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「誰でも作れそうな曲」を作るのは実は難しい【DTM講師の小話】

こんにちは!サウンドクリエイターのKawです!

いつも私の記事に「スキ」を下さっている方々、ありがとうございます!

私は作曲家、サウンドクリエイターを生業とする傍ら、オンラインによるDTMレッスン教室【かわべの音楽工房】を運営し、DTM講師としても活動しております。

私のプロフィールも含め、【かわべの音楽工房】オンラインDTMレッスン
につきましては、下記の記事をご覧いただけますと幸いです。

さて、突然ですがこの記事をご覧いただいているDTMerの方は、自身が作曲した音楽を誰かに聴いてもらった際に、

「この曲って誰でも作れそうな曲だね」

なんて言われた経験はありませんか?

こういった経験のある方もきっといらっしゃる事でしょう。
私も作曲を始めたばかりの頃にはよく言われたものです。

また、私はDTMのレッスンもしているので、ご受講生の中にはこういった内容について悩まれている方もいらっしゃいます。

他人に実際にそう言われるとネガティブに感じますし、なかなかキツく感じてしまいますよね。
そんな事を言われてしまうと作曲に対するモチベーションも下がってしまうかもしれません。

或いは、どこかでご自身の曲を他人に紹介する際に謙遜して、

「誰でも作れるような曲を作ってます」

なんて自虐的に言っている方もいらっしゃるかもしれませんよね。

でもね、この“誰でも作れそうな曲”という評価って、本当にネガティブな感想でしょうか?

実は、私はそうは思っていないんですよね。

そこで、今回はこの“誰でも作れそうな曲”について個人的に思う事を書いていってみようと思います!
こういった感想をもらった事がない方であっても、ぜひぜひ最後までご覧いただけましたら幸いです!


「誰でも作れそうな曲」ってなんだろう?

早速本題に入ってみましょう。

先ず、そもそもこの「誰でも作れそうな曲」って、一体どんな曲なんでしょうか?

そのままストレートに解釈すると、

①どこにでもありそうでオリジナリティのない曲
②聴き手の印象に残らない当たり障りのない曲
③面白味も何もないつまらない曲

恐らくこのような意味合いだと捉えられそうですよね。

確かに音楽というアートを創造する上では、これらの感想はネガティブに感じてしまうかもしれません。

でも、これらの感想って本当にネガティブなものでしょうか?
実はそうではないと私は思っています。

例えば、「①どこにでもありそうでオリジナリティのない曲」の場合、ポジティブに解釈すると、

「世の中に溢れる他の作曲家の方々が制作した曲に準じている」

とも言えますよね。

「②聴き手の印象に残らない当たり障りのない曲」の場合も同様に解釈すると、

「音楽理論的に破綻していたり、違和感や耳障りに感じる事のない曲」

とも言えます。

また、「③面白味も何もないつまらない曲」に於いても同様で、

「何か特徴的なサウンドやフレーズがなく、“普通に聴ける”曲」

であると言えるんですよね。

一見、屁理屈のように聞こえるかもしれませんが、実はこういった考え方って大事だと思っているんですよね。私は。

だって上記のような解釈ができる楽曲を作れる人って、結構少ないんですよ?
これは屁理屈でも僻みでもなく、実はその人はクリエイターとして一種のアドバンテージを持っていると言えます。

では、それは何故なのかといった事を次の項目に書いていってみましょうか!

「誰でも作れそうな曲」って本当に誰でも作れる?

では、「誰でも作れそうな曲」を作れる人の持つアドバンテージについて書いてみましょうか。

先ず、作曲をされている方にとってはよくわかるかと思いますが、先ほどの項目で書いた、要するに“当たり障りのない普通の曲”というものを作り上げる事は、結構難しいという点です。

メロディやフレーズ、そしてコードの使い方ひとつ取ってもそうですが、これはある程度は音楽理論に基づいた運びと並びになっていないといけませんよね。

そうでないとその曲の中に音楽的な違和感が生まれてしまい、それは聴き手にとっての“普通の曲”とは成り得ないですからね。

学問として音楽理論を知っているか、或いはご自身の感覚で組み上げているのかに関係なく、“違和感のない曲”ができている時点で、実は素人にはできないような曲を作れているんですよね。

さらに上記のような音の並び方や使い方だけでなく、特にDTMの場合ではその曲に使用する音源、つまり各楽器ひとつひとつの音色の選定、さらにはその音色の加工に於いても、聴き手が違和感を感じないように上手く組み立てれていると言えますよね。

果たして、これって本当に「誰でも作れそうな曲」でしょうか?
私はそうは思いませんね。

だって、このような曲は“誰にでも作れる”というわけではないのですからね。

この「誰でも作れそうな曲」という音楽を作り上げれている時点で、実は作曲に於いて既にアドバンテージを持っているという事になりますよね。

「誰でも作れそうな曲」を作る難しさ

さて、ここまで書いてきた事をお読み下さった方にとっては、そろそろこの「誰でも作れそうな曲」を作る事が難しいという点にお気づきいただけたのではないでしょうか?

学を持っているにせよ、感覚・感性で作っているにせよ、いずれにしても音楽理論に基づいた違和感のない“普通の曲”を作れるという事は、実は生半可な事ではなかったりするのです。

さらに、作曲をしている方にはよくわかるかと思いますが、自身のその音楽という作品を創造する際には、少なからず“個性”を出したいと思ってしまいがちですよね。

さらには、無意識にその“個性”が作品の中に出てしまっていたりする、なんて事も日常茶飯事ではないでしょうか?

そして、逆に考えると「誰でも作れそうな曲」を作る為には、この“個性”を抑制しなければいけない、という事になります。

自身の“個性”が芽生えてくる前のDTMer一年生の方ならまだしも、ある程度作曲を続けていて、経験も積んでいる方々にとっては、この「個性を出さないようにする事」というのは、なかなかに難しかったりするんですよね。

「ある程度決められた型からはみ出さずに曲を作る」とでも言いましょうか。
これって、一見簡単そうに見えて実は難しい事なんですよね。

「誰でも作れそうな曲」を作れるのは作曲家として有利となる時もある

先ほどの項目で書いたように、この「誰でも作れそうな曲」を作るのは、実は意外と難しいという事ですが、だからこそこれが作曲の上達に役に立ってくれたりもします。

通常は自由に表現していい音楽というアートを創造する中で、ある一定のルールを持ってそれを制作するという事は、作曲の上達に向けた練習にうってつけですものね。

因みに、何を隠そう私も作曲を始めてすぐの頃には、この「誰でも作れそうな曲」を作るという事を意識しての練習をしていたりしました。

そして、作曲歴23年となる2026年現在もこれは変わらず、定期的に続けていたりします。

その甲斐あって(?)か、“どこにでも流れているような当たり障りのない曲”の制作の依頼も、実はあったりするんですよね。

どこの誰が作ったのかも関係なく、誰も気にも留めないような“普通の曲”を必要とするシチュエーションも、世の中にはあるのです。

“個性”を出したいときはその時に、そうでない場合は抑制しないといけない、そんな時に備えて「誰でも作れそうな曲」を作る練習をしておくのも、作曲家として必要となるタイミングがあなたにもあるかもしれませんね。

私も今後もより一層、鍛錬を重ねようとこの記事を書きながら感じています。

最後に

さてさて、今回は「誰でも作れそうな曲」という事についていろいろと書かせていただきました。

とはいえ、当記事で書いた事はあくまで私の個人的な考えや経験ですので、「それは違うんじゃない?」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんね。

しかし、もしもこの記事をお読みいただいた方の中でこの「誰でも作れそうな曲」という感想を誰かから言われて、悔しい思いをされた経験がある方にとって「実はそんな事ないんですよ」と背中を押す事ができていれば、私としては幸いです。

「誰でも作れそうな曲」は“誰にでも作れる”というわけではないという事を少しでも多くのDTMerの方に知ってもらえればそれだけで嬉しく思います。

そして、いつも私の各記事に「スキ」を押して下さる皆様には、本当に感謝しております。
ありがとうございます!

また、当記事冒頭にもご紹介しておりますが、私が運営し、講師を務めるオンラインDTMレッスン教室【かわべの音楽工房】では、今回の記事のような内容もひとりひとりに丁寧に、より詳しくお話させていただいております。

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