【連載小説】Especial Pink《2》『イロモノ』
🌟登場人物🌟
三田優生(ユーキ)
真面目だが、自己評価が著しく低い女子大生(1年)
成田久(キュウ)
正体不明の演劇部員(大学4年)。優生を役者としてスカウトする
安藤雅美
優生が密かに憧れている同級生男子
増子千春/中村梨花子/西山深雪
優生と同じ学科の友人たち
《0》
『部活動&サークル紹介』は、入学後3日目に大講堂で行われた。
『一人でも多くの新入部員を獲得!』の目標を掲げ、先輩たちはステージ上から自分たちの活動を思い切りPRする。それらは高校時代とは違って、多少の『おふざけ感』をプラスしたパフォーマンスが多く、時々、新入生約200人の笑い声が構内中に響き渡ることもあった。
そんな中で、演劇部はかなりの異彩を放っていた。
いや、『完全に引かれていた』と言った方がいいかもしれない。
まずは、紫色の髪をした成田さんがパイプ椅子を引きずりながら登場。ステージの真ん中まで移動して椅子をセットすると、そのままふてぶてしく座った。
何故だろう。ただのパイプ椅子なのに、彼が座ると、まるで玉座に変化したように見える。
私は彼の中にある強い『華』を感じた。多分、あの髪色は関係ない。
「入れ!」
彼の号令と共に一人の部員がステージに現れる。そして演劇部の紹介を始めるが、成田さんに「つまんねぇ!」と言われ、隠し持っていたオモチャのピストルで「BANG!」と撃たれてしまった。彼はその場で派手に倒れる。
その後、4人の部員が順番にステージに上がったが、「滑舌悪い!」「声が小さい!」などと成田さんに『イチャモン』をつけられ、全員が話の途中で、同じように撃たれてしまった。
「次!……って、あれれぇ!? もういないの?」
成田さんの前に転がるのは、自分が手掛けた5人の『遺体』。
「…………」
数秒間だけ、静寂が空間を支配する。
すると……
「うひゃひゃひゃひゃひゃ!!」
突然、彼は奇声交りの笑い声を講堂内に響かせた。そして銃口にキスをすると、それを自分のこめかみに当てる。
「演劇部。死ぬ気で頑張るヤツだけ募集中……BANG!」
『最期の一言』と共に、彼は『玉座』の上で『絶命』した。
そして暗転。
『死体たち』は自力で退場することなく、舞台袖から現れた部員たちによって、ご丁寧に運ばれてゆく……。
「……………………」
きっと、ほとんどの新入生がポカーンとした顔をしていたと思う。一人ひとりの表情を確認してはいないが、講堂内の空気がそれを物語っていた。
そのうち「ナニアレ?」「なんかヤバ……」「イカれてね?」などの小声が囁かれ始める。
今回、一番のインパクトを残したのは、間違いなく彼らだ。しかし部員獲得に繋がるかどうかは別の話だろう。
(ま、個人的には面白かったけどね)
あそこまでぶっ飛んでいると、逆に気持ちがいい。
あの時、まだ名前も知らなかった成田さんに、私は少しだけ興味を持った。……とは言っても、積極的に近づこうと考えていたワケではない。
私にとって、彼はただの『紫さん』で充分だった。
それなのに……。
《1》
人生って何が起きるか分からない。
あの『紫さん』こと成田久さんが私の目の前に現れたのだから。
それだけでもビックリなのに、彼は私を演劇部ーーそれも役者ーーにと勧誘してきたのだ!
「何で……ですか?」
私はようやく口を開くことができた。
「はっ? 『何で』って?」
成田さんは思い切り首を傾げた。その仕草をする権利があるのは、こちらの方だと思うのだが。
「いきなりスカウトなんて……」
「あぁ、そういうこと? 実はウチの部、女子部員が誰もいないんだよね。女子の入部希望者は今年もゼロだったし……」
「……で、しょうね」
うっかり口を滑らせてしまったが、成田さんは気にせずに続ける。
「ちなみに男子は3人入ってきたけど、そのうち2人はビミョーでさ、あの時の部活紹介、ちゃんと聞いてたのかよっ!……って感じ」
「は、はぁ」
「やっと邪魔な先輩共がいなくなってくれて、『よっしゃ! 気合い入れて本格的な活動するぜ!』って思ったのによ。……あ、ちなみにウチの部ってさ、去年まではまともに活動してなかったんだよね。クラブハウスに集まって雑談ばっかり。全く、今までよく部費の申請が通ったと思うよ」
「あ、あぁ……そうなんですか」
正直、なんて返していいのか分からない。
「ごめん、ちょっと話が逸れちゃったな。……まあ、そんなワケで今度の公演が実質『旗揚げ』なんだよね。そして4年生の俺にとっては最後の舞台。だから俺は納得いく舞台を作りあげたい」
「…………だったら余計に分かりません。何で『私』なんですか? 私のことを何も知らないのに。それよりも何よりも私は演劇に関して素人なのに、いきなり役者だなんて……」
「いきなり……ねぇ。確かにユーキちゃんのこと知ったのは1時間くらい前だけど……」
「…………」
「何て言うか……うん、アレだよ。『直感』!!」
成田さんはドヤ顔をしながらピースサインをする。
「はぁぁぁぁ!?」
私は怪訝そうな声を思い切り上げた。そりゃそうだろう。大切な旗揚げ公演で、素人をヒロインにスカウトした理由が『直感』だなんて……。これは無謀にもほどがある。
「あれ? ユーキちゃん、顔がひきつっているね。説明不足? じゃあ付け足すよ。俺がヒロインとして探していたのは、頭が良くて自分の価値観を持っているハズなのに……」
「…………」
「狭い世界の中で遠慮ばかりしている女の子」
「えっ?」
「ユーキちゃん、あのオトモダチと一緒にいて楽しい?」
「…………」
成田さんに心を見透かされたようで、顔面が熱くなった。先ほどの学食で千春たちの隣のテーブルにいた彼は、彼女たちの雑談が耳に入ったことで、おそらく何らかのマイナス印象を持ったのだろう。
「俺にそんな権利はないけど、付き合い相手はもう少し選んだ方がいいよ。……とは言っても『格下を切って、格上と付き合え』ではないから勘違いしないでね。そういやTwitter時代にそんなことを呟いたインフルエンサー()がいたなwww そもそもこれっておかしくない? その理屈が全人類に適用されたら、ヒトは誰ともヒトとは付き合えないんだからwww。俺ならこう言うね。『自分を高めたいなら、まずは自分で切り開け! その前に自分の足を引っ張るヤツだけは、さっさと切っておこうね』ってね」
「………………」
「もう一度聞くね? あのオトモダチと一緒にいて楽しい?」
《2》
『ちはるん 6時限目の授業終わったらみんな学食で待っていて。話したいことがあるんだ❤️』
グループLINEに千春からメッセージがあり、私、梨花子、深雪の3人は中国語の授業を終えた後に、そのまま学食へと向かった。ちなみに千春が選択した第二外国語はフランス語だったので、この時だけは彼女と別行動なのだ。
「千春、遅いね」
「うん」
教室は別々だが、終了時刻はもちろん同じ。それなのに千春はなかなか姿を現さない。
「何なの!? あの子!! 自分から『待ってて』なんてメッセージを送っておいて。もぉ! 本当にワガママ!!」
梨花子が急に声を荒げる。5日前、千春のことを『手のかかる妹だね』と言って笑っていた『姉』の言葉とは思えない。
「ホントだよ。千春のヤツ、ちょっと可愛いからって色々勘違いしてんじゃね?」
「…………」
千春が不在なのをいいことに、本音を暴露する2人。そんな言葉を私の耳は冷やかに聴覚へと誘導させた。
(5日前の成田さんも彼女たちのこんな会話を聞いていたのかな?)
最初、その場にいなかった私の噂話だった可能性だってある。もちろん心は穏やかではないが、この場合の『余計なこと』は知らない方が幸せだ。
「ユーキちゃん、あのオトモダチと一緒にいて楽しい?」
ふと成田さんの言葉が脳裏で再生された。
「優生、どうしたの? ボーッとして?」
「えっ? あっ? 何でもない。頭の中が中国語に占領されて疲れてるんだよ」
「ナニソレ?www……本当に優生は真面目だな……」
「みんなぁ、ごめんね!! 遅れちゃったぁぁ」
そこへ割り込むようなカタチで私たちの元へ駆け込んできたのは、遅れて来た千春。そんな彼女の一連の仕草は、どこか芝居がかっているように感じた。
「遅い遅い。もぉ! でも千春だから許せるんだからね」
一瞬で『姉』の顔に戻った梨花子たちの早業に私は驚いたが、ここまで来ると一周回って感心してしまう。
「ごめんね。実はコッチに向かう途中で、『BAY・CLUB』の4年生に見つかっちゃったの。『なんで新入部員名簿に名前書いたのに来ないの? 待ってるのに』って、もぉしつこいしつこい……」
深雪の口元がピクリと動いたのを私は見逃さなかった。
『BAY・CLUB』とは夏はビーチバレー、冬はスキーやスノボなど『季節を楽しむ』ことが目的の集団らしい。サークル紹介で知った情報のみで判断だが、私にはただの『お遊びクラブ』にしか感じなかった。
あのステージ後、PR活動を終えた各団体は、メインストリートに添って机を並べ、今度は大講堂から歩いてくる新入生たちに直接声を掛けて勧誘を行った。
どこにも所属するつもりはない私は、裏道に逸れてそっと帰宅したが、千春と深雪は『BAY・CLUB』に捕まり、解放される為に仕方なく名前と学部を書いたと聞いていた。
「ソッコーでLINEをブロックしたけど、やっぱり学校内じゃ逃げられなかったよ。ホントしつこい。ねぇ? ミユキちゃん」
「……ソウダネ」
「と、ところで千春、要件は何なの? 私たちに話したいことがあるからLINEしたんでしょ?」
何となく事情は察したので、ここは空気を戻した方がいいと判断し、私は慌てて軌道を修正する。
「そうなんだよね。エヘヘ……実は……」
『よくぞ聞いてくれました』という彼女の気持ちは表情だけでバレバレだ。
「……実はチハル、昨日からマーく……じゃない安藤くんと正式に付き合うことになりました!!」
「えっ?」
3人の声が重なる。
(……安藤くん)
2人はとうとう両思いを確認し合ったのだ。
(………………)
そう……『とうとう』
(………………)
『いつかは来る』と覚悟していたハズの現実なのに、私の心は一瞬凍りついた。
(ダイジョウブ、ダイジョウブ……表情には絶対出ていない。私は上手くやれている)
3人に気づかれないように、私は息を整える。そして一気に言葉を吐いた。
「おめでとう千春。でもね、分かっていたよ。うん、絶対にこうなると思ってた」
この『祝辞』は千春の為ではない。私が私を納得させる為に、さっさと言霊に変換させただけだ。
「ありがとユーキちゃん。本当はね、どうしようかな、暫くナイショにしようかな……なんて思ったいたけど、リカちゃんが私たちのこと気になっていたみたいだから、カミングアウトしたんだ!」
「……で、どっちから告白したの?」
梨花子の姿勢が前のめりになる。
「フフフ…向こうから。でもチハルが言わせた感じかな? 詳しいことはもう少ししたら教えてあげる」
「焦らすなぁ……小悪魔」
「もぉ、リカちゃんったらひどーーい。……でね、チハルはこのあと安藤くんと一緒に帰るんだぁ。だから今日はこれでバイバイするね。じゃあみんな、チハルはこれで!」
満面の笑みで席を立ち、足取り軽く去って行った千春の周辺を、幸せのオーラが包んでいるように見えた。しかしそのオーラは本来見えなければいけない物事まで隠してしまったようだ。
「悪かったわねっ! どうせ私はBAY・CLUBの連中から連絡先を聞かれてすらいないわよっ!」
千春の姿が学食から消えたのを合図に深雪は口を開く。
「浮かれ過ぎだっつーの。私、前から思っていたけどさ、あの子って常に自分が周りから注目されているって勘違いしているよね。そこまでアンタに興味ないからっ! リップサービスって言葉知ってんのかな?」
そして梨花子が呼応しないハズがない。
「安藤くんって女の趣味悪くない? 外見だけに騙されちゃって…」
「ホントホント。でも安藤くんが千春を引き取ってくれる……って思えばラッキーじゃん」
「そっか……。これでスッキリするかもね」
(…………………)
私と彼女たちの間に、薄いアクリル板が置いてあるような隔たりを感じた。
心の中で、再び成田さんの声が聞こえたからだ。
「ユーキちゃん、あのオトモダチと一緒にいて楽しい?」
「………………」
何故だろう?……今、無性に成田さんの顔が見たい。
「ねぇ優生、優生もそう思うでしょ!?」
「えっ?」
私は慌てて思考を元に戻した。
「いや、だから千春のことだよ。ムカつくよね? だって優生に押し付けた文学のレポートのお礼がアーモンドチョコ1箱って何? バカにされていると思わない? 修正、大変だったんでしょ?」
「えっ? うん、まあ」
レポートは何とかカタチにできたが、最初にあらすじ(それも解釈がズレまくり)しか書かれていない原本を読んだ時は、かなり絶望してしまった。我ながらよく頑張ったと思う。
「千春って優生のことを一番見下していると思う!」
「うんうん、もっと怒っていいんだよ」
「……………」
千春と一緒になって私にレポートを押し付けたことは忘れてしまったのだろうか? 説得力が全くない。
まあ、どちらにしたって、私はこの流れに乗るつもりはないのだが……。
私はにっこり笑って梨花子と深雪を交互に見た。
「2人とも、心配してくれてありがとう。私は大丈夫だから」
以前、私が流れで口にした言葉を、千春は安藤くんに伝えてしまった。本当はあんなこと全く思っていなかったのに、言葉に変えてしまったことで私は彼に嫌われてしまったのだ。
もしも流されるままに、彼女たちと一緒に悪口を言ってしまったら、悪用される可能性はゼロではないと思っている。友達に対して冷たいかもしれないけれど、これは今の私が下したジャッジなのだ。
「自分の足を引っ張るヤツはさっさと切っておこうね」
また成田さんの『声』が聞こえた。
悪口を言うというのは、『自分の弱みを増やす』ということ。安藤くんとのことで、私はそれを痛感している。
つまらなそうな表情をした2人を見て、私は判断を間違えていなかったと確信した。
もう、同じ失敗はしない。
《3》
バスを降り、自宅に向かう私の脳内を支配していたのは、やはり1時間前に聞いた千春の『恋人宣言』だった。
(予想していたよりも、ダメージ喰らっちゃったな)
既に悟っていたつもりだったので、失恋という言葉を使う資格はないと思っていたが、やはり気持ちは正直なようだ。
「……………」
安藤くんを意識するようになったことをふと思い出す。あれは入学してまだ間もない頃……、教室で文庫本を開いている彼の姿が目に入ったことがきっかけだった。
ほとんどの学生がスマホを見ている中、紙の本を手にしていた彼は、少しだけ大人びて見えた。そして本のタイトルを知り、「もしかして気が合うかも」なんて珍しく勘違いしそうになってしまったけ……。人の心が動く瞬間のメカニズムなんて割と単純だと思う。
そんなことを考えながら歩いている私に一台の自転車が近づいてきた。
「優生!」
ブレーキの音と同時に聞こえた声に私は驚く。
「お母さん!?」
自転車に乗っていたのは、仕事帰りの母だった。
私たちは並んで歩き出した。
「お母さん、今日は3時で終わる予定だったよね?」
母が押している自転車を、私は何気なく凝視した。定期的にメンテナンスを行っているせいか、外見も使用感も実際の年月より短く感じる。
「1人が体調不良で早退したから、母さんがその分残業したの」
「ふーん。LINEくれれば、夕飯担当を代わったのに。少し寄り道しちゃったよ」
「優生はそこまで気にしなくていいから、今日は店からお惣菜買ってきた。好きでしょ? ウチの店の唐揚げ」
「やった! 大好き!」
母はスーパーの惣菜売場で働いている。そして、私の大学入学と同時にシフトを増やした。
自宅から通える分、別の土地での生活費は発生しないが、それでも学費は、かなりの割会で家計を圧迫していると思う。近いうちに自分もアルバイトをして、微力ながらも役に立とうとは思っているが、今は勉強と学生生活に慣れることを優先している。
(だから……部活なんて難しいよね)
そんな風に思ったものの、どこか残念がっている自分がいることに気がつく。思いがけず成田さんと話せたことで、再び彼に興味を持ってしまったからなのだろうか……。
「ねぇ優生、少しは大学生活楽しんでる?」
母が唐突に話題を変える。何故だろう、どこか意味深だ。質問の意図を掴めないが、私は自動的な流れで「まあね」と答えた。
「今日ね、昔社宅で一緒だったユタカくんのお母さんとばったり会ってね」
「えっ!?」
「覚えてる? ユタカくん」
「……う、うん」
覚えていないワケがない。彼は私のトラウマを作った『元凶』だ。
「たまたま買い物する為に立ち寄ったらしいんだけど、母さんに気づくやいなやペラペラ喋り始めてさ。全く、こっちは仕事しているっていうのに……。その上、話のほとんどが、自分の息子のことばかり……」
母は顔をしかめる。
「へぇ~」
「ユタカくん、国立大学に進んだんだって。凄いとは思うけど、そこまで興味ないからねぇ」
「だよね」
「あとアキホちゃんの話にもなったんだけど……」
「!?」
ユタカの名前を聞いた時以上に、心臓がはね上がった。ユタカが『元凶』なら、アキホちゃんは『元凶の元凶』だ。
ユタカと違って、彼女に何かをされた記憶はないのだが……。
「アキホちゃん、中3の夏から不登校になって、今も引きこもっているらしいよ」
「ええっ!!??」
母の情報に思考が追い付かず、私はポカーンと口を開けてしまった。だって彼女は私の知らない場所で、相変わらずチヤホヤされていると思っていたから……。
「分からないもんだよね。アキホちゃん……小さな頃は、あんなにチヤホヤされていたのに」
母も同じことを思っていたようだ。
「お母さん、…………あの頃の遊び仲間がアキホちゃんと私を露骨に『区別』していたの気づいてた?」
私は思い切って、口を開いた。
「………………気づいていたよ」
母は視線をオレンジ色の空に向けた。そして溜め息を間に挟んで言葉を続ける。
「色々思うところはあったけど、子どもの世界に親が口出し過ぎるのもどうかと思っていたし、社宅だから、お父さんを『人質』に取られていた気持ちだったし……」
「…………」
「でも、ユタカくんに号泣するほどいじめられた時は、流石に苦情を言ってやったわ。かなり酷いことを言われたみたいで、ユタカくんのお母さんが泣き続けている優生を、バツの悪そうな顔で送って来たっけ……。多分だけど、あの人は優生が私に報告する前に、言い訳をするつもりで一緒に来たんだと思う。だって最初から『子供のしたことなので……』なんて言ったんだよ。そのセリフは『やられた側』しか使えないって分からないんだね。うん、かなりカチンと来た。……で、せっかくだから、今まで言いたかったことを淡々と……ね」
「そうだったんだ」
「でも優生は、あのあとも普通に遊んでいたんだよ。本当は無理しなくて良かったのに、『お母さん、もう大丈夫!』って……。まあ、本人がそう言うなら親は見守るしかないよね」
「…………」
何が『大丈夫』だったのだろうか? 自分のことなのに全く思い出せないが、多分『身の程をわきまえたから大丈夫』意味なのだと思う。
「アキホちゃんが不登校になった理由は分からないけど、いつ誰が引きこもってもおかしくない時代だからね。優生だってそう……。あなたは自分のことを後回しにして頑張るタイプだから、ある日突然、ポキッと心が折れないか心配になった」
「…………」
「優生、もう少し時間を自分だけの為に使いなさい。お母さんたちは大丈夫だから」
「…………」
《4》
演劇部の部室はクラブハウス2階の一番端にあった。
しばらくはドアの前で躊躇していたが、誰かが向こうから歩いて来るのに気付き、私は慌ててノックする。
「はーい? 入っていいよ」
男性の声だが、成田さんではない。私は心臓を震わせながら、おそるおそるドアを開けた。
「し、失礼します」
「おっ! ユーキちゃん! 来てくれたんだ!!」
お世話にもキレイと言えない4畳半ほどの広さの部屋に、男子学生が3人。その中には紫頭の成田さんがいて、私を見るとすっと立ち上がった。
「成田さん、この間はどうも。その……よろしくお願いします」
昨日、母に『自分だけの為の時間を』と言われた時、一番最初に頭に浮かんだのは、やはり演劇部だった。
今まで自分を変えてみたい。そして演劇部なら『私が知らない私』に会えるかもしれない……と。
だからと言って、一から十まで成田さんに何とかして貰おうとは思わない。自分を高めるのは、最終的に自分の役目だ。
ぎこちない挨拶をした私に、彼は貴族のような動きで、優雅に頭を下げる。その途端、なんの変哲もない部屋の空気が一気に変わった。
「ようこそ演劇部へ!」
《3》↓に続く
