいお茶しか飲んでいない。

 今日、お風呂に入る前に鏡に映る裸の私をもう一度確認した。
 ポンポンとお腹を叩く。

「見てろよ浮き輪肉!」絶対に落としてやる。

 そう決意して2026年の6月が始まった。

私が悟ったこと

 男は40になったら自分の顔に責任を持てとかなんとか言ったのはアメリカの大統領のエイブラハム・リンカーンだったように思う。

 孔子は論語の中で「四十にして惑わず」と言っている。

 私が思う40代の男というのは、しっかりとした迷わない男というイメージなのだが、私はどうだろう。

 迷い、惑い、悩み、煩悩の塊で、失敗と挫折ばかりしている。

 私が子どものころに描いていた大人の男とはまったく違う人間になってしまった。

 一応説明しておこう。現在42歳の私には奥さんも居なければ彼女すらいない。友人もあまり多くはなく、とても孤独なおじさんだ。

 ろくな資格もなければキャリアもない。貯金すらない。借金だけがある。

 タバコに火を点けてふうと煙を吐き出す。「どうしてこんなになってしまったんだ?」

 事情はいろいろある。精神疾患を持っているので、社会とうまくなじめないところもある。
 でも、もうちょっとまともであってもよかったのに、と思うのだが、まともでしっかりした大人の男である自分は「もはや自分ではない」気がしてくる。

 私は、迷い、惑い、悩み、煩悩を抱えながら失敗と挫折を繰り返す人間なのだ。

 たぶんそれが「私らしい人生」だと思ったりする。

 私はときどき坐禅をすることがある。坐禅をしているととても気持ちが落ち着いてくるのでおすすめだ。
 仏教の曹洞宗では只管打坐(しかんたざ)という言葉がある。道元禅師の言葉というか哲学だ。私はそれを本で読んで、「ただ座れ」といういたってシンプルな姿勢に惹かれ、お寺に出向き、何十年も坐禅に打ち込んできたという有名なお寺の元住職さんから教えを受けた。

 坐禅をしてもう三年になるのだろうか。毎日やることはないが、ときどきお風呂上りに足を組んで印を結び空(くう)になる。

 坐禅をしているときは(いろいろな感覚を得るのだが)どこか心が清らかになったように思う。

 けれど、ずっと坐禅をしているわけにもいかないので、私は他のこともする。

 他のことをしていると、私は仏ではなく人間に戻るので、再び煩悩にまみれていく。

 私はそれでいいんじゃないかなって思っている。

 私が悟ったことは、「悟る必要なんてない」ということだ。有名な言葉が日本にはある。
 「にんげんだもの」

 相田みつを先生の言葉だ。

 私は人間らしく、これからも迷い、惑い、悩み、煩悩にまみれて生きていこうと思う。

 そういう意味では「惑わず」なのかもしれない。

恋愛について

 恋愛というものは若い男女がするもので、大人の男と女は恋愛なんてしないものだと思っていた。
 けれど、年を重ねるごとに「大人の恋愛」というものもあるのだということが分かってきた。

 大人の恋愛。それは、とてもムードのあるレストランでワインを嗜みながらフランス料理のコースをいただき、夜景の綺麗な夜に静かに愛を語り合うといったもの。

 と、いうようなイメージを私は持っている。

 なるべくそういうことが出来るようになりたいと努力はしてきたつもりなのだがその優雅な夜は一向にやってこない。

 けれど、恋はしている。そう、私は42歳になってもまだ、「片思い」というまるで思春期のようなことをやっているのだ。

 それも困ったことに、私よりも何歳も年の離れた女の子に恋をしてしまった。

 出会ったのは今から三年前で、ほとんど一目ぼれだった。どこにでもある商店のアルバイトの女の子だ。

 彼女のすばらしさを文章にしたらおそらく小説が一本出来上がってしまうくらいとても魅力的な女性だ。

 長いつややかな黒髪と、ぱっちりした二重の目、小さな顔に、白い肌。会うたびに彼女は私に満々の笑みを浮かべてくれる。
 時には私を励まし、時には応援し、支えてくれる彼女。

 三年間。三年以上。毎日、私は彼女のことを想っている。

 それを恋と言わずなんと言えるだろうか。

 まだデートもしていない。まだ、連絡先さえ交換していない。お店でのカウンター越しの「会話」しか、することができない。

 彼女に会うたびに、私は癒され、胸が高鳴り、ときめき、いっぱいになる。

 ほとんど乙女だ。

 こんなおじさんを私は知らない。世間的に見れば、というか私から見ても「キモい」としか言いようがないおじさんだ。

 変な話である。例えば友人が恋をしていて、その相手がかなり歳の離れた人で、そのことに悩んでいるとしよう。私は、「いいじゃん、年齢なんて関係ないよ。いっちゃえ」というのだが、はてさて自分のことになるとそうはいかない。

 私がもう少し若ければ、もっと積極的になれただろう。だけど年齢の壁はとても分厚くとても高い。万里の長城かベルリンの壁みたいなものだ。

 そうして三年以上も私はその子に恋心を抱きつつもカウンター越しの会話のまま止まっている。

 だがしかし。

 最近、なんだか彼女の様子がやけに親しげだ。

 私のことを聞いてくるし、自分のことも話すようになった。そして何より別れ際に両手を広げて笑顔で「またねー」と言ってくれる。

 もしかしたら彼女の方も私に気があるのではないかと思わないわけにはいかない。

 しかし往々にして男という生き物は「勘違い」する生き物だ。

 以前私は彼女に向かって「今恋してる?」と聞いたことがある。すると彼女は一呼吸置いた後に「してます!」と、答えた。

 つまり、彼女には好きな人がいる。または恋人がいる、ということだ。

「私が恋をしている相手はあなたですよ」と言ってくれたらどんなにいいだろうと私は思うのだがそれは100億パーセントない。

 若くて可愛くて性格も良い彼女が私みたいなおじさんを好きになるわけがないのだ。

 なのに、もしかしたら……、と思ってしまう自分がいる。

「今度ご飯行こうよ」
「今度遊びに行こうよ」
「ドライブにでも行かないか?」
「卓球でもしようか」
「少し話さない?」
「良かったら連絡先を教えてほしい」
「LINE送って」

 頭の中に浮かぶいくつもの誘い文句は一度として言ったことがない。

 勇気がないこともあるが、やっぱり年齢のことを考えてしまうのだ。

 出会ってから三年。恋をして三年。果たして私と彼女との関係はどうなるのだろうか。

 先が、見えない。

趣味について

 趣味はあった方がいいと思う。人生に楽しみは必要だ。なんでもいい。何か一つのことに没頭したい。

 私は小説家なので、小説を書いているとき没頭することがある。けれどそれは趣味ではない。仕事だ。

 何かないかなー、何かないかなーといろいろ探して来た。

 マンガを描くこともあったし、イラストを描くこともあった。バンドを組んでボーカルをしたこともあったし、DTM(デスクトップミュージック)もやったしボカロ曲も作った。ギター教室に通ったこともあったし、居合道や剣道の教室にも行ったりした。
 プラモデルを作ったこともあるし、釣りをしようキャンプをしようと道具を揃えたりもした。
 女遊びはどうだろうと夜のお店にも行ったし、ダーツやビリヤードもやった。
 ルービックキューブも買ったしハンドスピナーも買った。ヨーヨーも5つも持っている。
 タバコを極めようとキセルやパイプやありとあらゆる喫煙具を揃えたこともあったし、自分でタバコを巻いたりもした。
 薬草や漢方が好きなので乳鉢やアルコールランプや粉砕機などを買ってドクダミや雑草なんかを入浴剤にしたこともあったし、テニスをしようと思いつき知り合いを誘ってやったりもした。
 アニメを見たりフィギュアを買ったりもしたし、映画も観るし本も読む。
 プールにも行ったりする。

 けれど、どれ一つとっても私はそれを「自分の趣味」とは言えないでいる。

 ギターなんてエレキとアコギを合わせたら4本もあるしベースまである。なのに、やっていない。

 なぜだろう。

 飽きっぽい。熱しやすく冷めやすいところはある。私の母親がそうだったのでおそらくその血を継いでいるのだろう。

 私の母親なんて若い頃は凄かった。フルートをやっていたかと思えばビオラをやり始め、フラワーアレンジメントをやったかと思えば雅楽や着物の着付けをやったりカラーコーディネーターの資格を取ったり油絵を描いていたりしていた。
 そう、私の母親は興味のあることにはすぐに飛びついてすぐにやめていく性格だったのである。
そのおかげで私は小さい頃習い事をいくつも掛け持ちする羽目となった。

 むう。

 こればかりはもう性格としかいいようがないのだろうか。だけど、何かを求める私はいる。

 母親は今ではだいぶ落ち着いてきているので新しい趣味を始めることはない。地味に花を育てたり野菜を育てたりしている。

 私もいつかは落ち着くのだろうか。いや、落ち着きたくないのかもしれない。いつでも好奇心を持って新しいことに挑戦し続けたいのかも、しれない。

 それならそれで、まあいっかと思えなくもない。

 今年の目標としては海釣りに行くことなので是非それは達成したい。

 今週の土曜日にはテニスをする予定です。

夢について

 私は学生時代に「人生を懸けて自分の夢を叶える」ことを誓った。夢を追い求めれば叶うことを「証明」するのだと意気込んでいた。

 そして今、二十年以上経った今、私は小説を書いている。

 ここまで来るのにいろいろな変遷があった。

 劇の脚本を書き、マンガを描き、小説を書き、音楽に目覚め、バンドを組み、解散し、ソロ活動をして、再び小説を書き、時には起業を試みてみたり、いろいろな〈夢〉を私は抱いていた。

 しかし志を立てて二十年以上経っても私はその夢を叶えられずにいる。

 昨年、私の叔父が死んだ。

 叔父は音楽をやっていて、一人東京へ行き、ずっと音楽をやっていた人。しかし、誰も叔父の音楽を知らないし、レコードデビューなんて夢のまた夢、自分の夢にしがみつき、ただそれだけをやってきた人生。

 そんな叔父が死んだ。

「お前はケンジのようになってほしくない」と、私の父は言う。

 父的には「夢を見ることはいいことだ。だけどある程度経てばそれが叶わないことも知るべきだ。普通であれば、夢を諦めて、仕事に励むのが大人だと思う」らしい。

 父の言い分はよく分かる。その通りだと思う。でも私は学生のころに誓ってしまったのだ。「自分の人生を懸けて夢を叶える。夢を追い求めれば叶うということを証明してみせる」と。

 だから、やめるわけにはいかないのだ。

 父から何かを言われたときはだいたい私はケンタッキーおじさんのことを話す。

 ケンタッキーおじさん。ケンタッキーフライドチキンの創業者のカーネル・サンダースさんのことだ。

 彼は何度も起業に失敗し、KFCとして成功したのは70を過ぎてからのことだ。

 つまり、人生何が起こるかわからないのである。

「そんなものは一握りの人間だけだ」と父は一蹴するが、私はケンタッキーおじさんを救いの神としているので父の声なんて聞こえない。

 洞窟を掘っているとしよう。掘っても掘っても何も出てこない。夢というのはそういうものだと思う。大抵の人間は「ここには金脈はないのだ」と諦めて引き返す。だけど私はこう思うのだ。あと一メートル先に金が眠っているのだと。あともう少しなんだ。

 それはパチンコで何万もつぎ込んで「もう何回転もしたのだからそろそろ当たりがくる」というギャンブルの心理に似ている。

 けれど夢はギャンブルではない。

 行動が結果を変えるのだ。

 いいニュースがある。

 私は未だに無名だが、あるweb小説サイトのコンテストに原稿を送ったところ見事最終候補まで残ったのだ。
 くしくも大賞は取れなかったが、その「結果」は私に勇気を与えた。
私は着実に前進していると言える。

 昨年と今年続けて文学新人賞に原稿を送っているし、これからも送るつもりだ。web小説のコンテストにも再び挑戦した。

 おそらくだけど、何かしらの「結果」は得られると思う。

 受賞できれば御の字だが、それは限りなく狭き門。だけど、私が原稿を送ることで、何かが確実に変わっていっているということは間違いない。

 少なからず、私の文章力は高校生のころに比べれば格段に上がっているし、これからも挑戦し続けることで傾向と対策も見えてくるのかもしれない。

 あるいは、編集者の目に留まってくれるかもしれない。受賞はせずとも「この人毎年送ってきているな」と名前を覚えてもらえれば、その分チャンスも増えてくるというものだ。

 叔父さんは死んだ。七十二歳という比較的若くして死んだ。志半ばで死んだ。

 だが私はまだ死んでない。

 仮に同じ年で亡くなるとしても、あと三十年は残っている。

 三十年あれば、何か成し遂げることはできるだろう。でもそれは、諦めたら終わりなのである。

 もし生きている間に何も結果を残せなかったとする。

 そういうとき、私はゴッホのことを思い出す。今でこそ有名な画家であるゴッホであるが、生前は一枚しか絵が売れなかったと聞く。(そこには弟のサポートやあるいは計画もあったのだが)結果的にゴッホは世界的に有名な画家として名を残すことが出来た。

 夢とはなんでしょう?

 夢とは、自分を信じ、行動し続ける行為のことだと私は思う。

 ついつい結果ばかり目が行ってしまうし、人も社会も人の結果しか見ない。

 でも、忘れないでほしい。

 自分を信じて行動し続ける行為そのものが、とても誇りに思えることであると。

 最近私はこう思う。

「天が与えてくれる」と。

 人事を尽くして天命を待つ。

 大切なことは、「やること」なのである。

 自分のやるべきことをただやるということが大切なのだ。結果は後からついてくるもの。天が与えてくれるもの。

 私は作家になりたくてずっとずっと人生を歩んできたけれど、もし仮に何も結果が付かずにずっと無名のままだったとしても、私はそれはそれで構わないと思えるようになった。

 たぶん、叔父さんもそうだろう。

 私は、私のやってきたことに、悔いはない。やって、やって、やり続けてきたことこそが、私の誇りなのだ。

 もし、父の言うように途中で踏ん切りをつけて辞めてしまったら、そういう心境にはなれなかったと思う。

「あのときやっておけばよかったなあ」
「若い時に頑張っておけばよかった」

 きっと死ぬときにそう思うだろう。

 私はそんな死に様を見せたくない。

 ああそうか。只管打坐がなぜ「ただ座る」ということなのか分かった気がする。

 道元禅師は言う。「坐禅をすることそのものが仏なのだ」と。

 JUST DO IT !

 いい言葉だなと、思う。

思春期的おじさんの抱負

 そんなわけで、私は恋をして、夢を見て、日々煩悩にまみれながらもなんとか生きているおじさんなのである。

 年配の人からすると、40代は「まだ若い」らしい。

 40代というのはとても絶妙な歳だと思う。

 野心溢れる若者というわけでもないし、大人として落ち着いてきた壮年期というのも違う。けれど、「おじさん」というほどおじさんでもない。

 初心者おじさんなんだ。

 おじさんの初心者。

 いつまでも若々しくいたいなあという想いはある。
 でも、貫禄のある男でありたいとも思っている。

 誰かは40代のことを「第二の思春期」だと言った。

 第一の思春期は10代のころで、体が大人になっていくにつれて心もそれに合わせていく。
 40代は体が「おじさん」になっていくので、心もそれに合わせるようになっていく。
 なので、第二の思春期らしい。

 たしかに、心は20代、30代のころとはまったく違うように思う。

 おそらく今の私はこれから50代になるための準備をしているのだろう。

 人生は長いようで短いのかもしれない。50代になったら、せいぜいあと20年30年くらいでこの世から居なくなってしまう。

 たぶん、あっという間なんだなと思う。

 人生を山登りに例えるなら40歳はもう頂上を堪能して家に帰るための下山を始めたところ、というあたりだろうか。

 いや、私はまだ頂上なんて見ていない。小さな山を登頂したかもしれないが、世界にはまだまだ高い山はある。それを登るか登らないかは私次第だ。

 私はたぶん登るだろう。欲望に忠実だからだ。ここよりも高く、もっと綺麗な景色が見られるのなら、私はその場所に挑戦していきたい。

 なんだかエッセイを書いていたのに「抱負」みたいになってしまった。

 まあいいか。

 これを読む40代の人たちは「私の仲間」なので一緒に人生を頑張っていきましょう。
 これを読むのが私よりも若い人たちなら「こんなおじさんもいるのか」と思って欲しい。
 これを読むのが私よりも年配なら「何を若造が」と思ってくれていい。

 十年後、私自身がこのエッセイを読んだらどのように思うだろうか。

 たぶんきっと「そんな時代もあったね」と昭和の歌謡曲のように思うのだろう。

#創作大賞2026 #エッセイ部門

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