母の日 父の日 自分の日
先日、5月10日は母の日だった。
毎年この時期は母に何らかの贈り物をしているが、今年は散々迷った末にLINEギフトで造花を贈った。
兎の形をした陶器に花が活けられた、それなりに可愛らしいものだ。
毎年母に何か欲しいものはないかと尋ねても、返ってくる言葉は決まっている。
「何もいらないよ。あんたが健康でいればそれでいいんだよー」
などと少し意地悪そうに、にやけながら母は言うのだ。
とてもありがたい言葉で泣けてくるがそれでは困る。
こちらとしては贈り物をすることで、少しでも孝行できたと自分自身を慰めたい気持ちもあるのだから。
母の好きなものの傾向や、自分だったら何をもらったら嬉しいか、など色々と考える。
結果として、今年は陶器と花という無難なチョイスになってしまった。
あまり納得はしていない。
去年は入浴剤だったか。
その前はなんだったか。
自分の贈った物に満足できた年など、これまで一度もないかもしれない。
もっと悩まされるのが父の日だ。
父との距離感は難しい。
今では私も父も年を取り、色々と大分まるくなった。
だが、昔はお互い心の距離の空いていた時期がかなりあったように感じる。
もしかしたら青臭い自分が一方的に壁を作っていただけかもしれない。
父もそんな私とどう接したらよいのかわからなかっただろうな、と年を重ねて理解した。
心の底から尊敬する愛すべき父ではあるが、それでも正直なところ、いまだに顔を合わせたとき何を話せばよいかわからなくなることも多い。
昔は母の日を祝い、父の日は特になし、ということもあった。
しかし、今はいつの間にか世間から用意されていたこれら毎年の記念日に便乗しつつ、母にも父にも感謝の気持ちを伝えたい。
さて父の日。
今年でいうと6月21日の日曜日。
どうしたら父を喜ばせることができるだろう。
毎年、結局母は何を贈っても嬉しそうな顔を見せてくれるが、父だとそうはいかない。
何を贈っても、その贈り物は「にやり」と微妙な表情で受け取られ、その後すぐに埃をかぶるか黴が生える。
これを何度も繰り返した。
こうなると、だんだんとこちらも意地になってくる。
どうにかして笑いが止まらなくなるほど喜ばせてやりたい。
これまで贈ったものといえばなんだろう。
昔よく父が遊んでいたゲームシリーズの新作が出たときは、その新作ソフトをゲーム機本体ごと。
晩酌することが多かった時期には、タンブラーやグラス。
薄毛を気にしていたときには、頭皮に優しいちょっと高級なシャンプー。
食事中、箸を持つ手が少しおぼつかないのを見かけたときには、つまんだ物がすべりにくいという箸。
かなり悩んで贈ったものだが、結果はどれもイマイチ。
贈った後しばらくして実家を訪れた際、失敗だったと気付かされることにももう慣れてしまった。
プレゼントしたゲームなどは手つかずのままに私が持ち帰り、結局自分の物にした。
今年こそは、といつも思う。
でも、たぶん父も母もそんなことは求めていない。
それでも贈らずにはいられない。
迷惑だろうか。
これって、もはや自分のための行事になっているのではないか。
母の日も父の日も、これではもう「自分の日」だ。
こんな息子でごめん。
それでも贈らせてほしいんだ。
すっかり年をとった両親にこれまでの感謝と、これからの幸せを。
感情まかせにここまで書いちゃったけど、こんな話はこっ恥ずかしくて絶対両親には読まれたくないな。
KAWAI
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