【短編小説】オレと河川公園
オレは26歳のサラリーマン。毎日頭を下げる営業マンさ。頭を下げるのは超得意。かかってこい。一応ノルマもあるが、必須ではない。しかし、上司の圧力があって「なんとしてもノルマを達成する」と思っていて、オレは今日も頭を下げる。
彼女はいる。結婚を前提として付き合いをしている。何もなければ、このまま結婚するだろう。
26歳にしてはそこそこ給料が良い。月給で40万円ほどだ。そう、オレはできる営業マンなんだ。
毎月、新規開拓するしガンガン働く。9時~17時まで働く。いわゆる「9時5時」だな。残業しているかと思いきや、我が社は残業禁止。残業代は出るが、誰1人として残業する者はいない。
我が社は少数精鋭なのである。駅前一等地のオフィスビルであり、32階なので見晴らしも良い。
疲れたときは、休憩できるスペースもあり、その景色を見ながらコーヒーを飲むのが好きなんだ。
ただ、大半は外で仕事をしているので、そのスペースを利用するのは月に1回あれば良い方だ。
仕事は充実している。給料も良い。結婚を前提にして付き合っている彼女もいる。すべてが輝いていた。これを壊したくなかった。
毎日、違う人と会うので、刺激があって良い。さまざまな話も聞ける。勉強になる。充実した毎日を送っていた。
「これ以上、何を求めるのか」とオレは思った。しかし、ある問題が起きたのだ。
掃除
ある日会社に行くと、人事異動の話があった。「オレは敏腕の営業マンだから異動はないだろう」と思っていた。
しかし、どうやらオレが異動されることになっていた。「君の実力は誰もが知っているが、悪いが異動してほしい」と言われた。
「待遇はどうなるんですか?」と聞くと、待遇は変わらない。「そうですか。分かりました。異動先はどこですか?!」と聞いたら、上司は「明日から河川公園の掃除をしてもらう」とのこと。
「河川公園の掃除?」オレは疑問に思った。どうやら会社の近所の河川公園がゴミであふれているらしい。業者に対応してもらっているらしいが、人手が足りないとのこと。
「業者を増やせば良いのでは?」とオレは上司に言った。上司は「それは知らん。明日からとりあえず河川公園に行ってくれ。以上だ」と上司は話を切り上げた。
「河川公園の掃除か。今までの人生で家の掃除くらいはしたことがあったけど、河川公園の掃除はしたことがない」と思った。
「はて、掃除となるとスーツは必要ない。ジャージを着ていくか」と思い、翌日、オレは河川公園に行ったのだ。
河川公園に行くには自転車が都合良かった。ヘルメットをかぶり現地へ行った。集合は9時だったので、8時30分には現地に到着するように行った。
河川公園の集合場所に着き、業者と思われる人はいない。しかし、スーツ姿の人はたくさんいる。
「河川公園に来るのにスーツは必要ないのに。まさか河川公園で営業はしないだろう」と思っていた。
そして9時になり責任者がでてきた。周りを見ると、ジャージはオレだけ。あとはみなスーツを着ている。
「これは異様な光景だ」と思った。まるで満員電車の中のようだ。責任者が一通り話が終わったとき、さいごにオレに指を指した。「明日からはスーツで来るように」と言われたのだ。
「すいません、分かりました」とオレは言った。「待てよ、集合のときはスーツを着るが、作業の前にはジャージに着替えるのではないか?」と思った。
しかし、誰1人としてスーツを脱ごうとはしない。ゴミ袋とトングを持ち、おのおの掃除を始めた。
スーツ姿でゴミ拾い。それはダメだという決まりはないが、圧倒的にジャージの方が楽なはず。
「責任者に言ってやろうか」と思ったが新参者のオレに言う資格はないと思ったのだ。
次の日、オレはスーツを着てゴミ拾いをした。初夏でとても暑く、上着を抜いでシャツをめくってゴミ拾いをした。
周りを見てもそうである。「やはりジャージで上は半袖Tシャツで良い」と思っているのである。
責任者とは言うと、ジャージを着ている。スーツより着やすそうだ。なぜ、従業員にはスーツを着させて、自分はジャージを着るのか。これはイジメではないかと思うくらいである。
しかし、これは我が社の仕事の一部で、責任者は上司にあたる。
「スーツでゴミ拾いをするなにか意図はあるのか」とオレは思った。必死で考えた。しかし、これと言って答えはでなかったのである。
また、スーツのズボンが砂で汚れる。そのたびはらうのだが、キリがないのでやめた。「スーツを買い直さないといけないな」と思ったのである。
スーツにはこだわりがあり、10万円はするスーツを着ていた。今、そのスーツを着ている。明らかにもったいない。汚したくない。
仕事帰り、オレはスーツ屋さんに行って1番安いモノを買ったのである。
報告
彼女に人事異動のことは言っていて、給料も変わらないということは伝えていた。
しかし、仕事内容については一切明かさず数日がたった。今日は土曜日。会社は土日祝日が休み。彼女といつものカフェで待ち合わせたのである。
彼女は、開口一番「日焼けしてない?」と言った。そうだ。毎日外でゴミ拾いをしていると日焼けするのは当たり前である。
オレは「今、河川公園の掃除の業務をしている」と言った。彼女は驚いた。「営業から掃除に異動か」と言った。待遇などは一切変わらない。変わったのは業務内容である。
彼女もオレに対していつもと変わらず接してくれた。当たり前だ。何も変わらないからだ。
肝心のやりがいだが、これはこれでおもしろい。たとえばサッカーの国際試合で、日本が勝っても負けても観客はゴミ拾いする。これは世界から賞賛されている。
しかし、それは一部の人だけであって、平気で空き缶を捨てたりとかする。タバコのポイ捨てもある。釣り糸もあればルアーもある。誰も見ていないところでは人はモラルに反する行動をする。
それらのゴミをトングで掴んでゴミ袋に入れる。1日に大量のゴミを拾う。範囲が広いので、「今日はA地点、明日はB地点」というようにA~Z地点で振り分けられている。
そんなことを思いながら彼女とデートを楽しんだ。次はまた1週間後。平日でも電話やメールでやり取りしているので、寂しい気持ちはどこにもない。
「そろそろ結婚したらどうか」と両親に言われているが、まだその気になれない。もしかしたら彼女はプロポーズを待っているかもだが、今はその気になれない。
それよりも、掃除が楽しくなってきたのである。営業で飛び回るのも楽しかったが、掃除も楽しい。オレ1人の力ではないが、チームで行動して仲良くなった人もいる。オレと同じ営業畑から異動してきた人もいる。
休憩中、河川公園は自然を感じることができるので、弁当が美味しい。やりがいがある。そう思っているのである。
ただ、相変わらずスーツで掃除をしていた。「そろそろ責任者に言うか」と思ったのである。
希望
責任者は40台前半で短髪でスラッとした体型である。どういう理由で責任者になったのかは知らない。
性格は明るく常にニコニコ。しかし、出勤1日目に「スーツを着てください」と言われたときは、中々怖い表情をしていた。それほどスーツにこだわりがあるのか。
ただ、従業員にはスーツを着させて自分はジャージである。心の中で「お前もスーツ着ろよ」とオレは思った。
ジャージとスーツを天秤にかけるつもりはないが、時と場合で着分けるのが常識。「ジャージでゴミ拾いをしたって良いじゃないか」とオレは思った。
「ガツンと言ってやる」と思いながら、責任者のいる部屋に訪問した。責任者に「今後はジャージでもゴミ拾いして良いという決まりを作って頂けませんか?」と単刀直入にオレは言った。
責任者が言った。「それはなぜだね」と。オレは、「スーツは動きにくいし汚れる」と言った。「それだけ?」と責任者は言い返してきた。「それだけの理由でジャージも認めることはできないですね」と責任者は言った。
「他に何の理由があるんだよ」とオレは思った。そして、責任者に言ってやった。「あなたはジャージを着ていますよね」と。
結果、責任者は「責任者になった者だけがジャージを着る権利がある。君もジャージを着たいなら、私を蹴落として責任者になりなさい」と。
オレは「そうですか、分かりました」と言って責任者の部屋をあとにした。現場に戻り仲良くなった人とこの件について言ってみた。
「責任者に突撃したのか、すごいな」と言ってきた。「オレはスーツが嫌いなわけじゃない。ただ、掃除をするのだったらジャージの方が動きやすい」と言った。
誰しもそう思っていたが、中にはそうでない人もいた。「自分はスーツの方が良いですね。スーツが好きなので」と。そういう人も当然いるだろう。
「スーツとジャージ、どちらでも構わないという方針に変更してほしい」と思ったのである。
「オレが責任者になったらそうする」とオレは心に誓った。
計算
1日の終わり、ゴミ袋の重さを計算する為、計りに載せる。それを毎日繰り返して、月末に誰が1番ゴミを拾ったのかを決める。
営業のノルマと同じようなかたちである。その月、優勝者はゴミ拾いの業務を終えて、元の部署へ戻っていった。
どうやら責任者のポストも用意されているらしい。責任者になるか元の部署に戻るかは自分で選択できるのである。
オレは7位だった。「オレが優勝したら責任者になってやる」と思っている。
しかし、ある問題が発生していた。それは、たとえば、Aがゴミを拾い、Bにゴミを上げるということだ。Aが10個ゴミを拾ったとして、Bも10個拾ったとする。Aが拾ったゴミ10個をBに上げるという。
Aに何かメリットはあるのか。Bになにかおごってもらうのか?それとも売っているのか。それはオレにも分からない。
元の部署に戻りたい人は最大で1か月待って優勝すれば元の部署に戻れる。おそらくそのようなことが原因だろう。
今日もオレはスーツを着てゴミ拾いをしていた。すると、スルスルと人がやってきて「そのゴミ、オレにくれないかな?」と持ちかけた。オレは「嫌だね」と言った。すかさず「何かおごるから」と言ってきた。
こういう輩がいるのか。オレは「それでも嫌だね」と言った。そると、そいつはそそくさと持ち場に戻ったのである。
「必死でゴミ拾いしろよ。少しでも綺麗になると嬉しいだろ。元の部署に戻るためにゴミを拾っているのか?!環境を綺麗にするのがオレらの使命なんだ」と心の中で俺は思った。
「いや、まて、オレは責任者になるために掃除をしている。あいつと似たようなもんか」とオレはつぶやいた。
責任者へ
ゴミ拾いを始めて半年。今日もオレはスーツでゴミ拾いをしている。先月は2位だったので、「今月は優勝する」と思っていた。
ところで、責任者になった場合の待遇は、給料が下がる。そのほかは同じ。「なるほど、だからみんな元の部署に戻るのか」と思った。
オレも悩んだ。「優勝したら営業マンに戻れる」と。しかし、ゴミ拾いは嫌いじゃない。日に日に綺麗になっていく様を見ると清々しい思いもある。
散歩中の人にスポーツドリンクの差し入れとかもしてくれるし、川を見ながら飲むのは気分爽快さ。
通勤は少し問題があるが、とてもやりがいを感じている。緑豊かでストレス解消にピッタリだ。
しかし、オレは「ジャージでもスーツでもどちらでも良い」というのをなんとしても成し遂げたい。
端から見ると「だから何?そんなに重要?」って思われるかもしれない。しかし、オレにとっては重要なのさ。
何より、責任者を引きずりおろしたいと思っているのだ。それからオレは一心不乱にゴミ拾いをした。
そして、晴れて優勝したのである。「あなたには元の部署に戻るか責任者になれる権利があります」と人事部の人に言われた。
迷わず「責任者でお願いします」と言いかけた。が、オレは元の部署に戻る選択をした。
何故かと言うと、今の責任者は元に戻ったとしてもお荷物になるとどこからか聞こえてきた。
「それならばオレが元の部署に戻れば、今の責任者は引き続きできる」と思ったのである。
オレは元の場所に戻り営業マンとして生きていく。そう思ったのだった。
それから3か月が経過した。あの責任者はまだそのポストにいるだろうか。そう思ったオレは責任者を訪ねた。
相変わらずスーツでゴミ拾いをしている。責任者はジャージだ。「こんにちは。お変わりありませんか?」と言いながら買ってきたジュースを差し入れた。みんなの分も買ったので、2袋持って行った。
「相変わらずですね。まだスーツでゴミ拾いをさせるつもりですか?笑」と聞いた。
責任者は「当たり前だ」と言った。「なぜ、そこまでスーツにこだわるのですか?」と聞いた。
「それは簡単。スーツでゴミ拾いは正直キツイ。誰もが元の部署に戻りたいと思うだろう。給料も減額される。そして、早く優勝したいからゴミを沢山拾う。結果、河川公園は綺麗になるし周辺も綺麗になる。おまけに私は責任者のままでいられる。ガハハ」となった。
「保身のためにしていたのか。ならばオレが責任者になれば良かった」と思ったのだった。
何とも後味が悪いが、河川公園はもちろん、その周辺が綺麗になるのは素晴らしいこと。
オレはもうこの河川公園にくることはないだろう。ただ、もう1度戻ってきた場合は、優勝して今の責任者を引きづり降ろす。
オレはそう思ったのである。
